6章ー12:マヒコの切り札と、魔竜への奇襲

 命彦がミズチの気を引くのに成功した頃。

 舞子達もミズチが慌ただしく走り出したことに気付いた。

 〈陰闇の隠形幕〉から顔だけ出して、魔力を目に宿して視力を底上げしつつ、廃墟の窓から見えるミズチの姿を見下ろしていた舞子が、メイア達に問う。

「見間違いでしょうか? 今さっき土くれの人形っぽいモノが、突然ミズチの前を横切りましたけど?」

「〔忍者〕学科の固有魔法《土遁・土分身》やね。命彦がミズチを引っかけようとしたんやろ?」

「そして、土の分身体の後をミズチが追ってるってことは、見事に引っかかったってことだ。動く頃合いだよ?」

「ええ。行きましょう」

 のてのてと荒れた道路を歩き、自分の周囲40mほどの範囲へ執拗に魔法攻撃を仕かけては、感知系の精霊探査魔法で破壊した一帯を確認するという、一連の動きを繰り返していた魔竜種魔獣【水龍】。

 舞子達が潜む廃墟から50mほどの距離まで近付いていたそのミズチが、突然ズシンズシンと走り出したことで、メイア達全員が動くべき時を知った。

 命彦の〈陰闇の隠形幕〉をメイアが自分の〈余次元の鞄〉へと仕舞い、魔法をできるだけ使わずに、廃墟からの移動を開始するメイア達。

 魔法抜きでの移動は相当面倒であり、移動速度も落ちてしまうが、体力に自信があった舞子は、メイア達にどうにか付いて行った。

「舞子、もう少しの我慢や、急げ!」

「ミズチは僕らと反対側に移動してる。今の相対距離は150mってとこだね?」

「命彦の誘導に上手く引っかかってるみたいね。行けるわ」

 勇子が舞子を気遣い、空太が短時間だけ感知系の精霊探査魔法《旋風の眼》を使って、現状のミズチの位置を全員に伝えると、メイアが自分を鼓舞するように言った。

 薄ら汗を額に浮かべた舞子が後ろ髪を引かれるように振り返り、心配そうに口を開く。

「命彦さんとミサヤさん、2人だけで平気でしょうか?」

「心配はいらんと思う。あいつらはホンマにしぶといからね? よっと」

 瓦礫を避けて小走りする勇子が苦笑して言うが、微妙に心配している様子が見られた。

「はあはあ……前回の手負いドリアードはあからさまに弱ってたし、戦い方も消極的だった。手負いの怖さも確かにあったけど、高位魔獣としての全力が出せてたかどうかは怪しい。その点で命彦達にも分があったんだ。でも今回は……いよっと、全力を出す高位魔獣との一戦だ」

 空太も道を塞ぐ瓦礫の山を登り、心配するように言うと、メイアがポツリと語った。

「命彦やミサヤでも、相応に命の危険はあるでしょうね」

「せやね。……こういう言い方はアレやけど、ミサヤがほんのちょこっとでも怪我するか、命彦の魔法具がミズチに壊されるかでもすれば、命彦も切り札を使うやろうし、ウチらももっと安心できるんや。そうすれば、この場でミズチを討てる可能性も出て来よるんやけど……」

「勇子、その発言は命彦が聞いたら怒るよ?」

「そうね。逃げてばかりで、ふうぅー……もどかしいのは分かるけど、注意してね」

 道路を塞ぐ瓦礫の山を下り終え、空太とメイアが言う。

「へーい」

 同じ瓦礫の山をタッタと飛び降りた勇子が、気まずそうに返事をした。

 足場が不安定である荒れた道路をまた小走りで進みつつ、舞子が気を紛らわすように勇子へ問う。

「今までも、チラホラと切り札という言葉を聞いていましたが、メイアさんの切り札は神霊魔法ですよね? 命彦さんの切り札ってどういう魔法ですか? 確か2つあるんでしたよね?」

