それぞれの秘密(2)

 通された応接室にて始まったエンブの話には専門的な部分が多く、ベルはその大半を理解できなかったが、取り敢えず、王国内での武器流通に関する基本情報の説明が含まれていることは分かった。

 ただアスマがベル以上に理解できるとは思えない。ベルが理解できた部分ですら、アスマが理解できているのか怪しく、実際にアスマの理解は及んでいないようだった。それを必死に誤魔化しながら、ベルは話し合いを何とか進ませたが、その間にエンブの視線は少しずつ鋭くなり、明らかに怪しまれていることが分かった。


 このままだとやばいとベルは思ったが、この交渉を途中で切り上げること以上に怪しい行為もない。何とか誤魔化さないと、とベルが冷や汗を掻いている隣で、アスマがオドオドとし始めて、もう流石に終わったかと思った時に、話し合いが終わった。


 そのことにベルだけでなく、アスマもホッとした様子で、エンブ達の屋敷を後にする。敷地内から出るために歩きながら、屋敷の中の凄さを語るコーダの隣で、ホッとしたようにアスマが呟いた。


「何とかなったね…」

「いや…」


 帰り際のエンブの表情を思い出し、ベルは言葉を濁らせた。あの表情の鋭さは明らかにアスマの正体に疑いを持っているだろう。アスマがアスマであるとは気づいていないかもしれないが、ギルバートを語る何者かであることは分かっているはずだ。もしくは単純にギルバートができない男と思われてしまったか。

 どちらにしても、これは重大な問題だと思い、ベルは軽く項垂れた。アスマだけならともかく、ベルも一緒なら背負えるかもしれないと思っていた荷だが、流石に二人でも重かったようだ。シドラスにどのように説明するべきかとベルは悩み始める。


 商談における平均的な時間を把握していたのか、屋敷の門に到着した段階で、そこにマリアがいた。流石にその場所でずっと待っていたとは思えないので、その時間管理能力の高さにベルは感服した。


「うまく行きましたか?」


 いかにも社交辞令的に聞いたと言わんばかりの言い方でマリアが聞いてきたが、特に気にする様子のないアスマは困ったように頭を掻いた。


「いや~、何とも言えないね」

「かなり緊張しましたよね。見ているだけなのに緊張しましたよ」


 苦笑いを浮かべるアスマに同調するように、コーダも苦笑いを浮かべている。確かに話し合いの最中、コーダはずっとそわそわした様子で、ソファーの後ろに立っていた。恐らく、コーダはこれまで貴族や王族と無関係の育ちだったのだろう。ベルもアスマやアスラ、果てにはソフィアと親しくなっていなければ、今日のシチュエーションは心臓が止まるほどの緊張に襲われていたに違いない。そこまでではなかったのは、単純に慣れだ。


「だけど、凄いですね。管理のためということでしたが、王国内に流通している武器は全てマーズの貴族が管理しているんですね」


 ベルがさっき聞いた話を思い出しながら、そのように呟いた。話を聞いている状況ではなかったはずのコーダはともかくとして、話を聞いていなければいけないはずのアスマも何故か不思議そうにしているが、そのことにベルは敢えて突っ込まない。分かり切っていたことだ。


「エアリエル王国でも商品の流通は主要貴族が行っていましたが、それも絶対というわけではありませんでした」


 本物のギルバートが当主を務めるスペードの一族は、エアリエル王国の軍が所有する武器を始めとした、王国内の多くの武器を取り扱っていたが、それも全てというわけではなかった。特に王都周辺の地域はスペードの一族が取り扱っているものばかりだったが、そこから離れた地方に行くほど、小さな武器商人が店を構えていることは多いはずだ。実際に、ベルはそのような店を多く見てきた。


「ウルカヌス王国内ではほぼ全ての商売の大本を十二貴族が担っていると言われていますからね」


 マリアの説明にベルとアスマは感心の声を漏らした。アスマが何かを思い出すように、屋敷に来るまでに通った道を目で追い始める。


「なら、この途中にあった店も、十二貴族が関わっているの?」

「そうですね。細かい部分は違うかもしれませんが、それぞれ辿っていくと、絶対に十二貴族のどこかと繋がっています。例えば、食事を提供するお店なら、その食材は全てセレスの貴族が仕入れたものであるように、材料単位で見た時に十二貴族が関わっていない店はほとんどありません」

「ん?ほとんどなんですか?」


 マリアの言い方に疑問を持ったベルが聞くと、マリアは軽く頷き、周囲を少し見回し始めた。それから、屋敷の更に東に位置する方角を指差し始める。


「向こうにこの国で唯一、十二貴族が関与していない場所があります。ですが、そこに行かれることはお勧めできません」

「どうして?」

「そこはだからです」

「魔術道具街?」


 アスマが不思議そうに首を傾げ、マリアは小さく頷いた。


「この国は魔術師の力を多く借りる一方で、魔術師に関する制度はエアリエル王国ほどに整備されていません。その結果、魔術師の多くは自力で生きる道を見つけるために、小さなコミュニティーを作り上げたと言われています」


