性悪

 夜の京都。白い掛け軸のある広い部屋。


 あの封筒を受け取ってからバタバタと支度をして、兄貴と兄貴の副隊長さんと一緒に本部へ来た。あまりにも急なことで、俺達の他はまだちらほらとしか集まっていなかった。


「隊長! 遅れまして、申し訳ありません」


「花田さん」


 俺の斜め後ろに座った花田さんは、すっとメガネをかけ直した。


「大丈夫です。死者は出ていません。もうすぐ二条隊長も三条隊長も、もちろん九条隊長もいらっしゃいますよ。ご心配なさらず」


「.......」


 今回急に全隊長が招集されたのは。

 鬼が出たからだ。

 それも4体。赤鬼、青鬼、肌鬼、白鬼。


 酒呑童子の配下、四天王と呼ばれている鬼達。


 そんな鬼が、真昼間から第二隊と第三隊、それに第九隊と京都を襲ったらしい。ちなみに。今回の封印庫の鍵当番は、先輩だった。

 全ての鬼は退治されたが、1についても話し合うために、全ての隊長達が集められた。


 ばんっと、部屋の障子が開いた。

 そこには。


「ちっ。全然揃ってねぇじゃねぇか」


「二条さん、早く入ってください。脚は痛いしネイルも割れてるんです。メイクも口紅だけで、あまり見られたくありません」


 包帯と白い絆創膏だらけの先輩と、むっと頬を膨らませた湿布だらけの鞠華隊長。

 ぎゅっと、自分の着物を握った。


「俺らより遅いヤツは何してんだ。漢ならさっさと来いっつーの」


 口の横に絆創膏を貼った優止は、右腕を三角巾で吊っていた。


 3人とも自分の副隊長を連れずスタスタと自分の席に向かって、ぴんと背筋を伸ばして座った。


 その後15分程で。

 9の隊長と、7人の副隊長が席に着いた。


「揃ったか」


 ふっと現れた白い人に、ざっと全員が頭を下げた。白い人は、ゆっくりと真っ赤な唇を開いた。


「まず」


 全員顔を上げて、まっすぐ前を見ていた。


「二条、三条、九条。良くやった。褒美は追ってとらす。良く休め」


「「「はっ」」」


「此度の酒呑童子の四天王、夏の茨木童子。秩序を乱す者を、もう放っておきはしない」


 白い人が、ふっと手を上げた。







「本部封印庫の最奥、その扉を開ける。詳細は追って通達する」





 ざっと、全員頭を下げた。

 そして、話はこれで終わらない。


「それから」


 勝博さんが、席を立った。

 そのまま部屋の中央へ進み出て、畳に手をつき白い人へと頭を下げる。



「昨日。第五隊、五条治が消えた」



 第五隊隊長、五条治。並外れた才覚、豊富な経験、決して折れないその精神。妖怪退治はもちろん、治療の術に対する造詣は誰より深い。骨折や内臓の損傷を治せる術者など、彼女の他にいない。全ての術者の理想を高めた術者。

 最強の術者。


 そんな彼女が、消えた。


「八幡の薮知らず、そこへ入って消えた。神隠しだ」


 神隠し。

 人が忽然と消えること、いなくなること。

 誘拐や迷子の場合は、警察の仕事になる。しかし、その他の理由での神隠しは、総能の管轄となる。総能が動く神隠しの理由で、俺達がハッキリと認識できているのは3つだけ。未だに理由が分からない神隠しが、現在には数多く存在する。


「原因は未だ不明。捜索は」


 ふっと、白い人が口を結んだ。

 五条治。かつてたった1人で大天狗を倒し、現在全隊長の中で最多の討伐記録を持つ天才。

 簡単な言葉で言えば。

 

 公式に発表などはないが、噂を通り越し常識となった事実。

 つまり。


 彼女が消える程の場所へ、送れる術者など存在しない。


 今回、京都の本部にも鬼が出た。元々京都を出ることが相当なイレギュラーである白い人は、今回の件で本当に本部を離れられなくなった。総能本部、全術者の中心地だけは、何があっても落とせないのだから。


 白い人の目の前で、勝博さんはピクりとも動かず頭を下げている。呼吸での上下も見えない背中。

 勝博さんは優秀だ。だから、きっと。どうなるかは分かっている。それでも、一切の乱れも見せず頭を下げるのだ。


 白い人の真っ赤な唇が、ゆっくりと開いた。


「失礼致します!」


 ぎょっとしたように、勝博さんと白い人以外の全員が部屋の入り口の方を振り向いた。


 ビビりで体力もない、ペーペーの新入り隊長の方を、振り向いた。


 そしてビビりなそいつは、立ち上がって勝博さんの隣へと座った。そのまま、畳に額をつけて口を開く。


「五条治の捜索、この私にお任せいただきたく」


「.......」


 とんでもないくそバカ野郎のせいで、部屋の空気は最悪。白い人は、ただじっとそのゴミ虫野郎を見下ろす。


「必ず、連れ戻して参ります」


「その自信があるか?」


 凛とした、白い声。それに対し、ふてぶてしいゴミクズ野郎は、なんの根拠があるのか堂々と声を張った。


「あります」


「そうか」


 俺の中の、この世界から消えて二度と帰ってこないで欲しいランキング堂々の第1位のガチクズへっぽこ隊長は、ぐっと顔を上げた。


「この私に、本件の解決を命じていただきたく」


「.......そうか」


 白い人は、すっと立ち上がって。ふっと、その白い着物を連れた、白い腕を上げた。


「特別隊隊長、七条和臣。.......お前の持てる全てを使い」


 真っ赤な唇は、緩やかな弧を描く。


「五条治を、連れ戻せ!」


「はっ!!」


「では」


 ざっと全員が頭を下げる。


「解散」


 ふっと白い人が消えて。

 ふてぶてしいドクズ野郎の七条和臣は、部屋の中央で立ち上がった。

 ふてぶてしいので、ぱんぱんと着物の皺まで伸ばし始めた。死んでくれないかなこいつ。


「あー.......」


 誰も何も言わない。ただ、おかしな空気が漂う部屋で。



夜露死苦よろしくぅ!!」



 、ビシッと指をさした。

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