春雷

 春の嵐。

 天気予報では小雨と言っていた天気が、午後になり急激に悪化しまさに嵐といった様子になった。どす黒い雲に、激しい雨と風。傘をさすのも馬鹿らしいような、いっそ清々しい天気だ。


「ここまで荒れるなんて予想外だわ」


「今どき天気予報外れるなんて珍しいな」


 適当に雨宿りに入った店先で、先程携帯が報せてきた何とか警報の原因の暗い東京の空を見上げた。


 今日は、昨日からやる気満々の葉月に朝早く起こされ、術の練習に付き合わされた。このままだと夜までやらされると危機感を覚えた俺は、そう言えばゆかりんの秋葉原限定DVDを買いに行こうと思っていたことを思い出した。東京に行くから術はまた今度、と言い終わる前に私も行くわ、と葉月がさっと練習を切り上げた。

 その様子に、葉月もなんだかんだいって東京で女の子らしい買い物がしたいのかもしれないと、喋る荷物持ち兼サイフになろうと決め新幹線に乗った。


 そして、昼を食べた後から女の子らしい店をまわったのだが、葉月は何も買わなかった。心配になった俺は手当り次第の商品をプレゼントしようと試みたが、無駄使いはダメよ、と怒られた。正論だが不本意である。


 それから、天気が崩れてきたのもあり早めに秋葉原へ行くことにした。そして、夕方にDVDを買って店を出れば、駅へ戻ろうにも途中で休まざるをえないような天気になっていた。


「葉月、服濡れてるな。トカゲ持ってろ」


「私、その子と仲良くないのよ」


「いいから」


 鞄の奥から暴れるトカゲ入りランプを取り出して、外から見えないようタオルで包んでカイロがわりに葉月に持たせる。女子は冷え性らしいし、姉に女の子を冷やすなときつく言われている。早く葉月を温めなければ。


「よし、もう傘は諦めて走って駅に行くぞ! 早く帰ろう!」


「待ってちょうだい。たった今、遅れていた電車がとうとう止まったわ」


 葉月が真っ赤な携帯画面を見せてくる。なんてこったい。葉月がもっと冷えてしまう。


「道路も事故で渋滞しているし、しばらくここで足止めね」


「よし、じゃあ服屋行って新しい服に着替えよう。靴と靴下も買うぞ」


「そんなもったいないこと、絶対に嫌よ」


「頼むから! 全部俺が買うから! 頼むから急いでくれ!」


「何を焦ってるのよ.......」


 検索した服屋へ向かおうとして、葉月に真逆の方向へと引きずられる。本日何度目かのその行為の末、水を被ったようにビタビタになった葉月を服屋の試着室に放り込む。そして店の人におすすめで1式揃えてくれと頼むと、なんと靴まで揃った。服屋すげぇ。よく考えたらウチの店でも足袋とか草履売ってるけど。


「和臣、やっぱり自分で払うわ。こんなに全部買うなんて.......それに、あなたは着替えないの? 風邪を引くわよ」


「俺のことは気にするな、服屋の息子が服に金を使って何が悪い」


 自分の分で全く使わない分、彼女の服に投資させてくれ。.......ちょっと待て。ここは秋葉原。メイド王国だ。まさか、まさかまさかではあるが、メイド服売ってんのか。今日は俺の願いが叶う日だったのか。記念日じゃないか。ありがとう世界。


「.......私、早く副隊長試験に受かるわ」


「いや、落ち着け。何事も急げば上手くいかない.......冷静に、確実にやるんだ」


「で、でも。早くあなたの隣に立つ資格が欲しいじゃない」


「まずミニスカートかロングスカート、それを決めよう。.......ダメだ両方買おう」


「.......」


「そうだよ、何迷ってんだよ。迷ったら買えばいいんだ。俺はその全てを愛する自信がある!」


「激しいバカね」


 覚悟を決め、葉月からランプを受け取っていざメイド服を買いに行こうと歩き出した時。


「七条和臣様」


「うっそん」


 休日、それも外出先で見たくないものナンバーワンの白い女がいつの間にか背後に立っていた。俺はその場に崩れ落ち、狂ったように俺に擦り寄ってくるランプの中のトカゲを見て泣いた。俺はお前が心配だよ、とても。


「七条和臣様、今しばらくこちらでお待ちください」


「嫌だ! 休日だし、デート中だし! 俺はこれから行かなくてはならない所が」


「お待ちください」


「くそおおお!!!」


 さすがの葉月も同情の目で俺を見ていた。いや、違う。あれは俺が膝を着いたことで濡れた床を心配している目だ。泣ける。

 おもむろに、目の前の白い女が黒いつつみを渡してきた。開けてみれば、中には真っ黒な管理部の着物が。サイズは違うしタンスのにおいがキツいが、乾いた服はありがたい。さっそく着替えさせてもらおうと、立ち上がると。


「お待ちください」


「え? いや、これに着替え.......」


「お待ちください」


「あれー? こんにちはー?」


「お待ちください」


 どうやらその言葉しか言えないような簡単な式神らしい。よく見れば本部の式神より作りが甘い。誰だこんな式神よこしたやつは。

 しばらく濡れた服で何をするでもなく葉月と立っていると。


「お待たせいたしました。担当者が参りました」


 いきなり女が消える。その様子に慌てて辺りを確認したが、薄暗い廊下の人気は少なく、幸い誰も見ていないようだった。本当に誰だこんな雑な式神送ったやつ。

 近づいてくる足音に、目線をやれば。


「だ、大丈夫ですか!?」


 俺も葉月も思わず声をかけてしまうほどには息を切らした、ずぶ濡れの黒い着物を着た男性が走ってきた。絶対大丈夫じゃないぞこの人。

 話すこともままならないようで、膝に手をついてぜぇぜぇと肩で息をしている男性。管理部の人だ、恐らく東京のどこかの支部の。


「し、七条、とく、別、隊隊長っ!」


「元です」


 初対面で的確に傷をえぐってくるじゃないか。新手の刺客か。


「交通、はぁっ、四、はぁぁっ」


「おぉお、落ち着いて.......」


 激しくゆれる背中をさする。葉月は今走って買ってきた水を差し出していた。しばらくして、男の人の呼吸が少し落ち着いたところで。


「七条特別隊隊長!」


「だから元です」


 泣きわめくぞ。


「あ、浅草上空で雷獣らいじゅうが多数確認されました! どうか応援を!」


 ゴロ、と。

 どす黒い雲がぐする音が聞こえた。


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