不慮の襲撃(2)

 並んで座るベルとアスマを見下ろし、ガイウスは険しい顔をしていた。アスマによって蹴飛ばされた外套の人物が扉にぶつかり、その際に発した音を聞きつけ、ガイウスは駆けつけたらしい。


 物音の正体をガイウスは追及してきたが、ベルとアスマは口を割らなかった。ガイウスが部屋に到着したタイミングから察するに、ガイウスが外套の人物の可能性はなくなったが、ガイウスがソフィアの暗殺に関与している可能性は依然としてある。この状態でベル達の情報を一方的に提供することは危険でしかない。


 ベルとアスマがあまりに口を割らないためか、次第にガイウスは険しい顔のまま、項垂れるようになっていた。聞こえてくる溜め息はシドラスを思い出させるほどに深いものだ。


「部屋での出来事はお客様の個人情報です。これ以上の詮索は避けますが、暴れるような行動はやめていただけますか?」

「はい!分かりました!」


 ベルがすぐさま頭を下げ、隣のアスマにも強要した。異国の貴族であると思っているアスマが頭を下げたことに、ガイウスは流石に驚いた顔で、その行動をやめさせている。


「では、お願いしますね」


 部屋から立ち去ろうと思ったのか、ベルとアスマの前で背を向けたガイウスに、ベルは安堵した。情報を与えることで状況が悪化してはいけないと気を張っていたのだが、何とか無事に終わったようだとベルは思う。


 しかし、そこでガイウスは頭だけ振り返り、ベルとアスマを見てきた。


「そういえば一つ、お聞きしたいことが」

「な、何でしょうか…?」


 安堵していたベルは驚きから身体を震わせ、恐る恐るガイウスの顔を見上げる。ガイウスはベルとアスマの表情を観察するように鋭い視線を向けながら、二人に聞いてくる。


「昨晩はどこで何を?」


 その問いに思わず、ベルとアスマは顔を見合わせた。昨晩と言われても、二人はもちろん、眠っていた。早朝になって、ユリウスの殺害を知るまで、眠っていたとしか答えられない。そう思ってから、ベルはやっとガイウスの質問の意図に気づいた。


「昨晩でしたら、私もギルバート様も眠っておりました。ただ証明はできません。眠っていましたから」


 アスマに答えさせると変なことを言いかねないと思い、ベルが先手を打つ形で答えると、ガイウスはチラリとアスマに目を向けてきた。アスマもベルの答え方に気づいたのか、ベルの言った通りだと示すように首を縦に振っている。その行動を訝しんでいるようだったが、その内容に追及しても意味はないと判断したのか、ガイウスはそれ以上聞いてこなかった。


「分かりました。後で確認を取りましょう」

「確認?」

「警備状況を確認したら、皆さんの行動は分かりますから」


 仮に移動したのなら、衛兵が目撃しているということだとすぐに分かり、ベル達は問題ないと思ったが、セリスは大丈夫なのだろうかと少し不安になった。あのセリスが魔術師であるエルの力を借りているのだから問題ないとは思うのだが、それも確実なことではない。

 何とかその動揺を悟られないように、ベルは必死に表情を作っていたが、ガイウスは気づいたのか分からない。


「それでは失礼します」


 そう言ったガイウスが扉の前に立ち、外に出るのかと思ったタイミングで立ち止まった。そのまま、少しの間動かなくなり、不審に思ったベルとアスマがガイウスを覗き込むように見ようとする。


「どうしたのですか?」


 ベルがそのように声をかけた直後、ガイウスがこちらに気づき、軽く視線を寄越してきた。


「いえ、何でもありません。失礼します」


 そう言ったガイウスが今度こそ、部屋から立ち去っていく。その姿を見送り、アスマが不思議そうな顔をした。


「どうしたのかな?」

「さあ?」


 ガイウスの行動の理由は流石にベルにも分からないことだった。



   ☆   ★   ☆   ★



 シドラスとソフィアから説明を受け、エルは困惑した顔をしていた。どうやら、王城に戻ってきたその足で、王女の部屋を訪れてくれたらしい。エルの登場で、ソフィアの護衛を一時的に任されたジゼルとフィリアも帰り、シドラスはここからの護衛をエルに任せることにした。


