6章ー16:応戦の時、【魔狼】小隊 対 【水龍】

『マヒコ、決断を迷っている時間はありません。ここは攻撃あるのみです。あそこまで負傷していれば、いつ死ぬ気の反撃を行うか分かりません。回復されたり、の固有魔法を使われたりする前に、畳みかけて討つべきです』

 ミサヤが真剣に《思念の声》で語る。それだけ事態が切迫しているということが、舞子にも伝わった。

「ああ。一気に攻める! 勇子、まだ行けるか?」

「魔力はギリギリやけど、もうちょいやったらやれるわ! 付き合うでぇ小隊長!」

「メイアと空太は疲労の回復を優先しろ! 特にメイア、まだ神霊魔法は使えるだろ? 神霊の魔力を補充したら攻撃再開だ!」

「人使いが荒いわね……でも、分かったわ!」

 命彦の指示が飛ぶと同時に、勇子が先行してミズチへと飛びかかる。

「喰らええぇーっ!」

 魔法結晶を装填した〈双炎の魔甲拳:フレイムフィスト〉を勇子が振るうが、ミズチは驚くべき反射速度でその場を後退し、移動系魔法防壁4枚を時間差で具現化して、1枚ずつ勇子へぶつけた。

「っ!」

 驚く勇子の眼前で1枚目の魔法防壁に拳が触れ、魔法防壁が2重の魔法力場を纏う拳で叩き壊されると同時に、打突の衝撃でフレイムフィストが作動し、装填された魔法結晶が砕かれて拳の先から《火炎の槍》が放たれる。

 しかし、2枚目と3枚目の魔法防壁が順次激突し、この火の集束系魔法弾を相殺して、4枚目の魔法防壁が勇子を後方へと押しやった。

「こいつウチの戦い方を! どわぁあーっ!」

 移動系魔法防壁に押され、後退させられた勇子に、ミズチの具現化した多数の水の追尾系魔法弾が曲射されて突き刺さり、勇子が連続する魔法攻撃を受けて吹き飛ぶ。

 《火炎の纏い》と《旋風の纏い》の2重の魔法力場があったおかげで傷自体は浅いが、勇子が動けるまでに回復するには数分を要するだろう。

「怒りに我を忘れてると思いきや、まだ判断力が残ってるのか!」

 警戒しつつも命彦が吹き飛ぶ勇子とすれ違うようにミズチへと迫り、火と風の2重魔法力場を纏う〈魔狼の風太刀:ハヤテマカミ〉を振り降ろした。

 疾風のように迫る命彦の斬撃だったが、ミズチも風の魔法力場を身に纏うせいか、またしても巨体に似合わぬ驚きの敏捷性を発揮し、ミズチがその場でくるりと回転して、遠心力を増した尾に風の魔法力場を集束し、命彦の斬撃を迎え撃つ。

「くうおぉっ!」

 ギャリギャリギャリッと魔法力場を纏う斬撃と打撃がぶつかり、弾かれたように両者が後退した。

 もっとも、体格差があり過ぎるせいか、命彦の方がより後退させられ、体勢も崩れている。

 その命彦へ、好機とばかりにミズチが、風の追尾系魔法弾を瞬時に数百も具現化して放った。

『マヒコ!』

 危険を察知したミサヤが集束系魔法弾を放ってミズチを迎撃し、その後に移動系結界魔法を多重展開するが、1発の魔法弾が魔法防壁をすり抜け、命彦の胸へと着弾する。

「しまった、ミサヤっ!」

『ぐっ! 平気です……』

 〈陰闇の忍び衣〉は魔法弾の攻撃によって破れ、懐に入っていた子犬姿のミサヤの右前脚にも裂傷が生じて、血が滴っていた。

 常日頃装備している〈風地の具足羽織〉であれば、どうにか受け切れたのだが、魔法防御力よりも潜伏性を優先した装備に切り替えたままであったため、ミサヤが傷付いてしまったのである。

