4章ー4:騒がしい幼馴染達と、【逢魔が時】の情報

 気絶から目覚め、緩慢かんまんに起き上がろうとする空太を、ゆっくりその場に座らせて命彦が言う。

「空太、しっかりしろ。もう梢さんがいつ来てもおかしくねえんだぞ? 目を回してる場合かよ」

「ううっ、勇子の脳筋バカ……僕の顔がゆがんだらどうしてくれるんだっ!」

「基本的に怒らせてるのは、空太の一言だと思うけれど。いわゆる自業自得?」

「いや、僕は事実を語ってるだけだよメイア! 勇子のオツムが空っぽであることも、肉体言語を常用することも、全部事実だろう? 事実を指摘してどうしてぶん殴られるんだっ!」

「言わんでいい一言を吐いて、毎度毎度ウチの怒りを刺激するからやろ、ドアホっ!」

 勇子が言ったその瞬間である。空太が世界の終末を見たように、頭を抱えて叫んだ。

「極限のドアホに、ドアホって言われたぁぁああーっっ! 世界の終わりだぁぁー!」

「どおいう意味やねん、くぅおらぁぁーっっ!」

「あーもう、やめろ2人とも! 梢さんが来るって言ってるだろうが!」

 空太に掴みかかろうとする勇子を、必死に止める命彦。

 座卓に乗せられたミサヤを抱えて、メイアが苦笑気味に3人を見る。

 命彦の背後に座り込んでいた空太は、自分のポマコンの画面を見て、涙ぐんでいた。

「空子、笑っておくれ。兄さんは16歳で九九を間違うほどオツムがパーの原始人に、ドアホと言われてしまったよ。もう死にたい……」

「それ去年の話やろがっ! うちあん時まだ15歳や! しかもただ寝ぼけとっただけやっちゅうねん!」

 ポマコンの画面に表示された、可愛らしい義妹の映像を見て、今の心情を語る空太。

 そして、空太の発言に怒り心頭の勇子。

 空太自身は、本心をそのまま言葉に出しているだけであったが、その発言のことごとくが勇子をあおってしまうのは悲劇であり、喜劇であった。

 額に血管を浮かべ、勇子が笑顔で宣言する。

「もう許せん、今すぐあの世にウチが送ったるわ! 11歳のガキに惚れとる馬鹿の兄貴は、ここで死んだ方が世間のためや!」

 その勇子の言葉を聞き、今度は空太がやおら立ち上がって怒声を放つ。

「……が、ガキ、だと? 今、僕の空子をガキと言ったか、この人類未満の女原始人が!」

 空太がプルプルと痩せた拳を握り、力説する。

「空子は断じて一介のガキにあらず! 11歳の割に発育も良好で、淑女の風格を持つ美妹びまいだ! 精神的に幼くとも、肉体的にはほのかに色気があるという、矛盾を持つがゆえの美しさを理解できぬ愚か者めっ! 膨らみかけの果実こそ至高の美だ! どうしてそれが分からんかっ!」

「分かるかボケェっ! あと誰が原始人じゃコラ! ウチは原始人やのうて、異世界混血児やこのカスがぁ!」

 学問を論ずる講師のように幼女の良さを語る空太へ、勇子のボケコラカスという突っ込みが的確に入った。

 そう、空太は重度の妹偏愛主義シスコンであると同時に、重度の幼女偏愛主義ロリコンでもあったのである。

 類は友を呼ぶとよく言うが、重度の姉偏愛主義者シスコン、かつ重度の母親偏愛主義者マザコンでもある命彦にとって、まさに空太は自分と非常に似つつも、反対の嗜好しこうを有する得難き親友だった。

