3章ー8:【神の使徒】と、国家魔法士委員会

 2人だけで話を進める命彦とミサヤに、報道を見て蒼い顔のメイアが割り込んで問う。

「2人だけで納得してるけど、どういうこと? ミサヤの懸念が当たったっていうのは、もしかして今回のこの騒動、ミサヤは予知してたの?」

『いいえ。私はただ推測していただけですよ、この事態をね』

 ミサヤの《思念の声》を受け、不思議そうに首を傾げるメイア。

 そのメイアに、命彦が経緯いきさつを説明した。

「梢さんから依頼について連絡があった時、所長の梓さんが依頼所を空けてて、都市魔法士管理局と昨日からずっと会議してるっていう話を聞いたんだ。そいで、自宅を出る前にその会議内容について、ミサヤと話してたのさ」

『依頼所の運営を第1に考えるアズサが、忙しい平日に2日も店を休む会議の内容とはどういうものか。今までのアズサとの付き合いから、私がすぐに思い付いたのが【逢魔が時】でした。虫の知らせというモノでしょうね? ただ、その【逢魔が時】が2つの迷宮で同時に発生するとは、夢にも思いませんでしたが……』

「そういうことだったの」

 経緯を把握し、得心したメイアが、不安そうに平面映像を見上げる。

 メイアと同じく頭上の平面映像を見上げ、命彦が口を開いた。

「梓さんは最高にして至高の魔法系統たる、神霊魔法の使い手だ。日本でたった12人だけの、神霊種魔獣に……神と呼ぶべき魔獣達に選ばれ、その力を完全に操れる【神の使徒】。梓さんの持つその力と、国から課された関西地方の守護者という立場については、俺よりもが詳しいだろ?」

「まあね。世界各国にいる【神の使徒】は、その国の最高戦力。日本の【神の使徒】は、国土内及び排他的経済水域内にある、計12の【魔晶】と、それらの【魔晶】が生み出した4つの迷宮、そして8つの迷宮島を管理する役割を、国から与えられてるわ。4つの迷宮と8つの迷宮島のいずれかで、もし【逢魔が時】が発生すれば……」

「日本にいる12人の【神の使徒】は、必ず【逢魔が時】の対応を話し合うため、国家魔法士委員会に呼ばれる。各迷宮防衛都市にある都市魔法士管理局は、国家魔法士委員会の監督する地方管理機関だ。体裁ていさいとしては管理局に呼ばれているんだろうが」

『実際は、国家魔法士委員会に招集をかけられ、日本の【神の使徒】達全員が、最寄もよりの都市魔法士管理局へと集められて、管理局内の映像通信設備を使い、秘密裏に今回の【逢魔が時】について、国の首脳部と話し合っていた。ということですね?』

「ああ、そういうことだ。国家防衛戦略上の会議だったら、依頼所や自宅の回線を使って、映像通信の会議を行うのはマズいし、【逢魔が時】に関する会議の場合、迷宮の動静を観察する必要もある。今後の対応についての話し合いで、日をまたぐことも十分あり得るわけだ。やれやれ……この手の予感ほどホントよく当たるモンだよ。勘弁してほしいぜ、まったく」

 心底嫌そうに語る命彦の言葉に、ミサヤとメイアも同意するように首を振った。

 【神の使徒】とは、神霊種魔獣という、人類が抱く神の概念に最も近い力を持った魔獣に、眷属けんぞくとして選ばれ、その魔獣の力を振るうことができる、神霊魔法の使い手のことである。

 神霊種魔獣は、魔獣の定義にそくしているため、人類から一応魔獣として扱われているが、厳密に言えば魔獣かどうかも疑わしい未知の生命体であり、確固たる意識と無尽むじんの魔力の塊とも言うべきモノで、次元世界にも干渉する圧倒的能力を有した、一種の高次元精神生命体だった。

 その神霊種魔獣が持つ、余りある魔力を源泉とする神霊魔法は、総合的に見ればあらゆる魔法系統の頂点に君臨すると言われるほどの力があり、物理法則の常識はもとより、魔法の常識さえも覆してしまう、規格外の魔法系統だったのである。

