自分の居場所


「これ先にやっといてって、前にわたし言ったよねっ!?」

「すみません」


 私は上司の言葉を軽く聞き流しながら、頭の中ではゲームのことを考えている。


『この仕事、先にやってほしいなんて一言も言われてませんよ、私』


 そう言いたいのは山々だけど、下手に口を出して、時間を取られたら他の仕事に支障をきたす。さらに、この上司と関係が悪化すれば、ますますやりずらくなる。


 私はとにかく、人と関係を築くのが苦手だ。他人との距離がうまく測れないから、できるだけ全ての人と距離を置きたい。波風立てずに生きる方法を常に模索している状態。でも、うまくいかない。


 分かってる。私自身が効率の悪い仕事の仕方をしていて、マイペースで時間がかかった割にクオリティの低い仕事しかできないからだって。


 でも、突き刺さるような言葉が飛んでくるたび、2つの思いが交差する。どんな仕事にしたって、私はどこからも必要とされないんだっていう思い。そしてもう1つは、他の場所なら、もしかしたら私を必要としてくれる場所があるかもしれないという思い。


 その2つの思いの決着は、毎回前者が勝利する。どこに行ったって一緒。私は必要とされていない。誰でも取って代われる仕事しかできない。だから、仕事を辞めたって一緒。


 だから、ここにとどまってただ怒られないように、波風を立てないように無難に、他者との距離を保ちながら生きていくしかない。


 私は上司の小言を聞きながら拳をぎゅっと握りしめた。


――――


 半ば当たり前のように残業をしながら仕事をきりのいいところまで進めて、私は帰宅する。家に帰って自分の部屋に行くと、テーブルの上にヘッドギアがのっている。


『せめて、ゲームの中だけでも居場所を見つけたいなぁ』


 そんなことを考えながらふと、本棚に目が行く。おとぎ話や昔話の本、伝説の武器などを扱った本などが並んでいる。『言霊・物語付与』のスキルはもしかしたら、こういった私の現実世界での性質から得られたスキルなのかもしれない。


 おとぎ話や昔話を集めた本のいくつかをテーブルの上に重ねると、私はヘッドギアを手に取った。私が今まで読んできた物語から、何かを作り出せるかもしれない。


 手帳や羽ペンや、トランクの性質を変えることができたように、他のアイテムも性質を変えることができるかもしれない。しかも多分、誰でもが持っているスキルじゃないはず。あの時、女神様も「珍しいスキル」って言ってたし。


 このスキルがもしかしたら私の居場所を作ってくれるかもしれない。それなら、うまくこのスキルを使って向こうでの居場所の作り方を考えなきゃ。


 私はヘッドギアを装着して、ベッドに横になるとゲームにログインする。ゲーム内で目覚めるとそこは、カンナさんがくれた空き部屋のベッドの上だった。これ、人によったら野宿みたいな感じになるのかな。


 まずは、傷薬の効果を試そう。私は、お店で売っていた傷薬と自分で作った傷薬をトランクから取り出した。そして、まずは、自分の作った傷薬を飲んでみる。


 一口飲んで私は、後味の悪さに閉口する。これは、ダメなやつ。傷薬を見ると、ダイアログボックスが表示され、傷薬の説明文が表示された。


『傷薬。体力を3回復』

「3しか回復できないのっ!?」


 私は一人でツッコミを入れつつ、今度は道具屋の傷薬を手に取る。今度は飲まずとも、ダイアログボックスが表示される。


『傷薬。体力を10回復』


 私はそれを見て、納得した。やっぱり、作った人の熟練度によって、効果が変わるみたい。早速、カンナさんに報告しないと!

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