 但し、都市警察の魔法士部隊に捕まる確率は、どう見ても空太の方が圧倒的に高かったが。

 命彦を挟んで対峙する勇子と空太。空太がいち早く口火を切って言った。

「わ、分かるかボケだと? こんのぉ筋肉女がぁぁっ! ウホウホ言ってるから見逃していてやれば調子に乗って、僕はもう怒ったぞっ!」

「さっきからウチはずっと怒っとるわボケ! このシスロリコンが、かかってこんかぁい!」

「望むところだ! ぬうおりゃああぁぁーっ! ぷるげふぅっ!」

 義妹を馬鹿にされたと思い込み、憤激した空太が、勘違いしたまま勇子へと飛びかかる。

 勇子が馬鹿にしているのは空太の筈だが、そういう些末事さまつじ(根本でもあるが)は、2人ともどうでもいいらしい。巻き込まれる前にさっと2人から距離を取った命彦の目の前で、飛びかかった空太の顔面に、女性にしてはドデカい勇子の拳がメコッとめり込んだ。

 もんどりうって吹き飛ばされた空太を勇子が追撃し、馬乗り状態で小突きまくる。 

「ま、命彦! へうぷみぃぃーっっ!!」

「逃がすかボケぇ! そらそらそらぁぁーっ!」

「へぶっ、ごふっ、ぐぶっ、ぷるぉあっ!」

「ええい、いい加減にやめろ勇子! 俺も怒るぞ!」

「嫌や! 空太のアホが原因やもん! ほら、ウチにさっさと謝りいや、馬鹿空太ぁ?」

「嫌だぁーっ! 僕の空子をガキ呼ばわりした原始人に、誰が頭を下げるもんかぁぁ―っ!」

 1分足らずの攻防で、すでに顔をパンパン腫らして涙目の空太が、必死の抗議をする。

 空太は基本的に気弱であるが、命彦と同じく自分の愛するモノに一途であった。

 義妹を馬鹿にされたと思い込む空太は、頑固にもボロボロの顔で抵抗の意志を示す。

「ふーん、じゃあ、続行や」

 その抵抗の意志に応じるように、勇子がニタリと笑った。

 とはいえ、さすがにこれ以上顔を殴るのは気がとがめたのか、勇子は空太をその場でひっくり返し、関節技に切り替えて、降伏条件を再提示する。

「ほれほれ、はよ参ったせえや。勇子様申し訳ありませんでしたって、言えばええだけやろ、ん?」

「にょおおおぉぉぉーっっ!!」

 逆エビ固めをかけられて苦悶しつつも、器用に降伏を拒む空太。

 そのバカ2人を見ていた命彦が額に十字の血管を浮かべ、スッと目に怒りを宿した。

『警告したのに。本当にバカですね、いつまで経っても……ある意味感心します』

 ミサヤが残念そうに思念を放ち、命彦の表情に気付いていたメイアが、勇子と空太に合掌した。

 命彦が魔法を紡ぐ。

「其の旋風の天威を守護の壁と化し、我を護れ。建て《旋風の動壁どうへき》」

 風の精霊を魔力に取り込み、透きとおった壁を脳裏に想像する。

 命彦の左右へ瞬時に、透明にきらめく圧縮空気の壁、2枚の魔法防壁がフワフワ浮いていた。

 精霊結界魔法《旋風の動壁》。魔法的干渉や物理的干渉を阻む障壁、魔法防壁を作り出し、自分の身を守ったり、相手を閉じ込めたりする結界魔法の1種で、風の精霊達を魔力に取り込んで使役し、自分の思い通りに動かせる、移動可能の局所魔法防壁を作り出す魔法であった。

 魔法系統を問わず、《○○の動壁》と呼称される移動系の結界魔法は、魔法的効力よりも魔法展開速度や魔法の制御性、扱いやすさを重視した結界魔法であり、あらゆる干渉を素早く減殺し、防ぐ目的で使用される。

