第25話 犬猫

「なあ、八ツ橋買おうぜ」


「.......」


「あ、抹茶味もいいな」


 どこを見ても土産物屋の駅構内にテンションが上がる。さすが観光地。


「和臣、あなた結構楽しんでるじゃない。新幹線の中も楽しそうだったし」


「京都って観光するなら楽しいじゃん。あ、千枚漬け食いたい」


「まずは宿に荷物を置くわよ。それから、かさばるからお土産は最後に買いましょう」


「おー!」


 駅から出て歩くことしばらく。


「和臣」


「ん、どうした? やっぱり八ツ橋買うか?」


「今、どこに向かっているの?」


 立ち止まった葉月を振り返りながら、まっすぐ前を指さした。


「宿だけど」


「逆方向よ」


 そっと前に向けた指を下ろす。


「.......分かってたよ?」


「もしかして、方向音痴なの?」


「いいか? 俺が認めなければそれは可能性の域を出ない。事実として認められないんだ。よって俺は方向音痴ではない」


「.......ついてきて」


 葉月の後を付いて歩く。20分もしない内に宿に着いた。うん、本当は分かってたけどな。ちょっと寄り道しただけだけどな。

 自分の部屋に荷物を置いてから、合流しようと葉月を探すと、なんだかそわそわと落ち着かない様子で廊下に立っているのを見つけた。


「お待たせー」


「.......ちょっと!」


「ん? どうした?」


「この宿は何? あなたのお家よりも大きいじゃない!」


「いい宿だな」


 女中さんも丁寧だったし、なんだか落ち着いた雰囲気の建物だ。


「部屋に露天風呂までついてたわ!」


「やったな」


 葉月は庭に生えたキノコを見る目で俺を見た。


「一体どうして、タダでこんな宿に泊まれるのよ」


「俺は一応七条の関係者だし、ちょっと術者としては上の方だからな。仕事の時はいい宿手配して貰えるんだ。感謝してくれてもいいぞ!」


「高校生が泊まるような宿ではないわ.......。和臣、しっかり仕事をこなすわよ!」


 先ほどまで落ち着かない様子だったのに、いきなり顔を引き締めた葉月。


「え.......。なんで気合い入れちゃうの? せっかくだし宿でゴロゴロしようぜ。絶対楽しいから」


「この宿に見合った働きをするわよ!」


「1週間もあるんだから、ペース考えてな」


「和臣、新しく札を作ったから見て欲しいの! それに、今からもう少し書くわ!」


「.......休もうよ」


 本番夜からだってば。


「和臣の部屋に行くから待っていて!」


 見たこともないぐらいに張り切った葉月は、長い廊下を跳ねるように駆けていった。


 そして、夜。

 袴を着て目をキラキラとさせている葉月を横目に、俺の気持ちは沈んでいた。


「.......帰っていいかな?」


「妖怪はいつ来るのかしら?」


「.......」


 俺達に割り当てられた場所は、まさかの山の目の前の無人駅。

 普通、霊山の管理をしている家の関係者以外をその山の近くに置くことはない。

 それなのに何故か、俺は目の前に大きくそびえる山を見つめながら、夜の駅のベンチに座っている。


「帰りたい」


 よそ者をこんな山の近くに置かないでくれ。危ないだろうが。


「和臣! あれは妖怪かしら?」


「.......ビニール袋だよ」


「あら、ちゃんと捨てないとね」


 葉月はスキップでもしそうな足取りでビニール袋をゴミ袋に入れる。


 やる気に満ち溢れた葉月の期待を裏切って、初日に妖怪は出なかった。


 次の日の昼。


「和臣、術を教えて欲しいの。上級にも挑戦したいわ!」


「.......寝ようよ。今日も夜仕事だから」


「お願い、ちょっとだけにするわ!」


「.......」


 葉月に術を教えて精神を破壊された後。

 今日も見知らぬ山を見つめながら、出てくる気配もない妖怪を待つ。


「和臣、あれは妖怪かしら?」


「.......どう見ても野良猫だろ」


「.......にゃあ」


 ぎょっとして葉月を見ると、いつもと同じ無表情で猫を見ていた。ただ、耳が真っ赤に染まっていた。


「.......そろそろ妖怪でるよ」


「.......」


「百鬼夜行だから。きっともう少しで大量に出てくるから。だから.......、もうちょっと我慢してくれ」


 葉月は無言で猫を撫でに行った。


 その日も、妖怪は出なかった。




 次の日の昼。


「和臣.......術を教えて欲しいの.......」


「.......」


「妖怪を呼び寄せる術とか.......ないかしら?」


「よし! 観光に行こう! せっかく京都に来たんだから、色々まわろうな!」


 瞳の光を失った葉月を連れて観光に行く。

 女子が好きそうなカフェに入ったり、女子が好きそうなお土産屋に入ったが、葉月の瞳に光は灯らなかった。


「.......次、どこに行こうか? あ、あそこの店とか可愛らしいんじゃないか?」


「.......百鬼夜行って、言ったじゃない」


「.......」


 葉月が捨てられた子犬のように俺を見た。


 なぜ、なぜ俺がこんな気持ちにならなければいけないのか。

 そもそも妖怪が出ないならその方がいいじゃないか。

 なんでこんなにも悲しい顔をするんだ。

 俺はどうすればいいんだ。


「あれ? 七条和臣? それに……水瀬さん?」


「ゆかりん!? ゆかりんじゃないか!」


 急に現れた救世主に思い切り縋る。サングラスを外したゆかりんは、俺達を見て目を丸くしていた。


「頼む! 女子が楽しい所に連れて行ってくれ!」


「はあ?」


「葉月が.......葉月が.......」


 斜め後ろで口をへの字に曲げ、そっぽを向いている葉月を指さす。


「.......あんた、怒らせたの?」


「.......妖怪が、出ないから! 俺は百鬼夜行に来たんだよ! 妖怪退治に来たのに! なんでだ!」


「なに怒ってんのよ.......。でも、たしかに今年の京都はおかしいらしいわね。全然妖怪が出ないって」


 それは薄々気になっていた。百鬼夜行と言えば、普段からは考えられないような量の妖怪が出る。術者達は皆対応に追われる、一年に一度のビッグイベントのはずだ。


「他の所も妖怪出てないのか?」


「京都以外はいつも通りよ。私も昨日まで三条の山にいたんだけど、大量だったわ。今日は特免の実地試験に来てるのよ。でも、妖怪が出なさすぎて中止になりそうで.......このままじゃ免許が取れない! なんで妖怪がでないのー!」


 だんっと地面を蹴ったゆかりんの手を、目を潤ませた葉月ががっしりと掴んだ。


「そうよね! 妖怪が出ないなんておかしいわよね!」


「おかしい! このままじゃ帰れないんだから!」


 2人はそのまま意気投合して、近くの喫茶店に入った。

 ゆかりんはパフェを5個平らげ、葉月も2つのケーキを食べた。俺は見ているだけで胃が持たれてお茶だけ飲んだ。


 その日の夜も妖怪は出ず、次の日もおかしなテンションの葉月とゆかりんが俺を連れて大食いツアーを決行した。

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