前日(5)

 竜王祭の最終準備という名の最終確認の影響で、暇に苦しむことになったアスマだったが、その苦しみを和らげる一つの光明を見出だしていた。使用人の居住棟や国家魔術師が住む魔術師棟などの他の建物と違い、ひときわ異彩を放っている建物の前までアスマはやってくる。


 そこは主に武器が仕舞われている武器庫の中でも、を仕舞っている特別な建物で、アスマを含め王族の人間であっても、簡単に出入りを許されていない場所である。

 というか、王族の人間だからこそ、危険という理由で近づけさせてもらえない場所である。


 しかし、アスマはそんな王城に住まう人間の常識を無視して、この場所に押し入るつもりだった。

 目的はここに普段から出入りしている人物の一人、国家魔術師のサリーだ。


 サリーは国家魔術師の中でも、特に研究熱心な人物の一人で、その熱心さを買われ、現在では研究対象となっている一つのの管理を任されている。

 その兵器というのは、現在のエアリエル王国が所有している戦力の中でも最大を誇っているだ。


 術式のサイズや重ねた枚数で効果の強さが変わる魔術において、魔術師の扱える魔術の中では最大威力を誇る四式魔術が組み込まれた特殊な兵器で、サリーはその管理の一切を任されていた。

 そして同時に、新たな魔導兵器の研究もサリーが行っている。


 そんなサリーだが、その性格の偏屈さは魔導兵器に関する功績と並んで語られるほどに有名だった。


 例えば、多くの人に『サリーちゃん』と呼ばれているが、それはサリー本人が強要して呼ばせている呼び名であり、それ以外の呼び名で呼ぶとサリーは激怒した。

 既にを超えているので、王城に住む多くの人間が年下なのだが、それでも『サリーちゃん』と呼ばれることにこだわっているようだった。

 誰もがそのこだわりを不思議に思い、理由をサリーに聞くのだが、これまた不思議なことにサリーはその理由を話そうとしないので、結局誰もこだわりの理由を知ることができていなかった。


 他にも、国家魔術師の中では珍しく既婚者であり、相手との仲は極めて良好なのだが、何故か王城と王都の街中という別居状態であり、久しく逢っていないなど、サリーに関しては不思議な話ばかりが多い。


 そんなサリーにアスマは正面からぶつかって、サリーに託されたという自分への誕生日プレゼントを見ようと思っていた。

 偏屈で怒りっぽく、すぐに手が出るタイプのサリーだが、ちゃんと真摯に頼めば、アスマを通してくれるに違いない。そう思ってアスマは武器庫の扉を叩く。


 そして、その十数秒後にその扉の前で尻餅をつくことになった。振動と一緒にじんじんとした痛みが伝わっていき、アスマは臀部を両手で押さえる。


「ちょっと、サリーちゃん!?どうして、入れてくれないの!?」

「殿下には過ぎた代物だよ」

「でも、俺への誕生日プレゼントって聞いたよ!?」

「殿下の役に立つかもしれないだけで、殿下が使うことはないから安心しな」

「どういう理屈の安心!?」


 アスマは踊るように全身で不満を表現してみたが、サリーの心には響かなかったようで、一切相手にしてもらえなかった。残されたのは不満を表現する過程で生まれた疲労感だけだ。


 そんな疲れ切ったアスマにサリーは少しばかりの情けをかけるのかとアスマは期待したが、そんなことは一切なく、情けどころか使いを頼んできた。

 アスマはエアリエル王国の第一王子である。


「ちょっとヴィンセントを探してくれるかい?」

「ヴィンセント?」

「そうだよ。ヴィンセントにそのプレゼントのチェックをさせたいんだよ」

「それなら、俺でもいいじゃん!!」

「戯言は朝の中庭で負けなくなってから言いな」

「サリー酷い!!」

「サリーちゃんだよ!!」


 アスマの頭部にサリーの拳骨が減り込み、アスマは素っ頓狂な声を上げた。骨と骨がかち合った痛みに涙を浮かべながら、アスマは両手で頭部を労る。


「早くヴィンセントを探しに行きな」

「サリーちゃん、勝手だよ~」

「殿下に言われたくない言葉ランキングの一位だよ」


 偏屈さに年の功が加味されたサリーが相手では、アスマに口喧嘩での勝ち目などあるはずもなく、涙目になったまま真一文字に口を結ぶことしかできなかった。抵抗しても徒労に終わることは目に見えているので、アスマは首を縦に振ることにする。