 結界魔法の魔法防壁は、物理的干渉を全て無効化し、魔法的干渉もその効力が及ぶ限りにおいて減殺・無効化する力を持つが、移動系魔法防壁はそうした結界魔法でも魔法防御力が比較的低く、物理的干渉は無効化するが、魔法的干渉を阻む力、魔法攻撃を防御する力は意外と弱かった。

 よって、この移動系の結界魔法だけで、多種の魔法攻撃を完全に防ぐためには、魔法防壁を重複展開するといった手数が必要である。

 しかし魔法防御力が低い分、素早い魔法の具現化や魔法防壁の移動といった望むままの制御が可能であり、緊急時に身を守り、外的干渉からの被害をとにかく軽減するといった目的での行使においては、非常に使いやすい結界魔法であった。

 命彦の魔力の気配を察して、倒れた空太から勇子がさっと離れ、顔を引きつらせる。

「え、あれ、結界魔法? てっきり攻撃魔法やと思ったのに、どう使うつもりやのん?」

「こう使うつもりだっ!」

 命彦が作り出した魔法防壁が勇子と空太の頭上にすぐさま移動し、2人を床に押し潰した。

「ぶぎゃんっ!」

「でゅんっ!」

 魔法防壁と畳場に挟まれ、車にひかれた蛙のように手足を伸ばす勇子と空太。

「言うこと聞かねえバカには、お仕置きっていつも言ってるだろう?」

「ぐぐぐ、ぐるじいぃぃ……僕は、ドアホに一方的に殴られてた、だけだっ! か、解放を要求するぅーっ!」

「ぬぬう、ウチも、ドアホに指導してただけやっ! お仕置きされるんは、おかしいやろ!」

 魔法防壁に圧迫され、苦し気にうめく2人へ、ミサヤの冷めた突っ込みが炸裂した。

『私達から見れば、どっちも等しくドアホです。黙って反省してください』

「「……はい、すいませんでした」」

「……よろしい。今回は許す」

 どうやら勇子と空太の頭も、冷やされたらしい。

 命彦は、自分が作り出した魔法防壁を消して、2人を解放した。

 ゼーハーと荒い呼吸をする勇子と空太を見て苦笑しつつ、メイアが命彦に問う。

「結界魔法は、本来魔法的干渉や物理的干渉を防御するために使われるけど、ああして攻撃するように、使うこともできるのね?」

「ああ。どういう魔法も使い方次第だ。本来防御用の結界魔法も、使い方次第で攻撃魔法みたく使える。さっきの使い方は、ウチの祖母ちゃんが家で逃げ回る祖父ちゃんと俺を捕まえる時に、よく使ってたんだ。メイアも今度試してみろよ」

『場所によっては攻撃魔法より簡単に、バカを無力化できますし、精霊魔法系統の場合は、魔力の消費量も少量です。迷宮でも多数の魔獣を相手取る時に使えますから、お得ですよ?』 

「そうね。練習しとくわ」

 命彦の言葉とミサヤの思念を聞き、メイアがくすくす笑っていると、個室の引き戸がスッと開き、ようやく梢とミツバが姿を現した。

「遅れてごめんねぇー、全員揃ってるかしら? 依頼の説明するわよって……この様相は、またヒトモンチャクあったの?」

 畳場に突っ伏している勇子と空太を見て、梢が問うと、メイアがジト目で返した。

「見ての通りです、梢さんが遅いからですよ?」

「ごめん、ごめん。今回の【逢魔が時】の迷宮速報について、母さんと色々と話してたから。情報統制がすでに敷かれてるみたいだけど、現地の詳しい情報も仕入れたし、許してよ」

