6章ー15:応戦の時、【魔狼】小隊 対 【水龍】

「ギュルォオアアァァーッッ!」

 メイアの神霊攻撃魔法によって、結界魔法の上から魔法攻撃を受けたミズチが絶叫し、腹部の一部を黒く炭化させて、結界魔法も霧散しつつ姿を現す。

「今だ! 勇子と俺で先に仕かける。空太! メイア!」

「分かってる。《四象精霊エレメンタル・ブラスト》の構築に入るよ!」

「こっちも神霊の魔力が回復し次第、もう一撃入れるわ!」

『牽制します』

 ミサヤが地の範囲系魔法弾を具現化してミズチへ放つと同時に、精霊融合付与魔法《四象融合の纏い》で身を包んだ命彦と勇子が駆け出す。

 ミサヤの具現化した地の範囲系魔法弾を、水の集束系魔法弾で相殺したミズチが、命彦達を近付けまいと、追尾系魔法弾を連射した。

「うおらぁっ! 《エレメンタル・バックラー》!」

 迫り来る追尾系魔法弾の雨を、両腕を交差させ、融合魔法力場を前面に集束させた勇子が受け止めて、命彦を後ろに付けて突進する。

 精霊融合付与魔法《エレメンタル・バックラー》。地水火風の4種の基幹精霊達による融合魔法力場を、手足や防具に集束し、魔法力場を一時的に膨らませて魔法的干渉を防ぐ魔法であった。

 これもまた魔法の原理というか、仕組み自体は他の〔闘士〕学科の固有魔法、《アース・バックラー》や《エアロ・バックラー》と全く同じだが、魔法力場の効力自体に差があるため、当然防御力も段違いである。

 《四象融合の纏い》に手を加えて生み出された、〔闘士〕学科固有の精霊融合付与魔法《エレメンタル・バックラー》は、石化・火傷・凍傷・睡魔の魔法的状態異常に極めて高い耐性を発揮し、〔闘士〕学科の魔法士が使う魔法防御でも最高の防御力を持っていた。

 勇子が追尾系魔法弾では止まらぬと判断し、ミズチが水の集束系魔法弾を具現化して放つ。

「くおおわっ!」

 勇子が《エレメンタル・バックラー》の融合魔法力場で集束系魔法弾を受け止めるが、効力というよりは魔法弾の勢いに押されて、吹き飛ばされる。

 しかし、無傷の勇子はニヤリと笑っていた。

「アホめ、ウチは囮や!」

 勇子の後ろにいた命彦が、〈魔狼の風太刀:ハヤテマカミ〉を肩に担いで飛び出し、刀身に融合魔法力場を集束させて、ミズチの頭部目がけて振り降ろす。

「〔武士〕学科必殺、《精霊刃せいれいじん・重ね斬り》!」

「クギャアアッ!」

 危険を察知したミズチが自分の前へ即座に水の魔法防壁を4枚具現化するが、命彦の放った魔法斬撃は、ミズチの結界魔法を全て斬り裂いた挙句、ミズチの全身を包む2重の魔法力場をも斬り裂いて、その太い前足を付け根から斬り落とした。

 上段から斬り降ろされた命彦の魔法斬撃は、集束した融合魔法力場が刀身を形成して伸長し、一撃でミズチの魔法防御を全て貫通したのである。

 精霊融合付与魔法《精霊刃・重ね斬り》。地水火風の4種の基幹精霊達による融合魔法力場を、手足や武器に全力で集束し、集束かつ圧縮した融合魔法力場を、刃のように引き延ばして解放する魔法である。

 《四象融合の纏い》に手を加えて生み出された、〔武士〕学科固有の精霊融合付与魔法《精霊刃・重ね斬り》は、〔武士〕学科の魔法士が使う魔法攻撃において最高の魔法攻撃力を誇り、高位魔獣の使う複数の魔法力場や魔法防壁でも、貫通して攻撃できるほどの恐ろしい破壊力を秘めていた。

