発覚(6)

 カイザー。ベルがアスマに協力を求める約六十年前。アスマが誕生し、先代の竜を殺害した時から数えても四十年以上前。エアリエル王国とニンフ共和国の国境に生息していた先々代の竜のことだ。


 その当時、ニンフ共和国はエアリエル王国との同盟を考えており、その上でその存在は非常に邪魔だった。エアリエル王国にとっても、いつ自国に危害を及ぼすか分からないカイザーの存在は危険であり、ニンフ共和国が竜の討伐を持ちかけてくると即座に了承し、カイザー討伐のために部隊を編成していた。ニンフ共和国側が用意した人員と共に、エアリエル王国はカイザー討伐のために国境に討伐隊を派遣するのだが、この時の出来事は凄惨なものとして語られている。

 その討伐隊にはエアリエル王国とニンフ共和国合わせて、兵士と魔術師が数百人ほどいたと言われているが、その内、生きて帰ってきた人物は一割にも満たなかったのだ。生きて帰った者も多くが重傷を負っており、その後、何の後遺症もなかった人物は一人もいなかったと言われている。


 それだけの犠牲を払い、討伐に成功したカイザーの遺骸は、そのほとんどをエアリエル王国が回収したらしい。エアリエル王国が奪い取ったわけではなく、当時から魔術国家として知られていたエアリエル王国で研究を行ってもらい、同盟国となった際に情報を分けてもらおうとニンフ共和国が画策したと言われているが、その部分の真偽は定かではない。


 ただし、カイザーの遺骸は九割ほどをエアリエル王国が回収し、その研究を行っていた記録はあるが、そこから情報はほとんどが残っていなかった。一説によると、竜の身体はあまりに強大な力を有しており、当時の国家魔術師でも扱うことが難しかったため、研究が進まなかったと言われており、実際、ニンフ共和国でも同様に研究に関する情報は残っていなかった。

 その時の竜の遺骸自体は現在もゼットの遺骸と共に、エアリエル王国国内に保管されているが、その身体を使っての研究は未だにほとんど行われていない。


 それがカイザーの遺骸の現在に至るまでの流れなのだが、これとは別の話が一つ残されている。それは討伐時、多大なる犠牲の出たカイザーの生息地に立ち入った者がいるという事実だ。その多くは死亡した兵士や魔術師の死体を漁る目的だったそうだが、中には魔術に関する知識を持った者も交ざっており、残されたカイザーの肉片や血液を回収し、裏ルートで売り捌いたと言われているのだ。


 その話の真偽は現在に至るまで判明していないが、それが事実であると考えた時、その当時はまだ十代で、国家魔術師にもなっていないはずのガゼルが、カイザーの血液を所持していたことにも説明がつく。裏ルートで竜の血液を入手し、その真偽の確認のための実験か、ただの好奇心からの実験かは分からないが、それをベルの体内に入れたと考えると、そのことをエルが知らなかったことも分かることだ。


 ただし、それは状況として理解できるだけで、ガゼルの行いをエルが正当化する理由にはならない。


 何より、その可能性に逸早く気づいたシドラスやパロールも考えたことだと思うが、ガゼルの行いが十代に行われたことなら、そこから、ことになる。

 小人は基本的に短命で、多くが三十代で天寿を全うする。普通に考えて、


 しかし、ベルはそれによってを得てしまっていた。


 それはそのまま、としたら?ベルは一体いくつなのか?エルはベルに逢ったことがないが、そのことを想像していく中で、ベルが王都にいる理由に気づいた。


 三十代で死に行く小人の村の中に、六十年も生きる者が現れたら、それはただの化け物だ。そのことによって実際に迫害を受けたのか、それを危惧したのか分からないが、少なくとも、家族とは一緒にいられなかったはずだ。

 それだけでなく、姿が変わらないのなら、ここがエアリエル王国であっても、不思議に思われることは目に見えている。化け物と罵られるかもしれないその可能性がある段階で、一つの場所に留まることはできないはずだ。


