22歳(2)

 小人の多くはリリパットの村で生涯を終える。交易のために近くの大きな街に出かけることはあったが、それは一部の商人に限られた話で、そのほとんどは村の外を見ることがない。そこを生きる人々と逢う機会も限られ、ガゼルのように村を訪れた人物は手厚くもてなされることが多かった。

 そのもてなしを行う家はその時によって変わるのだが、大概の家が自分に珍客を招き入れたいため、その権利は争われるのが普通だった。


 村長と話していたガゼルが一度、村長の家に招き入れられてから、集まっていた人達は早速その話を始めていた。ベルはルルがいる関係から、ガゼルを家に招くことはできない。過激までは行かないにしても、ある程度は激しい話し合いが繰り広げられる様子を、ベルはただ眺めていることしかできなかった。


「どうしよう…ベル」


 ルナがベルの袖を軽く引っ張り聞いてきた。何をどうするのかと最初は思ったが、どうやら、ルナも話し合いの中に入りたいらしい。あわあわと迷ったようにベルに聞いてくるルナを見て、ベルはつい笑ってしまう。アルと夫婦になり、ビクトが生まれ、ルナは変わったところも多くなったと思っていたが、こういう時にうまく踏み出せないところはあの頃から変わっていない。ルナに連れられ、初めて狩人組合の建物に行った時のことを思い出しながら、ベルはそう思っていた。


「行けるよ」


 ベルがルナの背をそっと押す。あの時にルナがちゃんと自分で行動を起こせる人だということをベルは確認している。ただ最初の一歩を迷ってしまうところがあるだけで、ルナの行動力なら大丈夫だ。

 その思いからベルがルナに微笑みかけると、ルナは覚悟が決まったようにうなずいていた。目の前で行われている話し合いの中にルナも入っていく。


 それからしばらく、静かながらも激しい話し合いは行われていたが、村長がガゼルを連れて戻ってくるまでに、その話し合いも決着がついていた。一応、村長に家にガゼルが泊まる可能性もあったが、ガゼルが要望を出したそうで、ガゼルは村人の中の誰かの家に泊まることで決まったようだ。そのことを伝えられ、村長が村人に希望する者を訊ねた時、集まっていた村人の一人が手を上げていた。


 それがルナだった。ベルは傍から見ていただけだから詳しいことは分からないが、話し合いの結果、ルナの家に決まったらしい。ルナの緊張した面持ちを見てから、村人達の視線の先でガゼルが微笑む。


「よろしくお願いします」


 その一言にルナがほっとしたように表情を綻ばせた姿を見て、ベルも何故かほっとしていた。



   ☆   ★   ☆   ★



 ルナの家に泊まることで、村での滞在生活を開始したガゼルは瞬く間に、村の中に溶け込んでいた。元々、リリパットの住人が外部の人間に興味を持っており、友好的に接していることもそうだが、それに加え、普段は見ることのない魔術が見られるとなって、ガゼルは特に子供達からの人気を集めていた。


 特にガゼルを家に泊めている関係から、ビクトはガゼルに良く懐き、ガゼルの評価が高まるほどにビクトの方が何故か子供達の間で英雄のように扱われていた。

 もちろん、性格的にビクトはそのことで調子に乗ることはないが、ビクトの周りに子供達が集まるようになり、これまで一緒に遊んでもらっていたルークが少し寂しがることが増えていた。

 それは決してルークが輪に入れていないわけではない。ルークも子供達に交じって遊んでいるのだが、これまでは二人で話す機会が多かったビクトとの時間がなくなったこと自体が寂しいようだった。


 そのことはルークの親としてベルも心配になるが、ビクトが他の子供達といることが悪いわけではなく、ルークが仲間外れにされているわけでもない。ベルに言えることは何もないので、せめて、ルークがビクトと逢えるような時間を作ってあげたいとは思っていた。


 ルークを連れてルナの家に行こう。そうしたら、ルークは気兼ねなく、二人でビクトと遊べるはずだ。

 そう思っても、ベルの日常に変わりはない。ガゼルが村に来て、村の中の活気に変化はあったが、そのことでルルの体調が良くなるわけでもなく、ベルはいつものように家事やルルの世話をして日々を過ごすばかりで、ルナの家を訪れる時間は作れていなかった。


 それが変わったのは、ガゼルが村に滞在を始めてから一週間が経とうとしているある日のことだった。聞くところによると、ガゼルは三週間程度、村に滞在するつもりらしく、残りの二週間を王都に向かう準備に充てるらしい。その準備が何であるのか、村人の間では推測大会が行われていたのだが、ベルの家の話題は別のことにあった。


