風紀
金髪美少女と向かい合うよう座った一条さんは。
「...............................皆で、楽しめる.......遊び」
「ふふふ。女の子はお話が好きなのよ?」
「...............................七条弟。.......頼む」
一条さんがUNOを胸ポケットにしまいながら椅子を立った。そして俺にその椅子を勧めてくる。色々なぜ。
「な、何を頼まれれば良いんでしょうか!」
「...............................私は」
「はい!」
「.....................................話すのが」
「.......」
「...........................................苦手だ」
あれ、前もやったぞこのやり取り。
「...............................楽しい、トークを」
「わ、分かりました! おまかせください!」
勢いでトカゲを机に置いて椅子に座り、部屋中のオーディエンス達を見渡す。よし、なんの話のネタも無いこと以外は概ね良好だな。
「い、いやぁ。皆さん本日はどちらからお越しに?」
「「日本」」
「ふふふ、ドイツね」
「.........................千葉」
そりゃそうだ俺も一緒の飛行機で来たんだから。泣きたくなってきた。
「ねえ、カズオミ。これからする質問に答えて?」
「スリーサイズは知りません。靴のサイズは26」
「なぜあなた達は陰陽師では無いの?」
「好きな食べ物は肉。そしてナスの天ぷら」
「あなた達が声を上げて使っている術と.......人の認識をズラす術と怪我を治した術。別物ね? それに和臣が使っていた術も別物だったわ」
「好きな教科は古典。彼女は募集してません」
「なぜ異なる術を使うの?」
「趣味は料理とアイドルです。ペットにしたいのは爬虫類両生類哺乳類鳥類です。こういうのは初めてで緊張してますが、よろしくお願いします!」
じゃあ1回トイレ行って作戦会議してきていいですか? 合コンの最も重要な時間なんで。知らないけど。
「カズオミが答えてくれないなら.......あなた達はどう? 今の質問をどう思ったのか、教えてくれないかしら」
「「.......」」
「.........................Secret」
金髪美少女は、楽しそうに口元に人差し指を当てて考え込んだ。眠いので自分の部屋で寝ていいですか。明日は有名な城見に行く予定なんですよ。
「.......まだ仮説を立てるには、私の中で要素が足りないの。だからあなた達と意見を交わして、もっと日本のブラックについて知りたかったのだけど.......」
ごそごそっと、ベッドの上から音がした。ぼうっとした表情の金髪さんが起き上がる。
「ふふふ! そうね!やっぱりしっかり自分で仮説を立ててから、あなた達に確かめに行くわ! ああ、私も楽を覚えたものね.......自分の足で、目で、頭で考え無いと意味が無いのに! ふふふ。待っていて、日本のブラック。私が答えを見つけに行くわ」
「...............................渡航、禁止」
「ふふふ! どうにかするわ」
ぼうっとしている金髪さんに手を振る。どこか焦点が合わない目のまま、じっと動きを止めていた金髪さんは。
「.......はっ! だ、ダメですよあなたが先生と一緒にいちゃ! 弄り回されますよ!」
急にハッキリとした顔つきに変わり、ベッドから飛び降りて俺を金髪美少女から離そうと引っ張ってくる。仲間からこれだけ言われるって何したんだこの金髪美少女。
「ダメです! ダメです先生! この人は私の恩人なんです! 触らせませんから!」
急に金髪さんが俺の背中と膝裏に手を回した。そのままぐっと持ち上げられる。わっとはっぷん。
「わ、私に.......初めて漫画をくれた人ですよ! たとえ世界が終わろうとも彼だけは.......!」
大げさだよ漫画くらいで。というか女性に横抱きの状況に泣きそうになる。左肩に触れる大きく柔らかい何かにも泣きそう。ごめんなさい俺は破廉恥です。
「ふふふ。まだ何もしていないわ」
「彼をせ、生徒にして.......! 何をする気ですか〜! 絶対ダメです〜! 私は、お借りしたハンカチを返すまでは絶対.......!」
「あら、まだ返していないの? ふふふ、目の前にいるのだから、早く返したら?」
「うぅ.......」
金髪さんは俺を横抱きにしたまま、器用に片手を胸ポケットへ入れた。ふわりと甘い花の匂いが鼻を通った。誰か俺を殺してくれないか。
