12歳(3)

 狩人は揃って森に入ったと聞き、ベルは森の外で待つことにした。その間、ベルの心はパンのように膨らんでいき、ぎゅっと押さえていないと破裂してしまいそうだった。胸に手を当て、これからのことを考えようとする。けれど、実際は考えることなど無理で、まとめようとした言葉がまとめようとした側から散らかっていって、余計にベルの頭は混乱していた。


 そうしていると、森の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。ベルが高鳴る心臓を押さえたまま顔を向けると、テオとアルが揃って歩いてきている。ルナから話を聞き、その時のルナの様子を思い浮かべると、歩いているアルはあまりに普通だったが、今のベルはそのことを考えられるほどの余裕がなかった。ベルの目にはテオしか映っていない。


 あまりにベルの眼差しが鋭かったためか、テオがベルの存在に気づき、笑顔で手を振ってきていた。その姿にベルは胸を押さえていない方の手を上げ、軽く手を振り返す。顔は恐ろしく熱かった。

 二人のやり取りにアルも気づいたようで、ベルの様子をじっと見てから、隣にいるテオと何かを話して一人で歩き出していた。どうやら、察してくれたようなのだが、ベルはそのことに気づかない。


 一人残ったテオがベルのところまで歩いてきて、死にそうなくらいに緊張したベルに声をかけてくる。


「仕事に行くところ?」

「いや、その…」

「どうしたの?」


 言い出そうとはしているのだが、うまく言葉にできないベルの様子を見て、流石のテオも異変に気づいたのか、心配した目を向けてきていた。

 ベルとしては身構えられても困るので、いつも通りに言い出したいところなのだが、一度言い出せないと次の言葉を言うことも難しくなって、どんどんと言葉が出なくなっていく。


「大丈夫?」

「そ、その…!?」


 ようやく出した言葉が調子外れに高く、テオはピタリと固まってから、吹き出すように笑い出していた。あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になったベルが、抗議の意味も込めてテオを殴ろうとするが、ポカポカと軽く殴られたところでテオの笑いは止まらない。


 そうやっていると、気づいた時にはベルの緊張も解けていて、さっきまで自分が何を緊張していたのか分からないほどだった。


「あのね…テオに話があるの」

「話?」

「そう…」

「何?」


 優しく聞いてくるテオの顔を見て、ベルは言おうと思っていたことを言おうとする。ずっと伝えたいとは思っていたベルの素直な気持ちだ。あの日から少しずつ大きくなっていたテオに対する気持ち。


 テオのことが好き。そう言おうと思って開いた口がうまく動いてくれない。パクパクとうまく呼吸ができないみたいに動いて、テオが不思議そうな顔でベルの様子を見てくる。


「どうしたの?大丈夫?」

「いや、その…えっと…」


 テオのまっすぐな目に見つめられ、その視線を意識すればするほどに、ベルの口から生まれようとする言葉は心の奥底に隠れてしまっていた。さっきまで言おうとしていた自分の覚悟を簡単に飲み込んだ緊張に、ベルの頭は真っ白になる。


「テオは…!?」


 気づいた時には、さっきまで言おうとしていた言葉と全く違う言葉を発していた。ベルの声が突然大きくなったことに、テオは驚いた顔をしている。


「テオは…私といることをどう思ってる…?」


 本当に伝えたかった言葉からすると、それは回り道になるような質問だったが、ベルの精一杯がそこだった。せめて、テオの気持ちが分かったら、ベルの緊張も少しは大人しくなるはずだ。

 そう思ってベルが待っていると、テオは難しそうに首を傾げて考え始めている。


「ど、どうしたの…?そんなに難しい…?」

「それって、あれだよね?哲学だよね?」


 真面目な顔で言ってくるテオに、ベルはきょとんとしたまま反応できなかった。何をどう勘違いしたのか分からないが、テオはベルの質問を難しく捉えたらしい。ベルには分からない捉え方だったが、そのことを真面目に考えるテオを見ていると、今度はベルが笑い出していた。