 きっかけはテオの一言だ。


「しばらく休みになったよ」

「え?そうなの?」


 テオの珍しい発言にベルは驚いていた。狩人は新鮮な肉や皮を届けることもあって、基本的に長期間の休みは少ない。事前に話し合い、長期間の休みを自ら取ることはあっても、長期間の休みが勝手にできることはまずない。

 ベルがテオと知り合ってから十年以上経つが、その間にテオが長期間の休みを取ったことは、少なくともベルの知っている限りはない。休みと言っても一日が多く、良くて二日、三日あれば仕事を辞めたのかと心配になるほどだ。


 そのテオがしばらく休みになったと言ったことに、ベルは悪い予想をしてしまう。


「どうして?辞めさせられるの?」

「違う、違うよ」


 テオは笑いながら、右手を振るっていた。その仕草を見ていると、確かに仕事を辞めるとか、クビになったということではないらしい。


「なら、どうして?珍しいよね?」

「ああ、うん。何か最近、森の動物が数を減らしているんだよね。それで狩人組合の方で、他の狩り場を検討するそうで、それまで休みだって」

「森の動物が減ってるの?理由は分かってないの?」

「うん。食料自体に困っている感じではないから、他に理由があるんじゃないかって言われてるけど、その理由のところまでは分かってないんだよね。他で何か起きていて、集団で移動しているとか、何か別の動物が森に紛れ込んで、息を潜めている動物が増えたのではないかとか、いろんな説が組合でも出ているよ」

「じゃあ、ちょっと不安だね…」

「大丈夫だよ。ベルが心配するようなことにはしないから」


 テオの言葉には何の根拠もなく、そのことをベルは分かっていたが、明るく言ってくるテオの姿を見ていると、何故か落ちつくベルがいた。テオが大丈夫と言ってくれるだけで、きっとベルはそれがどんな時でも落ちつくだろうと思う。たとえ世界が滅ぼうとしていても、テオがそこで笑って大丈夫と言ってくれたら、ベルは大丈夫だと幸せな気持ちで思いながら、穏やかに死んでいくことができる。


 そんなことを考えて、ベルはつい恥ずかしくなっていた。このままテオと一緒に生活し、テオと一緒に死んでいくとは思うのだが、そのことを考えると、最近は薄くなっていた恥ずかしさを覚える自分がいる。それが本当は辛く、苦しいはずの最期を幸せなことに変えてくれることが分かっていて、そのことを考えると、ベルは自分には勿体ないのではないかという気持ちになってしまう。


「だから、しばらく家事とか手伝うから、ベルも好きなことをしたらいいよ」


 ベルが幸せな気持ちに浸っていると、テオがそのように言ってきて、ベルは迷ったように目を泳がせていた。


 ベルにとって家事をすることも、ルルの世話をすることも、何もかもが好きなことだ。特にテオと一緒にいられて、テオのために何かができることは幸せすぎて言葉にできないほどで、それ以外に自分のしたいことがベルには考えられない。


「どうしたの?」

「う~ん…他にしたいことがないかもって思って…」

「え?そうなの?けど最近、森に入ったりしてないよね?」


 テオの指摘を受けて、ベルは久しく森に入っていないことを思い出していた。昔は何よりも好きだった時間だが、今はテオやルーク、ルルと過ごす時間がに変わっており、森に入って植物を見ることはなくなっていたし、それでも構わないと思っていた。


「たまには行ってきたら?」

「どうしようかな?」


 そう考えて、ベルはルークのことを思い出す。ルークをビクトに逢わせてあげたい気持ちも強くある。


「けど、ルークと一緒にルナの家に行きたいからな~」

「それなら、ついでに森で何か持っていけるものを見つけたらいいよ。あそこには例の魔術師さんがいるから、珍しい植物とかいいと思うよ。美味しい奴でもいいと思うし」


 テオのアドバイスを聞き、ベルは考えていた。確かにそう考えてみると、森で何かを見繕うのも悪くないかもしれない。狩人が休みになるくらいに動物が少ないのなら、目立った危険もないはずだし、そうしてみようか。そう思ったベルはテオに向かってうなずいていた。


「分かった。森に行って、それから、ルークと一緒にルナの家に行ってくるよ」

「うん。いってらっしゃい」


 今からではないのに、満面の笑みでそう言ってくるテオを見ていると、ついベルも笑みを浮かべていた。


 この時のベルは気づいていなかったが、この少し後、久しぶりに森に行くと考えたベルはそこで自分がワクワクしていることに気づいていた。意外と自分は森に行きたかったのかと思うと、少し恥ずかしく、少し面白く、小さく照れたような笑みを浮かべていた。

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