 それはベルにも覚えのある話だった。亜人にも人権があるところはエアリエル王国のいいところだが、エアリエル王国は完全に亜人を保護してくれるわけではない。良い意味でも悪い意味でも、あの国では平等であり、生きていくにはそれ相応の努力が必要だ。特に小人は体格の他、寿命の短さもあって、他の人間と共存することは難しく、ベルの故郷のリリパットのような小人だけのコミュニティーを作らなければいけなかった。

 それと同じと考えると、魔術師の集まりができても不思議ではないように思えた。


「魔術道具街でも政府の認めたもの自体は流通しており、そこには十二貴族も関わっているようですが、大多数のものは国から見た時に違法と判断されるものばかりだそうです」

「どうして、そこを摘発しようとしないのですか?」

「その結果、大量の魔術師が犯罪者、もしくは浮浪者となって路頭に迷うことになります。それは更なる治安の悪化を招きかねない。そういうことだと思います」


 危険な物は危険な物としてまとめておくことで、何か起きた際に対処しやすくなる。その方針は理解できたが、納得できるものではないように思えた。もちろん、それを咎める権利はベルにもアスマにもなく、特に言うことはなかったが、王国の歴史とは裏腹にこの国は完成していないことを改めて実感した。完成というものが本当に存在するのか分かったことではないが、少なくとも、王女の命が狙われない国作りができていないことは確定しているので、ベルはこの国を良い国と言い切れそうになかった。


「では、王城に戻りましょうか」


 マリアが当たり前のことを口に出すと、アスマが心底ショックを受けたような表情をした。その表情にまさかと思い、ベルがアスマに聞いてみると、アスマが当たり前のように言ってくる。


「他にはどこにも行かないの?」

「他とは?どこかに用事が?」

「いえ、多分、これは観光したいという意味だと思います」


 ベルが恥ずかしそうに答えると、表情こそ変えていないが、流石のマリアもしばらく驚いたように動かなかった。コーダは明らかに驚いた顔でアスマを見ている。


「いや、その、ギルバート様?私達は王城の外に行かないように言われている中、特別に許可を貰っただけなんですよ?それで自由に歩けるわけありませんよね?」


 ベルが丁寧に説明したことで、ようやくアスマを思い出したらしく、見るからにハッとしていた。


「ああ、そうか。そういえば、そうだね」

「帰りますよね?」

「そうだね。仕方ないね」


 残念そうにそう言ったアスマに、コーダはホッとした様子だった。二人を監視するように言われている身としては、二人に自由に行動されるわけにはいかないと焦っていたことだろう。その気持ちは凄く良く分かるので同情してしまう。


 そこから、再びマリアの案内を受け、ベル達は来た道を戻ることになった。その途中にベルを待ち構える試練があることに、この時のベルは気づいていなかったが、それもすぐに思い出すことになった。フラフラと歩き出してしまうアスマの姿に、ベルは激しい頭痛を覚えるようだった。



   ☆   ★   ☆   ★



 エルを呼び出したワイズマンは、頻りに周囲を警戒しているようだった。話があるとは言っていたが、何か人に聞かせたくない話なのだろうかとエルが思っていると、唐突にワイズマンが思ってもみなかった名前を口に出す。


「ケロンという生徒を知っているか?」

「え?その名前を貴方の口から聞くとは思っていませんでした…」


 驚いた顔でエルが呟くと、ワイズマンは以前に声をかけられたことを教えてくる。どうやら、熱心に魔術道具の話をされたことで、印象に残っていたらしい。


「そのケロンさんが何か?」

「実は最近、を目撃した」

「え…?」


 魔術道具街と言えば、様々な魔術師が合法違法を問わずに魔術道具を販売し、それ以外の裏の組織の人間も多く出入りしているという、王国内でも有数の危険地帯だ。国がその存在を黙認することで、他に犯罪行為が広がることを防いでいる一方で、その魔術道具街から広がったと思われる被害が他で確認されることもあって、未だにその存在について王国内では議論されている。


「そこにケロンさんが?いや、そもそも、どうして貴方がそれを?」

「昔からの知り合いがそこで魔術道具の店を出している。もちろん、政府公認だ。俺がかけ合ったからな。そこで必要な素材を用意してもらうことが多いんだ」

「見間違いの可能性は?」

「最初は俺もそう思ったが、その後、二度目に目撃してから、ここに来て確認したから間違いない」


 ワイズマンが言うからには、それがケロンに似た人物とは思えなかった。何より、ケロンの魔術道具好きを考えると、十分にあり得ることだ。


「国家魔術師である俺やお前なら未だしも、あの子供が出入りするには危険過ぎる場所だ。ちゃんと注意して、これ以上はやめるように言ってあげてくれ」

「分かりました。話しておきます」

「話はそれだけだ」

「わざわざ、それだけのためにありがとうございます」


 エルが頭を下げると、ワイズマンは気にしないように言うように、軽く手を振ってから、エルに背を向けて歩き出した。その背中を見ながら、エルはケロンのことを思い出していた。さっき、ケロンはどこかに向かってしまったが、そこがまさか魔術道具街ではないだろうか、と不安に思いながらも、次の授業の時間が近づいてしまい、エルはケロンを探しに行くことができなかった。

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