「ああ、舞子にはまだ言ってへんかったね? 命彦の切り札は、源伝魔法と意思魔法や。使った後が相当きつい方が源伝魔法で、使う前に色々条件があるのが意志魔法やね」

「意志魔法は聞いたことも見たこともあります。確か《触手の皇》でしたか? あれと同じ魔法系統でしょう? 源伝魔法も一応学校で聞いたことがあった気が……うん? 待ってください。源伝魔法ってまさか、学科魔法士の……最後の切り札とも言われている、あの奇跡の魔法系統のことですか?」

 舞子が思わず立ち止まり、唇を震わせて問うと、勇子が苦笑した。

「せや。自分の魂に眠る力を具現化する魔法系統、源伝魔法。それを命彦は使えるんや。ほら走り、舞子」

 勇子に言われてまた移動し始めた舞子が、驚きの表情で言う。

「あ、あり得ませんよ! 学校の教官が言ってました。源伝魔法系統は、熟練の魔法の使い手が自らの魂を長い年月の間探求し、理解してようやく修得できる魔法だと! 平均修得年数は60年以上で、ほとんどの学科魔法士は源伝魔法の修得を諦めて、魔法士としての人生を終えるって、そう言ってましたよ?」

「そうだね。普通に修得しようと思えば、それくらいの年月がかかる魔法系統だ。修得してる魔法士もごく一部だろう。でもね、源伝魔法系統の修得には例外的手段があるんだよ」

 深々と陥没した道路を迂回うかいして、先を走る空太が言うと、メイアも語った。

「歴史ある魔法使いの一族には、源伝魔法を代々受け継ぐ秘技があるらしいわ」

「代々受け継ぐって、それこそおかしいです! 源伝魔法は魔法士一人一人に固有の魔法だと聞いていますよ?」

「せやね。魂は一人一人違うから、当然魂に眠る力も一人一人違う筈。当然のこっちゃ。でも、よう似とる力が眠ってることはあるんやで?」

「え?」

「血筋が繋がっとるせいか知らんけど、物の考え方や性格、魂を成長させる精神的要素が似てる同じ血族の者同士やと、成長した魂に眠る力も、比較的似通ったモンが多いんや。そうした者同士の間でやったら、源伝魔法の継承は可能やで? 自分と似た者同士やと、魂が通じ合うっていうことやろね」

 自分の言葉を聞いて目を丸くし、並走する舞子へ、勇子は語り続けた。

「実の親から実の子へ、あるいは同じ血族の師から弟子へ、源伝魔法を受け継がせることで、子や弟子の源伝魔法が親や師の源伝魔法を、その魂の力を写し取り、自分の魂へと取り込んで、より力を増した源伝魔法が発現する。子や弟子は、魂の力を写し取る過程で、自分の魂に眠る力を理解し、源伝魔法を修得することができるんや。そういう儀式魔法が、魔法使いの一族には先祖代々伝わっとんねん」

「私達一般人の家庭に生まれた魔法士には、色々理解を超える部分があるんだけど、どうやら魔法使いの一族には、本当にそういう魂の力を継承し、進化させる秘技があるらしいわね?」

 迂回路から最短進路の道へと戻り、メイアが苦笑して言うと、空太も口を開く。

「歴史のある魔法使いの一族にとって、源伝魔法は世代を重ねるごとに成長・進化する魔法系統とも言えるんだ。それが奇跡を起こす魔法系統と言われる理由さ。次世代に継承されるごとに源伝魔法は効力を増して行く。千年以上の魔法継承、魔法の進化を重ねた源伝魔法は、部分的にでも、至高の魔法系統たる神霊魔法に撃ち勝てる力を有していることが多いんだ」

 乗用車が8台ほどぶつかり合い、塞がれた道を、当の乗用車を踏み越えて進み、空太が言う。

 勇子がヒョイヒョイと乗用車の苔むした屋根を飛び越え、舞子に語った。

「実際、魂斬家の源伝魔法は、効力だけを見れば神霊魔法を超えとる。よっ! ほいっ! 一発勝負で当たりさえすれば、下手こいたら神霊種魔獣さえ消し飛ばすんちゃうか?」

 メイアも勇子の後を追って言う。

「確かにね、神殺しとか言われてるみたいだし。まあ、自分が死ぬ可能性も相当高い上に、そもそも避けられたら自動的に負けが確定するから、使う時には相当注意が必要だと思うけど」

