発想(4)

 シドラスの悩みは解決する様子も見せないまま、ただただ時間だけが経過していた。王城の廊下を歩きながら、ガゼルの部屋を調べる方法を考えてみるが、エルに警戒されている中、さっきと同じように侵入できるかは怪しく、他の手段は見つかりそうにない。最も簡単な方法はエルに協力を要請することだが、竜の血の存在を確認できない状態でエルに協力を要請することは賭けにも程があり、場合によっては望まぬ形での解決になることだってあり得る。


 問題はガゼルの部屋を調べることよりも、竜の血の有無とその血液を調べる手段の方にあるかもしれないとシドラスは思い始めるが、そちらにしても、未だ解答は出そうになかった。


「シドラス殿」


 不意に声をかけられたことに驚きながら、シドラスは顔を上げる。王城の廊下は絶え間なく、衛兵が走り回っているが、その中で歩いている数少ない一人がシドラスなのだが、同じように歩いている人物がもう一人いた。それがシドラスに声をかけてきたラングだ。


「ラング様ですか。どうされたのですか?」

「残念ながら、アスマ殿下の救出にお役に立てそうにないのですが、部屋でただ待っていることもできず、気づいたら廊下を歩いているのですよ」


 ラングは苦笑しながら頭を掻いている。魔術が関わっていたり、魔術を必要とされたりする場合は、国家魔術師ほどに活躍できる人物もいないが、そうではない場合において、国家魔術師が関われるケースは限られている。魔術を極めし者達だが、基本的にその身体能力は常人と同じか、それ以下が多いので、今回のように魔術の関わらない場合に駆り出されることはほとんどない。

 普段、魔術の関わる事件の場合、同じ気持ちを味わっているシドラスとしては、そのラングの気持ちが痛いほどに分かった。


「アスマ殿下はまだ見つかっていないそうですね」

「はい、そうですね」

「シドラス殿から見て、ガゼルはどのような様子でしたか?」

「ガゼル様?」


 ラングの質問にシドラスは少し驚きを隠せなかった。ちょうどガゼルのことを考えていたこともあり、その考えをラングに読まれたのかと一瞬思ってしまったくらいだ。


「ガゼルが指名されたことが気になっているのです。もしかしたら、何か知っているのではないかと」

「そのような様子はありませんでしたが」

「本人もそう言っていました。ですが、何もなく、ガゼルが指名されたとはどうしても思えなくて…妙に嫌な予感もするのです。ただの気のせいならいいのですが」

「ラング様はガゼル様と古くからのお知り合いでしたよね?」

「そうですね。同じくらいの時期に国家魔術師になったので、それからの知り合いです」

「ガゼル様は過去に何か悪い行いを?」


 ラングのあまりの疑いから、シドラスはもしかしたら、ベルの一件にラングも関わっているのではないかと疑い始めていた。思い当たる節があり、それが今回の一件と関わっているのではないかと怯えているのかもしれない。そう思えば、ガゼルが指名された理由を気にしていることも、そこから嫌な予感を覚えていることも、全てが怪しく見えてくる。

 しかし、ラングは表情一つ変えることなく、かぶりを振っていた。


「確かにガゼルは目つきが悪く、悪人のような印象を人に与えることがありますが、基本的に優しい男なのです。そうでなければ、二人の子供を引き取ったりはしません」


 親に見捨てられたエルを引き取り、国家魔術師となるまでに育て上げたことはシドラスも知っている。その話からイメージされるガゼルの姿は、ベルの身体を不死身に変えた人物のものとは思えない。何より、そのような形の人体実験を行うのなら、エルと同じように子供を引き取ってきた方がいいように思える。小人、それも成人の小人であるベルを実験体にした理由が分からない。


 不意に当たり前の疑問が湧いてくる。そもそも、ガゼルはいつベルのいた小人の村を訪れたのか。ガゼルがそこまで移動していたら、そのことは王城の誰もが知っているニュースになる。


 しかし、そのような話は一度も聞いたことがない。


 もしかしたら、アスマは騙されているのではないか。シドラスがそう思い始めたところで、ようやく不思議そうに自分を見つめるラングに気づいた。


「申し訳ありません。少し考え込んでしまって」

「いえ、よろしいのですが。一体何を考えていたのですか?」

「それは…」


 シドラスはラングに話すかどうか一瞬悩む。ラングに事情を説明したら、場合によってはガゼルを調べることに手を貸してくれるかもしれないし、ベルの血と竜の血を照合してくれるかもしれない。


