椅子

 朝の高速道路。割と空いている道路を見つめながら、あくびを噛み殺していた。


「パーキングよりますか?」


「あー.......適当に寄ってください。長距離すみません」


「お気になさらず」


 京都から千葉までの運転はさすがに心苦しい。しかし、新幹線は火器持ち込み禁止だ。このトカゲランプを持っている限り、俺は車で移動するしかない。

 俺が今から向かうのは、京都から車で6時間。千葉にある「八幡の藪知らず」と呼ばれる小さな森。

 1度入れば出られない、神隠しが多発する場所として、現在も禁足地とされている。そんな場所で、ハルは消えてしまったのだ。元々は一般人が消えて、ハルはそれを連れ戻しに行った。笑ってそこへ入ったハルは未だに出てきておらず、何もかも覚えていない一般人だけが帰って来た。

 ハルが藪知らずへ入ってからちょうど24時間後、勝博さんがこれは神隠しだと判断したらしい。


「お? はいもしもーし」


 兄貴、と表示された携帯を取る。なんだ朝っぱらから。


「お前っ!! お前今どこだっ!!!」


 キーンっとした耳から携帯を離す。そして思わず通話を切った。間髪入れずにもう一度かかってきた電話を取り直す。


「うるせぇバカ兄貴!! 耳痛いだろ!!」


「このバカーーーー!!!!!」


 もう耳から電話を遠ざけて通話する。ついでに朝ごはんのコンビおにぎりを齧りながら。


「なに? 何か用?」


「お前帰る時連絡しろって言っただろうがこのバカ!! 何時間本部を探したと思ってるんだ!! あとお前!! お前の副隊長に何言った!? なんで置いてった!!!」


「そんなこと言ってたっけ? で、花田さんがどうしたの? 有給申請? なら全部通して」


 2個目のおにぎりを開ける。ついでにお茶のペットボトルを探していると、トカゲがメラメラと燃えていた。ごめんアイスは溶けるから買ってない。おにぎりで我慢してくれ。


「何食ってんだお前ーーー!! 真面目に聞けーー!!!」


「.......朝ごはん! お腹空いてんだよしょうがないだろ! 学校で朝ごはんは抜くなって習わなかったのかよ!」


「なんで怒ってんだ!! 俺が! 怒ってんだよ!! このバカ!!」


 トカゲに海苔をあげる。不服そうだがパリパリと食べていた。さて困った。電話だからまだいいがこれは結構怒ってるな兄貴。


「何そんなに怒ってるの? あ、他の隊長さん達にハイパー失礼かましたのは、一応メールで謝って」


「そのメールも問題なんだよーーー!! 「ごめんなさい」だけだと含みを感じるだろうがーー!! しかもその後1人でどこか行くんじゃない! この、このバカ!!」


「ごちゃごちゃ言うよりシンプルな方が気持ち伝わるかなって」


「バカーーー!!!!」


「ごめんなさい.......」


「それを止めろーー!! 心配したんだぞこっちはーー!!!」


 兄貴血圧上がりすぎてやばいんじゃないか。そう思ったので、お茶を飲んで静かにしておく。


「はぁ.......あぁもうお前.......お前もう.......今どこだ?」


「静岡ー」


「は? お前、は? 家は? 家寄る.......は?」


「やっぱり直接行く。新幹線乗れないから時間かかるし」


 突然、ぶつりと電話が切れた。

 気を取り直して3つ目のおにぎりに取り掛かる。

 それから、しばらくして。


「パーキングよりますねー」


「了解でーす」


 車内のラジオで盛り上がり、最終的に好きな女優の話で運転手さんと仲良くなった。俺の絶対1位はゆかりんだが、運転手さんは桃川くるみが1位らしい。俺も最近彼女の番組をよく見ているので、なんだか好きになってきた。可愛いと思う。


 それから、何度か休憩を挟んで。


 千葉のインターで、高速道路を降りた。真昼間になってしまった。そして途中大分居眠りをしてしまった。ごめん運転手さん。


「うおっ」


「し、失礼しました!」


 車が急に停まって、慌てて声の裏返った運転手さんの方を見て。俺は、とりあえず自分を殴った。


「...................ヒッチ、ハイク」


 夢なら覚めてくれ。

 どこか鋭い瞳でピンと腕を伸ばし、道路へ親指を立てている一条さん。そしてその隣には、仕事服の葉月がいた。


「...................今回は」


 一条さんは、ごく自然に車のドアを開けて。


「.........................役に、立てぬので」


 葉月を車に乗せて、何故か携帯電話を差し出してきた。


「.........................エスコート」


 そして、ばんっとドアを閉めて、スタスタとどこかへ歩いて行った。どういう事。


「か、和臣.......」


「らりるれろ」


「は?」


「葉月さん。ここ千葉ですけど」


 訳が分からないまま、視線を揺らしていた葉月を見る。その瞬間、葉月はすっと表情を消して。


「なぜあなたはここへ1人で来たの? 花田さんに一体何を言ったの。答えなさい」


「俺本気で花田さんに何か言ったっけ!? ぱ、パワハラ!? まさか俺はパワハラをしたのか!!?」


 齢18にしてパワハラ。いや、むしろ若いくせに付け上がってるという感じかもしれない。どの道クズ野郎七条和臣、死刑。


「急に捨てるなんて、酷いじゃない」


 無表情の葉月の右目から、ボロりと涙が零れた。

 え。


「え」


「い、要らないなんて酷いじゃない.......! 1人で行くなんて酷いじゃない!!」


 両手で顔を覆ってしまった葉月を見て固まる。ボソボソと、先程の携帯から音が聞こえるが、それすら耳に入らなかった。

 慌てて葉月の背中をさすりながら思考を回す。どうしたどうした何があった。


「私達は、要らないの.......?」


「なになに思春期!? 自分の存在考えちゃう感じ!? 大丈夫!! めちゃくちゃ必要だから!! 世界に一つだけのフラワーだから!!」


 とりあえずあの曲流してくれ。あとは何か美味しい物を食べて寝ればそんな思考忘れる。よし、思春期終わり!!


「違うわよ!!」


 胸ぐらを掴まれた。は、反抗期だ。反抗期が来たぞ。

 花田さんウチにも来ました反抗期が!


「よく聞きなさいこのおバカ!! 椅子取りゲームで宇宙人が勝つわけないでしょ!?」


「は.......」


「勝負はそんなに甘くないのよ!! いい? 私の方が宇宙人より確実に先に席をとるわ。絶対に負けない。私、瞬発力には自信があるの」


「.......」


「宇宙人が椅子取りゲームを嫌いなのはね! 本気でやらないからよ!! 座れない人が笑われるからじゃないわ!!本気じゃない勝負なんて、面白い訳が無いもの!! そこにある全てが腐るもの!!」


「.......葉月」


「宇宙人が思う座って欲しい人だって、腐った席なんて御免よ! なら綺麗な床の方がマシだわ!」


「葉月」


「床に座ればゴミぐらいつくでしょうけど! 他人に指ぐらい指されるでしょうけど! その人はゴミくらい自分で払えるわ! あなたよりよっぽどマメな人だもの!!」


 また大きく息を吸った葉月の口から、次の言葉が出る前に。


「大好き」


 ぎゅっと、その全てを抱きしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る