着席

 はぁい! みんな、元気ーー!!??

 お兄さんは、元気じゃなーーーい!!


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 通された部屋の壁に頭を打ち付けていると、入ってきた花田さんに羽交い締めにされた。


「隊長!! 隊長何を!?」


「ごめんなさい俺切腹します。介錯もいらないです。苦しんで死にます」


「隊長、落ち着いてください! あんなにシビレる事の後ですよ! 私の何かが滾ったんですから!」


「ららららららら」


「隊長!? 隊長どうなさいました!? 隊長!!??」


「らーらーららー」


「医療班ーーー!! 医療班急げー!!!」


「らっらっらーら、ぶっ」


 突然、両頬を挟まれた。

 目の前には、無表情の兄貴。


「し、七条隊長! 失礼しました、その。これは、なんと言いますか.......」


 花田さんがばっと俺から手を離す。兄貴は、未だ俺の頬を挟んだまま。


「.......和臣」


「らい」


「お前の持ってる物の中に、俺も入ってるからな」


「ら?」


 兄貴は、ぱっと手を離して。いきなり、めちゃくちゃ怒った顔になった。


「この、.......このバカーーーー!!! なんだ今のはー!! 失礼通り越してるだろうがこのバカたれーー!! お前の頭は飾りかーー!!??」


 スパーンと、俺の頭を叩いてきた後。ぐりぐりと、こめかみを拳で押さえつける。


「ぎゃああああああ!!」


「この、ホントに! ホントにバカ! この後当主の会議もあるんだぞ!? 父さん泣くからなこんなの! 俺はさっき気を失うかと思ったからな!!」


「割れるううう!! 頭割れるうあああああ!!」


「割れてしまえーーー!!!」


 いつもの3倍以上の時間怒られ、俺は部屋の中央で仰向けに倒れていた。死ぬ。物理的に。


「兄ちゃんちょっと行くとこあるから、行く時連絡しろ。1回家に寄るだろ?」


「らー.......」


「連絡しろよ! お前、1人でどこか行くなよ!! わかってるな!?」


 兄貴が部屋を出て行って。

 入れ替わるように、廊下に勝博さんが立っていた。


「七条和臣特別隊長」


 そして、音も立てずに。

 廊下に膝と手を着いて、静かに頭を下げた。


「ひっ! か、勝博さんやめてください! そこ廊下ですし!」


 部屋の隅にいた花田さんが、そっと俺の肩に手を置いて、ゆっくりと首をふる。

 それから本当に長い間、勝博さんは頭を下げたままだった。


「.......第五隊副隊長として、最大限の感謝を」


 そして、勝博さんはもう一度頭を下げて。足音もなく去って行った。


「.......隊長。やはり私は、あなたを誇りに思います」


「割とゴミ虫に近い生き物である自覚はありますけど」


「ご冗談を」


 そして。

 真っ白な女が黒い封筒を持ってやってきた。


「七条和臣様。ご確認を」


「了解!」


 黒封筒を、受け取ったところで。


「主人より言伝がございます。お聞きになりますか?」


「へ? 主人? .......杉原さん?」


「いえ、奴の式神は着物の裾がもう少し短いです。趣味が悪いんですよ」


 じゃあ誰だ。あ、もしかして夏に羊羹くれた管理部の人かな。仲良くなりたいんだけど、あれから会えてないんだよな。せめて名前教えてくれないかな。


「お聞きになりますか?」


「はい」


 女は、すっと目を閉じて。


 真っ赤な唇で、こう言った。





「枷は外れたか?」




 どきん、と心臓が跳ねる。

 女はそれにも構わず続けた。


「最上を目指せ。七条和臣は、そうしなければならない」


「は.......」


「上ではなく、最上を目指せ。停滞は、もう終いだ。.......では」


 すっと白い女の目が開く。


「今度は迷わず帰るように。.......言伝は以上です。では、失礼致します」


 その場で白い女が消えて。

 花田さんはその場でピクリとも動かなくなった。

 俺は。


「.......」


 じっと、自分の着物の袖を、見つめていた。


「よお、後輩」


 いきなり声をかけられて、大袈裟なほど肩が跳ねた。

 部屋の入り口を見れば、先ほどより包帯や絆創膏が減った先輩達。それから兄貴以外の隊長も。わあ、オールスターだね。


「申し訳ありませんでした!!!!」


 もう誰が口を開くより早く土下座した。本当は五体投地とかの方がいい気がする。降伏しますそして死にますごめんなさい。


「そうだな。超絶失礼だったのは反省しろ」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「あー.......それで、だな」


