変態千年馬鹿万年

 白い男が、天をつないでいく。


「うーん! どうしてこうなった!」


 くっつけたそばから裂けていく天を、男は力にものを言わせてつなげていく。

 男は裁縫が苦手だった。もう千年も生きているのに一向に上手くなる気配がない。


「これはまずい! 転落人生とはこのことかな!はははぁ! 笑えてくるね!」


 笑ったそばからまた裂けた天を完全につなげるのに、相当な時間が必要だった。


「ふう。やっぱり裁縫は難しいね! それでも、今回はなにかコツを掴めた気がするよ!」


 実際には、力任せにくっつけただけであり、布をボンドで無理矢理くっつけたのと同じなので、裁縫のコツなど掴めたはずもなかった。


「まずいね! 和臣くんが戻らなかったら最悪だ!」


 男はぱちんっと指を鳴らして、地に降りる。

 天が落ちるということになって、無理矢理にでも線を引かせるつもりだった彼は、男の予想よりも美しく、滑らかに、男の胸を締め付けるように天に線を引いた。

 天に線を引いたことで、この世の理を変えた彼は。

 男が七百年待ち望んだ彼は、この世にいることを許されなくなったのだ。

 彼を引き込むため、大きな門が開いた。

 生きた彼を門に通すため、大量の霊が飛び出した。

 それらは山にいた術者達が消したようだったが、もう門は閉まってしまっていた。



「和臣っ!和臣!」


 彼の名前を呼ぶ子がいた。

 そして、白い男は、彼女の小指に繋がる糸を見た。


「うん。これは僕が悪いな。あそこで油断したのがいけなかった」


 線を引いた彼が、この世から何も干渉を受けないはずがなかった。それでも、千年を生きた男にとっても、あの世からの干渉とは少し予想外だった。

 あの時最高の気分になり、油断をしていなかったとは決して言えない男は、素直に自分の非を認めた。


「やあ。ちょっと手伝ってくれないかい?」


 しかし、男1人では彼は連れ戻せない。

 死ねない男が直接門をくぐって連れ戻す方法もあるにはあるが、それでは彼がこの世から外れてしまう。

 あくまでも、との繋がりを辿って戻らなければならない。


「お前っ!」


「うーん。少し落ち着いてくれ。大丈夫、まだ間に合うさ」


「.......」


 射殺さんばかりの視線を受けても、男は門の中の彼のことしか頭になかった。

 あまりここで霊力を出されては、自分が門を開けない。その事だけが男にとっての問題だった。


「おやおや。力の出しすぎたね。少し引っ込めようか」


「っ!!」


「いいかい? 僕がもう一度門を開けよう。君は、和臣くんを呼べばいい」


「.......」


「信じてくれ。僕はこんな所で和臣くんを失うわけにはいかないんだ」


「.......嘘だったら殺す」


「はははぁ! それは素晴らしい! っと、急ごうか」


 男は手刀で、地を裂いた。

 そして、門が現れる。


「いいかい? 死ぬ気で呼びたまえ。彼がきちんとここに戻れるようにね」


「和臣! 戻ってきて!!」


「うん、呼び声は問題なさそうだ。じゃあ、開けようか」


 男は門を開けた。人には決して開けられない門。

 それを、人からはだいぶズレてしまった男は悠々と開く。


 そして。

 七百年ずっとずっと待って、やっと出会えた小さな子供が、門から走り出てきた。

 人に、戻ってきた。


「ふう。よかったよかった。じゃあ、僕は失礼するよ。さすがにここに居座るほど野暮じゃないからね! はははぁ!」


 男はぱちんっと指を鳴らしてその場から消える。


「.......うん。よかった」


 久しく感じていなかった柔らかな感情を抱き、男はに腰掛ける。

 彼が引いた線を撫で、神の隣に悠々と。

 友人の子供の無事も見届け、男は過去に目を閉じた。


 男は天才だった。

 誰よりも優れた術者であり、誰よりもズレた人だった。

 どんな術者も男には敵わず、どんな人も男の隣に立てなかった。

 男はそれをなんとも思っていなかったし、自分の好きなことさえ出来ればそれで良かった。

 彼は自由に、勝手に、気ままに、生きていた。

 そんな中。


「せいめーーーいっ!!!」


「あれ? 道満じゃないか! どうしたんだい? まだ花見の季節では無いよ?」


「なぜ貴様と花見などせねばならんのだ! そんなことではない!! 勝負だ! 晴明!」


「うーん。困ったなあ。僕はこれから散歩に行くつもりだったんだよ」


「散歩と私どっちが大事なんだーー!!」


「困ったなあ。うん、まだ桜も咲かないし、勝負しようか!」


「桜があったら散歩に行くのか.......」


「泣かないでくれたまえ。勝負はするからね!」


「.......お前、嫌い」


「ええ! 僕は君のこと好きだよ?」


「そう言って1回も私に負けないところも嫌いだ!」


「はははぁ! 今日はなんの勝負をしようか!」


「話を聞けーー!!」


 男に何度も何度も結果の分かっている勝負を持ちかける彼は、いつの間にか男の友人となっていた。

 彼はそれを認めなかったが。

 それから、時が経って。


