嘘話
ジェスチャーしりとりも佳境に入った頃。
「お待たせ致しました」
先程俺達を出迎えた黒い着物の女に続いて部屋に入ってきたのは、白い着物の若い女。20代前半、いや、よく見たら俺より年下に思えるほどに若い。真っ赤な口紅と太めの眉が、鼻筋の通った顔の中で浮いていた。
「十条当主、十条
すっと俺達の目の前に座った当主は、どこを見ているのか分からない暗い瞳で。
「お話がございます」
俺達が何を言う間もなく、話を始めた。
「まず、我が家のことですが。わたくし共は、
八条隊長、それに調唄さんと花田さんのの顔が変わった。それもそのはず。
総能は、全国の能力者をまとめる組織だ。
能力者である限り、半強制的に総能の名簿に名前が載る。
全国の能力者には、総能の職員、部隊の隊員はもちろん、フリーで術者をやっている人も、色々折り合いをつけて一般人として生活している人もいる。しかし、この全員が総能の名簿に名を書き、保護を受け、罰則規定に従っている。それは、自分のためにも。
見える物が違う能力者が、曖昧を嫌うこの現代を生きるには、総能による自己の保障は絶対不可欠なのだ。
「わたくし共は、あなた方がアレの下についていることが許せません。どうか一刻も早く、真実を見てくださいますよう」
「少々、無礼が過ぎるのではないですか?」
八条隊長が冷たい声を出しても、目の前の当主はピクリともしないし視線もずらさない。ただ、何も無い虚を見ている。
「零の家さえなければ、あなた方はわたくし共のような、本来の姿に戻れます」
「そういったお話なら終わりにしてもらいましょう。私達は昨日のことで対応をしに来ました。実際に怪我人も出ているんです。こちらもそれなりの対応をさせてもいますよ」
「怪我人.......?」
やっと、当主の暗い視線が上がる。その目の前に座った調唄さんが手のひらを上げて、もう片方の手で手刀を作りすぱん、と切るジェスチャーをした。そんな痛そうな切り方はしていない。どちらかと言うとぱっくり、みたいな感じだった。
「それは、どうし」
「璻さま」
部屋の外。薄くあいた障子から、先程門に出てきた中年の女性が顔を覗かせた。結構ホラー。
当主は、また視線をどこか宙に向けながら話し始めた。
「.......どうかご理解ください。零の家は、あなた方にもわたくし共にも不要なのです」
「話が、通じませんね」
八条隊長が笑顔を貼り付けて拳を握ったのを、調唄さんがサイレントに着物の端をつかんで止めた。
「我々の
「あなた方は、零の家の本当の名前をご存知ですか」
「ぶっ!!」
思わず吹き出した。
隣の葉月とゆかりんに叩かれる。部屋の隅にいた監視の人は片手で髪の毛を握りしめていた。
「.......いきなりなんの話でしょうか」
八条隊長が何事もなかったていで話を再開する。明らかに俺への憎しみが背中から滲んでいる。
花田さんは遠い目をしていて、中田さんは心配そうに俺を見ていた。調唄さんはサイレントでくすくす笑っている。
「名前も明かせぬ輩に、あなた方は従うのですか」
ぴん、と空気が張る。
「アレは他を食い物にして、1人利を得るためだけに生きる者です。あなた方だけ、何もかも搾取されている」
「いい加減に」
「わたくしが、アレの名をお教えしましょう。あなた方が立ち上がれば、アレは容易く落ちる。皆、元のあるべき姿に戻ることができます」
そろそろ俺も止めようと腰を浮かせた。
「零の家、それを作った人間。そして、今の当主が継いだ名は、」
しかし、八条隊長の、これ以上ないぐらいの真剣な表情を見てしまって。思わず、声を出そうとしていた喉が動きを止める。
「安倍晴明。かの蘆屋道満をも凌いだ最高の陰陽師は、自己のためだけに他の全てを使ったのです」
顔から畳にスライディングした。
「ちょっと!」
「あんた少しの間ぐらいじっとしてなさいよね!」
「.......えぇー」
ちょっと思ってたのと違う。あれ、でも昨日の手紙には確かに道満さんの名前が.......良く考えたら名前のインパクトに押されて内容はほとんど覚えていない。蘆屋道満、の文字だけで完全に零様のことだと思ってた。