「分かった。呼んでくる」

「はいよ。早く行きな」


 しっしと追い払うようにサリーに促され、アスマは武器庫を後にする。

 次なる目的は、王城のどこにいるか分からないヴィンセントを見つけることだ。ヴィンセントをサリーと結びつけることだ。


 この時のアスマは非常に面倒だという思いばかりで歩いていたが、その面倒が自らを苦しめていた暇を討ち滅ぼしたことに、アスマが気づくことはなかった。



   ☆   ★   ☆   ★



 忙しさに包まれた王城の中で暇と退屈を貪る男がいた。

 現役最年長騎士のヴィンセントだ。


 ヴィンセントは目的も仕事もあるかもしれないが、取り敢えず忘れたことにして、王城の中で雲のように漂うだけ漂っていた。目的も仕事も忘れたことにしているので、その行く先があるわけではない。

 ただ時間がゆっくり流れている感覚が心地好く、その感覚に浸っているだけだ。


 もちろん、この状態がずっと続けば、ヴィンセントはやがて息苦しさを覚えることになるので、その中にも一定の目的を作っている。忘れた目的は忘れたことにして、新たな目的に呼吸を求めている形だ。

 それはメイドの掃除の手伝いとも呼べないような手伝いだったり、衛兵の警備の手伝いと称した茶化しだったりしたが、どれもヴィンセントの息苦しさを解消するにはピッタリだった。


 そうやって、適度に呼吸しながら漂うことしばらく、ヴィンセントは王城の中を歩く見慣れた背中を目撃した。

 それもヴィンセントが覚えのある場所での目撃だ。

 ヴィンセントの好奇心が必然的にくすぐられて、背中に近づくよりも先に声をかけていた。


「エル様~。何してるの~?」


 ヴィンセントの呼び声に反応して、エルが立ち止まって振り返る。前回とは違って、今回は何も持っていないようだ。


「やあ、ヴィンセントさん。ちょっと例の場所に行くところだよ」

「おおっ?何か進捗があったってこと?」

「いや、どちらかと言うと、その確認かな?」

「つまり、これから結果発表か」

「そういうこと」


 エル曰く、竜王祭前に確認しておきたい、ということで、これから問題の幽霊の目撃場所に向かうところのようだった。ブラゴから聞いている話によって、その場所を使用する侵入者の話は聞いている。

 暇と退屈を貪るヴィンセントだが、面白そうなことは大好きで、今回のこれは面白そうな案件だ。


 何せ、王城に侵入するなど、余程腕の立つ人物か、余程正気を失った馬鹿くらいしかやらないことだ。

 そのどちらにしても、ヴィンセントの好奇心をくすぐるのに十分な面白さだ。


「エル様。俺も行くよ。興味あるし」

「ん?そう?じゃあ、行こうか」


 ヴィンセントはエルのお供として、王城内を再び歩き始める。今度はしっかりとした目的地がある分、さっきよりも地に足がついている感覚だ。

 もちろん、息苦しさなど微塵も感じない。

 それどころか、空気が澄んでいるように感じられるほどに、ヴィンセントの呼吸は晴れ晴れとしていた。

 嫌な気分の生まれない純度百パーセントの好奇心で動くことほど気持ちの良い瞬間はない。


 エルを目撃した場所から、目的の場所までは非常に近かったため、その間でエルと何かを話せるほどの時間はなかった。強いて言うなら、祭りの話をしようとして、エルが曇った表情を見せたくらいで、他には特に何もなかった。


