最終日(2)

『エアリエル王国・観光ガイドブック《竜王祭編》』


【はじめに】


 エアリエル王国に観光を訪れる人の目的は様々ですが、特に近年増加しているのが竜王祭を一目見たいという方々です。エアリエル王国の建国以前から行われている祭りですが、ここ数年、特に第一王子のアスマ殿下のご意向が反映されてからは特に人気が高く、竜王祭が行われる六月頃は多くの人々がエアリエル王国を訪れています。中には王都・テンペストを初めて訪れるという方や、エアリエル王国自体が初めてだという方も多いことでしょう。

 そこで、このガイドブックでは、エアリエル王国を初めて訪れる方や竜王祭に初めて参加する方に、その楽しみ方をお伝えしていきたいと思います。


【その一・竜王祭の概要】


 竜王祭は六月初旬、三日間開催されるお祭りです。エアリエル王国の建国以前から行われているお祭りなのですが、名称の変更と同時に元々の二日間から三日間に期間が延長され、その内容が大きく変更されました。

 そんな竜王祭ですが、その最大の特徴は開催期間の三日間全てで行われることが違っているところです。

 ここからは、その三日間に行われること、その楽しみ方を詳細にご説明していきます。


【その二・竜王祭の一日目】


 竜王祭の一日目は市民の祭りと呼ばれるほどに、多くの市民が参加するお祭りです。様々な店が道に屋台を出したり、竜王祭限定の商品を作ったり、中には外国の有名な劇団がわざわざ王都を訪れて、この日限定の劇をしたりしています。

 元々、この一日目は冬の節制された生活から解放され、春の訪れを祝うために少しばかりの贅沢をする日だったのですが、それが変化して、現在は多くの人々が広く遊ぶ日となりました。

 この日の楽しみ方は何も考えず、ただこの日限定の様々な物を見て、買って、食べて、とにかく一日を体感することが大事でしょう。後々、金欠や贅肉に悩まされることになったとしても、この日を楽しまないと竜王祭を楽しんだとは言い切れません。全てのことに目を瞑り楽しむこと。それこそが竜王祭の一日目を楽しむために最も重要なことなのです。


【その三・竜王祭の二日目】


 竜王祭の二日目は未だ多くの店が出ています。竜王祭の一日目には及びませんが、それらを楽しむこともできます。

 しかし、この二日目最大の目玉は正午過ぎから行われる竜の模型の移動でしょう。竜の模型が王城近くをスタートして、大通りをぐるりと回り、再び王城に戻ってくるのですが、その迫力たるや本物の竜を見たことのない人でも、これが本物に違いないと思うほどの物になっています。

 この二日目を楽しみたいのであれば、この竜の模型は絶対に一目見ておくことをおすすめします。外国でも有名なエアリエル王国の国家魔術師が監修した竜の模型は、その迫力だけでなく、魔術を動力とした動きも見所の一つになっています。それらは他の場所では見られない、このお祭り唯一の光景と言えるものです。


【その四・竜王祭の最終日】


 竜王祭の最終日は第一王子であるアスマ殿下の生誕祭でもあります。そのため、この日はアスマ殿下が考案したゲームが行われます。

 ここで一つ注意点なのですが、この竜王祭の最終日は参加するために、事前に準備しておかなければいけない物があります。

 それがマスクです。魔王を表現している虎のマスクか、竜を表現しているドラゴンのマスクのどちらかを準備しておいてください。マスクは竜王祭直前から竜王祭期間中まで、様々なお店で取り扱っております。多少のお金はかかりますが、それも竜王祭の最終日に参加する参加料だとお考えください。

 準備ができたら、遅くても正午前には大通りにお集まりください。そこで王都に住む人達が配っているカラーボールをお受け取りください。個数に制限はありませんが、開催中も配られますので、ここで多く手に取る必要はありません。数個手に取り、正午までお待ちください。

 正午になると、王城前で騎士団長の挨拶が始まります。この挨拶が終わり次第、最終日の始まりです。挨拶の終わりに騎士団長からの合図がありますので、その合図と同時に手に持ったカラーボールを投げましょう。投げる相手は事前に準備していただいたマスクによって変わります。虎のマスクを準備した方はドラゴンのマスクを被った方に、ドラゴンのマスクを準備した方は虎のマスクを被った方に投げてください。

 制限時間は正午の始まりから約二時間です。その間、ただボールを一心不乱に投げ続けてください。

 これが最終日に行われるカラーボール投げです。

 このカラーボール投げの最大の特徴は勝敗がありません。制限時間内にただ相手にカラーボールを投げるだけです。その爽快さから、巷では『ストレス解消祭』と呼ばれているとかいないとか…

 この最終日の楽しみ方は語るまでもありません。ただ参加して、カラーボールを投げるだけで良いのです。普段は真面目な大人でも、この日だけは童心に返ることができます。たまには、難しいことを忘れて何も考えない時間も必要でしょう。

 ただし、一つだけ注意点があります。このお祭りで用いられるカラーボールのインクは一応落ちやすいものなのですが、確実というわけではありません。大切な服を汚したくないという方は汚れても大丈夫な衣服の着用をお願いします。


【その五・竜王祭の注意点】


 エアリエル王国は基本的に安全な国なのですが、竜王祭開催期間中には例年多くの窃盗事件等が報告されています。衛兵が見回りしていますが、広い王都の全てを見回れるわけではありません。竜王祭を楽しむ皆さん一人一人の注意があって、ようやく犯罪は減っていきます。

 そのため、ご自身の持ち物等の管理は非常に注意して行ってください。

 ご協力よろしくお願いします。


(以上、一部省略)



