現実
「和臣、あなた痩せたかしら?」
「痩せてない!! 太る前準備だ!!」
「何を怒っているのよ.......」
朝の下駄箱。
上履きに履き替えながら、たまたま同じ時間に登校して来た葉月と話す。
「最近寒いから、体調管理はしっかりね」
「葉月もね」
「私の人生において、風邪ごときに負けたことは1度もないわ」
やだ、俺の体力、低すぎ.......!?
自分の彼女にフィジカル面で負けてる気がする。これは由々しき事態だ。早急に対処しなければ。どうすればいいんだ。かもん筋肉。
「よお! 朝からイチャイチャしてんなぁ! 七条夫妻!」
「うっせぇバカ」
教室のドアを開けた瞬間、バカの田中がのしかかってきた。葉月はスタスタ自分の席へと向かっていった。
「なあなあ、締切今日の朝までだったからさー! お前の分も書いといてやったぜ!」
「締切? なんの話だ?」
3時間目に提出の数学のノートを取り出しながら応えた。表紙が若干焦げている。間違えてトースターに入れた設定にしておこう。
「球技大会の名簿に決まってるだろ! 再来週だぞ、球技大会!!」
「しまった地獄の行事を忘れてたーーー!!」
思い切り机に額を打ち付けた。なんてこったい。
「感謝しろよ! 今年もバレーって書いといてやったからな!」
「.......俺が進んで球技をすると思うなよ」
「だって2種目は必須だろ! なら絶対バレーしかないって!」
地獄の行事、球技大会。
運動部のみを祭り上げ、文化部帰宅部は血祭りに上げられるという恐怖の大会。
なぜかやる気を出したこの学校は、全7種目、2日間授業なしという馬鹿らしい本気度合い。その中から1人最低2種目はエントリーしなければならないという悪法を作り上げたこの学校に呪いをかける。本当にもう少し思いやりの心を持とうよ。みんながみんな球技得意だと思うなよ。
俺は去年は卓球の補欠と、バカに引きずり込まれてバレーに出場した。苦い思い出すぎる。
「最後の球技大会だからな! 絶対勝つぞ!」
「あ、そう言えば俺、全骨格粉砕骨折する予定だから無理だわ」
くそー。なんてこったい。でも仕方ないよな、粉砕骨折だもの。俺も青春の1ページに加わりたかったけど、粉砕骨折なら仕方ない。だって粉砕骨折だもの。かずをみ。
「お前中学の体育大会からその言い訳だよなー!」
「バカにするなよ。中学の時は両腕骨折だけだ」
「和臣、情けねえ.......」
大人しくなった田中が去っていった。俺に恐れをなしたか。その後はいつも通り授業を受けて。
悲劇は、昼休みに起きた。
「女子集まってんなー.......」
「球技大会の名簿戻ってきたからな! みんなそれ見てんだろ!」
黒板前に女子の集団ができていて、きゃいきゃいと楽しそうだった。その中で葉月もじっと名簿を見ている。
「女子って球技大会の時化粧するよな。なんで?」
「知らねー! でも、可愛けりゃなんでもいいだろ?」
「当たり前だ」
ゲラゲラ笑っていると。
「か、和臣! あなたどうかしたの!? 病気!?」
真っ青な顔の葉月が、俺の机に手をついた。若干息が荒い。なんだなんだ。
「そ、そんな病的なまでに女子の化粧にこだわってるわけじゃ.......」
「違うわよ! あなた、球技も運動も苦手じゃない!」
「そうハッキリ言われるとへこむ」
オブラートに包もう。はちみつ漬けにしよう。そして1年寝かせて、それからそっと渡してくれ。
「球技大会、なんで4種目も出るのよ! こんなに出たら、私の試合と被って応援に行けないじゃない! そういう事は事前に言ってちょうだい!」
何やら怒っているらしい葉月の言葉を、もう一度考える。応援来てくれるつもりだったんだ、ありがとう。好き。一方葉月の試合は、どれも葉月無双状態が終始続くので見ていて複雑な気持ちになる。あれ、俺ヒロインだったかな。
そしてさっき、葉月は他になんと言っていたかな。
「.......4種目?」
「バレーとバスケとドッチボール。あと卓球は補欠ね。バスケが私の試合と被ってるのよ、どうしようかしら.......」
うん。そっか。うん、そうか.......。
「田中ああああああ!!! お前何してくれてんだああああ!!」
「人数足んねぇから入れといた! 最後に思い出作ってこいよ!」
「黒歴史になるだろうがーーー!!」
教室を飛び出した田中を追いかけ、吐きそうになるまで校内を走った。結局、あのバカは捕まらなかった。体力バカめ。
そして、放課後。
「葉月どうしよおぉおお!! 俺は多分死ぬんだあああ!!」
「大袈裟ね」
「だって4種目! 危険すぎるだろ!致死量だよ!」
「私は.......」
葉月は、すいっと視線をズラして。
「あなたが運動してるところ、沢山見たいわ」
驚愕。誰か彼女にノーベル平和賞を。
「.......忘れてちょうだい」
驚愕。
葉月が俺の手を取って、きゅっと握ってきた。
驚愕。
「.......ふ、夫妻に、見えるのかしら」
驚愕。
「だ、だって田中くんが! .......田中くんが、そう言ったんだもの.......」
驚愕。
「.......忘れて.......ください」
つむじまで真っ赤になった葉月は、それ以降何も話さなくなった。俺は人の言葉を忘れた。瞬きの仕方も忘れた。呼吸の仕方も忘れた。ただこの世の美しさ、それだけを胸に果てた。我が生涯に一片の悔い無し。
「「.......」」
葉月と家の門をくぐり、玄関を開け、そこで何をするのか忘れた。とりあえず、婚姻届って血判だっけ。
「葉月お姉ちゃんいらっしゃい! 和兄、お客さん来てるから早く行って」
「俺ウエディングドレスがいい」
「はぁ? 白い女の人だったけど、着物だったよ」
慌てた葉月が思い切り背中を叩いてきた。白無垢か。.......白無垢!? 何それ怖い絶対綺麗じゃん。
「早く行ってってば! 葉月お姉ちゃんは私とケーキ食べるの!」
ナチュラルな仲間はずれも、今は全く心に響かなかった。妹に客間へ押し込まれ、白い女が差し出す黒い封筒2つを受け取っても、イマイチ現実感がなかった。ぼーっとしたまま中身を見て。
「は」
思い切り現実に引き戻された。
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