6章ー4:剣の妙技と、動作確認

 路面電車で商業地区に到着し、学校から依頼所へと約10分ほどでたどり着いた命彦達。

 すると、依頼所の前ではメイアから事前に訓練場使用の連絡を受けていた梢が待っていた。

「いらっしゃい、またモメ事あったんだって?」

「まあね。訓練場の使用申請は?」

「取れてるわよ。そこで決闘するんでしょ? 私も見てていいかしら?」

「別にいいけど、受付の仕事はよ、梢さん?」

 命彦が問うと、梢が苦笑して店の扉を開け、依頼所内へ案内した。

 喫茶席を見ると、客はそこそこ多いものの、いつもとは客層が違う。

 魔法具で身を包んだ学科魔法士の姿がほぼ皆無であり、一般人の客ばかりだったのである。

「これ見たら分かるでしょ? 喫茶の方は繁盛してるけど、依頼所の方は開店休業状態よ。依頼はあれど、魔法士はおらずってね? はあー……」

 梢がため息混じりに言って、言葉を続ける。

「一流の魔法士達はほとんどが関東や九州へ行っちゃったし、二流や三流の魔法士、駆け出しの新人魔法士達も、第3迷宮域で多数の行方不明者が出た件で、依頼の受領を控えてるわ。昨日の深夜には軍の魔法士小隊が全て帰還して、戦死者や戦闘記録の報告会をまず開き、回収した遺品・遺骨の身元を照会しつつ、今は対策会議を開いてるらしいんだけど……やたらと長いのよねその会議が。ミツバも会議に呼ばれてるし」

 先を歩いて、命彦達を訓練場に先導する梢。その梢に空太が言った。

「ミツバも呼ばれてるってことは、もう多分第2迷宮域にも進入制限をかけるってことで、今後の予定が決定されてて、関係各所の人工知能達に話を通し、色々と試算させてるんだろうね? 進入制限をどのくらいの期間かけるのかや、それによって生じる経済損失とかをさ? もしかしたら、第3迷宮域に潜む今件に関わる魔法士殺しの魔獣達の討伐作戦も、一緒に練ってるのかもね」

「まあ普通の魔法士だったら、誰しもがそう考えるわよね?」

「ああ。しかし、第2迷宮域にも進入制限がかかったら、一般の魔法士が活動できるのは第1迷宮域だけだぞ? それはつまり……」

『今依頼所で受けられる依頼も、第1迷宮域だけで達成できる依頼のみ、ということですね?』

 ミサヤの《思念の声》に答え、勇子が語った。

「そやねぇ。でも第1迷宮域で達成できる依頼って稼ぎがしれてるから、二流三流の魔法士もあんま手え出さへんし、新人は第2迷宮域に進入制限がかかった時点で、魔法士殺しの魔獣らがどんどん街に近づいて来る思って、ほとぼり冷めるまで第1迷宮域での活動も避けるやろ。そら魔法士がおらん筈やわ」

「ほえー……このお店の状態には、そういう事情があったんですね?」

「ええ、ホントにもうどうしよかしら。期限が迫ってる依頼も多々あるのに、はあー……」

 命彦達の言葉に、梢は苦笑と深いため息を返す。

 昨日の深夜に捜索を打ち切り、都市自衛軍の魔法士救出小隊は全てが迷宮から帰還したが、生きたまま救出された行方不明者の魔法士は1人もおらず、自衛軍の魔法士小隊にも犠牲が出ていた。

 結局、三葉市において行方不明とされた10組の魔法士小隊、計42人の学科魔法士達は、戦死者として軍から所属する依頼所へ報告され、捜索した自衛軍の魔法士にも、魔獣達との戦闘で18人の負傷者が出ていたのである。

 迷宮に異常があれば、真っ先に影響を受けるのが依頼所であり、また依頼所に所属する一般の魔法士である。

 その意味では、この現状は梢にとって非常に困った事態であった。

 歩みを止めた梢。ふと気付くと、命彦達はもう訓練場の前に到着していた。

 そして、梢を先頭に訓練場へと入って行った。

 

 困り顔で訓練場内をウロウロする梢をよそに、場内を見回した命彦が言う。

「おっし、そいじゃあの筋肉女が来るまで、身体を温めるか」

「ウチが付き合おか、命彦?」

「おう、頼む」

「武器はどうするん?」

「んー、どういう装備で来るか分からんが……当て勘で行こうか。両手剣だけの場合と、片手剣と盾の場合で打ち込み稽古をやろう。こっちは太刀1本で行く。ミサヤはどうする?」

