第30話 招集

「和臣、起きな」


「んが」


 起き上がろうとして、姉の手に頭を押さえつけられた。


「.......俺、何かした?」


「手怪我してるのに使おうとするんじゃない!」


「はっ、そう言えば」


 思い出したらめちゃくちゃ痛かった。

 右手は姉が痛み止めの札を巻いてくれたが、左手まで塞がると不便なため左手はそのままだ。


「痛い.......」


 涙が出る。


「当たり前よ。着替えられる?」


「おう」


 頷いた姉が机の上に、さ、と白い封筒を出した。


「あんたと葉月ちゃんに招集が来た」


「へぇ」


「今日の夜は本部に行ってきな」


「えっ」


「着物は持ってきたから」


「え.......」


 絶望。


「葉月ちゃんにはもう言ったから。あと、もう夕方だから少し急ぎな」


 姉はいきなり、べり、と俺の額から何かを剥ぎ取った。


「か、皮剥ぎ?」


「バカ。一気にそんだけ怪我したら熱も出るよ! ほら、薬飲んで。.......行けそう?」


「全然平気」


 姉が持ってきた着物に袖を通して、ご飯と薬を飲見込む。

 窓の外は、もう日が暮れそうだった。


「和臣、私は先に本部に行くから。これからしばらく帰れないかもしれない」


「清香は?」


「七瀬さんのとこに行ってもらってる」


「.......早く帰るよ」


「そうして。それから、今日は絶対遅刻しないで! 絶対よ!」


「.......保証は出来ないな」


「は?」


「すいません。頑張ります」


 姉はもう一度念を押して出ていった。

 遅れることより姉に怒られることが怖いので、葉月を呼びに部屋にく。


「葉月ー! 出かけるぞー!」


「和臣! 大丈夫なの!?」


「な.......!」


 出てきた葉月は、艶のある髪をまとめ、黒い着物を着ていた。

 帯には綺麗な金色の糸が使われていて、着物との差が目立って葉月の美しさとスタイルの良さを引き立てていた。


「ちょっと、大丈夫なの!? やっぱり今日は休んだ方が.......」


「グッジョブ姉貴.......」


「は?」


「いや、なんでもない。今から本部行くぞ」


「大丈夫なのね。 でも、まだ早い気がするのだけど。 招集は9時からでしょう?」


「ふ.......。甘いな。まず本部にたどり着くのに時間がかかる。さらに、あそこは広すぎて目的の場所にたどり着くのにさらに時間がかかる。つまりだ、もう出なくては間に合わない!」


 葉月は花が咲かなかったチューリップを見る目で俺を見た。


「今までの和臣を見た限り、本来そこまで時間がかからないと思うのだけど」


「いや、これは本気ですごいぞ。まず、正門。これがどこか分からないんだ。やっと見つけたと思っても、庭が広すぎて迷う。努力の末屋内に入っても、廊下は長い、部屋は多い、全部同じ襖だなんていうとんでもない魔窟だった」


「誰か案内してくれる人はいないの?」


「いるはずだったんだが、その人が待っている場所までたどり着けなかった」


「聞いたこっちが悲しくなったわ」


 俺も悲しかったよ。


「だがしかし! 今日は絶対に遅れてはいけないらしい。だから念には念をということで、早めに出発しよう」


「.......そうね。早く行って悪いことはないわけだし」


「よし! 出発だ!」


「和臣、手は本当に大丈夫?」


 動かせる左手の3本を顔の前に持ち上げて、ひらひらと動かす。


「今ならピアノも弾けそう」


「おバカね」


 葉月は、少しだけ目を細めて笑った。


 本部に向かう車の中で。


「和臣、この着物どうすればいいのかしら? お姉さんが、私にくれるって仰ったんだけど、こんなに高そうなもの貰えないわ」


「貰ってよ。多分姉貴が葉月にって選んできたんだろうし。それに」


「それに?」


「.......似合ってるし」


 自分でも、らしくないことを言ったとは思う。

 ただ、隣に座った葉月があんまりにも綺麗で、言わずにはいられなかった。


「.......そう。なら、頂くわ」


 葉月はいつもと変わらない表情で窓の外を見ていた。

 ただ、その形の良い耳が赤かったのを、俺は見逃さなかった。


「和臣こそ、似合ってるわ。それ、紋付袴? 家紋、かしら?」


「.......おう。一応、七条の家紋.......」


 顔が熱い。なぜこんなにもドキドキするんだ。

 俺は一般人以外は恋愛対象外だ。そのはずだ。

 大体、俺たちは形だけの師弟関係で、それ以上でも以下でもない。お互いそれ以上関わるつもりもないはずだ。

 しかも、俺のタイプはかわいい系だ。葉月はどちらかと言うと綺麗系。タイプでもない。はず。


「七条様。到着致しました」


 思考を断ち切るように車のドアが開けられ、目の前に現れたのは大きな門。

 どれくらい大きいかと言うと、恐らく門だけでサッカーができるくらい。


「.......和臣」


「な、俺言っただろ?」


「.......ごめんなさい。でも、この大きな門が分からなかったの?」


「まさかこんなに大きいとは思わなかったんだ。何個もある勝手口、裏門トラップに引っかかった」


「.......今回はあまり責められないわね」


「気をつけろ。中に入ったらもっと大変だ。なぜ襖が全部同じ色なんだ? 頭がおかしくなりそうだったぜ」


 門をくぐって中に入ると、よく手入れされた大きな庭がある。これで、まだ中庭の方が大きいというのだからもう訳が分からない。


「建物の入り口どこかな?」


「まっすぐ行ってみましょう」


 何事もなく入り口についた。


「なぜ.......?」


 かつて辿り着けなかった俺の立場は?


「こういう時は下手にウロウロしない方がいいのよ」


「.......多分、ここで待っていれば誰か案内してくれるから」


「じゃあ大人しく待ちましょう」


「あ、俺ちょっとトイレ行ってくる」


「場所はわかるの?」


「多分まっすぐ行けば大丈夫だろ」


 下手にウロウロしなければ大丈夫なんだから。


「私は待っているから、まっすぐ行ってなかったら戻ってきなさいよ」


「さすがにここでは迷わないって!」


 まっすぐ行って見つけたトイレから出て、しばらく。


 俺は、手入れされた中庭を眺めながら、縁側に腰掛けていた。




「ここは.......どこだ?」

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