吉兆

 げっそりしながら、のろのろと京都総能本部の門をくぐる。

 これから説教が待っているので、どうしても足が前に進まない。ちなみに監視の人はいつも通り約10メートル後ろについてきている。


「ちょっと和臣、妖怪との約束ってなんの事よ。あなたは何をしたの?」


「葉月、俺が軟禁生活になったらテレビ通話しようね」


「直接会えるよう頑張りなさいよ」


 ため息がでた。ひとつの襖の前で葉月と別れ、そのまま深呼吸とともに襖を開けた。


「失礼しまーす.......」


「何を考えとるか貴様っ!!!!」


 キンっ、と耳鳴りがした。部屋にずらりと座った当主達に睨まれながら、そっと部屋の中央に座る。父は虚ろな目をしていた。

 なんと全家の当主にお説教されるとは。分かってはいたが辛い。辛すぎる。


「貴様! 自分が何をしたのか分かっているのか!? 妖怪の誘いに乗るなど!! 若造はそんな事もわからんのか!!」


「おい、七条の次男。お前はなんの妖怪のどんな誘いに乗ったんだ。詳しく話せ。場合によっては今すぐその妖怪どもを消してこい。.......まさか、塵に出来ぬ相手では無いだろうな」


 物騒だな九条の当主。優止のお父さんなのにごついし。


「.......狐の、嫁入りに参加する事になりました」


 びし、と空気が凍る。まあいつも通りだが、いつも通り逃げ出したいな。


「.......本当に狐の嫁入りなのか? 間違いでは無いだろうな」


「はい。百鬼夜行一日目に、迎えに来ると」


 ちらりと目線を上げれば、六条の当主六条調唄しらべさんがにこりと笑いかけてきた。ちょっと嬉しい。


「...................めで、たい」


 一条さんが言った一言で、当主達が一斉にうーんと唸り出す。どうしたんだ、処刑の日取りが決まったか。


「.......狐の嫁入りに誘われるなど、総能ができてからは初めてでは無いか?」


「それどころか数百年は記録がないぞ」


「なんで突然、しかも七条の次男に直接なんだ」


「.........................めで、たい」


「面倒だから行列の狐を全て消してこい。それぐらいはできるだろう」


 物騒だな。可哀想だろ狐が。せっかくの嫁入り行列なんだぞ。ほら、見てみろよあの一条さんだって少しムッとしてるぞ。


「.........................私、が」


 しーんと部屋が静まり返る。


「.........................見、守る」


 は?


「なら我が家から、五条治も行かせる。これが適切な対応である」


 は? 五条当主も一条さんも正気か? 百鬼夜行当日だぞ?


「ふん、七条の若造もたまにはマシな物を持ってくるか」


 八条当主、なんで急に褒めてんだよ。さっきまで殺さんばかりに怒ってたじゃないか。俺のこと大嫌いだろ、本気出せよ。


「面倒だから妖怪は全部消せば良いものを」


 二条の当主はどんだけめんどくさがってんだ。


「今回の、狐の嫁入り」


 五条当主が、重々しく口を開く。


「またとない吉兆と見なす。昨今の混乱や難事を鑑み、適切に対処する事とする」


 なんだか知らないが、とりあえず説教は終わりだろうか。


「七条和臣は狐の嫁入りを終え次第、特別隊とともに各地百鬼夜行の補助へ向かえ」


「.......はい」


 仕事が増えた。

 ぞろぞろと当主達が部屋を出ていく。目の前にやってきた父がくどくど説教をはじめ、少しだけ褒めたかと思えばやっぱりくどくど説教をされた。


「和臣、いい加減妖怪とは距離を取りなさい。今回は良かったが、本当に化かされでもしたらどうするんだ。あと夜中ふらふら出歩くのはやめなさい、もっと早く帰ってきなさい」


「.......父さん」


「なんだ?」


「なんで俺許されたの?」


「は?」


 ぽん、と背中を叩かれる。見れば、詩太さんの姉、調唄さんがにっこり笑っていた。そして、両手でキツネの形を作ってにこにこと俺に見せてくる。ちなみに俺は調唄さんの声を聞いたことがない。調唄さんは笑う時も、くしゃみをする時すら音がしないのだ。


「お前、知らずに引き受けたのか!?」


「え、だから何を」


 俺も両手でキツネの形を作って調唄さんに見せる。音もなくにんまりと笑った調唄さんは、満足そうに足音も無くるんるんと出て行ってしまった。本当にサイレント。


「狐の嫁入りと言えば縁起が良いものだろう!? ここしばらく不穏なことばかりだから、だからお前引き受けたんじゃないのか!? 少しでもいい方向に向かうように!」


「俺がそんな大層な事考えるか。引き受けたのは狐が可愛いからに決まってるだろ?」


「はあ.......もうダメだ、父さんもうダメだ.......最近白髪が増えて仕方ないんだ.......はあ、もうダメだ.......」


「先代も白髪いっぱいあるけど元気だよ? 父さんも大丈夫だよ、 元気出して」


 父は両手で顔を覆ってしまった。


「父さん」


「はあ.......もうお前、本当に、本当にもう、お前妖怪と話すのやめなさい.......ただでさえ話を聞かないんだから.......おかしな約束でもさせられたらどうするつもりだ」


「狐の嫁入りってどうやって参加すればいいのかな? 手土産においなりさん作っていくべき?」


「いい加減話を聞きなさい」


 その後も、廊下で出会う人出会う人におめでとうだとかありがとうだとか言われた。そんなに縁起がいいのか狐の嫁入り。


「主人より言伝がございます。お聞きになりますか?」


「え、はい」


 これまた廊下でばったりと出会った真っ白な女が、その真っ赤な唇を開く。


「よくやった。当日もよく吉兆を掴め。.......では」


 まさか、これは。


「狐の礼の酒には手をつけぬように。.......言伝は以上です。それでは、失礼致します」


 その場で女が消える。これは、まさか、あれか。


「.......まじか」


 どんだけ喜ばれてるんだ、狐の嫁入り。

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