何もしない術者

和臣は10歳で特免を取りました。

そのあと1年間は、ばあちゃんに仕事を受けさせてもらえず、1年後術勝負に勝利したことで初めて仕事を受けました。

そして、術者を辞めました。今回は、その直後、11歳での和臣の話です。



ーーーーーーー



「兄貴ー」


「口悪いなぁ、誰に似たんだお前」


「兄貴」


 両頬をつねられる。


「痛い.......」


「で、なんだ? 兄ちゃん仕事だからそろそろ出るぞ」


「兄貴のシャーペンちょうだい。俺の失くなった」


「いいけど.......鉛筆はダメなのか? 小学校じゃ鉛筆だろ?」


「.......学校で使うんじゃないから。ダメか?」


「やるよ。部屋から好きなの取ってけ」


「ありがとう!」


 兄貴の部屋に走る。姉が廊下を走るなと怒っていた。


「あっ! お前部屋汚すなよ! 変なとこ開けるなよ!」


「えーい」


「どっちの返事だーー!!!」


 玄関から兄貴の叫び声が聞こえた。兄貴の部屋に入って、きっちり揃ったペン立てからシャーペンを1本貰う。ペン立てに入ったペンの向きも、色も太さもきっちり揃えられていて、兄貴の几帳面さに若干引いた。


「和臣ー! おいでー!」


「んー!」


 机の引き出しを開けてみた所で姉に呼ばれた。居間に行けば、妹が真剣な顔で大福を食べていた。手も口も真っ白になっていた。可愛い。


「大福、食べる?」


「うん。姉貴は? 半分こする?」


「.......うん」


  3人で大福を食べて、姉に学校での事を聞かれて。そう言えば明日ティッシュの箱がいると言えば、姉が慌てて立ち上がった。


「早く言いな! ティッシュ.......無理やり開けるか.......」


「いいよ別に。廊下立ってればいいんだし」


「ダメに決まってるでしょ! ていうかあんた廊下に立たされてるの!? 」


「たまにね」


 姉がふらっと座り込んだ。


「嘘.......そりゃ、ちょっと抜けてる子だけど.......悪気はないのよ.......なのに、廊下.......」


「姉貴大丈夫? 無理しなくていいよ、ティッシュ」


 本当に無理しないで欲しい。別にティッシュ箱がなかったらなかったで問題ない。図工は好きだが、廊下の窓から校庭を見るのも嫌いじゃない。


「違う.......あんた学校楽しい? お友達は?」


「楽しいよ。1番楽しい。あ、夏休みにね、友達とカブトムシ取りに行く約束した。あとプールと、ゲームと」


「.......夏休み、遊ぶの?」


「うん。あ、宿題あるけど.......戸田がさ、初めと最後のページだけやればバレないって」


「バレるわ! ちゃんとやんな!」


 じゃああと真ん中のページだけやっておくか。


「.......和臣。お姉ちゃんも、兄さんも、夏は仕事だよ」


 どきっと胸が跳ねたが、なんでもないように言った。


「うん。清香と待ってる」


 もう服まで真っ白な妹を膝の間に座らせる。タオルで手と口周りを拭いてやると、何やらもごもごと言っていた。よく聞けば「自分でやりゅ」と言っていたが、無視して拭いた。うんうん唸っている。


「.......そう。じゃ、戸締り気をつけな。できる?」


「うん」


「.......明日、河童に会いに行こうか」


「え! いいの!? やったー!」


 思わず大声を出して、妹に叩かれた。ごめんと謝ったところで、気がついた。

 普通の弟は、河童を見ない。クラスの友達は、妖怪など見ない。


「.......やっぱり、いい」


 河童。可愛いし、できることなら連れて帰りたい。この間連れて帰ろうとして怒られたが、どうにかして庭の池に連れていきたい。姉がいないと出てきてくれないので、このチャンスを逃せばもう会えないかもしれない。河童。好きだ。だって可愛いから。緑でペとっとしていて、遊んでくれるし。