 着地する命彦が慌ててミサヤを腕で抱えると、治癒魔法で瞬時に裂傷を癒したミサヤが言う。

『私のことより魔法具が……』

「え、ああっ!」

 ミサヤの視線を追った命彦は、自分の手に持つ愛刀を見て絶句した。

 防具型魔法具〈陰闇の忍び衣〉の破損に加えて、武具型魔法具〈魔狼の風太刀:ハヤテマカミ〉も、刃が欠け、刀身が曲がっていたのである。

 悔しそうに唇を噛み締めて、曲がった刀身を見た命彦は、《火炎の纏い》で底上げされた筋力で、無理やり刀身の曲がりをサッと伸ばし、鞘にハヤテマカミを戻すと、鞘ごと〈余次元の鞄〉へ収納して、ゆらりとミズチを見た。

 ミサヤの集束系魔法弾を避けて後退していたミズチが、追撃しようとして命彦と視線を合わせた瞬間、警戒して一段と距離を取る。

 ミズチを見た命彦の眼は血走っていた。命彦の脳裏で怒りの激情が駆けめぐる。

「こんの両生類もどきがぁっ! 俺のミサヤに怪我させたばかりか、母さんと姉さんが愛情込めて作ってくれた魔法具を2つも壊しやがってっ! 絶対に許さねえっ! 生きては帰さん! 魂魄の欠片も残さず斬り消してやらぁああぁぁーっ!」

 命彦の怒号が、周囲に響いた。


 怒号を発する命彦を見て、目を丸くする舞子。

 その舞子の横で、しゃがみ込んで《地礫の纏い》を具現化し、自己治癒力を上げて傷の回復に努めていた勇子が、笑み浮かべて言う。

「怒った、怒りよったで! 命彦が遂に切り札使いよる!」

「そうみたいね? 結局、勇子の言うことが実現しちゃったわ。魔法具が壊れてミサヤが怪我したら、一瞬で命彦がプッツンしたもの」

「でもあれ、まだ6割程度の怒りだと思うよ? 全力で切れてる命彦は、言葉遣いに結絃さん譲りの関西弁がちらほら混じるし、殺意が魔力にのって爆発するように放出されるから、傍にいると物凄く怖いしね」

「確かに怒りの度合はまだ低いかもしれんけど、怒ったことは事実やろ? 一度怒ったら、あいつは自分の払う代価のこともまるっきり無視して、切り札を使うことを確実に視野に入れよる。ここではそれが重要や」

「相手はしぶとくしつこい魔竜種魔獣の【水龍】だものね? 早めに勝負を付ける必要があるから、当然切り札を切るでしょう」

 不安を忘れたように会話する勇子達3人を見て、舞子が恐る恐る問うた。

「み、皆さん、どうして落ち着いていらっしゃるんですか?」

「え? だってさ……」

「もうウチらの勝ちって確定したもん」

「まあそうね? あとは勝ち方の問題だから。精神的にはさっきより随分マシよ」

 答える勇子達の表情は、さっきまでと比べて随分明るい。

 勇子達の間にあった不安感や心配が、今取り除かれたことを舞子は明確に感じ取っていた。


 90mほど先のミズチを視線と気迫で牽制しつつ、〈余次元の鞄〉へ右手をもう一度突っ込み、回転式弾倉を持つ一対の籠手、武防具型魔法具〈陰陽龍おんみょうりゅうの魔甲拳:クウハ〉を取り出した命彦。

 風の魔法力場を纏い、命彦の周囲を飛び回るミサヤが、手元を見ずにサッと籠手を装備した命彦へ、《思念の声》でおずおずと言った。

『マヒコ、クウハを装備したということは、源伝魔法を使う気ですね? さっきのは私の失態から生じた怪我です。この身を想ってのお怒りは嬉しいのですが、源伝魔法の使用には命彦の心身に重い負担が……』