 ただ今回、頭部を狙った命彦の渾身の一撃は、ミズチが魔法斬撃が届く前に一瞬早く身を捻って回避行動を取ったため、戦果は前足を斬り落としただけに終わった。

「くっ、外したか!」

「ギィァァアアアアァァァーッッ!」

 融合魔法力場の消失と引き換えに、ミズチの魔法防御を上回る魔法攻撃を行った命彦は、危険を感じてすぐに無詠唱で《旋風の纏い》を具現化し、その場を後退する。

 今までで一番の傷を負い、ジタバタと暴れ倒したミズチが、命彦を目がけて突進したからである。

 3本の足と尾で器用に身体を安定させ、驚くべき速度で突進して来るミズチ。

 ガバリと口を開いて命彦に喰らい付こうとするミズチに、ミサヤの魔法攻撃が走った。

『下がれ、下郎!』

 ミサヤが風の集束系魔法弾を瞬時に具現化し、ミズチの残った前足を撃つと、魔竜がつんのめってこける。

 そこへ空太の呪文が朗々と響いた。

「地礫の天威、水流の天威、火炎の天威、旋風の天威。精霊の円環、融く合し束ねて神のさばきと化し、相乗の砲撃を持って、我が敵を滅ぼせ。地は水を吸い、水は火を消し、火は風を呑み、風は地を削る。めぐる四象は一連として、万象ばんしょうを作り、万物ばんぶつを無にかえす。とどろけ《四象精霊砲》!」

 メイアの神霊結界魔法の内側で、空太が凄まじい量の魔力と精霊を制御し、集束系魔法弾と範囲系魔法弾の間とも言うべき、融合魔法弾を具現化して放った。

 荷電粒子砲撃ビームのように突き進む空太の魔法攻撃に合わせて、メイアも極太の雷撃を放ち、ズッコケたままのミズチが融合魔法弾と雷撃の輝きに呑まれた。

 精霊融合攻撃魔法《四象精霊砲》。地水火風の4種の基幹精霊達を魔力へと多量に取り込んで使役し、魔力を介して別々の精霊同士を融合させて、特定範囲を根こそぎ殲滅する融合魔法弾を撃ち出し、結界魔法や付与魔法諸共に、対象を攻撃する魔法である。

 〔精霊使い〕学科は、攻撃・結界・治癒・探査・儀式と、多種の魔法術式を修得するため、学科固有魔法は《四象精霊砲》1つのみである。

 しかし、この《四象精霊砲》の修得が、他の魔法学科の固有魔法と比べても群を抜いて難しかった。

 恐ろしい量の魔力と精霊を注ぎ込み、具現化される《四象精霊砲》は、使い手によっては神霊攻撃魔法にも迫る魔法攻撃力を発揮し、あらゆる魔法学科が修得する魔法のうち、最高の魔法攻撃力を持っている。

 使い手の力量が同等であれば、〔武士〕学科の固有魔法である《精霊刃・重ね斬り》をも超える破壊力を有していた。

 しかし、その魔法攻撃力の高さ、操作すべき魔力量と精霊量の多さゆえに、この魔法は制御が極端に難しく、また魔法展開速度も極めて遅いため、《四象精霊砲》は常に使い手を苦悩させる。

 精霊の2種融合魔法でさえ、その制御の難しさから、短縮詠唱や無詠唱での具現化がほぼ不可能であり、1人で具現化しようとすると、魔法展開速度が遅れるというのに、《四象精霊砲》は精霊の4種融合魔法であり、しかも魔法術式が魔法の具現化や制御に比較的時間を要する、攻撃魔法術式でもあった。

 実戦において《四象精霊砲》を使うためには、魔法の修得後も、使用者自身が自ら使い方の研究を行い、あらゆる場合を想定して、《四象精霊砲》の使用に工夫を凝らす必要があったのである。

 腕の良い〔精霊使い〕学科の魔法士は、実戦で《四象精霊砲》をまともに使用できる魔法士と噂されるほど、魔法士の評価を分かつ学科固有魔法であり、その意味では、戦闘でこの魔法を使える空太は、人格がどうあれ優れた〔精霊使い〕学科の魔法士と言えた。


