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 準備2日目。

 昨日八条隊長に面と向かって嫌いと言われたのはなかなかの衝撃で、俺はずっと上の空で札をはっていた。

 俺八条隊長に何かしたかな。

 いや、何かしたな。色々八条隊長が嫌がりそうなことしてるな。八条隊長のアドバイスガン無視で藪知らずに入ったり、いきなり勝手に会議仕切ったり。そりゃ嫌われるわ。


「ちょっと和臣、聞いてるの? あなたなんでこんな大事なこと黙ってたのよ!」


「七条和臣、本当に封印庫に入るの? な、なんで五条隊長じゃないのよ。なんであんたが.......」


「菓子折りでも持ってこうかな.......」


「「聞きなさいよ」」


 女子2人は俺に札を貼って昼を食べに行った。

 その札を剥がしながらぼうっと塀を見つめる。そう言えば昨日も昼食べ損ねたんだった。昨日は色々ありすぎて混乱がおさまらない。


「し、七条特別隊隊長! お、お、お昼お持ちしました!」


「俺は人の嫌がることを.......」


「き、昨日は気が利かず申し訳ございませんでした! お茶.......お茶も入れたので、お休みください! お食事が終わるまで、牧原がお供いたします! で、ですからトイレではなく、お部屋で.......!」


「最低だ.......俺は最低だ.......! 嫌われても仕方ない! いじめられるのも当然だ!」


「そ、そんなことありません! どんな理由があっても、いじめなんて許せません! も、もし悩みがありましたら、この牧原にお申し付けください! これでも教員志望でした!」


「あああ! 嫌われてんのに俺はズカズカ話しかけて! ウザさが極まってるじゃないかあああ!!」


「だ、大丈夫です! 大事なのはこれからです! .......わ、私.......実は、初めてお見かけした時から、七条特別隊隊長のこと.......! ずっと、ずっと.......!」


 塀に額を付けて泣いていると。

 ガサッと、植え込みから兄貴と先輩が出てきた。あまりに急で驚くが、それより俺のすぐ隣に牧原さんがお盆を持って立っていることに気がついて驚いた。いつからいたんですか。


 がさがさと植え込みから出てきた兄貴と先輩は。


「「会話をしろ!!」」


 同時にそう叫んで、俺を塀から引き剥がした。そのままずるずる室内へ引きずられる。

 牧原さんはお盆を持ってとことこついてきた。


「おい七条、俺ぁ飯持ってくる。それまでに和臣とそこの、何とかしとけ」


「この状況を俺だけに投げるな.......」


「じゃあ飯抜きでいいのか? 大体和臣もそんだけじゃ足りねぇだろうが。高校生なんていくら食べても足りねぇんだ」


 先輩はがりがりと頭をかきながら部屋を出ていった。

 そして部屋には、微妙な顔をした兄貴と半泣きの牧原さん、そしてマジ泣きの俺が残された。


「.......はぁ。ウチの弟がすまない。人の話を聞かないのは弟の癖みたいなもので、君を無視していた訳じゃないんだ」


「い、いえ! 私が、ハッキリ喋れないのがいけないんです! む、昔からダメで.......教員も、コレで諦めたんです!」


 兄貴は真っ赤になって泣きそうな牧原さんと話している。俺はとんでもないアウェー感。


「.......それで、本当に申し訳ないんだが.......君がさっき言いかけたこと、聞いてしまったんだ」


「.......?」


 牧原さんはうるうるとした瞳で兄貴を見上げる。座っていても兄貴との体格差がハッキリして、牧原さんがより小さく見える。


「二条と俺は席を外すから、もし構わないなら続けて。.......でも、ウチの弟には想っている人がいるよ。俺は君を止められないけど、もしまたハンカチが欲しければ貸すから」


「?」


 兄貴はなぜか部屋を出ていった。俺を複雑そうな目で見ながら。

 兄貴、なんか勘違いしてないか。


「牧原さん」


「は、はい!」


「俺のことどう思ってますか」


 がったーんっと、廊下から何かが倒れる音がした。無視して続ける。


「あ、あの、あのあの、あのっ!」


「立場とか気にしなくていいです。俺はただの七条和臣、高校3年生の18歳です」


 牧原さんは、ぎゅっと目を瞑って下を向いた。ブルブルと細い肩が震えている。

 そして、牧原さんは。


「.......無礼をお許しくださいっ! わ、私.......! 七条特別隊隊長のこと.......!! 今年の春、初めてお見かけした時からずっと.......じ、自分の.......せ、生徒みたいに思ってしまって!!」


 がっだーんっ、とまた廊下から音がした。


「ご、ごめんなさいっ! わ、私、こんななのに、諦めきれてなかったみたいでっ! ろ、廊下で1人で泣いてる七条特別隊隊長を見たら、ど、どうしても.......!高校生は、多感な時期なのに、こんな、こんな.......! 傷ついて! 私だって、夏、傷つけて! 本部に来ることが、辛くなってしまったらどうしようと! 向いてないのは分かってるんです! で、でも! 少しでもお力になりたくて!」


 ちょっと先生と生徒は予想外だったが、牧原さんが俺に世話を焼きたそうな雰囲気は感じていた。おそらく恋愛だなんだと言う感情は抜きに。俺のことが怖いはずなのに、何かと対応してくれるのはいつも牧原さんだった。


「牧原さん」


「じ、辞職しますっ! い、いえ、辞世します!」


「やめてやめてやめて!」


 俺が牧原さんの細い腕を押さえていると、げっそりした顔の兄貴が入ってきた。廊下では先輩が笑い転げている。


「.......生徒?」


「申し訳ございません!!! 立場を弁えない無礼極まりない感情です!!」


「.......いや。弟を気にしてくれてありがとう」


 兄貴が、そっと牧原さんの目の前に屈んだ。俺は押さえていた牧原さんの腕を離す。牧原さんは力なく座り込んでしまった。


「.......生徒なら、和臣に怯える必要はないんじゃないか?」


「そ、その.......術者としては、そ、尊敬、憧れていますので! どうしても、緊張してしまって!」


 そんなこと思ってたのか。

 廊下で呼吸困難寸前なほど笑い転げている先輩は、とうとう声もなく震えるだけになった。先輩が楽しそうで良かったです。


「.......はぁ。兄ちゃんの勘違いか.......」


 兄貴は両手で顔を覆ってため息をついた。兄貴本当に恋愛ぽんこつだな。モテるくせに。

 半泣きだった牧原さんは、はっとしたように。


「申し訳ございません、七条隊長! せ、先日、お貸しいただいたこちら! く、クリーニングには出したのですが! ご不快でしたら、新品を.......!」


 震える手で兄貴のハンカチを差し出す。そんなものクリーニング出したのか。兄貴は、そっとそれを受け取って。


「.......ありがとう。色々すまなかった」


「いえ! わ、私が無礼を.......!」


 こっちがハラハラするような表情の牧原さんは、兄貴を上目遣いで見上げる。そして兄貴はおもむろに、牧原さんの低い位置にある小さな頭をぽんっと撫でた。

 何やってんだバカ兄貴。それやって許されるのは漫画だけだって姉貴が言ってぞ。


「.......気にしないでくれ。これからも弟をよろしく」


「.......! はいっ! おまかせください!」


 兄貴を見上げながら、涙目のまま嬉しそうに、ちょっと誇らしそうに笑った牧原さん。


 そして。


「わ」


 兄貴が恋に落ちる音が、聞こえた。


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