発覚(11)
アスマの誘拐事件がベルの逮捕とアスマの確保によって終わりを迎えてから、既に数日が経過していた。
特に抵抗することもなく連行されたベルは、あれから王城内の牢屋に留置されていた。あとは自分の処遇が決定されるのは待つだけ。そう思いながら、ベルはこの数日間を過ごしている。
その間、ベルが思い出すのは、王都に来てからの二日間の出来事だった。アスマを誘拐し、最終的に目標だったガゼルとの対面を果たし、自分が捕まるまでの一連の出来事だ。日数にすると二日間だが、時間で考えると二十四時間程度の出来事だったはずだが、それまでの何十年の思い出よりも、その時間の方が濃くベルの中に残っていた。
そう考えてみると、ベルは改めて、自分がこの数十年の間、ずっと寂しかったことに気づいた。アスマやイリス、ベネオラとの時間が忘れられないのは、その時間に寂しさがなかったからだ。今もその時間を思い出してしまうのは、その時間が失われたことに寂しさを覚えているからだ。
もうとっくになくなっていたと思っていた――思い込んでいた感情の数々に気づかされ、ベルはまだ自分が化け物になり切れていなかったことに気づいてしまった。
そのことに気づいてしまうと、アスマのことが羨ましく思えてくる。
もしかしたら、自分もアスマと同じように、誰かと笑い合える時間を作れていたのかもしれないと思うと、昔の自分の間違っていなかったと思っていた決断も、正しかったのか不安に思えてくる。
そうやって考え込み、ベルは一人でかぶりを振る。牢屋の中にただいるだけだと、つい必要のないことを考えてしまう。どれも既に終わったことなのだから、考えても意味などないのに。そうベルは自分に言い聞かせながら、頭の底から湧いてくる考えの数々に蓋をする。
これもまたしばらく経つと、誰かが知らない間に蓋を外しているようで、ベルは考えの中にいるのだが、そのことも考えると止まらなくなるので、ベルは結局、何もかもから目を瞑る。また開くことになる目を今だけは瞑っておくことにする。
しばらくそうしていると、ベルは牢屋の外から聞こえてくる物音に気づいた。顔を向けてみると、衛兵がベルの牢屋の外に立っている。
どうやら、ようやく決まったようだ。そう思いながら、ベルは立ち上がり、衛兵に連れられて王城の中を歩き始める。手と足は錠と枷で自由を奪われており、すれ違うメイドやバトラーが驚きの目を向けてきていた。
それはベルが逃げ出すことは許されていない証拠だが、そもそも、逃げ出すつもりもない。あとはアスマに任せると、ベルはもう決めたのだから、ただ待つだけだ。
やがて、ベルは衛兵が立ち止まったことで同じように立ち止まり、案内された部屋に驚くことになった。
てっきりベルは裁判でも受けるのか、試しに処刑でもされるのかと思っていたのだが、その場所は裁判所でも、処刑場でもなく、宰相室だったからだ。
衛兵の指示で部屋の中に入ったベルは、エアリエル王国の宰相であるハイネセンと顔を合わせることになった。ハイネセンは宰相室奥のテーブルについており、その周りには他にも数人立っている人物がいる。
その中にベルはシドラスとイリスの姿を見つけ、ついアスマを探すように他の人に目を向けていた。
しかし、その中にアスマはいなかった。他の面々をベルはほとんど知らなかったが、その他にいたのはブラゴ、ラング、それから、メイド長のルミナだ。
「さて、貴女をこの部屋にお呼びしたのは、貴女にお話があるからです」
ハイネセンが口を開き、ハイネセンの前に立ったベルを見てきていた。罪人を見る冷たい目を向けてくるのかと思っていたが、意外にもその目は優しいもので、そのことにベルは困惑してしまう。
「まず、貴女の身体のことですが、逮捕時に我々王国政府もその身体の特異性については把握しました」
ベルは逮捕時、ベルの行ったことよりも簡単な方法で、ベルの身体が不死身であることを確認されていた。それによって、ベルは逮捕から数日間も放置されることになったはずだ。
「そして、その原因が元国家魔術師であるガゼルの仕業であることは、騎士や国家魔術師が協力し、証拠を発見したため間違いないと思われます」
シドラスが駆けつけたことで何となくは察していたが、具体的な説明もないまま、ベルは逮捕されてしまったので、結局見つかったかどうか分からなかった証拠は見つかったのかと、そこでようやく思い、シドラスとイリスに目を向けていた。
シドラスはベルと目を合わせるつもりがないのか、ベルの方を見てくることはなかったが、イリスとは目が合い、柔らかな微笑みを返される。
その微笑みにベルは心の中で感謝の言葉を送っていると、唐突にベルの前でハイネセンが立ち上がった。
「そのことについては、私からも謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」