 舞子の目の前で恐ろしい爆発が起こり、地震のように激しく地面が揺れて、周囲の廃墟が爆発の余波で倒壊する。

 爆風が廃墟の建物を次々に倒壊させて行くが、神霊結界魔法の内側にいたため、舞子、メイア、空太は無事だった。

 神霊結界魔法の外にいた命彦達も、メイア達の魔法攻撃がミズチへ着弾する寸前に、ミズチから距離を取り、ミサヤの展開した周囲系魔法防壁に逃げ込んでいる姿が見えたので、一先ず無事であろう。

 爆風が神霊魔法防壁にぶつかる際、思わず頭を守って屈み込んでいた舞子が、神霊結界魔法の震動が治まると同時に顔を上げると、結界の内側では空太が魔力の過剰消費で膝をつき、メイアも神霊の魔力の制御に心身が疲れたのか、肩で息をしていた。

 疲労困憊ひろうこんぱいといった様子の2人に代わり、舞子はポマコンを片手に映像を記録しようと、周囲を確認して絶句する。

 黒煙が広く、そして天高く立ち上り、《四象精霊砲》と雷撃の神霊攻撃魔法の進路上にあった道路は、2つの魔法攻撃が上を軽くかすめただけにもかかわらず、削岩機で抉られたように太く丸い溝を2本作り、その溝がミズチのいた場所まで続いていたのである。

 いや、よくよく見るとミズチのいた場所以降も溝は続いていた。

 150mほど先まで続く半円型の2本の溝。

 シュウシュウと湯気を放つ丸い溝の道をたどって行くと、黒く焼けただれたかたまりが、舞子の目に入った。

「あれってもしかして……ミズチですか?」

 舞子の言葉に、俯いていた空太とメイアがギョッとして顔を上げる。

「まさか、あれだけの魔法攻撃を受けて……」

「原形が残ってるの?」

「え、ええ。で、でもさすがにあの状態は死んでますよ? 全然動きませんし、全身焼け焦げてて……」

 舞子がそこまで言った時であった。

「ゴアアアアアァァァァーッ!」

 黒い塊がブルリと身を震わせ、ミズチの咆哮が周囲に響く。

「ま、まだ生きてるのかよ! ……もう勘弁してくれぇ!」

「結界魔法を十重二十重に展開して、私達の魔法攻撃に押されて後退しつつも、魔法の効力には必死で対抗し、生き残ったわけね? ……さすがは魔竜種魔獣、高位魔獣の代表格だけあって、幼竜でもしぶといわ」

 メイアが畏怖するように口を開くと、伏せるように全身を縮こまらせていた、焼け焦げたミズチがゆっくりと身を起こし、神霊結界魔法に包まれたメイア達を血走った眼でギロリと見た。

「ひぃっ!」

 激しい殺意を宿した縦割れの瞳孔どうこうを見て、舞子が魂を掴まれたかのように腰を抜かしてしゃがみ込む。

「「くっ!」」

 メイアと空太でさえ、その視線の圧力によって数歩後ろ後退した。

「グルルォオアアァァ―ッ!」

 3本足で全身が黒く焦げたミズチは、憤怒ふんどの咆哮を上げて、メイア達の方へと突進した。


 結界魔法を埋める瓦礫を突き破り、魔法防壁の外へと飛び出した命彦とミサヤ、勇子は、すぐにミズチがメイア達を狙っていることに気付き、慌てた。

「まだ生きとるやんけ!」

『メイア達の方へ突進していますよっ!』

「マズい! 援護しに行くぞ!」

 メイア達の魔法攻撃が、魔法防壁を多重展開したミズチとぶつかって爆発が生じた時、その爆心地から数十m右方へと移動して、ミサヤの風の周囲系魔法防壁に逃げ込んだ命彦達は、すぐ傍の廃墟がまとめて崩れたこともあり、瓦礫に結界魔法ごと埋まっていた。