 なんだリンチか。それとも私刑か。天誅か。せめてひと思いにやってくれ。


「本部の封印庫を開ける時、そん時にゃお前が必要だ。これは俺達全員が、私情抜きに、実力的にそう思ってる!」


 そうか、俺が封印庫に封印されて来いってことか。永遠に暗い部屋で体育座りか。おーけー、任せてくださいやり遂げてみせます。


「.......でもな。俺ら全員、私情抜きで。あの五条が敵わねぇモンに、お前が敵うとは思ってねぇ」


 よーし、引越し準備するか。これから酒呑童子と同室になるんだもんな、引越しそばとかいるかな。あれ、もしかして前の九尾とか茨木童子の片腕とかもいる? 引越しそば大量だな。


「だから! 誰も五条を探すなんて言わなかったんだよ!! 俺ら全員ひよって目ぇ逸らした腰抜けだ!!」


「ちょっと二条さん、そこまでは言ってません。ちょっと慎重な現実主義者ぐらいですっ! 蹴り倒しますよっ!」


「いや!! こんな俺らは漢じゃねぇ!! 女々しいクソ野郎だ!!」


「.......私と三条さんは元々女ですが」


「皆さん落ち着いてください。七条君も困っていますよ」


 ごみ捨てとかでご近所さんトラブルにならないよう気をつけよう。騒音問題とかもあるな、壁薄かったらどうしよう。


「七条君」


 はっと顔を上げれば。


「五条さんの席、そこは君が思うより重いものですよ」


 第八隊隊長、八条鎌太れんたさんがにこやかに俺を見下ろしていた。


「君が五条さんに代わるには、まだ足りない。それでも、その席だけは空席にはできないのです」


「.......」


「ですから、君は。不要な危険は避けて、必要な努力をして、これから成長していけばいいんです。急いではもらいたいですがね」


 花田さんは八条隊長を睨みつけ、他の人達は俺から目を逸らす。みんな勘違いしている。俺の心を引っ掻くのは、そんなことではない。そんなことではないのだ。


「椅子取りゲームって」


 はっと。花田さんが、ギリギリと握りしめていた拳を解いて俺を見た。他の隊長達も目を見開いて俺を見ている。


「1人だけ.......いや、2人宇宙人が混じってたら、他にどんなに座って欲しい人がいても.......そいつらが勝っちゃうと思うんです」


 さっと立ち上がって、1人で部屋を出た。後ろ手に閉めた襖が開く前に、早足に廊下を進む。

 そして、盛大に膝から崩れ落ちた。


「やらかしたああああああ!!!」


 床を叩いて泣きわめく。

 何言ってんだ俺。今はそう言う話じゃなかっただろ。お前くそ雑魚だから努力しろよ的な話だっただろ。なに訳の分からん事をぬかしてるんだ。これだから思春期は。

 全員に謝罪動画とか送った方がいいかな。リアル切腹系ユーチューバーかな。


「と、特別隊隊長.......その.......お、お荷物お持ちしました!」


「へ?」


 いつの間にか背後にいたのは、見覚えのある立ち姿。前に羊羹をくれた管理部の人が、ここへ来た時に杉原さんに預けていたトカゲ入りランプを両手で持って、震える呼吸で俺に差し出す。


「あっ! すみません、忘れてました.......。ありがとうございます」


 涙を拭いて立ち上がる。ランプを受け取れば、トカゲがごうごうと燃えだして、尻尾でガラスを叩く。ごめんて。


「お車のご用意は.......」


「あ、どうもありがとうございます。お願いしてもいいですか?」


「おまかせください! .......そ、それと.......」


「? はい」


「杉原管理部長より、何か必要な物や準備がありましたら.......と」


 必要な物。それを、少し考えて。


「.......何も」


 自分でも驚くような冷たい声で、そう言った。


「しょ、承知しました! お車まで、お見送りを!」


「ありがとうございます」


 それから。

 真夜中に1人で車に乗って、運転手に行先を告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る