 確かにソフィアも心配だが、シドラスとしてはアスマが自由にしていることも気にかかる。そちらを見てくるとソフィアとエルに伝え、シドラスは一度、自室に戻ることにした。


 シドラスとアスマに与えられている部屋を最初は覗いてみるが、そこには誰もおらず、隣かと思ったシドラスが、ベルとセリスに与えられた部屋に移動して、ノックをする。自分の名前を名乗ると、中からベルの声が返ってきた。


「失礼します」


 そう言いながら、入った部屋の中にベルとアスマがいたのだが、それ以上にシドラスは気になることがあった。


「ここで何かありましたか?」


 開口一番、そう言ったシドラスにベルとアスマが驚いた顔を向けてくる。その表情だけで答えのようなものだが、正解を待っているとベルが聞いてきた。


「どうして分かったんだ?」

「部屋の雰囲気が変わったと最初は思ったのですが、良く見てみると舞っている埃や、部屋に置かれた物の位置のずれから、何か騒がしいことがあった後だと。これくらいは騎士であれば気づきます」


 少し焦りながらシドラスが答えると、ベルは何故か苦々しい顔をした。その表情に嫌な予感が募っていると、ベルとアスマが部屋で起きたことの全てを教えてくれる。

 それを聞いた瞬間、シドラスは青褪めた。


「まさか、私がいない間に殿下にそのようなことが…」

「いや、でも何もなかったし…」

「何もなかったから良かったとなるようなことではありません!そもそも、殿下をそのような目に遭わせないことが騎士の務めです。これは明らかに私の失態です」

「そこまで思い込まなくても…」


 盛大に項垂れ、剣を持っていたら、今にも腹を切りそうなシドラスに、アスマもベルも困ったように笑っていた。無事だったから良かったとアスマは考えているようだが、同じことが王城で起きた場合、シドラスは最低でもクビになる。それくらいの失態を犯したのだから、シドラスは悔やんでも悔やみ切れなかった。


「それより、その時、ガイウスが飛び込んできたことで、その気配を感じた外套の人物が逃げ出したみたいなんだが」

「ガイウス?あの騎士がですか?」


 顔を上げたシドラスが眉間に皺を寄せながら、ベルに目を向けた。首を縦に振るベルの姿に、シドラスの表情は更に険しくなる。


「ということは、襲撃犯がガイウスという騎士ではない可能性が高くなったということですね」

「そういうことだと思う。二人いる可能性ももちろんあるから、何とも言い切れないが、最低でも私達を襲った人物はガイウスではないはずだ」


 仮に今回アスマ達を襲った人物が、ソフィアを襲っている人物と同一人物である場合、ガイウスが襲撃した可能性は確実になくなるが、それでも、ガイウスに関しては疑わしい部分があることも事実だった。特にセリスが襲撃された夜に出歩いていた理由は、未だにハッキリと分かっていない。シドラス達がやってきたことで、警備状況を確認していたと言っていたが、それは別にガイウスがしなければいけないことでもないはずだ。


「だけど、何で俺達を襲ってきたんだろう?」


 そう呟いたアスマの言葉に、ベルが不思議そうに首を傾げていた。その言葉を聞きながら、初日の夜のことを思い出していたシドラスは一つの仮説を導き出す。


「もしかしたら、殿下達を狙っていたわけではないのかもしれません」

「というと?」

「セリスさんが襲撃され、あの部屋に王女殿下がいないことは知られています。そうなると、王女殿下がどこにいるのかと相手は考えるはずです」

「それでこの部屋だと思って待ち伏せしていた?」


 シドラスが頷くと、ベルが分かりやすく表情を曇らせていた。


「それなら、ソフィアがこの部屋に来ることは危険だな」

「ユリウス卿が殺害された今となっては、王女殿下の周辺の警備も厚くなるでしょうから、そちらにいてもらった方が安全な可能性もありますね。流石に警備に関わる衛兵の全てが王女殿下の命を狙っていることもないでしょう」