 目的の場所につくなり、曇った表情の理由を聞こうとするヴィンセントの言葉を躱して、エルは地面に埋まっている球体型の魔術に目を向けている。

 ヴィンセントは球体型の魔術を初めて見るので、地面に埋まっている奇怪な代物に興味を隠せなかった。


「それが例の監視用のアレか?」

「そうそう。ヴィンセントさんは初めて見るんだっけ?」

「ああ、初めてだ。俺とかエル様が近づいても反応しないの?」

「そういう奴を買ったからね」


 エルはヴィンセントの目の前で屈んで、球体型の魔術を掘り出そうとしていた。

 どうやら、手とか道具を使って掘るわけではないようで、ポケットから小さな紙を取り出して、球体の脇に置こうとしている。


 そこで手が止まったのは、どうやら球体に貼られた一枚のに気づいたからのようだった。今、エルが取り出した紙と同じような紙で、どちらにも似た模様が描かれている。


「どうしたの?」

「魔力の供給を阻害する魔術が貼られている…」

「どういうこと?動いてなかったってこと?」

「そういうこと。本来はこういう設置型の魔術を設置するまで作動させないように貼るものなんだけどね」

「ん?剥がし忘れたってこと?」

「俺も剥がす役を悪魔に頼んだから、そうかと思ったんだけどね」

「悪魔…」


 ヴィンセントはエルがブラゴを嫌っている姿を昔から見てきたので、その悪魔がブラゴを揶揄する言葉であると知っていた。今も変わらないその関係性は、ヴィンセントの密かなエンターテインメントの一つになっている。


「けど、これって俺の貼った紙んだよね」

「そんなこと分かるの?」

「描いてある術式が違うからね。俺が用意したのは、もっと複雑な奴だよ。こんな簡単なものじゃない」


 エルは球体の脇に紙を置き、球体の周りの地面を一瞬で刳り貫くと、埋まっていた球体を持ち上げた。すると今度は別のポケットから、また違う紙を取り出して、その球体に貼っている。恐らく、その紙が言っていた複雑な奴だろうとヴィンセントは思う。


「侵入者か、その仲間にみたいだね」

「その魔術師がそれを貼ったってことか」

「まあ、そこはどうか分からないけど、この紙を用意したのは最低でも魔術師だってことだよ。ただ、あんまり腕は良くないみたいだけどね」

「それはそれが簡単な奴だから?」

「そう。はっきり言って、この魔術を封じるのに、この紙一枚の用意は学校だったら落第だね」

「エル様、厳しいねぇ」

「別に普通だよ。下手な魔術で自分の仕掛けた魔術を封じられたと知ったら、怒る人もいるくらいなんだから、それと比べると俺は普通だよ」

「ああ、まあ、確かに。そういう人はいそう」


 ヴィンセントは具体例を出さなかったが、具体的な顔は頭の中に浮かんでいた。口は禍の門であると知っているので、一ミリも開けることはしない。


「つまり、魔術師が一人いるってことか。それって報告しといた方がいいよなぁ、やっぱり」

「だと思うよ」

「んじゃあ、言ってくるか」

「お願いするよ。俺はこれを部屋に持って帰るから」


 球体を戦果の生首のように抱えたエルと別れて、ヴィンセントはブラゴのところに向かおうと歩き出していた。

 その直後に、徘徊していたアスマと出会すことになる。


「あれ?殿下じゃないですか」

「あ、ちょうど良かった。探してたんだよ」

「え?殿下が?俺を?」

「うん」


 アスマがヴィンセントを探していたという天変地異の前触れとしか思えない出来事に、ヴィンセントは腐った卵から逃げるような顔をした。


「何でそんな嫌な顔をするの?」

「気にしないでください」


 そう言いながら、ヴィンセントは足場の様子を確認してしまう。

 もしかしたら、地面が割れる五秒前に立っているかもしれない。


「えっと、サリーちゃんが呼んでたんだよ。何か、プレゼントのチェックをするようにって」

「ああ、あれか。了解です。伝言ありがとうございます」

「じゃあ、伝えたから俺は行くね」

「ん?お急ぎですか?」

「ヴィンセントを探してたら、結構時間が経っちゃったから、そろそろベルを呼びに行こうと思って」

「ああ、そうなんですね。では、お気をつけて」


 手を振りながらアスマを見送ってから、ヴィンセントはもう一度だけ地面を蹴った。

 まだ割れる気配はない。


 そのことを確認してから、アスマと出逢う前の目的であるブラゴを探すために、ヴィンセントは再び歩き出す。

 その次にはサリーのところに行く用事ができて、どうやら、まだしばらくの間は息苦しさを感じずにいられそうだと思っていた。

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