「そら人間の魔法が、神さんの魔法に簡単に勝てるわけあらへんやん。1回だけでも神さんの魔法を凌駕するからこそ、奇跡やねん」

 そう言って勇子とメイアが車の屋根を飛び降り、笑い合う姿を見て、舞子は目を白黒させた。

「……ま、待ってください。理解が追い付きませんよ」

「まあ伝聞で聞くより、実際に見た方がいいね? そうしたら多分分かるよ」

 空太が苦笑して車の屋根を飛び降り、舞子が追い付くのを待っていると、メイアが口を開いた。

「そうね。反則の権化ごんげとも言うべき神霊魔法を使える私が言うのもアレだけど、効力だけを見れば、命彦の使う源伝魔法も、極めつけの反則だと思うわ。……ところで、勇子と空太はいつ自分の家の源伝魔法を継ぐの?」

「「ぎくっ!」」

 メイアが思い出したように問うと、舞子が車の屋根から降りるのを待っていた勇子と空太が、突然走り出した。

「い、いやぁーウチの源伝魔法はそこまで使えんし」

「僕のところも、あんまりね」

 そう言って先行する2人へ、舞子を連れたメイアが小走りで追いかけつつ言った。

「そう。今は立て込んでるから胸にしまっておくけど、諸々もろもろ終わったら命彦に相談しましょうね?」

「「……はい」」

 2人の走る速度が急に落ちた。ふと舞子が目を凝らすと、荒れた道路を横断するようにまっすぐ亀裂が走り、硝子のように輝くミズチの結界魔法がそそり立っている。

 付与魔法を使ってまっすぐに進めば、1分もかからずに到着する短い距離を、障害物を乗り越えたり、迂回したりして、10分近くかかってようやく踏破し、遂に結界魔法の前にたどり着いた舞子達。

「さあ、着いたわ。ここからが本番よ。結界魔法を突破しましょうか」

 メイアの一言に、舞子達はコクリと首を縦に振った。


 ミズチに追いかけられる土の分身体達を操っていた命彦は、早々に2体の分身体を破壊され、1体の分身体を必死に操作し、魔竜の注意を引いていた。

「分身体の攻撃じゃ、欠片も損傷を与えられんのか? ツルメやゴブリンくらいだったら、単純に殴打するだけでも、魔法力場の上から頭部を陥没させる程度の魔法攻撃力はある筈だが……自信を失うぜ」

 廃墟内で瞑目したまま立っていた命彦が、ずっと展開し続けている《旋風の眼》でミズチの様子を確認し、忌々しそうに語る。

 複数の分身体を操作するより、1体の分身体を操作する方が非常に動かしやすく魔力も込めやすい。

 必然、分身体の魔法戦闘力、攻撃力や防御力は、3体同時操作の時より相当上昇している筈だが、土の分身体1体をミズチの背に飛び乗らせてから、命彦は攻め手を欠いていた。

 自分の追っていたモノが、魔法による産物だと気付いたミズチが足を止めたため、止むを得ず分身体を死角から背後に取り付かせたまでは良かったが、それ以降はろくに攻撃が通らず、手をこまねいていたのである。

 分身体にミズチの身体の突起を掴ませ、繰り返し殴打させているのだが、精霊付与魔法の魔法力場で覆われたミズチの身体には全く効いておらず、それどころかミズチが鬱陶しそうにブルルと身を震わせる度に、しがみ付く分身体のあちこちが痛み、ひび割れた。