『マイコの頭の上を借ります』

「分かった」

「え、分かったって、あのっ! あたっ!」

 風の付与魔法で肩から高く飛び上がったミサヤが、舞子の頭の上に降り立つ姿を見て、笑顔を浮かべた命彦が、〈余次元の鞄〉から刃をつぶした太刀を取り出すと、勇子も〈余次元の鞄〉から刃をつぶした両手剣を取り出して問うた。

「小太刀や脇差は使わんのか? ウチが思うに、相手は多分ごっつい全身甲冑フルプレートで来よるで? 甲冑の隙間狙いの武器もいるんちゃう? 見せとくだけでも効果あるし」

「勿論使うつもりだが、今はいらん。そもそも相手の攻撃を受け流せねえと意味ねえし。とりあえず崩しの確認と間合い、速度順応重視だ。初めは軽くで、どんどん打ち込んで来い」

「分かった。行くでぇー……そおいやっ!」

 命彦が太刀を、勇子が両手剣を、ガギンッと打ち合う。

 1合2合3合と、太刀と両手剣が次々に打ち合わされて行った。

 その時、舞子は見た。これまで一方的に打ち込んでいた勇子の体勢が、命彦の受け止め方によって不自然にフッと崩れる瞬間を。

 隙だらけで一瞬たたらを踏んだ勇子を見て、舞子が目を丸くする。

「アレは……」

「勇子の打ち込みを、命彦が今完全に受け流したんだよ。簡単に言えば、手押し相撲で相手に自分の手押しをすかされ、自分の身体が泳いだ状態さ」

「人体っていうのはホントによくできていてね? ああして全力で打ち込んだ時に、その打ち込みを上手くズラされると、身体ごと力を逃がされてしまうのよ。亜人でも異世界混血児でも、同様のことは起きるし、起こせる。これが日本剣術の基本であり、極意でもある受け流しの妙技ってヤツね?」

「崩し、とも呼ばれている技術だよ。剣術というか、そもそもあらゆる格闘術全般の極意に当てはまる技術だと思う。相手の攻撃を受け流し、姿勢を崩させて、自分が迎撃しやすい体勢に相手を誘導するんだ」

 メイアや空太が舞子に解説すると、梢も補足した。

「人間が全力で身体を動かす時、必ず重心と体軸が連動するわ。どちらも全身運動の核として働き、姿勢を制御して身体の動きを円滑にし、人体の運動量を増して、集束させるために機能するの。だから集束した運動量、集束した力を、ああして受け流され、分散させられてしまうと、重心や体軸が狂い、姿勢が乱れるわけよ」

 命彦と勇子の剣戟を見て、空太とメイアが苦笑する。

「古来から日本の剣術は、バカみたいに日本刀の攻撃力が高いせいで、生き残るために日本刀を回避すること、そして受け流すことを徹底して磨いてるんだ」

「ええ。当たれば重傷を負うから、回避と受け流しを重視する。とても合理的だと思うわ。しかも太刀は、打ち刀とは違って身幅が太く、重量も少し重い。刃がつぶれても打撃武器として戦場では使われていた、生粋の甲冑戦闘用の日本刀よ?」

『単純に分厚い分だけ、普通の日本刀と比べても折れにくいのですよ。受け流しに失敗しても、折れたり曲がったりする可能性が低いため、力が未知数の初見の相手にも、多少は安心して使えるわけです』

「そうだったんですか……」

 舞子が感心したように見ていると、命彦が勇子と距離を取って言う。

「両手剣の方はいけるか? 次に行こう勇子」

「りょーかいや」

 勇子が〈余次元の鞄〉から新たに組み立て式の盾と、片手剣を取り出し、装備する。

「んじゃ、盾と剣の方で行くで?」

「よし、来い」

 命彦が楽しそうに勇子に言い、動きを確認するように2人は剣を交え始めた。


 片手剣と盾を装備した勇子が、命彦と入れ代わり立ち代わり交差する。

 片手剣をするりと受け流し、盾の突撃シールドバッシュを見切りつつ、円弧を描く太刀の軌跡。

 その美しくも恐ろしい剣閃に目を奪われつつ、舞子が口を開いた。

「それにしても……あの刃をつぶした日本刀、太刀ですか? アレって命彦さんがいつも使ってる魔法具の日本刀と、よく似てますよね? 形状はもう完全に瓜二つですよ。魔力の気配はまるで感じませんけど、違いはホントにそれくらいに思えます」

『〈魔狼の風太刀:ハヤテマカミ〉に似てるのも当然ですよ。原形と製作者が一緒ですからね』

 頭の上に乗るミサヤの《思念の声》に、舞子が問い返した。

「製作者が一緒というのは、魅絃さん達が作ったからという意味で分かりますが、原形が一緒とはどういうことですか?」

「命彦が所有する日本刀は数十本あるんだけど、刀身の長さが違ったり、魔法具と普通の武器といった違いはあるものの、実は全ての日本刀が1つの日本刀を基に作られてるの。そのために原形が一緒で、総じてどの日本刀も似通っているわけ。形が似ているのはそのせいよ」

