5章ー3:マイコの戦闘訓練、芋の試練

「はあ、はあ、はあ……勝ったぁーっ!」

 陽が完全に没し、夜の闇が降りる頃。

 2体のバカでかい焼き芋の傍で、魔法の力で燃え続ける拳を見て座り込む舞子がいた。

 その舞子の横に駆け寄った勇子は、転がっている芋を抱え上げて言う。

「ご苦労さん、すぐ焼き芋できるからちょっと待っときやー」

 勇子の後について廃車近くまで戻り、魔法力場を消した舞子が、呆れた様子で口を開いた。

「いや、あの……色々言いたいことはあるんですが、さっきも言いましたけどそれ魔獣ですよね? 焼いただけの調理法で、本当に食べられるんですか?」

「食べられるよ? ていうか、迷宮防衛都市のお子様達に1番人気の食える魔獣だしね、こいつ。見てくれが異様だけど、成分は日本の甘藷さつまいもにとても近いし、異世界由来の細菌類にも地球由来の細菌類にも高い抵抗力があるから、側根と花さえ避ければそのまま食べても割と安全だ。栄養価と糖度も抜群に高い。わりと万能食材だったりするよ?」

「異世界由来の細菌やろが地球由来の細菌やろが、基本的に魔法の火にかけたら死による。まあ、安心して食べたらええよ。空太、地面についてたとこはきっちり剥いでや?」

「分かってるって。多少分厚く皮を剥いでも十二分に人数分があるしね? これ1体で普通の甘藷15本から20本分はあるんだ」

「【精霊本舗】とウチへの土産に4体分は必要だが、残り2体分はお前らで食べていいぞ? この土産は店の子らも喜ぶ。空太も空子ちゃんに持って行ってやれよ」

「おお! ありがとう心の友よ」

 世間話をされつつ寸断されて串に刺された上、火であぶられる。

 自分がさっきまで戦っていた魔獣達のその姿に、憐れみさえ覚えていた舞子。

 その舞子に、命彦が声をかけた。

「とりあえず今は休憩しとけ。魔力の回復に努めるんだ。まだ最後があるから、完全に気を抜くんじゃねえぞ?」

「ふぁっ! ま、まだあるんですかっ?」

『当然です。あそこで魔法防壁に圧迫されている芋が3体残っているでしょ? それで最後ですから、気を引き締めることですね』

 頭上に視線を送り、冷たく言うミサヤ。

 無理ですと言うようにフルフルと涙目で首を振る舞子へ、メイアが笑いかけた。

「あら魔法戦闘技能が欲しいんでしょ? だったらこの程度で尻込みしてはダメよ? 気をしっかり持って対処すれば、どうにかできるわ。1体に5分、2体で10分かかったから、次は3体で15分を目指しましょう。全部倒せたら芋の試練は終了よ」

 舞子が涙目で周囲を見るが誰も助けてくれず、それどころか、串に刺したでかい焼き芋の切り身を差し出された。

「いざという時は助けたるから、やれるだけやってみ?」

 物凄く良い笑顔で励ます勇子に、もう色々と考えることに疲れた舞子は涙目で芋にかぶりついた。

「うぐ、ひぐっ! わ、分かりました。やりますよ、やってみせますとも! はぐはぐ、むしゃもしゃ……あ、おいひい」

「食べられるだけ食べればいいよ。心的疲労が抜けると魔力の回復も早まる。食事と睡眠が一番心身の疲労を抜いてくれるからね?」

 廃車の傍で芋焼き職人と化した空太の言葉と、甘い焼き芋(魔獣)の味が、心と腹にじわりと染みた舞子。

 5分ほどすると、戦意が戻って来て舞子は立ちあがった。

 精神的には色々ともう捨て身であったが、どういうわけか気力は十分であった。

「……行けます」

「良い顔だ……それじゃ1度だけ、〈魔甲拳〉の力を使うことを許す」

「え、ホントですか!」

「ホンマや。今の消耗具合とお互いの戦力差、魔獣相手の舞子の動きを見て、試し打ちくらいはええと思ってん。芋相手やったらさすがにしくじらんとも思てるしね? 今のサツマイモは精霊付与魔法以外の魔法を使わへんから、接近戦にだけ注意すればええ。舞子やったら当てられる筈や」

