確認

 準備4日目。


 今日は何事も無く、まあ昼に女子3人にコンビニスイーツを奢ったところ財布が空になるというアクシデントはあったが、とりあえず何事も無く1日が終わった。

 仕事の後花田さんは杉原さんと話があるらしくまだ宿には帰れないと言うので、俺は夜の中庭で鯉を眺めて待つことにした。


「おや、七条くん。こんな時間にこんな場所で、何をしているんですか?」


「は、八条隊長.......」


「そんなに怯えないでください。何もしませんよ」


 八条隊長は、すっと俺の隣に屈んで鯉を見始めた。俺の事嫌いなのになんで隣にくるんだ。


「あ、メダカがいますね。可愛いらしいですよ」


「えっ、どこですか」


「嘘です」


 なんだその嘘。メダカいないのかよ。


「.......私は君たちのそういう所も嫌いです。純真そうな、無垢な態度が.......自分の汚れを突きつけます」


 大変申し訳ないのですが、彼女のシャンプーの匂いで興奮する程度には汚れてます俺も。あとよく姉と妹には汗臭いと言われます。


「私は三条さんのように、届かない物に全力で手を伸ばす事はできません。他の方々のように、自分とは違うと割り切ることも出来ません。ただ、浅ましく、妬ましく君たちを見てしまう」


「.......」


「君が五条さんより下なら良かったんです。私はそれを心の支えにして、若い君を見ていたんですから」


 八条隊長は、すっと鯉から目を離して俺を見た。


「君は全部持っている。若さも、強さも、人望も。それを妬まない他の方々も、私には狂って見えます」


「.......人望そんなにないです」


 現に八条隊長に嫌われてるし。


「ふっ。これだから君たちは嫌いなんです。いや、君は五条さんよりタチが悪いかもしれせん」


 もう追い討ちかけないでくれ。泣くぞ。池を海水にしちゃうぞ。


「愛されてきたんでしょうね。君は」


「?」


「なので私が教えてあげましょう。大人とは結構醜いものなんです」


 八条隊長は、ぱんぱんっと着物をはらって立ち上がった。


「仲良くしましょう、七条くん。お互い腹の底から憎み合いながら」


 八条隊長は笑って、手を振って去っていった。1度も振り返らず。

 あの人のことはよく分からない。よく分からないが、仲良くしようと思った。別に好きでもなんでもないけど。今も多少タンスの角に小指ぶつけないかなぐらいに思ってるけど。


「隊長、お待ちいただいたんですか!? 大変申し訳ありません!」


 やって来た花田さんと雑談しながら、暖かい飲み物片手に宿に戻った。

 その日は、俺はロリコンじゃない、むしろ年上好きだと言い張る兄貴を無視して寝た。




 準備6日目。


 最終確認として、全隊長と当主達が1つの部屋に集まっていた。


「では、本当に零様と共に鍵を開けるのは七条くん、でよろしいのですね?」


「今更仕方の無いことだ」


「確かに外に五条を置く方が合理的かもしれん。鬼が外に出てきた場合を考えればな」


「では配置に変更はなく進めましょう」


 明後日の夜10時、俺と零様が鍵を開ける。

 本部管理部最重要封印庫。その最奥の扉を。


 それに伴い、酒呑童子が外に出た時のために700人もの術者が待機する。何があっても本部の外に出さないよう、本部周辺にも術者を配置することとなっていた。


「五条、本部を壊すんじゃねぇぞ。修理するのは二条なんだからよ」


「だってぇ、鬼ごっこにジャマだったら無い方がいいでしょお?」


「後のこと考えろや!!」


「...............................善処、する」


「ちっ。一条も本部ぶっ壊す気かよ」


 酒呑童子という名付きの鬼の強さが未知数のため、今のところ心配されている被害で現実味があるのはハルや一条さんが本部を壊す事だ。2人ともジャマになったら容赦なく壊す。むしろジャマでなくともイライラしたら壊すと思う。やめよう建築物破壊。


「七条くんと零様は、鍵を開けた後どうするおつもりですか?」


 とうとう俺にも質問が飛んできてしまった。声が震えないように答える。


「封印が問題なければそのまま閉じて出ます。もし何か綻びがあれば零様が修繕した後出ます。.......もし完全に酒呑童子が出てきていた場合は、酒呑童子ごと外に出します」


「くれぐれも零様の足を引っ張るなよ、若造!」


「七条さんは出てきた後、五条さんの隣にいてください。あまりバラバラに暴れられても困ります」


「和臣、本部壊すんじゃねぇぞ」


 俺は建物大事にする派です。信じてください。


「では明日は調整日ですので、皆さんそれぞれ調子を整えておいてください。明後日は9時には配置についておくことをお願いします」


 そうして会議はお開きとなり、みんなぞろぞろと部屋を出ていく。みんなこれからは寝たり軽く運動したりと、それぞれ万全のコンディションを作っていく。


「和臣ぃ」


「どうした? ハル」


「大丈夫、私が守ってあげるからねぇ」


 勝博さんを連れて俺の前に立ったハルは、その小さな手で俺の腹を撫でた。夏の事を思い出して、すこしぞくっとした。


「いっちーも勝博もいるからぁ、大丈夫だからねぇ。いつもと一緒だよぉ」


「.......うん」


「まだ私が守ってあげるぅ。和臣も、みんなもねぇ。だから気にせずやりなさぁい」


 ハルは、ぱっと俺から手を離して。


「じゃあ明後日ねぇ! 勝博ぉ、私うさちゃんの動画見たぁい!」


「ご用意してあります」


 ご機嫌なハルと勝博さんに続いて、俺も花田さんと宿へ帰った。

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