十人十色、五者五様
激情
世はまさに、大オカルトブーム。
テレビに映る手の込んだCG映像に、レンズの傷をそれっぽく解説するコメンテーター。今年の初めにどこかの動画配信者を中心に火がついたオカルトブームは、2年前の各地の災害からじわじわと続いていた人々の不安を煽り、収まるどころか白熱の一途を辿っていた。日本中の老若男女が、面白おかしく、あるいは真剣に不思議な何かを探している。
そう、世はまさに、大オカルトブーム!!
「笑えねぇよ!!」
大量の書類に埋れながら、ゆかりんが載っていると思って買ったはずのUMA特集雑誌を投げつけた。ゆかりんのゆの字も無かった。キレそうだ。
「なんなんだよ!! そもそもどうして俺はこの雑誌にゆかりんが載ってるって思ったんだよ!! どこ情報だよ!! 最近こんなんばっかり!!」
トカゲがランプの中でくいっと首を傾げた。
荒れ果てた自室の中で唯一の足の踏み場である敷きっぱなしの布団の上に座りながら、ここ暫くの溜まりに溜まったストレスが爆発した。
「くそおおおお!! 今日までの書類が終わらなーーーい!! このままだと隊長になれなああああい!!」
今日の夜、俺は京都で白い人に隊長への昇格を宣言される。それ自体はいいのだが、本来の予定なら来週であったはずのそれが早められたために、書類の締め切りも早まったことが辛い。気持ちも体もついてこない。
「もう少し興味持ってくれても良くなあああい!?」
数日前に、水原さんが電話でさらっとその日の釣果のついでに俺が移動になることを告げてきた。俺は領収書をまとめるのが苦手な水原さんを1人にすることがたまらなく辛かったのに、水原さんは俺の移動先すら知らなかった。聞かれもしなかった。かわりに夏友達と遊びに来たら船を出してあげると言われた。嬉しいけどそうじゃない。
「部屋が汚ああああい!!」
なぜだ。なぜ俺の部屋がこんなにも汚いんだ。散乱した書類に、投げ出された着物と札。あと仕事用の指環が2個消えた。何かの陰謀だろうか。
「買った覚えのない物が届くよおおお!!」
最近、買った覚えのない鍋や調味料が俺宛に届く。パソコンの履歴を見ると完全に俺が買っているのだが、覚えがない。最近変な思い込みが激しい。やはり誰かの陰謀の可能性が高い。
「.......はっ。もしかしてUFOに脳みそでもいじられたんじゃ」
「それはただ疲れてるだけだと思うわ」
「うわぁああっ!! 親方! 汚部屋に女の子がああああ!!」
「誰よそれ」
部屋の入り口で足の踏み場を作ろうと書類を拾い集めている葉月に、仁王立ちしてマジでキレる5秒前の姉。思っていたより崩壊の呪文を唱えるのは早いようです親方。
「.......あんた、早く部屋片付けなって、言ったわよね?」
「.......俺だって片付けたかったんだ! でもここまでくるともうどうしようもないんだよ!! 姉貴は知らないだろうけど、部屋を片付けるには超えちゃいけないラインがあるんだ!! この部屋はもうダメだ!!」
「バカ言ってないで片付けな!!」
泣きながら書類をかき集める。失くしたと思った消しゴムが出てきた。ちょっと嬉しい。
「あんたこの書類まだ終わってないじゃない! 今書きな!」
「今回終わって無いのは俺のせいじゃないと思う」
適当に他の書類を見ながらサインした。葉月に差し出された違う書類にはハンコを押しておく。
「誰だよオカルトブームとか言い出した奴。俺と水原さんの固い絆を引き裂いた罪は許さないからな」
「記憶の改竄が激しいわね」
「だから誰なのよその水原さんって」
集めた書類をまとめて鞄に突っ込んだところで、携帯のアラームが鳴った。そろそろ京都へ行く準備をしなければ。
「どっちの着物着てけばいいんだっけ.......」
隊長の方の着物をバサバサと振ったら失くした指環が落ちてきた。やったぜ。
管理部の着物を振ったら30円出てきた。やったぜ。
「葉月ちゃん、ごめんなさいねこんなので.......嫌だったら言ってね。なんとかなるまで時間がかかるかもしれないけど、なんとかするから」
「.......大丈夫です」
葉月が辛そうに目を瞑って声を絞り出した。そんなにか。そんなになのか。それは申し訳なかった。
その後隊長の方の着物に着替えて、葉月と車に乗った。
「あなた、料理は得意なのに整理整頓は苦手なのね」
「どうせ出すのに仕舞う意味が分からないんだ」
「汚いじゃないの」
「正直自分の部屋を掃除する時に台所を掃除する時ほどの興奮も熱意も感じられない」
「あなたもう台所に住んでいるようなものだものね」
「え、照れる」
「意味がわからないわ」
葉月としりとりをしつつ、金のランプを磨いていると車が止まった。大きすぎる門の前でドアが開き、頭を下げた男性が目に入る。
「お待ちしておりました、隊長」
「.......花田さん」
ぐっと、胸に何か熱い感情が登ってくる。そうだ、ずっと待っていてもらったんだ。花田さんも、みんなも。
俺が口を開く前に。
「いやぁ、隊長がお戻りになるのはこれからなのですがね! フライングしてしまいました! ささ、部屋に参りましょう!」
にっこり顔をあげた花田さん。
「.......はい」
この人に言葉を伝えるのは、きちんと隊長に戻ってからにしよう。花田さんが待っているのは、隊長の七条和臣なのだから。
「水瀬さんは、あちらのお部屋で中田と町田さんが待っていますですのでね! 後で隊長もお連れしますよ」
「はい」
葉月はしっかり頷いて廊下を歩いて行った。
俺は花田さんの後について、久しぶりのあの部屋へ向かう。ぐっと手を握って、気合いを入れた時。
「発言の訂正、撤回を要求いたします」
聞き覚えのある声がした。廊下の先にいたのは、髪の短いゴスロリ少女の前に立つ勝博さん。
そして、それに威厳ある佇まいで対峙する五条家現当主。
「.......隊長、まずいですよ。修羅場です」
「む、娘さんを俺にください的なアレですか.......!?」
「おそらく違いますが、ただ事では無いのは確かでしょう。」
こんな廊下で修羅場はやめてほしい。俺と花田さんが野次馬みたいじゃないか。俺達がどうするか動けないでいる間にも、勝博さんの揺るがない声が上がる。
「私灘勝博は、五条家現当主五条
「拒否する」
花田さんがぎょっと目を剥いた。それはそうだ。あの勝博さんが、五条当主相手に正面から要求をし、拒否された。
これはまずい。
なぜなら、勝博さんには後ろ盾がない。
実力だけでここまでやってきた人だ。優秀で評価も高いが、五条と1人でやり合うなど馬鹿げている。
未だ絶対的な、実力という名の血筋の力が在る場所なのだ。
後ろ盾を持たない彼は、1つのミスで全てが終わる。最強の家相手に彼を庇うもの、終わった彼を受け入れるものがいないのだから。やり直しなど、許されない。
「勝博ぉ、やめなさぁい」
「申し訳ございません、治様」
今。まさか。まさか、あの灘勝博が。
五条治に、刃向かったのか。
「五条満様、再度先程の発言の訂正、撤回を要求します」
「再度拒否する。発言の訂正、撤回はしない。繰り返す、五条治は最上の術者では無い。よって、」
五条の当主が、重々しく口を開き。
「五条治は、失敗だった」
気がつけば、俺は五条現当主の胸ぐらを掴み上げていた。
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