「なーんだ、全部嘘じゃん.......」
ビビって損した。本当にただの無根拠誹謗中傷だったのか。そう言えば零様も全部嘘だって言ってな。なんだ、また俺の空回りか。
零様も変態と間違えられたらイラついて俺達に文句言わせに行かせるぐらいやるだろう。なんたって変態だもんな。でも零様、最後に俺がガツンと言っておくのでこれで許してあげてください。十条さん、もうイタズラしちゃダメですよ。よし、これで仕事終了。早くうどん食べて帰ろう。
そう思って顔をあげれば。
何故か、顔色を無くして黙り込む八条隊長と、花田さんと中田さんがいた。
「
当主が出て行って、静まり返った部屋で。
「皆さん、帰りましょうよ。泊まるって勘違いされてるっぽいですし」
「.......少し、待ってください」
「? はい」
とは言え、家の人にはもう帰ると伝えた方がいいのではないだろうか。花田さんと中田さんはいくら話しかけても返事をしてくれなかったので、葉月とゆかりんと一緒に部屋を出ようとすれば、なにかに怒ったような顔の監視の人が寄ってきた。
「.......和臣様。まさかとは思いますが、本気にされていますか」
「え? .......もしかして、さっきの話ですか? あっはは! あんなの天地がひっくり返っても本気にする訳ないじゃないですか! 俺そこまでバカじゃないですって!」
ゲラゲラ笑っていたら、葉月とゆかりんにいきなり口を押さえられた。なんで。
「あなた以外、誰も笑ってないのよ」
よく見たら、八条隊長も花田さんも怖い顔で机の上を睨んでいた。中田さんは花田さんの背中を不安そうに見ている。調唄さんですら、顎に手を当てて考え事をしていた。部屋の空気が重い。
「.......なんで?」
「こっちが聞きたいっての!」
よく分からないが、これじゃあ俺がものすごく空気読めない奴みたいじゃないか。
「.......お、俺家の人に帰るって言ってきます!」
空気を読んで廊下に出た。そのまま家の人を探してあたりを見渡す。みんな急にどうしたんだ。まさか、あの嘘話に本気で怒ったのだろうか。
確かに道満さんを変態に間違うのは失礼おぶ失礼だが、こんなテキトーな嘘本気にする方が大人気ない気がする。いつもなら花田さんも八条隊長も笑って流すはずなのに、みんなイライラしていたのだろうか。
「カルシウム不足か.......」
「いきなりなんの話よ」
「.......っ! .......も、う! もう我慢できない゛ーっ!」
監視の人がいきなりキレた。どうして。
監視の人は、いきなりスーツのジャケットの下から取り出したファイルを。
「そこっ!!」
天井に向かってぶん投げた。どこん、ばたんと音がして、上から埃が落ちてくる。
「ひいっ! だ、ダメですよ人ん家壊しちゃ!」
「ちょ、ちょっと七条和臣! あんたのせいでこの人おかしくなっちゃったんじゃないの!?」
とうとう俺のせいで監視の人がおかしくなってしまった。どうしよう、俺のせいで。
そして、葉月すらドン引きして黙り込んでいる間に。
「そこの! 板を踏んだら家が痛む!! 少しの動きを で埃が落ちて気づかれるっ!! さっきも障子に影が映ってた! この家であなただけ隠れ方の基本ができていないっ! ていうか他の隠れ方が上手すぎるこの家がおかしい!」
みしり。その音とともに、天井から。
「ん゛ーーー!!! だからそこの板を踏むから!」
降ってきた白い塊を、監視の人がキャッチした。しかしその拍子に監視の人が尻もちをついたので、慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!? 今何が降って.......ってさっきの当主ーー!!??」
監視の人の腕の中に収まったホコリだらけの当主が、先程までの暗い瞳を丸くして、ぽかんと天井を見上げていた。
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