第28話 最高
「俺は! どちらかと言うと! おいなりさんは! デザートだと思う! 」
ゆっくり向かってくる
もはや雑魚などいない。
ほとんどが危険度Aクラス以上。退治のために熟練の術者で隊を編成するレベル。
そんな化け物どもを、糸が形を保てる限界まで霊力を叩き込んで、吹き飛ばした。
「【
糸に噛み付いてきた鬼は術で消し飛ばした。
ゆっくりと歩く
空に浮かぶ月が、怪しい紅を帯びていた。
「【
俺を食い殺そうと目の前に溜まった妖怪どもを、空に向かって垂直に伸び上がった銀に輝く糸が貫いた。
そして、その全てを糸が包んで締め上げる。
小さく小さく圧縮して、ビー玉ほどにまで引き絞る。
左手の指環が、ミシミシと悲鳴をあげた。
このレベルの妖怪を、こんなにも大量に締め上げるなんて、完全に術のキャパを超えている。それを、無理やり左手の糸を使って圧縮していった。
「よしっ!」
糸が解けた時には、何も残らない。
すぐに左手の糸を、他の妖怪の対応に当てる。
そして。
「.......来たな.......!!」
目の前、約300メートル先。
優雅に佇むのは黄金色の美女。
それは、相変わらずこの世のものではない美しさを湛え、ゆっくりとこちらに向かって微笑んだ。
「.......っ!」
それが1歩足を踏み出すと、明らかに1歩では進めない距離が縮まる。
左手は妖怪どもの対応に残して、右手の糸を全てそれに向けた。
「あっ.......」
それが、くすりと笑った。
体の芯から何かが這いずる感覚。
膝が震えて、歯の根が合わない。
それがもう1歩踏み出すと、もう50メートルも距離がなかった。
「あっ、あっ!」
思考が固まり、知らずのうちに右足が1歩引きさがる。
ガチガチと歯が音を鳴らす中、俺の糸だけは変わらず妖怪を刻み、黄金色の美女に向かっていく。
『.......?』
ニッコリと笑ったそれは、俺の目を見て小さく首を傾げた。
「.......ひっ」
もう一歩、足が下がる。
俺の糸は、届かないそれを刻もうと動き続ける。
『ねぇ?』
それ、が。言葉、を、放つ。
鈴を転がしたような、水が流れるような、美しい声で。
それを聞いただけで。
俺の心は、折れた。
「う.......あぁっ.......!!」
もう一歩、震えた足が後ろへ下がる。
『かわいい子。どうしてそこにいるの?』
「あっ.......あぁ!」
『ねぇ、かわいい子。楽しい夢を見ましょう?』
すっと、美しい着物を連れた真白い腕が上がる。
その光景に、ぎゅっと目を瞑った。
「和臣!!」
腰に何か、暖かいものがしがみついている。
暖かい、暖かい。
そこで、自分が芯から凍えていたことに気がづいた。
「和臣!! 踏ん張りなさい!」
「七条和臣! ちょ、ちょっとこれは予想外よ! どうしよう! 私明日大食いの仕事なのに!」
『ねぇ、かわいい子。いらっしゃいな』
それが、ゆっくりと手招きをする。
俺の腰にしがみついて、俺がこれ以上後ろへ下がらないように踏ん張っていた2人が、びくっと震えた。
よく見ると、ゆかりんは膝がガクガクで、俺を支えると言うより俺が支えている感じだった。
葉月は目に涙を溜めて、俺の腰を力いっぱい抱く。
正直苦しかったが、暖かかった。
「.......ふふ、あははははは!.......よしっ! 」
足にぐっと力を入れ直し、腰を落とす。
その拍子にゆかりんがガクッと膝を折ったが、俺から手は離さなかった。
「【
俺達とそれの間に巨大な八角形の壁が現れる。
半透明なそれは、6枚が重なって花のように見えた。
「.......6枚!? この大きさで!?」
ゆかりんは膝だけではなく全身をガクガクに震わせながら驚いたように声を上げた。