「魔法は思考の産物だ。つまり思考器官たる頭脳がねえ魔獣は、本来魔法を使えねえ筈。ところが、植物種魔獣の一部には、頭脳を持たんくせに普通に魔法を使って来るヤツがいる。こういう魔獣は、群れで意志疎通を行う1種の情報網を持ってて、その情報網が疑似的に頭脳の代わりをし、魔法を使うんだ。群れで頭脳や意識を持つと言えば、分かるだろう?」 

「あ、だから1体だけ引き離された時には魔法を使えず、複数体が一緒にいる時だけ魔法を使うんですね?」

「その通り。こういう群れの情報網による疑似脳で魔法を使う魔獣は、植物種魔獣以外にもいたりするけど、総じて言えるのは、群れの個体数が増えるほど使う魔法の質も上がること。裏を返せば、個体数が減れば減るほど、魔法が弱体化していくんだ。そこが狙い目ってわけさ。そして、今のサツマイモは6体以下」

「疑似脳を利用する魔獣は、6体以下の時は付与魔法以外を使えんねん。しかもサツマイモは、使える魔法が限られとる上に、接近戦の動きにも分かりやすいクセがある。胴体が傾いた時には根っこの鞭が、胴体が深く沈み込んだ時には体当たりが来る。もう気付いとるやろ? 見切りもお返しもしやすい。試し打ちにはピッタリの相手やで」

 勇子の言葉に舞子が目を輝かせて、腕の魔法具を見る。その舞子へ、メイアや空太が笑顔で言った。

「あ、但し使える弾は1発だけね? 使い方は、多分勇子の一撃を見て分かった筈だから、あとは使い時かしら?」

「それは自分で考えることだね。そうそう、使いたい弾は決めてるの?」

「はい! 弾倉の1番上に配置してます」

 元気に答える舞子を見て、命彦がミサヤと苦笑し、口を開く。

「よし、じゃあ行って来い!」

『……ここまで助言されたのです。負けるのは許しませんよ?』

「はい!」

 舞子が自分を鼓舞するように返事をした。命彦達はその姿を見詰め、戦場に送り出す。

 廃車から距離を取り、精霊付与魔法《火炎の纏い》を展開した舞子に、メイアと空太が互いに目配せし、ずっと具現化させていた魔法防壁を舞子の頭上へ移動させ、2枚の移動系魔法防壁で挟み込んでいた3体の【殺魔芋】を解放した。

 3体の魔獣と対峙する舞子の姿を見詰め、命彦が楽しそうに笑う。

「さあどうする、舞子?」

 命彦の声が聞こえたのか。魔獣達に囲まれた舞子は背後の1体に突然飛びかかり、むんずと芋を掴むと、雄たけびと共に2体の芋の方へ投げ付けた。

「どうりゃぁぁーっ!」

 芋同士がぶつかり、吹き飛ぶがすぐに起き上がり、偶然か必然か1列に並ぶ。

「今よ、いっけぇええーっ!」

 弾倉を捻りつつ破砕杭を伸ばして、距離を詰めた舞子の燃える右拳が、1番前の【殺魔芋】に突き刺さった。

 と同時に、〈地炎の魔甲拳:マグマフィスト〉の真価が発揮される。

 殴打の衝撃で、肘の伸びていた破砕杭が作動して縮み、魔法結晶を砕いて瞬時に魔法を発動させた。

 マグマフィストの拳の先から火の集束系魔法弾が即座に発生し、3体のサツマイモの胴体をまっすぐ貫通して燃やしたのである。その一撃で、いとも容易たやすく勝敗は決してしまった。

 舞子もそうだが、命彦達もこれには唖然とした。

「……嘘やろ? 一発で終わってもうたで」

「舞子が配置した魔法結晶って、精霊攻撃魔法《火炎の槍》が封入されてたのか。弱体化してるサツマイモの魔法力場じゃ、集束系魔法弾を防ぐの無理だ……至近距離で喰らえば、3体全部貫通するのもあり得る話だけど、あの位置取りは……狙ってたと思う?」