 この神霊魔法を使える【神の使徒】は、その国の最高防衛戦力と目され、1人で国家転覆が可能とも言われており、日本では梢の母親である梓を入れて12人の【神の使徒】がいて、【魔晶】及び迷宮の管理者として、各地方及び各海域の守護を行っていた。

 梓は、関西迷宮【魔竜の樹海】を管理する【神の使徒】であり、関西迷宮で【逢魔が時】が発生した時には、関西地方の人々を守る最後の砦であった。

 それゆえに、梓は関西地方の守護者と呼ばれているのである。

 日本は関東・関西・四国・九州の、国土内にある4つ【魔晶】の他にも、排他的経済水域上に8つの【魔晶】があり、領海外とはいえ、多くの【魔晶】と近接していた。

 こうした海上の【魔晶】は、魔獣の召喚と共に、異世界の空間地形を繰り返し海上へ出現させて、迷宮島と人類が呼称する浮き島を形成する。

 そして当然の如く、この迷宮島にも魔獣は生息し、【逢魔が時】も発生するため、日本は国内にある4つの迷宮はおろか、国外の8つの迷宮島からも、多数の魔獣達が進攻して来る危機に、常に晒されていた。

 海外の多くの国は【魔晶】が出現した頃から、四方八方を迷宮に囲まれた袋小路ふくろこうじの消滅寸前国家と、日本のことを揶揄やゆしていたくらいである。

 今では【神の使徒】達や多くの魔法士達のおかげで、確固たる防衛体制が築かれ、そう揶揄される機会も激減したが、それだけ日本は、常日頃から滅亡する可能性が高いと、予想される国であった。

 12人の【神の使徒】は、それぞれが日本に危機を与える12の【魔晶】を押さえ込む、言わば最後の希望であり、安全保障と防衛体制の要衝ようしょうでもあったのである。

 【魔晶】による海上包囲網のせいで、日本は今もほぼ鎖国状態にさせられており、海路を我が物顔で行き交う魔獣のために、物資の輸送手段が空路のみに厳しく制限されて、過去には物資不足の面から、国として相当苦しい時期もあった。

 しかし、結果的にはこの鎖国の苦しさが、日本の技術革新を促進させ、国内の諸問題を解決させて、その後の安定した国体の維持を可能としたのである。

 人や物の出入国が魔獣によって限定されている日本では、海外諸国を悩ませる不法移民の多量流入や、魔法で犯罪行為を行う無法魔法士組織の暗躍が抑制され、人間同士の争いからほぼ隔離されており、国民の一致団結が促進された。

 今の世界でも非常に国内の治安が良い日本を作ったのが、一般国民の団結や、魔法士達と【神の使徒】達の尽力は当然として、実は【魔晶】や魔獣に包囲されたおかげもあったということは、極めつけの皮肉である。


 頭上の平面映像を見上げていたメイアが、自分に言い聞かせるように口を開いた。

「魔法と科学の先進国であり、地球でも5本の指に入るほど多くの【神の使徒】達を抱えていて、国民の団結力もあるからこそ、四方八方にある迷宮と対峙しつつも、日本という国は発展し続け、存続し得た。今回もきっと、どうにかできるわよ」

 そう言って先を急ぐように歩き出したメイアが、独り言のように言葉を続ける。

「外国から滅亡する滅亡すると言われ続けて、30年以上も魔獣の進攻に持ち応え、あまつさえその魔獣をかてとして、新素材の開発や資源不足の解消まで行い、発展した国は、地球上で日本だけよ。きっと今回だっていけるわ。ええ、いけますとも……」

 ぶつぶつと蒼い顔で言うメイアが、ようやく不安を振り払ったのか、顔色を取り戻した。

 歩き続けるメイアと、その後に続く命彦に、ミサヤが《思念の声》で語りかける。

『希望的観測はともかくとして、今1番の問題は【逢魔が時】の災害深度ですね。2つの迷宮で【逢魔が時】が同時発生したとはいえ、災害深度が1から3と低ければ、日本の場合、多少の被害はあっても、その地方や海域の迷宮防衛都市だけで、どうにか抑え込める筈ですが?』

