管理
「【
周りの妖怪は全て消えた。かっこつけてしまったので、残らず塵にする。
『.......』
烏天狗が手に持った扇を振れば、風の刃が牙をむく。
糸がスパスパ切られていく。だが。
「ほれ、ゲットー!!」
残りの糸が扇に絡んで、空を飛ぶ烏天狗から扇を奪う。
天狗の扇を釣り上げて、胸元にしまった。
「.......これ俺が振っても効果あんの?」
やってみたい衝動にかられるが、今回はスピード重視。まずはあの烏を退治しよう。
「【
地面から垂直に上がった糸が、烏天狗を串刺しにしていく。ドサッと地に落ちた天狗が動く前に、糸が包む。
糸が解けた後には、何も残らなかった。
「おし! 花田さん、終わりです。 葉月、ゆかりん、何分?」
車の中でゆかりんが指を3本立てる。中々の好タイム。
長距離走もこれぐらいになりたい。
「いやぁ!隊長、さすがですね!天狗を三分ですか!」
烏天狗は討伐記録こそつかないが、危険度は高い。
退治の際は15から20人程の隊を組む。
「大天狗は嫌ですけど、烏天狗ぐらいなら。あ、この扇どうしましょう?」
俺は最近こっそり変態と術勝負をし始めて、まあボロボロに負けてかすったこともないが、術者としての実力が上がった気がする。俺は何を目指してるんだ。
驚く速度で実力をつけている俺の弟子に背中を見せ続けるには、どこまで上に行けばいいのか。
「本部の管理部にまわしましょう。封印対象かどうかは微妙ですねぇ.......」
「.......1回振ってみても.......」
「隊長、おやめください。私が預かりますよ」
天狗の扇を花田さんに渡して、車の中に向かってVサイン。葉月もゆかりんも水浸しの靴下を見る目で俺を見た。なぜ。かっこよく退治したでしょうが。
「.......隊長。私のミスの可能性も否定できないのですが」
「? どうしました?」
「.......この山に、天狗がいるという情報、ご存知でしたか? この規模の山に天狗.......重要な情報だと思うのですが」
「.......俺は聞いたことないです」
「私もなんですよ。.......おかしいですね。それに、総能の応援どころか、連絡も来ません。車のエンジンはまだかかりませんし.......」
「気は抜けませんね。日が登るまで待って、山を降りましょう。多少無茶でも山を出た方がいい」
「雪が積もっていますので、注意が必要ですね。天狗レベルなら昼でも出てくる可能性もありますし」
「.......花田さん?」
花田さんは笑って話しているが、札を握って離さない。七三分けもなんだか緩くなっている。
「.......隊長」
「はい」
花田さんがすっと耳元に口を寄せて、呟く。
「車右後ろ」
ゆっくり、ゆっくり目だけを向ける。
決して不自然にならないように、花田さんと話しながら。
「クリスマスプレゼントって、何が欲しいですか?」
「そうですねぇ.......不備のない書類とかでしょうか?」
「その節は本当に.......」
花田さんの前に体を入れて、車内を隠す。
気付くな気付くな気付くな気付くな。
ここには何もない。何もないんだ。
「隊長、男2人でこんな山の中、笑えてきますね!」
「涙が出そうですよ.......」
花田さんもそれとなく窓に持たれる。
ざり、ざり。何かを引き摺る音がする。
「あ、俺クリスマスケーキはショートケーキ派なんですけど。妹はチョコだって言うんですよ」
「はは、我が家ではロールケーキですよ!.......3年前の記憶ですが」
ずずっと、何かが止まった。俺達の目の前で。俺が書いた結界の淵を見つめて。
「ジングルベルの本当の歌詞って知ってます? 俺ずっと間違えてたんですよ」
「ジングルベールりんりんりーんですよね?」
「違うらしいんですよ、それが」
「なんと!」
きききき、とそれの頭が上がる。
「隊長。私、実は昔やんちゃしてたんですよ」
「嘘だー! 信じませんよ、そんな嘘!」
「本当ですよ、実はですね」
花田さんと俺は、足を軽くひらく。俺が少し前に出て、花田さんは斜め後ろに。
赤黒い穴から、赤黒い涙を流すそれは、じゅうじゅうとその指先を傷つけながら結界に入って来ようとしている。
「昔、一条の本家に殴り込みに行ったんです!」
「思ってた50倍やんちゃ!! 【
車ごと壁で囲う。それでここを隠して、あれが去るのを待てばいい。
「ボコボコどころか、瀕死にされましてね! まあその縁で本部勤めになったんですが! 【
花田さんが俺の術を補強する。
だが。
「「っ!?」」
じわじわと赤黒いシミが壁に広がる。
腐っている。腐敗している。凝り固まって、溜まりに溜まって。
「.......息止めてください。俺がいいと言うまで、目を閉じて」
「隊長!?」
「俺は七条本家の人間。山の管理者です」
山で遊んだことはあれど、きちんとした管理など手伝ったことも無い。だが、この場では俺が1番山を知っている。
「こんばんは。雪の降る日に、わざわざお出ましですか?」
『ぎあいだうがれ』
「よそ者で、すいません。何もしないので、何もしないでください」
『がやなあだ』
「欲しいものなんて、ないでしょう? 私も、欲しいものはないのです。なので、何もしないでください」
『やがだ』
「あの神社、綺麗にします。.......時間がかかるかもしれないけど、きっと元に戻れる。だから」
『やだ』
びゆっと赤黒い液体が飛び散る。花田さんにかからないよう、右腕を伸ばす。
「っつぅ.......」
着物はじうじう言いながら溶けて、直接肌にかかった所は黒ずんで刺すような痛みが襲う。
『おんんな、いるだがろ。よこだらせ』
「これ以上はダメだ、本当は下手に人間なんて喰っちゃいけないんだ。あなたが汚れる。きちんと潔斎もしてない人間を与えられるまま喰べたんだろ、だからそんなに落ちたんだ!」
『おんむな、おるんな、いる』
「ダメなんだよ、あなたが落ちたら、ダメなんだよ.......」
『.......』
「水場に行こう? 流して綺麗になろう? 全部は無理だけど.......手伝うから」
『.......』
「あなたはもっと綺麗だろ?」
『じゃあま』
「.......ぐ」
脇腹が熱い。喉から生暖かい何かがせり上がってくる。
「隊長!!」「和臣!!」
『いたぁ』
白い着物を赤黒いシミで埋めて、綺麗な肌を爛れさせて。腐りかけの小さな人の形を保って。
この山の主は、赤い涙を流して笑った。
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