「え?何?何かおかしいこと言った?」


 そう聞いてくるテオの姿に、ベルは今の今まで、自分が真面目に緊張していたことが馬鹿らしく思えてきていた。


 テオはテオだった。どんな時もテオで、そういったところにベルは惹かれていた。その当たり前のことを忘れて、勝手に緊張していた自分が恥ずかしくも思えてくる。

 もっとシンプルに。テオに聞いてみたいことは簡単なことでいい。


「テオは私といて楽しい?」


 笑い出したベルに困惑した顔をしていたテオだったが、その一言の質問を聞いた途端、満面の笑みを浮かべていた。大きく首肯して、いつものように答えてくれる。


「楽しいよ」

「そっか」


 その答えに満足したベルがテオの手を取ろうとする。そこでいつもと同じドキドキが襲ってきて、ベルは寸前のところで手を止める。


 ずっとこれくらいの距離だった。ベルとテオの距離はこれくらいで、これくらいが心地好いとベルは思っていた。

 けれど、ルナが言ってくれた言葉で考えて、ベルは少し前に進んでみることも悪くないかもしれないと思い、こうしてテオに気持ちを確認しようとした。ベルの気持ちを伝えようとした。そこにはそこにしかない幸せがあって、それを望んでくれる親友がいて、それを望んでいる自分がいるなら、それも一つの答えだと思っていた。


 それも今になったら、少し違っていると思ってしまったのは、きっとテオの顔を見たからだった。確かに小人のベルに時間はない。それはテオも同じことで、だからこそ、急いだ方がいいかもしれないとは思った。

 しかし、ベルはそうやって急いだことで手に入れられるものを本当に望んでいるわけじゃない。本当に望んでいるのは、テオとの小さな時間の積み重ねで、そうした先にテオと一緒の未来があって欲しいと望んでいる。

 それは些細でも回り道をしないと手に入らないものだ。今はそう思えていた。


 だから、今はこれくらい。そう思って、止めた手を伸ばし、ベルはテオの手を取った。そのことにテオが少し驚いた顔をして、ベルを見てくる。


「ねえ、テオ。テオと話したいことがあるの」

「何?」

「ルナとアルさんのこと。聞いた?」

「ああ、そのことか。聞いたよ」


 手を繋いだ二人がいつものように話しながら、村の中に向かって歩いていく。その時間がやっぱり、じんわりとした幸せをベルに齎してくれていた。



   ☆   ★   ☆   ★



 それから数日が経って、ベルとテオの関係性があまりに変わっていないことに気づいたルナが、仕事と仕事の合間にベルを訪ねてきていた。


「ベル?テオさんとはどうなったの?」


 開口一番に心配した様子で聞いてくるルナに、ベルはいつものように笑顔を向ける。


「私、気づいたんだよ。もう少し、ゆっくりとテオとは時間を作っていきたいの」

「それでいいの?」


 ルナはベルの様子に困惑した顔をしていたが、ベルはもうその気持ちを変えるつもりがなかった。


「ぼうっとしている間に、他に好きな人がテオさんにできるかもしれないよ?」

「そうしたら、私とテオの時間は足りなかったってことだよね?それくらいの時間でテオと一緒にいても、私はきっと足りない部分のことを考えちゃうから」

「ベルはたまに難しくなるよね。何か、将来苦労しそう」


 ルナの指摘にベルは苦笑いを浮かべていた。言い返す言葉もないと本当にベルは思う。


 きっと、もう少しだけ素直になったら、テオに好きという言葉くらいは伝えていただろう。それくらいのことはあったかもしれないが、少なくとも、そこでテオとどうなりたいとか、そういうところまでは考えなかったはずだ。

 それは微妙に今のベルの望みと違うから。そのことだけは確信があって、だからこそ、ベルは後悔していなかった。


「ところでルナは好きな花とかある?」

「花?急にどうして?」

「ルナとアルさんが結婚する時のために用意しないと」


 ベルの一言でルナの顔が真っ赤になる。ルナとアルが結婚するのは、それから一ヶ月後のことだった。

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