修学旅行(裏)

「七条隊長。お電話です」


「ああ。ありがとう」


 副隊長から電話を受け取って。時間が止まった。

 気がついたら椅子を蹴飛ばして床に尻もちをついていて。

 副隊長が駆け寄って来ても、電話の声が理解出来なかった。


 和臣、悪魔、五条、亡くなる、飛行機、連絡、京都、ぐるぐる単語がまわっていく。


「は?」


 やっと出た声は、言葉を紡がなかった。

 それから、よく覚えていないが副隊長に仕事を押し付けて。タクシーに転がり込んで。家に飛び込んだ。

 頼む、静香、嘘だと言ってくれ。父さん、笑えない冗談だと叱ってくれ。清香、笑ってくれ。


「おいっ!!」


 廊下を走って居間に飛び込んだ。

 誰も、居なかった。どくどくと嫌な音が自分から聞こえる。胸が痛い。

 今日は父も静香も家にいるんじゃなかったのか? 分からない。清香は学校か? 分からない。分からない。


「っ!?」


 ごとっと音がした。隣りの部屋に行けば。


「静香!!」


 静香は電話を握りしめて座り込み、父は携帯で電話をかけていた。清香はじっと立ち尽くしている。


「.......あ、孝兄」


 清香が俺を見た瞬間。静香が叫んだ。


「あああああああっ!!!」


 ザーッと耳の中から音がする。指先の感覚が無くなって、立っていられない。


「.......と、父さん」


 縋った。険しい顔の父に。助けてくれ、助けてくれ。まさか、そんな訳ないだろう。和臣だぞ? バカだが強い、術者としては最強クラスだ。そんな奴が。


「支度しなさい。空港に行く」


「あ.......」


 父の目を見て。理解した。

 また、この目だ。また、この気持ちだ。

 また、この家から、あの笑顔が消えるのか。


 右腕に、何かが触れた。

 清香が控えめに俺の腕を取っている。

 不安そうだ、泣きそうだ。そうだ、清香には伝えたのか、和臣が。


「.......っ!!」


 トイレに走って、吐いた。

 ぐるぐる視界が回る。嫌な汗が出る。


「孝兄! 大丈夫!?」


 清香は泣いていた。無理やり立ち上がって、清香を抱える。気分が悪い。まだ吐きそうだ。

 でも、俺は兄ちゃんだから。動かなければ。


「父さん、行こう」


「ああ」


 歩き出した父は2歩目で転んだ。顔は真っ青だ。

 静香を見れば、すっぽり表情が抜け落ちて、真っ白な顔で泣いていた。


「静香、行くぞ」


「.......だ、だって、に、兄さん」


「.......行くぞ」


 父はもう立ち上がって歩いていった。


 空港に着けば、俺しか財布を持っていなかった。

 現金を降ろすのに、ATMの使い方が分からなくなって職員に聞いた。

 飛行機の中で、父が何回もトイレに行った。清香はずっと俺が抱いていて、静香は強く拳を握りしめて、血が滲んでいた。

 座席の前にある画面を見つめて。

 あ、あいつテトリス好きだな。と思って。吐いた。

 清香を乱暴に降ろして、トイレに走った。


 沖縄に着いて、タクシーに乗って。病院の名前を誰もきちんと覚えていなくて、運転手がそれとなく読み取ってくれた。途中携帯が鳴ったが、何を話していたのか分からない。


「.......ぅ」


 静香が泣き声を上げ始める。そうすると、どうしてもあの時を思い出してしまって。自分の仕事服の黒い着物が、嫌な事を思い出させて。また吐きそうだった。


 病院に着いて、運賃が分からなくて、とりあえず何枚かお札を出せば、運転手がいらないと言った。「お客さん達、受け付けまで行けるかい? 着いていこうかい?」とまで言われた。丁重に断って、病院の受け付けに向かう。

 ここまで来て、重い絶望がハッキリしてきて。

 なんであいつが、とか。俺が代わりに、とか。ぐるぐる考えた。

 清香が静香の手を握って、父はふらふらと歩いて。

 俺は、自分が何をしているのか、一瞬忘れた。


 そして。病院の入り口に。


 ちょっと青い顔で葉月ちゃんと話しているのは。

 俺達を見つけて、おっ、と手を挙げて笑うのは。


 父さんがものすごい速さで走って、和臣を抱き上げた。俺は腰が抜けて、座り込んで。

 清香と静香は大声で泣いて。

 葉月ちゃんはじっと和臣を見ていた。


 俺の弟は、堂々と言った。


「ただいま!」


「「.......おかえり!!」」


 それから、俺達は和臣に触りまくった。

 別にもう柔らかくもない、段々子供らしさを失った男の体。でも暖かい。

 俺達はもう離す事が出来なくて、ちゃんと生きている和臣に触っていた。


 五条には父さんと文句を言った。それでも普段飄々としている彼女が、誰よりも強い彼女が涙目で取り乱していて、ポケットに書き間違えた札が大量に見えて、ああ、こいつも同じか。と思った。しばらくは絶対に許さないが、まあ理解はしよう。


 それから、お手伝いの明恵さんから家の鍵が開いていると連絡を受けて、全員で家の鍵を失くしたとことに気づいた。

 沖縄での宿も和臣のとこの副隊長に用意してもらった。


 帰りの飛行機。隣りで下手くそにテトリスをやる弟を見て。


「.......焼肉行くか」


「え? まじで? やったー!!」


 ちょっと甘やかしたって、いいだろう。

 だって、俺の弟だから。だって、ちゃんと生きているんだから。

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