 もしも全てが命を狙っているのなら、襲撃犯は第三者の存在を気にする必要がないはずだ。人数は多くても片手で数えられるくらいなのではないかとシドラスは思っていた。


「その辺は後で本人とも話すべきだな」


 ベルの言葉にシドラスが頷いた直後、部屋の扉が開き、セリスが入ってくる。セリスも部屋の様子に気づいたようで、アスマやベルが事情の説明を始めていた。その内容に少しずつセリスの表情も青褪める中、シドラスは不意に思った。


 ガイウスも騎士であるのなら、部屋の中の様子に気づいたはずだ。それを追及した様子がないのは、単純に二人が話さないと思ったのか、それとも別の理由があるのか。そのことを考え始め、シドラスは自然と眉を顰めていた。



   ☆   ★   ☆   ★



 そういえば、とワイズマンが思い出したのは、魔術道具街に向かっている途中のことだった。知り合いの魔術道具屋に頼んでいた物が届いたらしく、それを取りに向かっていたのだが、魔術道具街という言葉がエルとケロンの顔に結びついた。


 そういえば、エルはケロンに魔術道具街に行かないように言えたのだろうかと、ワイズマンは少し心配になる。良くも悪くも優しい男だ。言う時にはちゃんと言えると思っているのだが、優しさがおかしな方向に働いていないといいが、とワイズマンは少し思った。


 そのことを考えていたから、最初は幻覚を見ているのかと思った。魔術道具街の入口近くで、行ったり来たりしている姿に見覚えがあった。すぐにケロンの名前を思い出し、それがケロンだと気づいたが、その場所が場所なので流石に見間違えたのだと最初は思うことにした。

 しかし、近づいてみても、ケロンに似た人物はケロンに似た人物のまま、歩き続けている。


 やがて、すぐ近くに立った時、それが間違いなく、ケロンであるとワイズマンは確信した。エルは結局言えなかったのかと少し怒りながら、ワイズマンはケロンに声をかける。


「こんなところで何をしている?」

「は!ごめんなさい!」


 ワイズマンの声に背筋を伸ばしたかと思った直後、ワイズマンの顔を見ることなく、ケロンが頭を下げてきた。そのあまりの速さにワイズマンが驚いていると、恐る恐るケロンが顔を上げ、不思議そうな顔をしている。


「あれ?先生じゃない?」

「先生?」


 ケロンの呟いた一言で、ワイズマンはエルがちゃんと注意したことを理解した。その上でケロンはまだこの場所に来たらしい。ワイズマンは呆れた顔でケロンを見ながら、ここで発見できたことに安堵した。


「ここは危険だから、さっさと帰れ」

「分かってます…だけど、どうしても魔術道具が見たくて…」

「それなら、他の店に行けばいい。もっと安全な店は他にもある」

「そこはいつも見てるから…」


 どれだけ魔術道具に執着しているのかと呆れながら、ワイズマンはケロンを見た。国家魔術師になる前の自分も似たようなもので、その熱が今も尾を引いて研究者になったのだが、傍から見ているとこのような姿なのかと少し恥ずかしく思った。

 その一方で、この気持ちを下手に潰して欲しくないとも考えてしまう。


「分かった。特別に連れていってやる。ただし、離れるな」


 ワイズマンのその一言にケロンが眩しい笑顔を見せてきた。その笑顔にワイズマンは苦笑し、ケロンについてくるように告げる。

 ワイズマンとケロンが揃って魔術道具街に入っていく。ちょうどその時、術式の組み込まれた街灯が灯り始めた。

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