「構わん。たとえ俺の回復に時間がかかるとしても、ヤツは俺を怒らせた。その報いを受けさせる」

 命彦の身を案じるミサヤの思念に対し、命彦の返答は簡潔であった。

 ミズチを捉えたままの命彦の視線。その揺らがぬ視線が、命彦の決意を表していた。

 思考はまだ冷静さを保っているが、怒りの激情が胸に渦巻いて、治まらずにいる。

 そういう表情を、命彦は浮かべていた。

 ミサヤは命彦の返事と表情で全てを察し、諦めたように一度沈黙して、再度思念を放つ。

『……分かりました。もう言いません。あとのことはこのミサヤに任せ、存分にミズチを斬滅してください』

 ミサヤの思念に小さく縦に首を振り、命彦は自分の太腿で籠手をこすって回転式弾倉を瞬時に装填し、感情を押し殺した声で平坦に言った。

「勇子とメイア、そしてできれば空太も、手を貸せ。俺の源伝魔法でヤツを消し飛ばす。まずはヤツの足を止めるぞ!」

「あいよ」

「了解したわ」

「一撃だったら、どうにか撃てるまで回復したよ……使う魔法を指示してくれ」

 命彦が拳を握り、展開し続けていた《旋風の纏い》と《火炎の纏い》に魔力を込めて、効力を上げる。

 そして決然と口を開いた。

「勇子と俺で連携攻撃、メイアはその後に神霊攻撃魔法でミズチの左後ろ足を狙え。空太はありったけの魔力と精霊を使って、捕縛系の結界魔法を構築し、待機。使い時は指示する。行くぞ!」

 かけ声と共に命彦と勇子が駆け出した。

 勇子はシュラ族の異世界混血児としての力を解放し、両肘から角を出して本気の全力でミズチへと迫り、命彦も無詠唱で《地礫の纏い》を具現化して、魔法力場を3重に纏いつつミズチに肉迫した。

 ミズチは、左右に入れ違いつつ一瞬で間合いを詰めた命彦と勇子の攻撃に反応し、瞬時に後退しつつ追尾系魔法弾を放つが、急ぎ過ぎたのか、それとも消耗がここへ来て表面化したのか、魔法の具現化が不十分であり、出現した魔法弾は意外に少数だった。

 そのため、命彦と勇子は余裕を持って魔法弾をするりと避け、ミズチの腹部に左右から拳を叩き込む。

「けりゃあっ!」

「ほあたあっ!」

 命彦のクウハが作動し、拳の先から《陽聖の槍》が出て、勇子のフレイムフィストも作動し、拳の先から《火炎の槍》が出た。

 分厚い風の魔法力場の上から、左右に2枚ずつ計4枚の移動系魔法防壁を瞬時に展開し、魔法拳撃と集束系魔法弾を受け切るミズチだったが、追撃の集束系魔法弾は僅かに魔法防御を貫いていたらしく、攻撃した命彦達がすぐ離脱した瞬間、左右の腹部を陥没させたミズチが3本足の膝をついた。

『好機です、メイア!』

 メイアの横に浮いていたミサヤが雷の集束系魔法弾を即座に具現化し、ミズチの頭部へとぶつけて視界を一瞬奪い、思念で言う。

「分かってる!」

 するとミサヤの魔法攻撃の後、メイアの神霊攻撃魔法、極太の雷撃が追撃した。

 ミサヤの攻撃で視界は奪われつつも、使っていた精霊探査魔法のおかげでメイアの攻撃は察知していたらしい。

 9枚の周囲系魔法防壁を一気に具現化して、ミズチが身を守った。

 しかし、そのミズチの多重魔法防壁をも貫通し、メイアの今使える限りの神霊の魔力を込めた魔法攻撃がミズチの後ろ足を焼く。

「ギャガッ!」

 魔法防壁の貫通で攻撃力を相当削られたため、左後ろ足を消し炭にするところまでには至らず、原形が相当残っているが、ミズチの動きがさっきまでより数段遅く、また、立っている姿勢も不自然に傾いていることが見て取れた。

「どりゃあっ!」

 そのミズチの目の前を横切った勇子が、すれ違い様に頭部へ蹴りを見まい、ミズチの注意を引くと、幽霊のようにミズチの背後へ移動していた命彦が、左後ろ足へ拳を振り下ろした。

