あしひきの山桜花一目だに
後先不注意
桜が散った京都。ズレた男が、絶好の散歩日和に胸を弾ませていたのはほんの少し前。
「道満! 聞いてくれせっかくの散歩日和に仕事を押し付けられ.......道満?」
男が確認もせず開けた部屋には、友人の姿はなかった。彼に仕事を押し付けて散歩に行こうと思っていた男は、仕方なく外に出て手を鳴らす。
ぱんっと音が鳴れば、もうそこは友人の家の立派な庭ではなかった。人気のない静な寂しい浜辺で、男は鼻歌混じりに術をかける。
「お嫁さーんが欲しいー! ふふーん!」
男は、この浜では気休めにしかならないだろう仕事をこなしていく。誰も真似できないような規模の術を、誰も追いつけない速さと正確さで。
「子供ーも欲しいー! はははぁ! でも本当は散歩がしたーい! .......ん?」
誰もいないはずの浜辺に、小さな子供たちの声が響いた。楽しそうに遊びながら、こちらに走ってくるようだった。
「うーん。これは予想以上に良くないね。集まりすぎだよ、淀んでる」
男がすっと腕をあげて、子供達の声の方へ振り返ろうとした時。
「ダメっ!!」
どんっと何かが男に抱きついて、細い腕で男を押す。それに構わず男は声の方に向かって手刀を落とした。子供の形をした何かは、至る所からビチビチと黒いものを零しながら消えた。
「どちら様かな? 君は人間みたいだけど、こんなところに1人でお出かけとは、お転婆さんだね!」
「見ちゃダメ!! 連れて行かれちゃう!」
「その通りさ! よく知っているね!」
「大丈夫、まだ間に合う.......え?」
「お転婆なお嬢さん、もうここに来ないほうがいい。さ、帰りたまえ!」
「だってあの子たちは.......、あっ」
女が上げた顔をさっと隠す。そのままかすかに肩を震わせて、細い声で言った。
「.......ごめんなさい、こんなもの、見せて.......」
「なにがだい? ああ、あの子供もどきのことは気にしないでくれ! 僕は陰陽師だからね、あれくらい.......」
「ち、違います.......私の、顔」
女が袖で隠した顔の右半分は、赤い痣で覆われていた。
「醜い、から.......」
「はははぁ! そうかな? 僕にはわからないよ!」
「え?」
「僕はね、2番目ってものがわからないんだよ! 1番しか理解できないんだ! 僕は桜が1番美しいと思うけど、その他はよくわからなくてね。僕にとっては君も、撫子の花も、大体同じさ!」
嘘ではなかった。男は本気で桜以外をどうとも思っていなかった。女の美醜など理解できなかったし、する気もなかった。京都一の陰陽師である男に嫁がいないのは、この男のこういったズレた部分が原因だった。誰一人として男の隣に立てないし、どんな人間も男を理解できなかった。それでも、男はそのことに興味すら持たなかった。
「.......嘘」
「はははぁ! 初対面で嘘つきとは! 心外!」
男は女を浜から連れ出して、どこか暗い道を歩いた。女の屋敷の前まできて、男は手を鳴らそうと腕をあげた。
「じゃあ、僕は帰るよ! 京都は絶好の散歩日和なんだ! お転婆ちゃんも、散歩場所に気をつけてね!」
手が鳴る前に、男の手首が強く掴まれる。
「京都?」
「ん?」
「京都の、陰陽師.......しかもあれだけ強くて、素敵な人.......」
「おやおや? どういう流れかな、これは! もしかして早々にお嫁さんをもらえちゃうかな?」
「あなた、道摩法師ね!」
「はははぁ! 予想のだいぶ上!」
「ありがとうございます! 道摩法師様! あなたのおかげであの浜、もう大丈夫なんですね!?」
「色々と大丈夫ではないね!」
「ああ、京都一の陰陽師様がいらっしゃるなんて.......しかも、噂よりも全然素敵!」
1人で盛り上がっている女を見て。男は、ふと思いついたことを実行した。
「はははぁ! そうさ、僕が京都一の陰陽師、道摩法師様だよ!」
男は、面白いことが好きだった。男の中で面白いものと言えば、毎度毎度自分に突っかかってくる友人のことだけだった。だから、目の前のこの状況は男にとって面白そうなことであり、散歩の時間を削ってでも手を出さずにはいられなかった。
この男には、後先を考えないところがあった。目の前に好きなものが落ちていたら迷わず拾い、弄くり回してダメにするような男だった。
「やっぱり! あの、何かお礼を!」
「はははぁ! お礼は結構だよ! ところでお転婆ちゃん、安倍晴明って知ってるかい?」
「もちろんです! あなたに突っかかる最低男で、あなたを付け回しているって噂です!」
「はははぁ! ひどい誤解!」
これは最高の笑い話だ、男はそうとしか思っていなかった。この話をしたら友人がどんな顔をするか想像するだけで、おかしくてたまらなかった。
「ああ、なんて素敵な方.......! どうかお食事だけでも! あの浜には本当に困っていたんです! どんな陰陽師を呼んでも皆攫われてしまって.......でも、道摩法師様が来てくださったおかげで、もう誰も攫われなくてすみます!
もうあそこには、船は来ないのですよね?」
「あ、それは違うよ。僕がやったのは気休めさ! 船は変わらずあの浜に来て攫っていくだろうね! まあ、近づかないことさ!」
「え.......道摩法師様は、ここの人々がお嫌いですか.......?」
「おやおや? これはまずい流れじゃないかい?」
「お礼はなんでもします.......! どうか、私たちをお救いください!」
「うーん! これは調子に乗りすぎたかな? 僕はね、実は」
「お願いします! 私を好きにしてもらっても構いません! .......あ、こんな醜い女、嫌ですよね、ごめんなさい」
「落ち着きたまえ! な、泣くのかい!? 待ちたまえ、何故、ああ、困ったぞ!?」
男は、女に興味がなかった。周りの人間が絶世の美女とやらとの色恋に熱中している間、桜しか見ていないような男だった。
そんな男が、生まれて初めて女が泣く姿を見た。さらに以前友人が、女を泣かせるなどゴミ虫以下の最低男だといってたのを思い出した。初めて感じた罪悪感と、友人の本気の目を思い出して。
「わ、分かった! あの浜は僕がなんとかしよう!」
男には、後先考えないところがあった。今まで並外れた才能と実力でなんとかなっていただけで、後のことなど気にした事もなかった。
「.......本当?」
「本当さ! それに、僕は醜い女性を知らないよ! 君は、多分撫子の花よりきれいだよ! 君さえ良ければ僕のお嫁さんになって欲しいぐらいさ!」
男には、後先考えないところが。
「.......本当? 私でも、お嫁さんにしたい?」
「もちろんさ! そう言えば僕ちょうどお嫁さんと子供が欲しいんだった! はははぁ、奇跡!」
男には。
「.......そう、そっか.......私でも、お嫁さんに.......」
「.......もう泣き止んだかな?」
「道摩法師様! 大好き!」
「大胆!」
その日男は、京都に帰れなかった。
そして、お転婆なお嫁さんをもらった。
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