 メイアの発言に、梢が続けて言う。

「12歳の誕生日に、祖父の刀士さんから贈られた日本刀が、全ての基である始まりの一振りよ? それを基本として、魅絃さん達が似せて作った日本刀を、命彦は数十本持ってて、それぞれの用途によって使い分けてるの」

「剣術の訓練をする時は、基本的にいつもあの刃をつぶした日本刀、といか模造刀を使ってるし、実戦の時は、アレと似た日本刀の魔法具を複数使い分けてるね」

「ええ。命彦が刀士さんから贈られた始まりの一振りは特注品だから、思い入れもそれだけあるんでしょう。日本刀の歴史でも、特に刀剣同士でチャンバラをよくしてた古刀って呼ばれる太刀や、近現代の戦争で、実戦において切れ味と頑丈さを高めた軍刀を参考に、知り合いの刀工、それも一流の刀工に作ってもらったものらしいわ。魅絃さんやドム爺、【精霊本舗】の職人達が、この刀工に弟子入りして、作刀技術の基礎を叩き込まれ、命彦用や商品用の日本刀の魔法具を作ってるのよ」

 梢がそう言うと、メイアが思い出したように語る。

「その始まりの一振りの話は聞いたことがありますね? 太刀と軍刀を足して2で割った、頑丈さと切れ味の良さが持ち味の、剣戟けんげきも甲冑打ちもできるという、純粋武骨の戦場刀とか。通常の太刀より反りが少し浅い分、見た目も使い方も軍刀や打ち刀に近いと親方が言ってました」

「そうよ。だから太刀とか言いつつ、命彦は腰に差してるんでしょうね? 太刀は本来腰にく、つまり剣帯に吊るすモノだから」

 梢が命彦の腰で揺れる鞘を見て言った。

 命彦の斬撃を勇子の盾が受け止め、追撃の片手剣が届く前に命彦がスッと、盾を回り込むように移動する。

 見応えのある攻防が続いていると、メイアが口を開いた。

「迷宮での姿を思い出す限り、相手はきっと全身甲冑を着込んで来る筈よ。その上で盾も使って来ると思うわ」

『ええ。斬撃はほぼ無効化されるでしょうね。刺突と打撃が有効ですが、それで致命傷を与えるには崩しが重要です。あの戦場刀は、太刀や軍刀譲りの頑丈さや粘りのおかげで、重い剣で打たれても一撃でへし折れることはまずありませんが、身体能力に秀でた亜人や異世界混血児が全力で打ち込んで来る場合、受け流し方を間違うと、さすがに曲がりかねません。ユウコと打ち合うことで今、マヒコは受け流しの感覚を研いでいるのです』

 ミサヤの思念を聞いた後、メイアが苦笑して言う。

「普通は全身甲冑の重たい装備を身に付けてれば、自分の足で長時間動き回って戦闘するのはまず不可能だから、無理にでも短期決戦を仕かけて来る。するとそこを狙って、軽装の命彦は回避に専念し、隙を見て迎撃して仕留めればいいんだけど……」

「人間とは基礎身体能力が違う亜人や異世界混血児の場合、あの状態でも普通に速く動くから、回避だけに専念してても被弾する可能性はあるね? 上手く相手の動きを殺すために、こちらも積極的に仕かけて行く必要がある。相手の攻撃をさばきつつ、手数を減らす攻撃を行い、相手の行動を制限する必要があるよ」

「それって口で言うのは簡単だけど、実行するのは相当難しいわよ?」

「梢さんの言うとおりです。そもそも全身甲冑の場合、関節部以外には攻撃がほとんど効きませんからね? それこそ装備だけで比べると、命彦の方が結構不利です」

「え、じゃあ命彦さんが負けるってことですか?」

「さあ、それはどうかしらね? 負けて痛い思いするのは嫌でしょうから、どうにかして勝つでしょ」

「そうだね。まあ負けたら負けたで、それはそれで面白いと思うし、僕らは見物人に徹すればいいさ」

 メイア達が好き勝手言っていると、僅かに呼吸を荒げた命彦と勇子が、互いの武器を仕舞った。

「よし、そろそろ相手が来る頃合だ。これぐらいにしておこう、勇子助かったぞ」

「ええって、ウチも良い修練やったわ」

「終わったみたいね」

 命彦と勇子が話し出すと、少し離れた場所に立っていたメイア達が、命彦達の方へ歩いて行った。

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