ハイネセンがベルに向かって頭を下げたことに、ベルは大変驚いていた。他の誰も驚いた様子を見せていないが、ベルが罪人である事実は変わらないはずなので、軽々しく謝罪するべきではないはずだ。
ベルは狼狽えながら、不意にガゼルの姿を思い出していた。謝罪する前のハイネセンの言葉の中にガゼルの名前はあったが、その肩書きが変わっていたことも一緒に思い出す。
「ガゼルはどうしたのですか?さっき元国家魔術師って」
「ガゼルは衛兵が総出で捜索しましたが、未だに発見されていません。王都を出たのか、まだ王都の中に潜伏しているのか、それすら分からない状態です」
「そうなのですね…」
ガゼルが逃げたことにベルは意外と何も思わなかった。ガゼルに対する恨みはあったはずだが、それも恐らく、アスマの言葉が和らげてしまっていた。今更、ガゼルを恨んでも何もならない。六十年経っても本当のところで理解できなかった気持ちも、アスマとの言葉の中でようやく理解できた気がする。
「それで私はどうなるのですか?」
ガゼルとのことに区切りをつけ、ベルが顔を上げてハイネセンを見る。その謝罪をするためにハイネセンがわざわざベルを呼び出したとは思えない。
そして、それは実際に間違いではなかったようだ。
「身体のこと、その原因、それらに対して、我々エアリエル王国政府に一定の非はあったと思います。少なくとも、ガゼルの罪を暴くのは貴女ではなく、我々であるべきだったはずです。ですが、その手段としてアスマ殿下の誘拐に至った点は見逃すことができません」
ハイネセンの言葉は想定通りのものだった。たとえベルに正当な理由があっても、王子の誘拐を認める国があるはずがない。本来であれば即処刑だが、ベルは不死身のため、終身刑が妥当なところだろう。
「そのために貴女の処罰を我々も話し合ってきましたが、貴女の身体のこともあり、なかなか決まらない状況でした。ですが、最終的に様々な要素を加味し、一つの決断を下しました」
ついに罰が下される。そう思ったら、意外と怖くなってきたことにベルは驚きながら、少し俯いていた。その体勢のまま、ハイネセンの言葉を待っていたが、なかなかハイネセンは続きを言ってくれない。
どうしたのかと思っていると、ベルの前に一着の服が差し出された。この部屋に来るまでの間に、すれ違ったメイドが着ていた服だ。
「貴女には王城でメイドとして働いていただきます」
「……ん?」
あまりに想定していなかった言葉の登場に、ベルは途端に気を緩めて聞き返していた。その様子に堪え切れなかったようにイリスが小さく笑い出し、シドラスに注意されている。
「ちょっと待ってください。何と?」
「王城でメイドとして働いていただきます。もちろん、これは処罰なので給料は発生しませんが、ベッドと日々の食事は王国が支給するのでご心配なく」
「いや、そういうことじゃなく。どうして、その結論になるのですか?私の頭が馬鹿で理解できないだけですか?」
ベルは真剣に聞き返していたのだが、その聞き返し方が面白かったのか、今度はイリスを叱っていたシドラスも耐え切れなくなったように笑っていた。ベルは誰か良く分かっていないが、ラングも同じように笑っている。
「実は、今回の一件、アスマ殿下がご自身の意思で参加されていたことをどう判断するか、いろいろと悩みまして。そこに貴女の身体のことが加わり、単純な処刑以外の処罰を決めないといけないことになった時、終身刑という判断は間違いではないのかという話になり、その中で貴女をメイドにするという意見が出たのです」
「何ですか、その突拍子もない意見は」
「会議に乱入してきたアスマ殿下のご意見です」
「あいつか!?」
あまりに反射的に『あいつ』と言ってしまったことにベルが慌てながら口を押さえていると、イリスがもう押さえ切れないほどに笑い始めていた。ベルの前ではハイネセンが頭を掻きながら苦笑している。
「それはどうなのかとも思ったのですが、国王陛下からの許可も出てしまいましたので、こうして貴女にお話しすることになったのです」
「国王…陛下……?」
唐突に国王の名前が出てきたことに、ベルは驚くと同時に納得してしまっていた。あのアスマの親なのだから、何を決めてもおかしくはない。
そう思ったら、もうベルは笑いも出てこなかった。ただただ呆れるばかりで、何と言ったらいいのか分からない。
本当に何を言ったらいいのか。そう思いながら、自分の頬を冷たさが流れていくことに気づく。
それが涙であると少しして理解し、ベルは差し出された服を受け取っていた。
「ありがとうございます…」
小さく呟いた声と一緒にベルの処罰が決定し、ベルは王城でメイドとしてタダ働きすることになった。
その直後、ハイネセンからルミナを紹介され、メイドとしてすぐに働くことになるとは、この瞬間のベルはまだ思ってもみなかった。
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