罪悪

 夜中の1時。

 俺は良い子の上まだ育ちたいので、普段ならば寝ている時間。

 そんな時間に。


「.......お前、本当に、もう.......いい加減にしてくれ.......」


「お腹空いたから」


 兄貴と2人で、がらんとしたラーメン屋のカウンターに座っていた。


「こんな時間に外に出るなよ。朝飯まで我慢しろ」


「あ、すいません醤油の方味玉つけてください」


「はいよ」


「聞けよ! そろそろ兄ちゃんの話を聞けよ! そして卵も食うのか! やめとけこんな夜中に!」


 いつかのごとく夜中にお腹が空いて目覚めた俺は、誰かのせいで切らしていたカップ麺ストックを足しにコンビニへと向かった。

 寒くてバッチリ目が覚めてしまった俺は、ランプ片手に軽く鼻歌を歌いながら小走りで坂を下っていた。そしていきなり、背後から後ろ襟を捕まれたのだ。

 運悪く今日は早上がりだった兄貴は、散々俺に説教をして、結局ラーメン屋でラーメンを奢ってくれた。やったぜ。


「お前、本当は夜中にラーメンなんてダメだからな! 静香には黙っといてやるけど、もうやるなよ。体に悪いからな」


「そう言えば俺、最近体重減ったんだよね」


 ガバッと、兄貴が俺の方を見た。丁度出てきた味玉ラーメンを受け取って、割り箸を割った。

 兄貴は目の前の塩ラーメンも放って、いきなり俺のジャージを捲りあげた。


「お前、痩せたのか!? なんでだ!」


「さぶいんですけど。早くしないと麺伸びるぞ」


 味玉の黄身ってなんでこんなに美味しのだろうか。そしてやはり醤油。ラーメンと言えば醤油だろう。夜中に食べるとより美味しく感じる。罪の味がする。


「答えろ! こんなに食っておいて、痩せるなんておかしいだろ!」


「.......聞いてよ兄貴」


 メンマを箸で持ったまま、左手で額を押さえた。


「どうした、大丈夫か? 明日病院行こう、兄ちゃん連れてってやるから」


 そんなことは必要ない。今俺に必要なのは、もっと別のものだ。


「.......俺、最近.......鍛えてるんだ.......」


「.......は?」


「腕立て伏せとかさ! 坂ダッシュとかしてんの毎日! でも筋肉はつかなくてただ脂肪が落ちだけ!! ただスリムになっただけなんだよーーー! シックスパックになりたいよおおお!!」


 涙が止まらない。メンマを口に入れながら、俺の元から去っていった脂肪を思う。去るなら代わりに筋肉置いてけ。引き継ぎはしっかりしようね、社会人でしょあなたは。


「お前.......お前、まぎわらしい!」


「だって兄貴腹筋割れてるじゃんかーー!! 先輩なんて引くぐらいバキバキだし、あの優止だって割れてんだぞ!? 多分花田さんも割れてるし!! 杉原さんは聞くまでもないよ!!」


 なぜ。どんな生活してたら腹筋割れんだよ。

 そうです、毎日妖怪退治に走り回ってたら腹筋ぐらい割れますよね知ってます。でも俺は未だに筋肉不足なんですが。なぜですか先生。もうこんな時期ですし、志望筋肉変えた方がいいですか。助けて先生。


「はぁ.......お前、ホントにもう.......」


「兄貴、筋肉ちょうだい.......?」


「できないだろ。まあ、確かにお前体力無いのは良くないな。術者は体力勝負のところがあるし、隊長となれば尚更だ。.......怪我もするしな」


「逆に聞くけど俺はこの2年何をしてたんだ? 身長は伸びたけど、兄貴より小さいのは何? 呪い?」


 ラーメンの汁を飲もうとしたところで、ひょいと器を奪われた。ああ、最高の罪の味が。


「.......お前、母さん似だからな。骨格的にも、俺みたいにはならないと思うぞ」


「骨格ってどうしたらいいんだ? 1回全部折ってゼロからスタートすればいいの? リセット?」


「やめろ」


 2人でラーメン屋を出て、タクシーを拾うか歩いて帰るかで若干揉める。結局タクシーを拾って、兄貴の先週出来た彼女さんの話をしながら家に帰る。


「兄貴さー、今年何人目の彼女さん? あ、3日で別れたのは入れんなよ」


「.......3」


「俺今、兄貴がモテることを悲しく思ってる」


「やめろアラサーにその目は効く!」


「.......俺、兄貴がウチの末代になるのやだよ」


「ならねぇよ! やめろ父さんが聞いたら泣くぞ!?」


「もう泣いてるよ」


 兄貴が静かになった。俺も静かになって、2人で静かに家の門をくぐった。


「.......ごめんね兄ちゃん」


「謝るな.......謝らないでくれ.......。お前は葉月ちゃん大事にしろよ.......」


「うん.......」


 2人で、玄関を開けたところで。


「おかえりなさい。ところで、今は何時か知ってるの?」


 笑顔の姉が腕を組んで立っていた。俺はこの世全ての優しさを思って微笑み、そのまま目を閉じた。

 せめて最期は葉月に看取って欲しかったな。みんな今までありがとう。お元気で。


「兄さん? もしかして何か、食べてきた?」


「.......はい」


「そう。.......2人ともそこ座んな」


 兄貴が身を呈して庇ってくれて、俺はきちんと睡眠時間を手に入れた。

 ごめんなさい。

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