『……待たされた分の成果は、あったようですね?』

「さてね? そうだといいが、情報の価値は人によって違うし、聞いてみんと分からんよ。さあ、全員座れ、仕事の話だぞ」

 ミサヤの思念に苦笑を返し、命彦は友人達と一緒に座椅子へ座った。


 命彦達と共に座椅子に座り、梢が口を開く。

「全員席に着いたわね? じゃあまずは、集まってもらった本題である依頼について説明しましょうか?」

 ポマコンで遅刻の連絡をした時の、不安そうだった表情はどこへやら。

 明るい表情でニンマリと笑って言う梢に、命彦が少しホッとした様子で応じた。

「俺的には、依頼より先に【逢魔が時】についての情報が欲しいんだけど? 梢さんのその顔を見ると、そこまで深刻に構える必要がねえってのは、分かるんだけどさ」

『私もマヒコと同じ気持ちです。この街の今後に関わりますので、先に知りたいところですね』

「私も同感。そっちに意識が行ってしまって、落ち着きませんし」

 命彦とミサヤ、メイアがそれぞれ語ると、勇子や空太も、とりあえずコクコクと同意するように首を振った。

「せっかちねえ? でもまあ、全員気にしてるようだし、先に言っちゃいますか。とはいえ、私が聞いた情報も微妙に断片的だし、何をどう伝えたものか……えーと、とりあえず質問あるかしら?」

 メイアが小さく手を挙げ、口を開いた。

「梓さんは、関東か九州へ行くんですか?」

「あー、当然まずはそこが知りたいわよね? でも、結論から言うと現時点では未定よ。情勢次第では動員されると思うけど、関西の【魔晶】も気がかりだからね? 国家魔法士委員会の方も、母さんの動員は最後まで迷ってるらしいわ。現状では、母さんの移動に委員会も消極的、といった感じね……少しは安心した、メイア?」

 梢の言葉を聞き、僅かに頬を緩めたメイアだったが、すぐに次の質問をぶつける。

「はい。じゃあ次は……関東と九州の戦局はどういう感じですか?」

「それについては、私からお答えします。関東と九州の迷宮防衛都市を管理する、妹達からの報告で、恐らく梢姉さんよりも詳しい情報を得ていますので」

 梢と目配せしたミツバが1つ咳払いをしてから、神妙にメイアの質問へ答え始めた。

「コホン……残念ですが、情勢は思ったほど良くありません。【迷宮外壁】の傍まで魔獣達の群れが接近しており、相当数の魔法士を戦闘に投入しているにもかかわらず、関東と九州の双方で、魔獣側の戦力が今もどんどん増えています」

「それって、真剣にマズいんと違うか?」

「いやでも、【魔晶】破壊部隊はもうそれぞれの迷宮に進攻してるでしょ? 迷宮速報が出た時点で、破壊部隊を迷宮に展開するのはこれまでの通例だし。【魔晶】さえ破壊できれば、魔獣側の戦力増加も止まると、僕は楽観的に構えてるんだけど。どう、ミツバ?」

「進攻速度、が問題ですね? 現状のままでは、【魔晶】が破壊されるより先に【迷宮外壁】が突破されるでしょう。……但し、関東も九州も、未だその地域を守護する【神の使徒】を動かしていません。よって、【神の使徒】達が戦場へ投入されれば、劇的に戦局が好転する可能性もあります。そして、そろそろ【神の使徒】が投入される筈です」

「ほう? じゃあとりあえず、今はまだ俺達も安心してていいわけだ?」

「はい。関東と九州を守護する2人の【神の使徒】達がそれぞれ投入されて、それでも戦局が膠着こうちゃくした時にこそ、【神の使徒】が参戦しても魔獣達が増え続けた時にこそ、我々は最も警戒するべきでしょう。恐らくその時には……」

「梓さんにも委員会から声がかかるのね?」

「ええ。今私達が出せる情報はこの程度ね? あっちを守護する【神の使徒】達が投入されれば、自ずと今後の情勢も見えて来るでしょう。それまではいつも通りにしてていいと思うわ。……さて、一先ず全員ホッとしたところで、本題の依頼の説明に移るわよ?」

 梢がそう言ってミツバの方を見ると、ミツバが座卓の卓上画面を操作し、空間投影装置を起動させて、平面映像を浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る