 とりあえず多量の瓦礫を《火炎の纏い》を展開して突き破り、半球状の周囲系魔法防壁の外へ出てみると、自分達の眼前20mほど先を、まっすぐにメイア達の方へと突進するミズチの姿が視界に映ったのだから、命彦達が慌てるのも当然である。

 命彦と勇子が《火炎の纏い》の上から、無詠唱の《旋風の纏い》を具現化し、メイア達の方へと走るが、ミズチも風の魔法力場を身に纏っており、追い付くのは難しかった。

 神霊結界魔法の内側で、まだ戦うために立ち上がろうとして、フラつく空太。

「ううぅ、か、身体に力が……」

「掴まって空太!」

 その空太に肩を貸していたメイアが、今度は腰を抜かした舞子を呼ぶ。

「舞子、立って!」

「うああぁぁ……」

 迫り来るミズチの眼と殺気に射竦められ、舞子は座り込み、震えていた。

 そして、風の魔法力場を身に纏う黒焦げたミズチが、神霊結界魔法に頭突きする。

「ジャオウッ!」

「ひああっ!」

 ズドンと神霊結界魔法が揺れて、舞子があまりの怖さに涙を浮かべた。

「へ、平気よっ! この程度で私の神霊魔法は突破され……」

「ゴアアアアアァァーッ!」

 メイアの言葉をかき消すように、ミズチが怒号を発した。

 神霊結界魔法の魔法防壁へ狂ったように頭突きし、噛みつき、メイア達に迫るミズチ。

 そのミズチの姿に、メイアと空太も思わず身を震わせ、沈黙した。

 手負いの魔獣が本気で自分達を殺すため、目前に迫っていることに身が竦み、結界魔法を超えて伝播した殺意に怯えるメイア達。

 巨体ゆえか、そこらの魔獣とは一線をかくした圧迫感が、メイア達の身体を束縛していた。

 このままでは自分達の心が壊れると、メイアが思った矢先。

「「どっせぇえいっ」」

 命彦と勇子の拳がミズチの右頭部へ炸裂し、ミズチが地響きと共に跳ね飛ばされた。

「すまん、遅れたわ!」

 命彦とミサヤが倒れているミズチと対峙し、結界魔法に入った勇子が、メイア達に駆け寄る。

 メイアと空太が弛緩しかんするようにその場でしゃがみ込み、舞子が涙でぐしゃぐしゃの顔で縋り付いた。

「お、遅いよ!」

「滅茶苦茶怖かったんだからね!」

「ゆうござあぁーん!」

「すまんかった、すまんかった。魔竜種相手に前衛がおらんかったら、そら怖いわ」

 勇子がメイアと舞子を抱き締め、空太にも頭を下げる。

 本心から謝っていることがうかがえた。そして、不安そうに命彦を見て言う。

「命彦、どうするんや? ぶっちゃけ今って1番マズい状態やろ?」

「ああ。だが、絶望するにはまだ早そうだ」

 命彦が無詠唱で《旋風の眼》を使い、ミズチを観察して言う。

「まだメイア達の魔法攻撃が効いてるらしい。ミズチは回復し切ってねえ」

 命彦と勇子の火と風の2重魔法力場を纏った拳に殴り飛ばされたミズチは、ようやく起き上がったところであった。

 足取りがフラついていることを見ると、攻撃の当たり所のせいもあるだろうが、それまでに蓄積した疲労や身体の損傷も、相当効いていると推測できる。

 破れかぶれのがむしゃら攻撃をする可能性があるので、最も危険で怖い状態ではあったが、同時に、それさえどうにかできれば、もう一押しか二押しで倒せる状態でもあった。

 一抹の懸念材料があるとすれば、あからさまに弱っているメイア達が狙われることである。

 実際、ミズチは自分を殴り飛ばした命彦と勇子をサックリ無視して、メイア達に視線を注いでいた。

 メイア達は確実に道連れにする、そうミズチが告げているようであった。

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