 ミズチも探査魔法ですぐさま背後の命彦に気付いたが、時すでに遅し。

 命彦の3重の魔法力場に包まれたクウハが、左後ろ足に炸裂した。

「いい加減に止まれいっ!」

「グギャアアァァァーッ!」

 〈陰陽龍の魔甲拳:クウハ〉の一撃は、ミズチの纏う分厚い風の魔法力場を突破し、拳の先から飛び出た《火炎の槍》による追撃で、皮膚を焼いて骨を砕いた。

 すぐさまミズチから距離を取り、メイア達の傍に戻った命彦と勇子。

 だらりと脱力する後ろ足を引きずり、遂にミズチが足を、動きを止めた。

 そして、カッと目を見開き、咆哮する。

「グルオォォオオォォーンッ!」

 ミズチが爆発的に魔力を放出し、地水火風に加え、陰闇の精霊と陽聖の精霊を使役して、口の前に魔法弾を構築し始めた。

「俺を怒らせる前にそれを使うべきだったぞ、ミズチ! 空太、今だ!」

「良い頃合いだよ! 其の旋風の天威を捕縛のおりと化し、我が敵をとらえよ。かこめ《旋風の檻》」

 命彦の指示を受けてから、あらん限りの魔力を放出して精霊を使役していた空太は、すぐさま呪文を詠唱した。

 空太の具現化した半球状の捕縛系魔法防壁が、ミズチを包み込み、突然その防壁を縮めてミズチを地面に押し倒す。

 精霊結界魔法《旋風の檻》。風の精霊達を魔力に取り込んで使役し、魔法使用者が認識した特定空間に、魔法の対象を一時的に閉じ込める効力を持つ、全周囲魔法防壁を作り出す魔法である。

 《○○の檻》と呼称される捕縛系の結界魔法は、使い方を工夫すると対象を閉じ込めて捕縛するほか、縮めた魔法防壁で結界内部の対象を圧殺するといった、ある種攻撃魔法のようにも使える、結界魔法らしからぬ使い方ができる魔法であった。

 魔法使用者が望む限り、あらゆる外的干渉を防ぐ結界魔法術式にあって、捕縛系の結界魔法は唯一、魔法使用者とは無関係に外部からの干渉が最初から可能であり、結界内部からの干渉こそ防ぐ効力を持っている。

 結界魔法としては効力が特殊であるため、魔力消費量も比較的多く、魔法展開速度もやや遅いが、戦闘への幅広い応用力を持ち、魔獣を生きたまま捕獲するには必須の魔法であった。

 魔法の対象が捕縛系の結界魔法に対抗できるほどの力を持っていると、捕縛や圧殺といった使い方は難しいが、単に対象の動きを制限し、時間稼ぎに使うといった使い方もできるため、戦闘ではよくよく重宝する魔法である。

 《旋風の檻》でミズチを捕えた空太が、歯を食いしばった。

「ぐぎぎぎ……」

「〔呪術士〕の知り合いから教わったんやろ! しっかりせえや」

 魔力切れ寸前で青い顔の勇子が、必死の空太を叱咤した。

 捕縛系の精霊結界魔法は、〔精霊使い〕学科では未修得であり、空太は《旋風の檻》を知人の学科魔法士から教わっていた。

 修得してもう1年以上経過しているため、相応に練度も高い筈だが、空太があらん限りの魔力を《旋風の檻》に込めているにもかかわらず、ミズチを地面に伏せさせられたのは、ほんの数秒であった。

 魔竜種魔獣特有の固有魔法を具現化しつつ、空太の捕縛系魔法防壁に抵抗するミズチ。

 ミズチの口腔部の前で膨らみ続ける魔法弾を見て、メイアが命彦へ言った。

「アレをここで、しかもこの方角で撃たれたら、三葉市も相当の被害を受けるわ。最後は任せるから、しっかり決めてよね?」

「おう!」

 メイアが神霊結界魔法で捕縛系魔法防壁を具現化し、空太の魔法防壁の上からかぶせた。

 ミズチがまたしても重い圧力を受けて地に伏せるが、それでも魔法の具現化を継続したまま、立ち上がろうと抵抗する。

 そのミズチを見据え、命彦は自らの心の内に意識を傾けた。

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