 命彦の腕に抱えられたミサヤの思念を受け、ハッと思い出したかのように立ち止まり、ポマコンを取り出して手早く操作していたメイアが、ガックリと肩を落とした。

「残念。最低でも災害深度は5みたいよ? 今、国家魔法士委員会から、災害深度の声明が発表されたわ。関東迷宮と九州迷宮、共に災害深度5から6の【逢魔が時】と予測される、ですって」

「そいつはまた……厳しい情報だ。ちっとばかし、マズい感じがする」

『9段階の災害深度で5か6ですか、確かに厳しいですね。各迷宮防衛都市がそれぞれ持つ戦力だけでは、多くの犠牲を払っても、今回の2つの【逢魔が時】を抑え込むことは難しいでしょう。とすると、他の地方や海域の迷宮防衛都市から、戦力の派遣が行われますね?』

「ええ。ウチの街からも、相当数の魔法士達が援軍として、関東や九州へ行くと思うわ」

 せっかく戻ったメイアの顔色が、またしても失われてしまった。

 災害深度とは、【逢魔が時】によって生じるであろう被害を計るための指標しひょうである。

 各地方の迷宮や、各海域の迷宮島に対応するよう、それぞれ建設された迷宮防衛都市は、その都市が管轄する迷宮や迷宮島で【逢魔が時】が発生した際、災害深度が3以下であれば、都市が独力で防衛体制を築けるよう、国軍たる自衛軍の魔法士部隊が一定数常駐していた。

 これらの都市駐留自衛軍魔法士部隊は、都市自衛軍と呼称されており、駐留する迷宮防衛都市が管轄する迷宮及び迷宮島で、【逢魔が時】が発生した場合、まずこの都市自衛軍が対応する。

 災害深度1という、魔獣の被害が最も軽微と予想される【逢魔が時】が発生した場合は、各迷宮防衛都市の都市自衛軍が単独で、迫り来る魔獣達に対処した。

 災害深度が2と予想される【逢魔が時】が発生した場合は、この都市自衛軍に加え、迷宮防衛都市の警察機構たる都市警察の魔法士部隊も、【逢魔が時】の対応に駆り出される。

 災害深度が1つ違うだけで、出現する魔獣達の個体数には万単位の差が生じるため、都市自衛軍の戦力だけでは街や海岸防衛線を守り切ることができず、戦力が不足するからである。

 そして、災害深度が3と予想される【逢魔が時】が発生する場合は、都市自衛軍や都市警察の魔法士部隊に加えて、その迷宮防衛都市に住まう一般の魔法士が志願した部隊の、義勇魔法士部隊と、その地方や海域を守る最後の砦の【神の使徒】も、戦力として投入された。

 基本的に、各地方や各海域で発生した【逢魔が時】は、災害深度1から3までの範囲において、できる限りその地方や海域にある迷宮防衛都市が、それぞれ独自に対応して解決することを、国から望まれていたのである。

 しかし、災害深度が4を超えると話は違った。

「災害深度4以上の【逢魔が時】は、確実に10万体以上の魔獣達が出現するわ。この災害深度の【逢魔が時】が、特定の迷宮及び迷宮島で発生した場合、その地方や海域にある迷宮防衛都市の戦力だけで対応することはまず無理よ。他の地方や海域にある迷宮防衛都市から、早急に増援戦力を出してもらう必要がある」

 深刻そうに言って重い足取りで歩くメイアに、命彦も微妙に暗い表情で応じた。

「ああ。国家魔法士委員会が要請すれば、都市自衛軍や都市警察、義勇魔法士部隊に加え、【神の使徒】までが、増援として派遣される。戦力の移動が、今から日本全域で起こるぞ」