『分身体ではこの程度が限界でしょう。メイア達もすでに移動した筈です。そろそろ私達自身が打って出るべきかと思いますが?』

「それしかねえか。分かった」

 防具型魔法具〈陰闇の忍び衣〉の懐から、顔だけ出しているミサヤの思念に答え、命彦は最後の抵抗とばかりに、ミズチの身体の上で土の分身体を走らせ、顔を攻撃させた。狙うは右眼である。

 眼と口の位置が近いため、バクリと分身体の下半身がミズチに喰い付かれたが、分身体が砕ける前に振るった最後の一撃が、魔法力場の上からミズチの眼球に当たった。

 痛覚があるのか、僅かにミズチが身を震わせる。

 その隙に分身体の操作を止め、廃墟を飛び出した命彦は精霊付与魔法の呪文を紡ぐ。

「包め《旋風の纏い》と《火炎の纏い》。さらに包め《水流の纏い》と《地礫の纏い》!」

 矢継ぎ早に短縮詠唱で4つの魔法力場を纏った命彦が、自分がいた廃墟から100mほど先にいるミズチの背後に一気に飛び乗り、〈魔狼の風太刀:ハヤテマカミ〉を抜き放ちつつ巨躯の上を走って、目の痛みで警戒心が緩んでいたミズチの左眼を切りつけた。

「せいやぁあぁっ!」

「キュルゴアアアァァーッ!」

 ザシュッと手ごたえがあり、奇襲を受けたミズチが激しく暴れる。

 4重の魔法力場を集束した命彦の斬撃は、ミズチの纏う水の魔法力場を容易く斬り裂き、魔法力場の下にある本体に、攻撃を届かせていた。

 左眼をつぶすと同時に、命彦は廃墟の物陰に消え、文字通り〔忍者〕のように姿を隠す。

 ミズチが血走った右眼と精霊探査魔法で命彦を探しつつ、手当たり次第に数百に及ぶ水の追尾系魔法弾を放った。

 ミズチの周囲60mの範囲にあった廃墟が次々に魔法弾を浴びて倒壊して行くが、命彦は倒壊する廃墟の瓦礫を踏み台にして飛ぶように移動し、いつの間にかミズチの上を取っていた。

「貫け《火炎の槍》!」

 命彦の魔力を感知したミズチが、素早く水の集束系魔法弾を放って迎撃する。

『甘い!』

 しかし、命彦の懐から顔だけ出しているミサヤが、命彦と同じく火の集束系魔法弾を放っており、魔獣同士の放った2つの集束系魔法弾が激突し、相殺し合った。

 そして、相殺時に生じた蒸気を斬り裂くように、命彦の火の集束系魔法弾が飛来する。

 ミズチの背にぶち当たり、魔法力場を貫通して痛撃を与える、命彦の《火炎の槍》。 

 迎撃を無効化され、あまつさえ後背に痛撃を受けて、怒り狂ったミズチが、すぐに距離をあけて逃げようとする命彦へ、追尾系魔法弾の雨を降らせた。

 その水の追尾系魔法弾の連射を、ミサヤが移動系の精霊結界魔法を具現化して防ぐ。

『くっ! 弾数ばかりが多い!』

「一瞬でこれだけの手数……想定通り、簡単には行かねえ相手だ!」

 ミサヤの具現化した6枚の移動系魔法防壁のうち、4枚が追尾系魔法弾の連射によって削り取られて失われたが、どうにか反撃に耐えきり、距離を取って着地した命彦が周囲を見回して言う。

「僅か2合でもう地形がこれだよ。隠れることもできねえぜ、まったく……」

 倒壊した周囲の廃墟を見て、命彦が背筋に冷たいモノを感じる。

 その時であった。命彦の遥か後方で、魔法の気配が生まれる。メイア達のモノである。

「勇子の精霊融合付与魔法と、空太の精霊融合結界魔法の気配だ!」

『ということは、メイアも神霊魔法の構築に入っていますね?』

「ああ。もう少し引きつければ、逃げる隙が生れる筈……付き合ってもらうぞ、ミズチ!」

 命彦が4重の魔法力場を纏いつつ、魔竜種魔獣【水龍】へ突貫した。

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