Happy Lucky Wedding!!
提灯
こんこん。
「はーい、入ってまーす」
こんこん。
「すいません、入ってまーす」
こん、こん。
「え、だから入ってるって」
.......こん。こん、こん。
「もう出るよ! でもそんなに長居はしてないぞ!?」
ばん、とトイレのドアを開けた。
この間の温泉での出来事を引きずりまくり、ちょっと真面目に術の勉強なんかをしていて遅くなってしまった帰り道。夜中、汗だくで家までの坂を上る途中で入った公園のトイレで、何度も何度も響くノックに勢いをつけてドアを開けた。
こんなに催促されるなら婆さん家か図書館でトイレに行っておけば良かった。意外に夜中の公園のトイレの使用率は高いのかもしれない。今後は気をつけよう。
「さあどうぞ入って.......って、」
『.......あの』
ずっ、と視線を下げれば、淡く光る赤い提灯。
ふさりと揺れる、黄金色の尻尾。
柔らかそうな毛に覆われた三角の耳に、随分立派な黒い袴。
なぜか直立二足歩行の、狐がいた。
「うおっ、妖怪!!」
『もっ、申し訳ございませぬ!!』
いきなり狐に土下座された。
『お、驚かせるつもりは毛頭無く.......!!』
「え、俺今
『めめ、滅相もございませぬ!!』
わたわたと、提灯を持った手を振る狐。ふさふさの尻尾は、緊張しているのかぴんと張っていた。
「.......ごめん、俺今監視ついててさ。あんまり妖怪とフレンドリーにしてるとまずいんだ。君言葉通じるし、俺も退治したくないから」
『ももも申し訳ございませぬっ!! 粗相を、粗相をおおお!!』
狐はより小さく縮こまって土下座をした。一切訳は分からないが、後方約10メートルにいる俺の監視に来ている本部の人の視線が痛い。
温泉事件から、俺にはずっと監視がついている。俺の行動全てはもちろん、読んだ本使った術電話した相手、全てを記録されているらしい。簡単に言えば、おはようからおやすみまでずっと見つめられて七条和臣観察ノートを付けられている。ノイローゼになりそう。
「狐くんさぁ、俺今から腹痛でもう1回トイレ入っとくから、その間に帰りな。退治されたくなかったら、人間に悪さしちゃダメだぞ」
『でで、できかねます!』
「えっ!?」
まさかこの感じで極悪妖怪なのかこの狐。
『ほほほ本日は、お願いがあって参った次第ですのでで! あなた様にそれを受けていただくまでは、かか帰りませぬ!』
「急に強情だな」
『失礼しましたああああ!!』
「うそうそ冗談!! 冗談だからそんなに震えないで!!」
ガクガクと土下座した状態で震える狐。中型犬よりも小さいぐらいのサイズ感で、なんだか弱い者いじめをしているみたいで困る。そっと土下座している狐の脇に手を入れて、今度こそガチガチに固まってしまった狐を立たせる。それから、本当に上等な袴についた汚れを払ってやった。
「お願いってなに? もしかして着物が欲しいのか? いいよ、店で好きなの選びな」
『.......きゅう』
細い前足で、長い鼻先を押さえた狐。ぴくぴくと耳が動いていた。
『.......わ、私共の願いは、着物では無く.......』
「そうなのか?」
てっきり着物好きの狐だからウチに来たのかと。なんたって本当に上等な着物を着ている。それこそ、ウチの紋付のような。
妖怪に家紋があるのかは不明だが、よくよく見れば狐が着ている袴にも不思議な紋が付いていた。手に持った赤い提灯にも、同じ紋がついている。
『わわ私は、皆の代表でお願いに参上しました! あなた様に、あなた様に.......』
すっと、狐の前足が俺を指す。いや、俺のベルトに引っ掛けた、カタカタと騒ぐトカゲ入りランプを指している。
『先導していただきたく』
こんっ、と。やけに澄んだ音が、聞こえた気がした。
「.......なにを先導するって?」
狐を連れて公園のベンチに移動しながら、自販機で水を買う。狐に1本、何か言いたげに俺を睨む監視の人に1本渡して、自分の分を開けた。夜の公園は暑くて、汗が止まらず死にそうだった。
『おおお贈り物をいただいてしもうたああああ!!
「落ち着けって!」
ペットボトルを両手で掲げて、その場でばたばたと走り回っていた狐を捕まえてベンチに座らせる。ちょこんとベンチに座った狐は、両手で持ったペットボトルをじっと見つめて静かになった。水じゃなくてジュースにしてやれば良かった。
『.......きゅう』
狐がもたつきながら胸元にペットボトルをしまう。収まりきらずに着物から半分ほど飛び出てしまっていた。
思わずよしよしと狐の頭を撫でた。
『!?』
「ああ、ごめんごめん。それで、なにを先導して欲しいの?」
今すぐ膝の上に乗せて可愛がりたいのを我慢して、狐に問いかける。なんだこの狐、これが父性をくすぐられると言うやつか。腰元のトカゲが騒ぎ出したので、軽くランプをつついておいた。ここ最近トカゲはずっと機嫌が悪い。
『.......我らの姫様が、』
ゆら、と狐が手に持つ提灯が揺れる。
『お嫁に行かれるのです』
狐の耳はへなりと下がり、尻尾は萎んでしまった。俺が抱きしめたら元気になるだろうか。多分ならないので我慢する。
『それで、その火をお持ちのあなた様に、嫁入り行列の先導をお頼みしたく参った次第です』
「え? それって、俺に狐の嫁入りに参加しろってこと?」
『はい! もちろん謝礼はたっぷりご用意致します!』
「いやいや! それより俺人間、ていうか術者だけど!? いいのか!? 俺なんかがそんな大事な行事に参加して! 花嫁さん笑いものにされないか!?」
きょとん、と動きを止めた狐は。
『我らの姫様に、ただの火は似合いませぬ』
「そりゃ、トカゲの火は珍しいだろうけど.......」
俺は術者だ。しかも割と討伐記録を持っている方の術者だ。なんなら九尾の狐とだってやりあったことがある。妖怪からしたら、天敵なのではないだろうか。悲しい。
『.......狐は、お嫌いですか?』
きゅう、と上目遣い。あ、ダメだこれ。
「全力でやらせていただきます!」
『!!』
ぴん、と張った耳に尻尾。ベンチから慌てて飛び降りた狐は、提灯を片手に深々とお辞儀をした。
『ああありがとうございます! ありがとうございます!』
後ろの監視の視線が痛い。俺これ処刑かな。総能に逆らってるって思われるかな。
『では!』
勢い良く頭を上げた狐は。
『7日後の丑三つ時に、お迎えに参上します!』
直立二足歩行で、尻尾を振りながら走って闇に消えていった。その後ろ姿に手を振っていると。
「.......七条和臣特別隊隊長!!」
「あ、なんだかお腹痛くなってきた。かーえろっと」
「待ちなさいっ! 待ちなさい七条和臣隊長!!」
般若のような顔で俺を追いかけてくる黒いスーツ姿の監視の人から走って逃げて、風呂に駆け込んで鍵をかけた。
風呂の間中、ずっとドア越しに説教された。
のぼせた。
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