 命彦は、頭上から聞こえる報道番組の情報を振り切るように、歩みを早めた。


 【逢魔が時】の発生を認定する内閣府の外局である国家魔法士委員会は、日本の学科魔法士の全てを統括する最高機関であり、【逢魔が時】の発生と共に内閣から全権を委任されて、軍や警察の学科魔法士部隊の他、必要とあれば一般の学科魔法士達にも要請を出し、【逢魔が時】の終結を計る権限があった。

 1人軍隊とも言うべき神霊魔法の使い手達、【神の使徒】達を召集して、具体的に動かせるのも、この国家魔法士委員会のみである。

 また、【逢魔が時】の災害深度を、魔獣の出現概数がいすうや出現個体の種族から、総合的に判断するのも、国家魔法士委員会の専権事項であった。

 【逢魔が時】は、それが発生した迷宮内及び迷宮島内に、魔法士部隊を派遣・進撃させて、その迷宮の【魔晶】を破壊することで、初めて終結する。

 都市の防衛と、【魔晶】の破壊という2つの作戦目的から、戦力を常に2つに分ける必要があるため、魔獣側の戦力を計る災害深度の確認と、魔法士戦力の確保は急務であった。

 災害深度が4以上の【逢魔が時】の発生を、国家魔法士委員会が認定した時は、その委員会自身が声明を発表し、12時間以内に該当する迷宮への戦力派遣規模を決定するくらいである。迅速と果断が真っ先に求められた。

 そして命彦が知る限り、災害深度5以上の【逢魔が時】が発生すると、国家魔法士委員会は、【神の使徒】を複数人体制で動かすことを、本格的に検討する。

 これが、今の命彦にとって1番の不安材料であった。

 ゆっくりと横を歩くメイアに、命彦がおごそかに言う。

「まさかとは思うが……梓さんが、この関西地方の守護者が、動かされるかもしんねえぞ? 災害深度が5以上の【逢魔が時】が発生した場合、他の地方や海域を守ってる【神の使徒】を複数人投入して、【逢魔が時】に対処したことが過去にもあった筈だ」

「そうね。今回はそれが2つの迷宮で起こった。梓さんが派遣される可能性も十分あるわ。今は迷宮島の方でも、幾つかが近々【逢魔が時】を起こすかもって、噂されてるし。動かせる【神の使徒】も限られる。委員会……頼むから、こっちの守護者を動かすのだけは止めてよ」

 祈るように言うメイア。実は、【逢魔が時】は方々の【魔晶】が相互に連動し、その発生期間を早めることがあったのである。命彦が渋い表情で、口を開いた。

「これまでは、奇跡的に最低1カ月はズレて発生していた【逢魔が時】が、今回初めてほぼ同時に発生した。海外では確認されていた事例が、遂にこの日本でも起こっちまったわけだ。そして、一度前例ができちまった以上、今後も同じ事態が起こることは十分あり得る」

「ええ。関東迷宮と九州迷宮の【逢魔が時】が、もし関西迷宮の【逢魔が時】をも連動的に発生させ、その時に梓さんが……関西地方の守護者が、他の迷宮に派遣されて留守だったりしたら」

 メイアがブルリと身を震わせた。命彦の肩に乗るミサヤでさえ、不安そうに思念を発する。

『仮定の話であっても、それだけは考えたくありませんね。災害深度が1や2であればまだ救いがありますが……3以上の【逢魔が時】が、アズサが留守の時に発生すれば、関西地方を守る4つの迷宮防衛都市は、地獄を見ますよ?』

「ああ。戦力派遣規模を決定して、委員会が声明を出すのはいつだろ? 不安しかねえぞ」

 各地方や各海域を守る【神の使徒】は、冗談抜きでその地方や海域の最終防衛線である。

 【神の使徒】が後ろにいるだけで、魔獣と戦う学科魔法士達の安心感、士気が違った。

 勿論、迷宮防衛都市に住まう市民の精神安定剤としても、【神の使徒】は機能する。

 【神の使徒】の留守、それはその地方や海域の迷宮防衛都市に住まう全ての者達に、極めつけの負の影響を及ぼした。

 命彦の心にも、今後のことを憂う、重い不安が渦巻いていたのである。

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