第31話 迷子
よく手入れされた広い庭を見つめながら考える。
なぜまっすぐ行って戻ってきたはずなのに葉月がいないのか。
ここが元いた場所ではないのは分かる。
それは分かるのだが、なぜまっすぐ行っただけでこんなところに来てしまったのかがわからない。
助けを求め近くの部屋に入ってみたものの、誰もいなかった上謎の絵が飾ってあり、なんだか怖くなってすぐに出た。
「ここはどこだ? 葉月はどこに行ったんだ?」
大変不便なことに、ここ総能本部の中では携帯は使用できない。
さらに、部外者の術の行使にも厳しく制限がかけられているので、式神を大量に飛ばして葉月を探すこともできない。
「詰んだな。今日もたどり着けない」
縁側に座る俺の心は静かに落ち着いていた。まるでしんしんと降る雪のよう。
姉には怒られるだろうが、もうどうしようもない。
葉月だけでもたどり着いてくれればなんとかなるだろう。
今日の招集の理由は、昨日の九尾退治についてのことだろうから、あれは葉月が退治したという雰囲気を出せば俺はいなくても問題ない気がする。
よし。俺は葉月が九尾を退治するのを応援した人というポジションでいよう。応援団団長だ。
「ゆかりんファンクラブ会員でもいいな。よし、団長兼ファンで行こう」
「君、何してるのぉ?」
いきなり高めの声がかかる。いつの間にか俺の後ろに立っていたのは、何故かゴスロリを着た女の子だった。年齢は、恐らく小学生の妹と同じくらい。
本部に出向く時は和装が義務付けられているため、この子のゴスロリ姿は相当異質だ。
「君、ここでなにしてるのぉ?」
「えっとね。まあ、なんというか。長い道のりの中での小休憩というか」
「むぅ?」
「うん。ここがどこか分からなくなっちゃったんだよ」
「あぁ! 迷子さんなのねぇ!」
ぱあっと笑顔になった女の子は、相当可愛かった。
黒い柔らかそうな髪は高い位置でツインテールにされ、唇には真っ赤な口紅が引かれている。
まるで人工的な、人形のような女の子だった。
「まだ迷子だとは決まってないけどね。君は?」
「わたしぃ? わたしはね、お呼ばれしたのよぉ!」
「へぇ。誰かと一緒に来たの?」
「
プクッと頬を膨らませて、小さな腰に手を当てる。
かわいらしいが、これはこの子も迷子なのではないか。
「君、どこに呼ばれたの?」
「零の間!」
元気なお返事だった。はなまるをあげたい。
「おお、俺と同じだ」
「わぁ! 偶然だねぇ! なら、私が連れて行ってあげるぅ!」
「本当に? ありがとうな」
ここで立ち止まっていても仕方ないので、とりあえずこの子について行ってみようと思う。
途中で誰かに会うかもしれないし、この子の保護者の勝博という人に会えれば、目的の部屋にたどり着けるかもしれない。
「あなた、お名前はぁ?」
「和臣だ」
「和臣ね! 私はハル!」
縁側から立ち上がって、笑顔のハルのあとについて行こうとした時。
「あれぇ? 和臣、どうしたのぉ?」
「ん? なにが?」
屈むように手招きされたので、ハルに目線を合わせてしゃがんだ。
「あらあらぁ! 具合が悪いのねぇ! おてても怪我してる!」
「え?」
手の怪我が見つかるのは分かる。右手はギプスを付け、札まで巻いている。だが、具合が悪いなど分かるものだろうか。
「和臣、こっちにおいでぇ」
ハルが俺の頭に両手をまわして、額と額がくっつくほど顔を近づけられて。目の前の春は、ニッコリ笑った。
次の瞬間。
「ぎぃっっ!!」
ごぢんっと頭が割れるような衝撃が額に。
ハルが思いっきり頭突きをしてきたのだ。
鼻の奥からのガンガンとした痛みと、打った額の痛みから自然と涙が出る。
「あはは! ほらぁ、男の子は泣かないのぉ!」
そして、ハルは俺の両手を持ち上げ、ギプスを剥ぎ取った。
「なあっ!!?」
「はい、我慢ー!」
そのまま痣だらけの指を握られる。
「い、痛いっ!! 痛い!!」
「我慢ー!」
ケラケラ笑っているハルは、さらに指を握る力を強めた。
「ああああっ!!」
「はいっ!おわりだよぉ!」
ぱっと手を離される。
自由になった手を抑え、その場でのたうち回った。
「痛いっ!ハル、怪我で遊んじゃダメだ!!」
「あはは! 和臣ったらおかしぃー!」
「冗談ではなくてね.......」
「まだ痛い?」
「痛いに決まって.......あれ?」
両手を目の前に掲げて、わきわきと動かす。
あざや縫った後はそのままだが、痛みもなく動かせた。
「痛くない.......」
「和臣、ちゃんと我慢して偉かったねぇ!」
ハルは笑いながら、頭突きされてまだ痛む俺の額を小さな手で撫でた。
「これは.......?」
「骨は治ったけど、あざは治らなかったねぇ。時間が経てば治るからねぇ。和臣、我慢だよぉ?」
「ハル、これ、君は、」
「ほら、早く行こぉ? もうすぐ9時だよぉ?」
ハルに手を引かれて長い廊下を進む。
途中でよく分からない部屋に入ったり、平屋のはずなのに何故か階段を登ったり、やっぱり降りたりした。
「ハル、あんまり変な所に行ったら迎えの人も来られなくなっちゃうぞ? もっと大きな廊下に行こう?」
「ついたよぉ!」
ハルが立ち止まった目の前の襖は、木枠に漆細工があしらわれ、よく見ると他のものとは違う紙が使われていた。
「和臣ぃ、もうちょっと待っててねぇ。たぶんもうすぐ来るからぁ」
「来るって、なにが?」
「あ、きたぁ!」
「和臣! どこに行ってたのよ!」
「あれ、葉月」
怒った顔の葉月は、見知らぬ男と一緒にやってきた。
その男は黒い袴を着ていて、その胸元には「五」という白い染抜きがあった。しかも、袖に1本の白い線が入っている。これは、部隊の副隊長の印だ。
「
「誰がおさむだぁ! ハルって呼びなさい!」
ハルが急にドスの効いた声で叫ぶ。両手をあげて、ぷんすか、と音が鳴りそうなほど怒っている。
「治様、これより先はさすがに許されません」
「ハルって呼びなさい! だってぇ、この服が1番可愛いんだもん」
「本部では着物の着用が義務付けられています。しかも、あなた様には身分を示すために指定のものを着ていただくようにと」
「可愛くないのはいやぁ! もっとフリフリならいいけどぉ」
「治様、もうお時間です。お急ぎください」
「むぅ」
「.......ハル?」
副隊長の男が、ハルに黒い着物を渡す。そして、ハルはゴスロリの上から、ばさりとそれを羽織った。
ゴスロリの上に浮く、白い「五」の染抜きと、袖の2本の線。
「ハル、さん.......?」
「和臣ぃ、今回はよく頑張ったねぇ!」
ニッコリと笑ったハルの後ろに、1本線をもった副隊長が控える。
「
ぱちん、と可愛いウィンクが決まった。
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