 しかし、ラングがガゼルと関わっていた可能性は消えたわけではない。可能性が消えていない以上は下手に話すことができない。

 ベルの話に疑いを持ち始めているが、それでも、アスマが信じ、調べることを託されたからには、シドラスは確実な答えを持っていく義務がある。


「殿下の救出のために何をするべきなのかを考えていただけです」


 そう答えてから、シドラスはラングに頭を下げる。


「申し訳ありません。少し先を急がせてもらいます」

「いえ、こちらこそ、呼び止めてしまい、申し訳ありませんでした」


 シドラスはラングと別れて、再び廊下を歩き出す。その中で考えることはガゼルを調べる方法と、ベルの話の真偽と、それから、最終的に竜の血が存在した時に誰に調べてもらうかということだ。


 ラングと話したことで、シドラスは竜の血を調べてもらうなら、その人物が全くガゼルと関わっていないと証明できる人物でないといけないと思い始めていた。そのための技術を持ちながら、ガゼルとの関わりを疑わない人物となると、シドラスは途端に思いつかなくなる。


 また解決する様子のない問題が見つかったと、シドラスは廊下を歩きながら、頭を抱えることになっていた。



   ☆   ★   ☆   ★



 くんくんと匂いを嗅いでから、ベネオラは笑顔になった。


「ちゃんと取れましたね」


 ベル達の身体から漂っていた下水道の臭いも、パンテラで水浴びをしたことで、ちゃんと消えたようだった。自己紹介を済ませたばかりのベネオラに匂いを嗅がせるのも悪いとは思ったが、その笑顔を見たことでベルは安心する。


「これから、どうするんですか?」


 全員の臭いが無事に消えたことで、ベネオラは当たり前のようにそう聞いてきたが、そのことをベル達は深く考える必要があった。ベネオラはベルを観光客だと思っているはずなので、どこかを見て回るのかという質問だと思うが、ベル達は本当に今後の行動を真剣に考える必要があるので、つい表情が険しくなってしまう。


「どこかに行くんですか?」

「いや、今のところは予定がないんだが」

「折角だし、しばらくここで普通の家庭の様子を見てみるとかも、いいですよね?」


 イリスがベルに軽く視線を寄越してくるが、その目は真剣そのものだ。アスマが自由に行動できない以上は、ベルかイリスがついているのがベストであり、イリスはベルについていて欲しいと思っているということだろう。


「それもそうだな」


 そう答えながら、イリスに目を向けると、イリスは安堵したように笑っている。ベネオラは普通の家庭という言葉に引っ掛かっているようだが、しばらくいるということなら、三人を受け入れてくれるようで、店の奥の一部屋を自由に使っていいと貸してくれていた。


「それじゃあ、私は戻りますね。お父さん一人だとお客さんが逃げちゃうかもしれないですし」


 ベネオラが笑いながら、店の方に戻っていく。その姿を見送りながら、ベルは首を傾げていた。


「お父さん?」

「グインはベネオラちゃんのお父さんだよ」

「グインって?」

「さっきの豹」

「はあ!?嘘だろ!?」


 アスマの虚言かと思っていたが、隣でイリスが笑いながら、かぶりを振っている姿を見て、ベルは信じられない気持ちが強くなっていた。似ていない親子にも程があるというものだ。


「ベネオラはどうしているんだ?剃っているのか?」

「違いますよ。血が繋がってないんです。義理の親子」

「ああ、そういうことか」


 イリスの説明にようやくベルは納得することができていた。それと同時に獣人であるグインがベネオラを育てているという状況に、ベルは少し悲しい気持ちが湧いてくる。


「あんなに笑顔の眩しい子なのに、昔に何かあったのか…」

「まあ、そうですね。聞いたところによると、赤子の時に捨てられていたとか」

「そうか…」


 ベルは家族に捨てられたというベネオラの過去に親近感を覚えると同時に、今はグインという家族がいることに対する羨ましさも感じる。その羨ましさを感じることにベルは馬鹿らしさを覚えるが、それでも羨ましさは消えてくれない。


「ベルさん」


 イリスに名前を呼ばれて、自分が少し考え込んでいたことに気づいた。イリスに目を向けながら、いらないことを考えていたと恥ずかしさを覚える。


「どうした?」

「ちょっと捜査状況を調べてきますね。どこまで衛兵がいるのかとか知っている方が動きやすいと思いますし」

「確かにそうだが、アスマを置いていっていいのか?」

「すぐに戻ってきますから。シドラス先輩には内緒にしてくださいね」

「そうか、分かった」


 唇に人差し指を当てながら言ってくるイリスに、ついベルは笑ってしまっていた。気づいたら、さっきまでベネオラに感じていた羨ましさも消えている。


「どこかに行くの?」

「ちょっと周りを調べてきますね。殿下はベルさんと一緒にここで待っていてください」


 そう言い残し、立ち去るイリスを見送りながら、ベルは感慨深さに浸っていた。アスマに続いてイリスにまで、信用されるとは思ってもみなかった。そのことが気恥ずかしい一方で、隠し切れないほどに嬉しかった。

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