   ☆   ★   ☆   ★



 アスラが手に持っていたガイドブックを目にしたようで、ウィリアムは困惑した表情をしていた。


「何ですか、これは?」

「今回の竜王祭に向けて、王国で作ったガイドブックです。これ一つで竜王祭が初めての人も楽しめる優れもの…だそうですが…」

「そうなんですか…?」

「ちょっと分かりませんね」


 アスラが苦笑していると、ウィリアムはガイドブックを覗き込みながら、苦々しい顔をしている。


「こんな物を買う人がいるのですか?」


 そんなウィリアムの一言を聞きながら、アスラが隣に目を向けると、ちょうど舞台の上にギルバートとタリアが登ってくるところだった。その手には、アスラの持っている物と同じガイドブックが握られている。


「こんにちは、アスラ殿下」

「こんにちは。ギルバート卿も見に?」

「ええ、参加するのは少々苦手なので」

「そうですか。ところで、それは?」

「ああ、これですか。売っていたので、つい中が気になって買ってしまいました」


 その一言にアスラはついウィリアムに目を向けていた。


「いましたよ」

「そうですね」

「プフッ…」


 アスラの後ろで虎のマスクの下から、小さな笑い声が聞こえてくる。その姿を見てギルバートは困惑した顔をしていた。


「えーと…騎士のライト様ですかね…?そのマスクは…?」

「これはライトさんの遊びたい欲を誤魔化すための枷みたいなものです。ライトさんなら、職務も忘れて遊んでしまいそうじゃないですか?」

「まあ、確かに。そのような気もします」

「プフッ…」


 再び虎のマスクの下から、小さな笑い声が聞こえてきた。

 ギルバートはそのことに気づかず、アスラの隣に置かれていた椅子に座る。タリアはギルバートの後ろに立ち、ウィリアム達がそうしているように、周囲に目を配っている。


「毎年思うのですが、このお祭りは本当にいいものですよね。アスマ殿下のお気持ちがそのままに反映されて、大人も子供も楽しめるものになっているので、見ているだけで楽しい気持ちになれます」


 ギルバートは自分でそのような感想を言いながら、少しだけ苦笑いを浮かべていた。その苦笑いの意味が分からず、アスラは不思議そうな顔をしながら首を傾げてしまう。


「もしかしたら、竜はあまり気分の良いものではないかもしれませんが」

「ああ、そういうことですか。そんなことはないと思いますよ。今の竜なら、きっと許してくれます」


 アスラの一言でギルバートは今の竜であるアクシスの話を思い出したようだ。少しハッとしてから、納得したように小さくうなずいている。


「そういえば、そうでしたね。今の竜は変わり者として有名でした」

も育てているらしい竜がこの程度のお祭りに怒ったりしませんよ」


 アスラとギルバートが談笑している中に、どこからかカラーボールが飛んできて、舞台を覆う魔術の膜にぶつかった。青い色の液体がゆっくりと目の前を流れていく。その様子に固まってしまったアスラはしばらくしてから、同じように固まっていたギルバートと顔を見合わせて笑っていた。


「やっぱり、見ているだけでも面白いお祭りですね」

「そうですね」


 二人が小さくうなずき合っている中で、青い液体は魔術の膜の表面を完全に流れ落ちて、舞台の外側に小さな青い水たまりを作っている。その水たまりを踏んでしまって、青くなった足を見せている子供がとても可愛らしく、アスラとギルバートは再び顔を見合わせて笑っていた。



   ☆   ★   ☆   ★



「みんな楽しそうだね」


 ベネオラがそう呟いたのはパンテラの前だった。肩を負傷したグインと一緒に並び、マスクを被ることなく、人々がカラーボールを投げ合う様子を眺めている。


「お前も行ってきていいんだぞ?」


 グインがそう言うと、ベネオラは笑ってかぶりを振った。


「ううん。お父さんと一緒に見ているよ。一昨日と昨日で、凄く楽しかったから、最後はお父さんと一緒にいたいんだ」


 その一言にグインは込み上げてくる涙を堪えていた。自分と一緒にいたいという部分もそうだが、一昨日と昨日が凄く楽しかったという言葉も、とても嬉しかった。普段は働かせてばかりなことに、今更ながら罪悪感を覚える。


「そろそろ、中に入る?」


 しばらく眺めていたところで、ベネオラがそう聞いてきた。飽きたというわけではなく、周囲に飛んでくるカラーボールを見て、この場所にも飛んでくるのではないかと思ったようだ。


「いや、まだ大丈夫だろう」

「そうかな?」

「ああ、大丈……」


 そこでグインの顔に赤いカラーボールが飛んできた。グインの頭部を真っ赤に濡らして、肩だけでなく、頭まで負傷したように見せてくる。


「あ、グインさん…」


 ボールを投げた張本人らしき人物が小さく呟いていた。ドラゴンのマスクを被っており、手には数個の赤いカラーボールが握られている。


「ごめん!!てっきり、虎のマスクを被っているのかと思って…」

「いや、どこからどう見ても豹だろ!?」

「ちょっと似ているよ?」

「ベネオラまで!?いや、虎は知り合いにいるから、一緒にされると複雑な気持ちになる」


 虎と見間違われたことに動揺したグインだったが、ぶつけられたこと自体を怒る気持ちはなく、ボールをぶつけてきた張本人の謝罪に笑みを返しながら、ベネオラと一緒に店内に戻っていた。そこでベネオラが引っ張り出してきたタオルを受け取り、頭を拭き始める。


「やっぱり、ぶつけられたね」

「まあ、これくらいはいいけどな。昨日みたいに物騒なことじゃなければ、ただの笑い話だ」

「確かに」


 グインとベネオラは二人だけの店内で揃って笑い始める。昨日のアーサーを襲った人物も、襲った理由も未だに分からないが、今は平和に最終日を迎えられて良かったと心の底から思っていた。

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