「晴明、霊山を管理する家があるだろう?」


「ああ! あの9つの家だね!」


「そうだ。私は、もう1つ家を作ろうと思う」


「へえ! 京都にかい?」


「そうだ。そこで、だな」


「どうしたんだい? 花見に行くかい?」


「話を聞け!.......そうではなくてだな。お前と、私の子供達に、その家を任せようと思うのだ」


「へえ! .......ん?」


「ふはははは! やっとお前の驚く顔が見られたわ!」


「道満、残念だけどそれは出来ないよ。僕お嫁さんいないし」


「早くもらってこい」


「困ったなあ」


「私は! お前となら! この京都も! この先千年だって! 守れると思ってるんだ!」


 耳を真っ赤に染めて怒鳴る友人がおかしくて、男はつい返事をしてしまった。


「じゃあ、僕にお嫁さんができて、子供が出来たら。千年続く家を作ろうか!」


 酒を飲んだときですら見せない友人の笑顔を見て、男は少し本気で嫁を探す気になっていた。

 しかし。


「道満」


「晴明!! お前今までどこいってたんだ! お前の仕事だって私が.......どうした?」


 いつもと違う男の様子に、友人が気づかないはずがなかった。


「悪いね! お嫁さんの話だけど、なしにしてくれ!」


「.......何があった?」


「僕は自由に生きたいんだ! 桜だって自由に見たいのさ!」


「.......何があったと聞いている」


「.......少し、拾い食いをしてね。死ねなくなった」


「.......は?」


「はははぁ! まさか人魚があんなに美味しそうなんてね!」


「.......は?」


「煮物に焼き魚に、美味しく頂いてしまったよ! はははぁ!」


「.......この、バカーーー!!!」


 思いっきり頬を殴って、彼は男の前から消えた。

 それから、何十年と経っても、男は若いまま、気ままに桜を見ていた。


「うん! 今年の桜も綺麗だ!」


 男は全く懲りていなかった。

 彼にとって千年も1年も、桜が咲くのなら変わらなかった。


「晴明」


「あれ? 道満、道満じゃないか!!」


 黒かった髪は白く変わり、一回り小さくなった友人は、以前と同じ輝く瞳で男を見た。


「家を作った。私の子供が繋ぐ。千年でも、二千年でも! お前が生きている限り、私の子供も生きている!」


「道満?」


「私の子供が生きているなら、私もお前と共にある!

 いくらだって花見に付き合ってやる! だから!」


 男に詰め寄って、胸ぐらを掴んだ彼は。


「.......心は人であれ。晴明」


 泣きそうな目で、男を見た。


「お前の体が、もう人ではないのは知っている!!

 お前が、もう人からは外れているとは分かっている!!

 神の領域にまで足をふみいれていることも感じていた!!」


 年老いた喉を震わせて、必死に伝えるのは。


「.......私は、共に生きられない。でも、お前には、私の友人には! 人でいて欲しい!!」


「.......道満」


「.......なんだ」


「人が、神になることはできると思うかい?」


「.......ああ」


「人が、黄泉に行っても帰って来れると思うかい?」


「.......ああ!!」


「人が、神との境界を変えることが、できると思うかい?」


「.......ああ!! 人間をなめるなっ!」


「そうか! では、待っていてくれ!」


「.......なにを?」


「僕が、人に戻るのをさ! 僕はもう人では無いけれど、神との境界をいじってしまえばいいのさ!

 そうすれば僕も君の所に行ける! このままだと僕は神になってしまうからね! それは避けたい!」


「.......そんな馬鹿な」


「確かに、境界をいじっただけでは僕の体は変わらないだろう。神になれないだけだ!」


「.......では、どうする?」


「考えるさ! だから、それまでは君の子供達と桜を見ているよ」


「.......お前、やはり変態だな。おい、晴明! 勝負だ! お前が来なかったら、私の勝ちだ!」


「はははぁ! 今回も僕の勝ちだね!」


「勝ってみろよ! 晴明!」


 それから、三百年。いつも通り友人の子供が繋いでいく家を、子供達が大事にしてくれている桜を、天に腰掛けて見ていた時。


「あ、境界って線じゃないか」


 気づいた。


「はははぁ! ということはだ!! 一条じゃなかったんだ!! 」


 空の上でくるくると回り出した男は、久しぶりに気持ちが昂ったのを感じた。


「七条!! 七条だったんだ!! 僕と神を区切ってくれるのは!!」


 それから、七百年。男は待った。

 自分を人に戻すための1歩を、線を引く者を。


 そして、出会った。

 小さな男の子に。



 男は目を開けて、今の地上を見る。

 まだ、友人の元には行けないけれど。


「はははぁ! もう少し君が見たいのさ! 和臣くん!」


 あと何回桜が見られるのか、男にも分からなかった。

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