「あ、あの.......。これ、ありがとうございました! 漫画も.......一緒にYUKARINの話をしたことも、映画を勧めてくれたことも、とっても嬉しかったです.......ぐすん、さよなら.......」
「なぜ泣く!?」
号泣しながら俺にハンカチを差し出してくる金髪さんにそのままハンカチを返す。使ってくれ女の人がそんなぐちゃぐちゃな顔で泣いてたらまずいでしょ。
「うわ〜ん!! ま、まだ借りてていいんですか〜!?」
「どうぞ!? ていうか使って!?」
「わ、私.......人にハンカチを貸してもらうなんて、初めてだったんです〜!! 聖剣が無くてもこれがあれば良かったんです〜!!」
「嘘だろ!?」
ハンカチを握りしめて号泣する金髪さん。それにお姫様抱っこされる俺。表情が抜け落ちた葉月。サインの準備をし出すゆかりん。ブツブツ何か呟いている金髪美少女に、ピクリとも動かない一条さん。カオス再び。
「うっうっ.......私、やっぱり日本大好きです〜!」
ゆかりんが完璧アイドルスマイルでサイン色紙を金髪さんに差し出した。「海外から応援ありがとっ!」とウィンクまで。なぜ俺は日本出身なのか。日本から応援してる俺にもサイン書いてくれゆかりん。
「ひぃうっ」
金髪さんは、両手でゆかりんのサインを受け取り、そのまま気絶した。手を離され当然のように落下した俺と、倒れた金髪さんがホテルの床に転がった音がやけに耳についた。ひどい、弄ばれた。持ち上げたなら降ろす所まで責任持って。
「日本の総能が、あれだけの規模で存在しているのは.......日本だけ能力者が多いわけでは無いわ。実力の平均化もどこよりも優れて.......でも陰陽師の資料を見る限り、今の日本の術よりも.......なぜ術者の質が落ちた現代になってこの規模になったのかしら」
部屋の惨状に目もくれず目を伏せて独り言を言っている金髪美少女。お願い、帰って。寝かせて。しくしく床に転がって泣いていると。
「.......はっ」
「.......お姉さん起きました.......?」
「はい.......人生最高の1日でした.......」
「たぶん気のせいですよそれ」
「いいえ」
床の上で俺と向かい合った金髪さんは。
「本当に、私の人生で最高の1日でした。ありがとう」
青い瞳を細めて、花の絵画のように美しく微笑んだ。
「あら、こちらこそお礼を言うわ。私の和臣にとっても素敵な物を見せてくれて」
だんっと、俺と金髪さんの間に足が踏み下ろされた。燃えるゴミの日に出された燃えないゴミ袋を見る目で俺達を見下した葉月は。
「和臣、私のじゃ不満だったのね。男の子は結局そうなのね。あなた大きい物が好きだものね!」
「違う! 聞いてくれ葉月! これは男のサガというやつで! あと俺はこれに関しては大きさより形とバランすぐえっ」
蹴られた。割と本気で。
「Oh dear.......! これは、日本の伝統ヒロイン嫉妬イベント! さらに私が負けヒロイン枠ですよ〜! ンンン、やっぱり日本最高! 萌えー!!!」
本気で何言ってんだこの金髪さんは。これは一方的な処刑の時間だぞ。
ひとしきり床の上で悶えた金髪さんは、いきなり立ち上がって葉月の手を取った。
「Don't worry! 私は誓って彼を奪ったりしません! 私は推しと恋愛を分けるタイプなので! 彼は推し! あなたと彼は推しカプ! YUKARINは嫁です! たとえあなた達がドラッグに溺れようとも、私はあなた達を推し続けることを誓いました!」
「「「溺れません」」」
ゆかりんのサインと漫画の新刊、そしてハンカチをぎゅっとその胸に抱きしめた金髪さんは。
「ありがとうございます。ありがとう。.......先生は、なるべくあなた達から遠ざけます! ペンドラゴンの名にかけて!」
いきなり椅子に座っていた金髪美少女を肩に担ぎあげ、部屋のベランダへの窓を開けた。
「では、本当に失礼しました〜! .......聖剣持っていきますが殺さないでくださ〜い!」
ベランダの柵に足を掛けて、いきなり外へと飛び出した。
「「「!?」」」
ここはホテルの最上階。そこから飛び降りるなんて。
「...............................See you」
慌てて下を覗いた時には、金色の髪は忽然と消えていた。下の道路では、なんの乱れもなく車が走って行く。
一緒にベランダの下を見ていた葉月は。
「.......和臣」
「.......なに?」
「変態」
枯れるまで泣いた。
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