 六十年。小人として二十歳ほどまで生きていたら、その三倍の時間を化け物として、一人で生きてきたことになる。


 家族に恐れられ、ガゼルに拾われたエルは、家族と引き離されることが、自分を化け物かもしれないと思うことが、どれほど辛いことなのか良く知っていた。それを自分の親だと思っていた人物が引き起こしたと知り、強い失望と隠し切れない怒りが湧いてくるのも必然だった。


 何があっても、それだけは人間がしてはいけないことだった。その思いから、パンテラの前でエルはガゼルを睨みつける。

 当のガゼルはその事実を知らないため、困惑した表情をしており、そのことを理解していても、その表情すら怒りの燃料に変えて、エルは怒りを剥き出しにしてしまう。


「答えてくれないの?」


 エルのその問いにすら、ガゼルは言葉を返してくれない。もしかしたら状況の理解と、どう立ち回るのか考えているのかもしれないが、そうだとしたら、ガゼルはエルとの間に明確な壁を作ろうとしていることだ。それすらも、エルは裏切りのように感じ、更に怒りは増していく。


「師匠。俺はあんたのことを家族だと思っていたんだ。フーと一緒に家族に捨てられた俺にとって、代えがたい家族だって思ってきたんだよ。それなのに、あんたは何をやってるんだよ…いろいろとさ!?」


 エルの叫びにガゼルは少し俯き、小さな声で呟いた。


「すまない…」


 その言葉が最後の引き金になり、エルはシドラスにやったようにガゼルに掴みかかろうとした。その直後、ガゼルが動き出す。


「本当にすまない」


 そう言いながら、ガゼルは軽く指先を口に含み、エルに押しつけるように見せてきた。何かと思った直後、エルはガゼルの指先がことに気づく。


 あ、と思った時には既に遅く、エルの身体は反応したように倒れ込んでいた。


「すまない…」


 最後にまたガゼルの謝罪する声が聞こえてきた気がした。



   ☆   ★   ☆   ★



 エルから遅れることしばらく、シドラスもようやく王城を出ていた。一緒についてきたパロールがエルの姿を探しながら、暗い顔をしている。


「やっぱり、私が余計なことをしたから…」

「違います」


 シドラスも同じようにエルの姿を探しながら、そう答えていた。


「パロール様が協力してくださったことは余計なことなどではありません。少なくとも、それがちゃんと誰かを救ったと私が証明します。いや、少し違いました。私と殿下が証明します」


 シドラスのその言葉ではパロールの暗い顔を完全に取り除くことはできなかったが、今はそれどころではないため、シドラスもそれ以上の言葉を言うことはできなかった。


 早くエルを見つけないといけないと思いながら、王都の街中を走っていると、人混みがこちらに近づいてくることに気づく。


「あ、シドラス様だ」


 人混みの中の一人が気づいた直後、その人混みの中央から聞き慣れた声がした。


「え!?シドラス先輩!?」


 その声にシドラスが慌てて人混みに近づくと、そこにいた人々が察してくれたのか、その中央にいたイリスを引っ張り出してくれた。白い光の紐のようなもので手足を拘束されており、運ばれている最中だったようだ。


「それはどうした?」

「これはガゼル様が…」


 そう言ってから、イリスはかぶりを振って、自分の手足をパロールに見せてくる。


「そんなことよりも、パロール様にお聞きしたいのですが、これはエル様が解けないものですか?」


 その問いにパロールはかぶりを振る。


「いえ、寧ろ、こういった拘束に使用される魔術はエルさんの専門分野です」


 その一言に近くにいた市民の一人が呟いた。


「あれ…?でも、エル様が王城で他の魔術師様に見てもらった方がいいって…?」


 その呟きにシドラスとパロールは気づいていた。エルがイリスを放置したのは、イリスから何かの情報を聞き出し、一人でガゼルのところに向かうためだ。


「イリス。エル様は?」

「もしもガゼル様の向かった場所にいるのなら、それはパンテラだと思います」

「分かった。すみません。イリスをお願いします」


 イリスを運んでいた市民達に頼んでから、シドラスは再びパロールと一緒に走り出す。まだ何も起こっていないことを必死に祈っていた。

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