「いえ、まさか。あれは使った当人も驚いてる顔よ? 多分、一番手前を〈魔甲拳〉の弾で倒し、勢いそのままに残り2体に攻撃するつもりだったんでしょう。弾が良過ぎたのよ」

「良い弾あげ過ぎだぞ、ドム爺」

『まったくです、店に戻ったら注意しましょう。ですが、今はその前に』

「はよ火ぃ消せ! 芋が焼け過ぎてまう!」

 慌てた命彦達が、急いで芋達の火を消しに走った。


 魔法の火で燃える【殺魔芋】達を、同じく魔法の水や風で消火した命彦達は、芋の焼き具合を確認し、安心して食べられる程度の焼き加減であることにホッと表情を緩めた。

 〈余次元の鞄〉から、鞄と同じく輸送用に使う特殊型魔法具、〈出納すいとうの親子結晶〉を取り出した命彦は、先に焼き芋と化して空太に寸断されずに丸々残っていた1体のサツマイモと、新たに焼き芋と化した3体のサツマイモ達を1カ所に集めた。

 そして、〈出納の親子結晶〉の3つの子結晶こけっしょうを4つの芋達を囲むように配置し、親結晶おやけっしょうをかざして魔力を送った。

 すると突然子結晶が振動し、子結晶に囲まれた範囲のサツマイモ達が、子結晶ごと親結晶の亜空間へと収納される。

 〈余次元の鞄〉は生物も無生物も亜空間へ収納し、現世の法則から隔離してしまうが、それはあくまで、鞄口に入るモノに限る、という制限が付く。

 魔獣には、全長15mを優に超える魔竜種や巨人種といった、どうあっても鞄口を超える規格サイズのモノがおり、これらをいちいち鞄口に入るまで小さく寸断して持ち運ぶ手間を省くため、どういう規格のモノでも子結晶で囲んだ範囲の空間を丸ごと親結晶の亜空間内に収納してしまう、〈出納の親子結晶〉が作り出されたのである。

 魔法具の内部に亜空間を持つ点では、〈余次元の鞄〉も〈出納の親子結晶〉も同じだが、規格を気にせずまとめて亜空間へ収納できる点で、収納力と携帯性において、〈出納の親子結晶〉は〈余次元の鞄〉を上回った。

 但し、〈出納の親子結晶〉は材質が[結晶樹の樹液]であるため、魔法結晶と同じく意外ともろい上、封入した魔法の効力も複雑でヘタリやすい。

 点検・整備のしやすさと頑丈さにおいては、〈余次元の鞄〉の方が〈出納の親子結晶〉よりも遥かに上だったのである。

 そのため熟練の学科魔法士は、どちらか一方だけを使うというより、この2つの特殊型魔法具を併用して、迷宮内での異世界資源、生物資源を回収していた。

 命彦が役目を終えた、〈出納の親子結晶〉の親結晶をそっと小袋へ入れて、〈余次元の鞄〉へ仕舞っていると、おずおずと舞子が寄って来て頭を下げる。

「命彦さん、申し訳ありません。……私、多分使う弾を間違えましたよね? 初めに装填されていた魔法結晶のウチ、1番色味が良くて、他のモノよりも魔力の気配を明確に感じられたので、あの弾をつい選んでしまったんですが」

 謝る舞子に命彦がミサヤと顔を見合わせ、苦笑して応じる。

「あーまあ、終わっちまったもんは仕方ねえよ。あれは俺達も想定外だった。ドム爺が集束系魔法弾を封入した魔法結晶を、舞子へ与えていたと分かってれば、別の魔法結晶を使うように指示しただろうが……」

『そもそも装填されていた弾、魔法結晶を、誰も確認していませんでしたからね? 新人用の〈魔甲拳〉と聞いていたことで、攻撃魔法を封入した魔法結晶があったとしても、せいぜい追尾系魔法弾くらいだろうと、私達も思い込んでいました。マイコがそれと知らずに弾として使ったとしても、責めることはできません』

