相談
とうとう百鬼夜行初日が来てしまった。
狐の嫁入りに誘われた、と言ってから褒められまくりの俺は段々それが薄気味悪くなってきて、化かされているのかと札を貼ったり水を被ってみたりしたが現実は変わらなかった。
俺は、ただ結婚式に誘われただけで、術者達からプチヒーロー扱いされている。
「.......怖いよ」
「和臣、今日は仕事用の着物じゃないのね」
「ん? あぁ、結婚式には紋付だろ」
夕飯を終え、居間で一緒にテレビを見ていた妹も明恵さんももう寝た後。俺は袴に着替え、葉月は仕事用の着物に着替えた。なんでもこの後百鬼夜行の手伝いに行くらしい。
もうすぐ丑三つ時だと言う時に、玄関の戸から音がした。
こんこん。
「はーい」
こんこん。.......こん、こんこん。
「はい、お待たせ狐くん」
玄関を開ければ、着物を着て提灯を持った直立二足歩行の狐。
『おおおお迎えに参上しました!』
「うん、ありがとう」
『でででは、早速参りましょう! あなた様がいらっしゃり次第、我々は出発ですので!』
とたとたと二足歩行する狐の後を着いていく。その、途中で。
「.......なあ、もう1人呼んでもいい? 縁起が良い君たちの結婚式にさ、参加して欲しい子がいるんだ」
『あああなた様が参加なさるなら、多少の無理は通すよう申しつかっておりまするるる』
「ほんと? ありがとう。.......お弟子さあーーーん!! ちょっとこっち来てーー!!!」
パタパタと玄関までやってきた葉月は。
「なによ、狐は飼わないわよ」
「違う違う。一緒に行こうよ、行列」
「え?」
「縁起がいいんだって。それに、女の子は結婚式好きだろ?」
「急すぎるわよおバカ!」
そう言いつつも、俺の手を取った葉月と。
『さささ! こちらでございます!』
二足歩行の狐の後を、着いていく。何故か家の門を出た途端立ち止まってしまった狐は。
『ささぁ! どうかその火で我々の姫様の嫁入りを、先導してくださいますよう!』
ぺこり、と狐が頭を下げる。行列など見当たらないが、何を先導すれば良いのか。やっぱり化かされているのか。
「う、上を見てちょうだい!」
「おお!」
頭上。百鬼夜行の夜空には、狐火の行列が。よく見れば、提灯や楽器、真っ赤な番傘を持った二足歩行の狐が尻尾を揺らし空に立っていた。
『さささぁ!』
「.......え? 空? 行列は空中歩く感じ?」
冷や汗が出てきた。
『もちろんにございます! 下は今、緩んだ境界に飛び出したあやかしばかり。姫様をそんな所に下ろせませぬ!』
「.......どうするのよ。あなた、特技は空中浮遊だったかしら?」
そうだったらどれだけ良かったか。ここまで色々な人に喜ばれ、目の前の狐に期待されておいて、やっぱり出来ませんなど言えるわけが無い。俺はどうにかして空にある行列の先頭を歩かなければならない。
「.......ところで狐くん、この行列の目的地は?」
『あなた様の導かれるままに』
「おぉう.......」
隣にいる葉月の無言の圧がすごい。お前がどこに導けるんだ感がすごい。
「.......ええいもう知るか! 困ったら助っ人が来る予定だから何とかなる!!はず!! 【
空に、壁を張る。広く、大きく。新たな地面を作るように。
「よし! はぁ.......ぜぇ、これで、はぁ、俺の特技、空中歩行ができるな!」
「あなたもうクタクタじゃない!」
「大丈夫.......人払いは兄貴がやってくれてる.......と思うし.......」
そっと、葉月の手を取って空への階段を踏みしめて。
自分で張った壁を床に、行列の先頭へと歩き出す。眼下には、百鬼夜行に駆け回る兄貴の隊の隊員さん達が見えた。他にも、ウチの門下生がちらほらと。
ざわざわ、きゅうきゅう、と行列に並ぶ二足歩行の狐達が俺を見て騒いでいる。なんでも俺のすぐ後ろにいる籠の中に、花嫁さんが居るらしい。可愛い。
『いいいつでも、ご出発ください! 我々は、その火に続きますので!』
「火っていうか、トカゲだけどな」
すりすりと擦り寄ってくるトカゲ入りランプを、右手に持って。左腕を、葉月が取る。
こんっ、と。やけに澄んだ音が、聞こえた。
俺が空を歩くのに合わせて、後ろの行列が着いてくる。トカゲも得意そうに胸を張って、いつもより赤く光っている。段々楽しくなってきた。
「どこいく気よ」
「すいません」
途中途中葉月に軌道修正されながら、後ろで響く音楽を連れて、狐達が持つ提灯の灯りを連れて、進んでいく。
「あ、」
