夢幻手帳と夢幻羽ペン
私は、シュウさんからもらった手帳と羽ペンを手に持った。チェック柄の素敵な手帳。留め金の部分には、キラキラ光る石がくっついている。羽ペンにも同じような石がついていた。これ、セットものかな。
『手帳と羽ペン。消費アイテム』
ダイアログボックスに表示される文言を見て、私は溜め息をつく。消費アイテムって。分かってはいるけどさ、そう書かれるとなんかこう、とっても味気ない。
「消費アイテムじゃなかったらいいのに……」
そう呟くと、新たなダイアログボックスが表示される。
『手帳と羽ペンを、保有スキル言霊・物語付与により別のアイテムに変えますか』
そうだ、私には言霊・物語付与のスキルがあるんだった。それなら。
「ページのなくならない手帳と、インクの補給の必要のない羽ペンにできるかな」
『固有のアイテムに変更します。名前と説明文を付与してください』
ダイアログボックスには、名称の欄とアイテムの説明欄っぽいものが表示されている。どちらも今は空欄。今から私が考えたらいいってことだよね。
『創作者のための夢幻手帳』と『夢幻羽ペン』。名前の欄に、私は羽ペンで空中のダイアログボックスに入力するように書き込む。漢字は、言葉で説明するのが難しいからね。
「創作者のための夢幻手帳。創作をする者が持ち歩くアイデアノート。思いついた空想、アイデアを書き記すため、すぐにページがなくなるのが難点だったが、ページが無限に追加されるため、ページ切れでアイデアを書き記せず、アイデアを失う心配がなくなった」
「夢幻羽ペン。必要に応じて、ブローチとしてアクセサリーにもでき、アイデアを思いついたらすぐに書き記すことができる。特殊なインクを用いているため、インクがなくなることがない。また、紙ではないものにも、文字を書き記すことができる」
私が言った言葉通りに、説明文に2つのアイテムの説明が追加されていく。これ、すごく楽しい!
「アンタ、不思議な力があるんだねぇ」
おばさんが目を丸くしている。そりゃそうだよね。独り言言って、羽ペンを空中で動かしてるんだから、絶対現実世界でやったら、おかしい人だ。
私は出来上がった手帳と羽ペンを握りしめる。ありがとう、シュウさん。これ大事に使うよ。そう心の中で思いながら、今度はトランクに向き直る。ついでだ、これにも言霊・物語付与しちゃおう。
「3way夢幻トランク。必要なものがすぐ取り出せるすぐれもの。しかも、収納アイテム数に制限なし。片づけのできない収納下手なら誰でも欲しくなる、見た目もすてきなトランク」
『3つのアイテムに言霊・物語を付与しました。アイテムを所有している限り、スキル等の着脱は自由に行えます』
つまりは、もっと私が熟練度とか人間としての経験値を積んで行けば、いろんなアイデアを詰め込んだ夢のようなアイテムが次々作れちゃうんだ。これは、すごい。
私は、トランクをショルダーバックのように肩から掛けると、おばさんに言った。
「地図などはお持ちではないですか」
「地図ならあるけどさ……」
訝し気なおばさん。さっきクエスト画面では依頼者の名前がカンナって出ていたから、この人がカンナさんなんだろうね。私は地図をテーブルの上に広げる。
「カンナさん、この近くの道具屋さんに印をつけてくださいますか」
私が羽ペンをカンナさんに渡しながら言うと、カンナおばさんは驚いた顔をする。
「おや、アタシ、いつ名前を言ったっけ?」
「ああ、冒険者なので名前をお聞きしなくても名前が分かる場合があるのです」
私がそう説明すると、カンナおばさんは不思議そうな顔をする。
「そういうもんなのかい。冒険者ってのは、謎に満ちているわ」
そして、羽ペンでさらさらと、印をつけていってくれる。そして書き終えた地図を私に貸してくれる。
「はいよ。それで、これでどうするんだい」
「ちょっとお客さん役で道具屋さんを回ってきます。カンナさんは、少しここで待っていてくれますか」
それとも、カンナさんのお店に後ほどお伺いいたしましょうかと尋ねると、カンナおばさんは頷く。
「うん、それが助かるね。アタシの店はここだ。それじゃ、後でね」
カンナおばさんは、自分の店の位置にも地図に印をつけてくれる。もちろん、他のお店とは区別できるような印だよ。カンナおばさんの背中を見送りながら、私はクエスト画面を見る。まだ受注ボタンは押さない。
まずは情報収集から。そして、私にできることを提案して、カンナおばさんがそれでいいって思ってくれてから、受注ボタンは押すつもり。受注ボタンを押すってことは、それだけの責任が発生するって私は思っている。
確かにゲームだから、キャンセルはできると思う。でも、現実世界だとそうはいかないよね。今まではそんなこと考えてなかったけど、社会人になってからは違う。どうも、現実と結びつけちゃう。それに。
それに、私たちのような冒険者以外は、この世界で生きている人たちだもの。あの人たちにとっての現実はここなのだから。そんな無責任に受注して、がっかりさせたくないんだ。
カンナおばさんの力になれるよう、頑張ろう。私は無意識に手帳と羽ペンを胸に抱きしめていた。
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