「はは! ゆかりん! 俺はな、結構天才なんだよ!【
一気に、周りの妖怪を全て片づけた。
同時、左手の指環がいくつか弾け飛ぶ。
『ねぇ、かわいい子』
それが、ゆっくりと向かってくる。
それの指が触れただけで、俺が張った3枚の壁が薄氷のように砕け散った。思わずひゅ、と息を詰めるが。
「和臣!!」
「おうよ!」
両手の糸を使って抑え込む。
ばぎんばぎん、と右手の指環が全て飛んだ。
しかし、糸はたったの1本すらそれに届かない。
それでも、女を抑え込むためだけに、ただひたすらに、がむしゃらに霊力を叩きつける。
『ねぇ、かわいい子』
ソレは、ゆっくりと、手を下ろした。
くるり、と。
突然始まった優雅なダンスのターンのように、黄金色の着物の袖が遅れて揺れた。
「.......ああ!?」
美女が消える。
その代わりに現れたそれは。
八本のふさりとした尻尾を持った、小さな女の子。
そう言えば。
先程までの、あの女。キツネの尾など、ひとつも生えていなかった。
『ねぇ、かわいい子。楽しい夢を見ましょう?』
弱く低い
1枚が消し飛び、もう2枚にもヒビがはいりミシミシと嫌な音を立てる。
「和臣ーー!!」
「あああああああ!!」
死ぬ気で糸を引き絞る。
届かない、届かない届かない届かない!
「七条か。よくやった」
凛、と声が響いた。
どこまでも透明な、白いその声は。
「
真っ白な着物に真っ白な肌。
髪も瞳も真っ白で、やけに紅い唇だけが目立っている。
狐の後ろにふっと現れたその人は、手刀で狐の首を薙ぐ。
すぱんっと呆気なく、狐の首が落ちた。
「.......っ!!」
今だ、と全力で糸を絞る。
届け届け届け!
ここで絶対に封印しろ! 俺の指など弾け飛んでしまえ!
「あああああっ!!」
糸が止まる。
俺より俺の意思を表す糸が、俺が俺より信頼している糸が。これ以上、どうしたって絞れない。
白い人が大量の術をかける。
それでも、首が落ちた後の狐に敵わない。
「【
この場では異質すぎる声がかかった。
葉月が叫んだその術は、上級の中でも難しいとされるが、今この場ではあまりに稚拙。
「【
ゆかりんが震える声で叫んだその術も、この場ではなんの役にも立たない。
「っ!」
葉月がいきなり、ズボッと俺の胸元に手を突っ込んできた。
そして、葉月は。俺の天才の弟子は。
俺が持ちうる中で、最高のカードを引き当てた。
「いけっっ!!」
葉月が鋭く放ったのは。
布で出来た、俺が悪ふざけで作った、使う場面などないであろう、札。
ばぢんっと音がして、葉月の霊力を受けた札が働き出す。
首のない狐に張り付いた札から、大量の糸が飛び出す。ある糸は燃え、ある糸は風を纏う。またある糸は水を帯び、ある糸は光を放つ。
「きたっ!!!!」
札から出た糸を、掌握する。
元は俺の札だ。俺の糸にならないはずがない!
「があああああ!!」
全ての糸を引き絞って、そのまま力づくで圧縮する。
ビー玉ほどにまで引き絞ったそれを。
「ん」
白い人がむんずと掴んで、飲んだ。
「七条、よくやった。褒美は後だ。私は山に戻る」
白い人がふっと消えた後、ようやく俺の腰にしがみついている2人を振り返った。
2人とも、呆けたようにぽけっと口をあけて固まっている。
地面を見れば、俺が引いた線を、葉月の左足が踏んでいた。
「.......ふっ。ふはは」
思わず零れた笑い声に、ようやくこちらを見た2人を。
「あは、ははは! やった!やったぞ! 葉月、ゆかりん、2人とも最高だ!」
思うままに思い切り、抱きしめた。
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