「和臣?」


 でも、俺は。姉と兄貴も、好きだ。


「.......いいよ。河童。.......別に、いい」


 きゅっと喉がしまる。目が熱い。


「.......もう、泣かないの。行こうよ和臣。河童、嫌いになった?」


 姉が目の前に屈んで顔を覗いてくる。妹の頭に隠れて涙を誤魔化す。


「.......き、嫌いじゃ.......ないけど。別にいい。姉ちゃん忙しいし、俺、普通の遊びする.......」


「.......お姉ちゃんとは、もう遊ばない? お姉ちゃん、和臣に遊んでほしいな」


「.......うん。でも、俺、オセロとか」


「いいじゃない。河童とオセロすれば」


 姉貴が俺の脇に手を入れる。ぐっと持ち上げられた。


「うっ.......そろそろ無理か.......」


「姉ちゃん、怪我するよ。俺もう小五だし、降ろして」


「.......そう言われると降ろしたくなくなるのよ。大体あんた小さいわね。お姉ちゃんが小五の頃より全然小さい。やっぱり軽いわこれぐらい!」


「うわあああ!! 小さくない! これから伸びるのおおお!!」


 背の順で前から3番目なのは、触れないでほしい。なぜ兄貴も姉も背が高いのに、俺だけ低いんだ。


「.......ゆっくり伸びな。急がなくていいよ」


「えぇ? なんで? 俺もデカくなりたい.......」


「いっぱい食べな。.......それで? 河童はどうする?」


「.......行く」


 姉がよし、と言って俺を降ろす。腕がぷるぷるしていたので、無理はしないで欲しい。


「清香も、行く」


 妹を抱っこしようと思ったら、お姉ちゃんがいい、と言われた。本気で泣いた。


 次の日、レジ袋にきゅうりを詰めて川へ行った。眠そうな兄貴も着いてきた。


「.......和臣、お前.......本当に河童好きなのか.......?」


「? うん。好き」


 タコ糸にきゅうりを結んで垂らす。早く釣れないかな。


「.......和臣、お姉ちゃんが呼んであげるから、釣りはやめな.......」


「えぇ? でも釣れると思うよ? 」


「まあ、この前の網よりマシか.......普通の糸だし.......」


 兄貴が糸を引き上げる。いつの間にかきゅうりが齧られていた。


「あっ! 齧られてる! 食ってる!」


「和兄、見えなぁい。どいて、清香も見たい」


「あ、ごめんね。ほら、齧られてるだろ?」


 妹に齧られたきゅうりを見せる。でもおかしい。餌は食べられているのに。


「なんで釣れないんだ?」


「なんでぇ?」


「「.......」」


 そのあと姉が河童を呼んでくれて、ずっと姉の後ろに隠れたままの河童を力任せに引きずり出した。

 そのまま相撲にもつれ込み、3回川に投げ込んだ。糸も術ももう使わないと決めたので、どうしようもない霊力任せに投げ飛ばした。オセロをしようと提案したら、白い石と黒い石拾いに変わった。


「なあ、ウチに来いよ」


『嫌だ』


「だってさぁ、ウチに来れば姉貴いるよ?」


『.......でもやだ』


「いつでも会えるよ。.......俺と」


『嫌だーーーー!!』


 仲良しって楽しいな。河童可愛い。甲羅撫でていいだろうか。水かき見せて欲しい。微妙にある尻尾、よく観察させてくれ。可愛い。


「和臣ー! そろそろ帰るよー!」


 橋の上から姉の声がする。妹は兄貴に肩車をされて満足そうだった。


「うん! .......なあ、河童から見てさ」


『くわ。静香待たせるな』


「.......俺って、普通?」


『くわ? 普通? 和臣は違う。もう何百年とここに居るけど、和臣は変だ』


「.......そう」


『くわ。静香いじめるな。尻子玉抜くからな』


「うん」


 姉より、兄貴よりダメな術者でいたい。1番は兄貴達で、俺はビリでいい。誰も姉貴達を悪く言わないでほしい。俺はもう糸も術も使わない。札も書かない。霊力もできるだけ引っ込める。学校のクラスメイトのような、普通の弟になる。それでも、見えてしまう。関わりたくなってしまう。だって、嫌いじゃないんだ。全部。だから。


『? 和臣?』


 ぺたりと手が触れる。可愛い。


「.......ばいばい」


『くわ』


 河童に手をふって、びしょびしょの靴で兄貴達の後を歩く。


 それから。


 学校帰りは毎日のように友達と遊んだ。

 ゲーム、漫画、スポーツ、探検。楽しかった。

 だから、帰りが遅くなって、暗い用水路から伸びた手に足を引っ張られて田んぼに落ちても。

 風の強い日に、痛みもなく腕や足が切れていても。

 機嫌の悪い山に引きずり込まれそうになっても。

 何もしなかった。


 中学に上がってよく迷子になって、知らない場所で悲しい霊達に首を締められても。

 帰りが遅くなることが増えて、雑魚に塗れて道を歩く事が多くても。

 普通に知らない人たちの車に引きずり込まれそうになっても。

 何もしなかった。


 何もしないことに慣れて、普通の高校生になった時。


 強い、彼女に出会った。


 俺の、普通に。繋がりたい人に。

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