少し遠く。俺が張った壁とは別の壁に腰を下ろして、空からこちらを見ている2つの影。そのうち小さな方が、小さな手を振ってきた。ハルと一条さんだ。
『.......あのう、あの人間はあなた様のお知り合いですか? 術者とお見受けしますが.......』
「うん。大丈夫、困ったら助けてくれるよ」
『あああなた様が言うのなら!』
隣の葉月は、ちょっと口をすぼめて俺の足元をちょこちょこ歩く狐を見ていた。多分、ちょっと可愛いと思ってる。
「そう言えば、前も聞いたけど狐くんは俺が嫌じゃないのか? 術者だし、九尾討伐もしてる」
葉月にごっと脇腹にひじを入れられた。涙が出る。
『? あなた様は、その火をお持ちです』
「そんなにトカゲが珍しいのか? でも俺、頑張れば君たち全員相手に戦うぐらいはできるんだよ? 危ないと思わない?」
きゅう、と首を傾げた狐は。
『それは、あなた様方の道理では?』
びく、と隣の葉月が震えた。
『我々はあなた様方の道理を知りませんが、我々の道理と違うことは存じております。あなた様があやかしを消すのも、その道理の内なのでしょう? 九尾様は消されましたが、それはそれにございます。我々の姫様は高貴な方なのです!』
「.......そうだね」
『我々も、人間を食うも化かすも道理の内でございます故。.......そそ、それに、あなた様は、しるばあまあくもお持ちで、狐も大事にして下さると聞いて.......きゅう』
「へ?」
『むむ!』
ぴん、と狐の耳と尻尾が張る。目の前には、知らない山の中にやけにハッキリと浮き上がる真っ赤な鳥居が見えた。はて、ここはどこだ。そんなに遠くまでは歩いていないはず。
『ささ、さすがにございます! 姫様ぁあー! 姫様ぁあー! 到着いたしましたぁああ!!』
二足歩行の狐が、後ろの籠へ走っていった。
籠から降りてきたのは。
真っ白な、美しい狐。
にこり、と微笑んだ狐は、そのままお付らしき狐に真っ赤な番傘をさされながら、ゆっくりと歩き出す。二足歩行で。
「あの」
話しかけてみたら、葉月に足を踏まれた。
『.......』
にこりと立ち止まった花嫁狐に。
「おいなりさん作ってきたんです。良かったらどうぞ」
タッパーに詰めたおいなりさんを渡す。葉月にふくらはぎを蹴られ、思わずその場にうずくまった。酷い、せっかく油揚げもいいの買ったのに。
こんっ、と。やけに澄んだ音がして。
気がついたら、家の門の前に立っていた。足元には、たくさんの酒瓶や山菜、木の実やキノコが。これは。
「あ、化かされた」
どこまでが現実だろうか。壁を張って、ハルと一条さんを見たところまでは確実に現実だったはず。見事に騙されてしまった。
「どういうことよ!」
『.......ももも、もし! もし!』
「お! 狐くん! わざわざ来てくれたの?」
『ああ、あありがとうございましたあ!! あなた様の火のおかげで、姫様の嫁入り行列は大成功でございます! それに、それにおお贈り物までええ!!』
「めでたいからな」
『こここ、こんっ! こん今後も、ご贔屓に!』
二足歩行の狐は、提灯を片手に走って消えた。別れの挨拶間違えてるよ、とは言わないでおいた。
「.......これのどこが吉兆なのよ」
「俺もよく分からない。まあ、楽しかっただろ? これだけで当主達に褒められるんだから、割のいい仕事だったな」
「いつもより訳が分からない仕事だったわね」
「人間が妖怪のこと理解できる訳が無いからな」
それから、各地の百鬼夜行の手伝いに行って。
オカルトブームが落ち着いた気がする、だとか、山の機嫌がいい、だとか、百鬼夜行での怪我人が過去最低、だとか、各地から嬉しいニュースを聞いた。本当に狐の嫁入りのおかげなのかは半信半疑だが、会う人会う人に感謝されてしまって照れくさかった。監視の人も心做しか顔色が良くなった気がする。本当に良かった。
妹の夏休みも終わりに近づいてきた頃。葉月とゆかりんも誘って、俺の元上司水原さんの元へ小旅行に向かう前日の夜。
こん、こん。
「.......え?」
こん、こんこん。
「え、まじか」
玄関の戸を開ければ。
『おおおお助けをおおお!!』
赤い提灯、ふさふさの尻尾、立派な袴を着て、おいおいと悲しそうに泣く二足歩行の狐。
『姫様がああ!! 姫様があああ!!』
「ど、どうしたんだ!!」
『姑問題にございまするるるるる!!!』
それから、俺の家にはちょくちょく狐が家庭の相談に来るようになった。
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