「そやねぇ? 弾の確認をしてへんかったウチらにも落ち度があるし。舞子はショボンとせんでええんよ?」

 勇子に背を叩かれ、苦笑いする舞子。その舞子を見つつ、空太が命彦へ言った。

「結果はどうあれ、魔獣との戦いでも舞子は意外に動けるってことが一応分かったんだ。魔獣と戦えるかどうかを見極める、当初の目的は果たせたわけだし、今回はそれで十分でしょ?」

「ああ。と戦えることが確認されただけでも良しとしよう。芋の試練も今回は一先ず終了でいいだろう。半端に終わったサツマイモとの3対1の戦いは、また日を改めて、今度は明るい時に実施する。それが終わって、晴れて芋の試練は終了だ」

『ふむ? 弱体化したサツマイモとの3対1はやめて、本来の力を持ったサツマイモと3対1の真剣勝負を改めてさせるのですか? まだマイコには早いと思いますが?』

 ミサヤの冷めた視線を受けて舞子がビクつくが、その舞子の背を勇子がスッと押した。

「いんや、ウチはそこそこええ勝負をすると思てるで? 〔魔法楽士〕として、踊りの練習もしてたんやろ。舞子の動きには、武術とは違った独特のキレと柔らかさがある。芋の攻撃も、見えてるモンは全部器用に躱してた。芋の戦い方を知り、弱体化しとったとはいえ、2体まとめて討伐した経験と自信を持つ今やったら、勿論苦戦はするやろうけど、明るい時間帯の芋と戦わせても良いとこまで行く気がする。せやろ命彦?」

「良い勝負をするかどうかは舞子次第だが、案外戦えるとは俺も思ってる」

 命彦の舞子に対する評価が微妙に上昇していること感じ取り、ミサヤが不機嫌そうに舞子へ思念を放った。

『……マヒコがそこまで言うのであれば、これ以上私は口出ししません。マイコ、昼のサツマイモ3体を、〈魔甲拳〉の弾抜きで討伐できれば、とりあえず最低限の地力があると私も少しは認めます』

 命彦や勇子の言葉、そしてミサヤの思念を感じ取り、舞子が目を輝かせた。

「は、はい、ありがとうございますっ! 私、全力を尽くしますね! 夜のお芋は、昼のお芋より弱いんですもんね? 気を抜いたら負けると思って、昼のお芋には最初から全力でぶつかります!」

 フンスと息巻く舞子を見て、空太とメイアが苦笑する。

「あらら、一足飛びだね? 戦闘型や探査型の魔法士の実戦訓練じゃ、捕獲して都市に連れ帰ったサツマイモと、夕方頃に学校の魔法実習で戦って、弱体化した芋3体を倒して戦い方を身に付けてから、昼の芋と戦うんだけど。僕らが思った以上に、舞子には戦闘の素質があるらしい」

「そうね。確かに芋と戦って傷らしい傷も負わずピンピンしてるんだから、適性は高いと思うわ。私が弱体化したサツマイモ2体と戦わされた時は、一応勝つには勝ったけど、片腕を負傷してたもの。それと比べれば、無傷の舞子は随分マシよ」

「〔魔工士〕と〔魔法楽士〕とじゃ、歌や踊りの練習をして常日頃から体力作りをしてる分、〔魔法楽士〕の方が魔法戦闘への適性は高いだろ? 怪我の有無はその差が出ただけだ。ただ、今のところ無傷ってのは、一応褒めて良い結果だと思う。誇っていいぞ、舞子」

「い、いえ。助言を聞いたからですし、それに最後がアレだったのであんまり褒められませんよ。次の芋の試練の再戦で、しっかり褒めていただけるように努力します。その時こそ、全部自力で倒しますから!」

「おう、その意気や。最初はあんだけ芋を怖がっとったくせに、今はもうる気満々やんか」

 再度芋の試練を受けると知り、戦意が低下するどころか燃え上がっている様子の舞子。

 その舞子が闘志を燃やす様子を見て、命彦達は面白そうに笑っていた。

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