第121話 フイルコン王国

 俺はトラファルガー王国の義姉カシスの弔い合戦を終えて、インドラ連合国の首都に義妹カサンドラを連れて戻ると直ぐのように、王の義理の兄と王弟との違いがあるが、同様な事が今度は二番目の義姉カレンの嫁いだ、ヤマト帝国の属国の一つフイルコン王国でも起こったのだ。

 この凶報は巡検士部隊から直ちに俺のもとに伝えられた。


 俺はその凶報を聞くとすぐにインドラ連合国の首都の転移装置を使って、義姉カレンの国フイルコン王国王都にあるオーマン国の豪商が購入した商館地下室に設置した転移装置に転移で向かった。

 今回もトラファルガー王国と同様にフイルコン王国にもオーマン国の豪商が王都内に商館を買い上げて巡検士部隊を配置して転移装置を設置してあるのだ。

 保秘のためとはいえ爆薬の詰まった転移装置の上に転移するのは、何度やっても気持ちが良いものではない。

 俺は一度行ったことがある場所には転移魔法が使える、それで爆薬の詰まった転移装置以外の場所を早急に覚える事にしている。


 商館地下室にある転移装置で転移するとすぐ、商館の屋上からフイルコン王国王城に風魔法を使って空から向かったのだ。

 深夜のフイルコン王国王都の上空を俺は風魔法を使って飛ぶ。

 星も見えない曇り空で明かりの無い中世ヨーロッパの石の建物が黒々と建ち並ぶ街並みの中においては、フイルコン王国王城のみが明り魔法の明かりや松明や篝火の明かりで浮かび上がって見える。


 フイルコン王国王城の最上部の部屋から特に強く明り魔法が漏れているのだ。

 その最上部の室内に近づくにつれて剣戟の音が王都内にも響き渡ってきた。

 俺は風魔法を使っているので、フイルコン王国王城内の明かりが漏れる剣戟の音がする部屋の一室の窓から侵入したのだ。

 俺が部屋に入ると義姉カレンが待ち伏せしていた群がるようにいるフイルコン王直属の敵兵を撃ち倒しているところだった。

 義姉カレンは姫将軍という二つ名を持っていたが衆寡敵しゅうかてきせず体の至る処に傷を負い、弱って捕らえられようとしたところで、俺が風魔法で上空から乱入したのだ。


 騙されて部屋にいた王弟は既に切り殺されて、ベットの上に無念の思いからか目を見開き、何かを掴もうと虚空に腕を上げたまま亡くなっていたのだった。

 俺は群がる敵兵を守り刀の雷神の力で打ち倒しながら、義姉カレンこと姫将軍を助け出した。


 カレンは俺を見ると

「スグルなの?」

と言うと出血で気を失ってしまった。・・・俺の持つ雷神とプロバイダル王国のセレスの戴冠式に俺の姿を写した絵皿を土産に送ったので、成人した俺を見知っていたのだろう。

 俺は倒れたカレンに切りかかろうとする敵兵を蹴り飛ばして、カレンを抱えてヤマト帝国の帝王城内に転移した。


 俺がフイルコン王国王妃、姫将軍カレンを連れて転移した先はヤマト帝国の謁見の間、皇帝の目の前だ。

 ところが皇帝は不機嫌そうだ、折角トラファルガー王国の事件が終焉して勝利の美酒に酔っていたのが、それを切っ掛けとしてヤマト帝国内も内乱が所々で勃発ぼっぱつし始めて混乱しているため、姫将軍カレンの受け入れを拒否したのだ。・・・ヤマト帝国内における勢力争いの問題もあるのだ。

 皇帝の娘で、有力な大きな国の后であるカレンが、どちらかの派閥にテコ入れすると一気に情勢が変わってしまうと言う微妙な問題が介在していたのだ。


 俺はやむなく姫将軍カレンをインドラ連合国に受け入れた。

 これで期せずして、インドラ連合国に二人のヤマト帝国の王女と元王女、俺にとっては義姉妹が住むことになったのだ。

 義妹カサンドラは便宜上ヤマト帝国の大使という身分になってもらっており、インドラ連合国の首都にヤマト帝国大使館を建てて住んでもらっているのだ。


 そこに義姉のカレンが転がり込んだのだ、彼女にはフイルコン王国の大使になってもらって妹のカサンドラの住んでいるヤマト帝国の大使館の横にフイルコン王国大使館を建てる予定にしたのだ。

 俺は負傷している義姉のカレンをインドラ連合国の首都にある病院に入院させたのだ。

 思った以上に重傷を負っていたが、宇宙エルフ族の医療技術と魔法で傷も残さないで、僅か2時間ほどで綺麗に完治してしまったのだ。・・・世間では魔法の箱と呼ばれている医療ポットを使って治療したのだ。


 医療ポットによって傷が癒えて起き上がった姫将軍カレンは、裏切った元夫に対して宣戦布告を行ったのだ。

 壮大な夫婦喧嘩だ。・・・俺はしばらく休むように言ったのだが怒り心頭に達しており、それ以上に二人の子供が心配だったのだ。

 姫将軍カレンは一男一女の子持ちで、長男は4歳でカリュードと言い、生まれて1歳になったばかりの長女をカーラーと言った。


 フイルコン国王も、先にトラファルガー王国が嫁いだ一番上の義姉カシスの件があったのにもかかわらず、義理の兄と王弟との違いがあるとはいえ同じような事を企てるとは、噴飯ものである。

 フイルコン国王はカレンの二人の子供を捕まえて人質にして、カレン付きでフイルコン王国について来ていたヤマト帝国の将兵を脅して捕らえた。

 その将兵達の中には些細なことで、反抗的な態度を取ったと言って切られて絶命したり大怪我をしている者もいたのだ。


 現状ではフイルコン王国に戻ってもカレンの手兵はいない状況であった。

 俺は、傷が癒えたとはいえカレンには治癒薬、ポーションを飲ませた。前世のスタミナドリンク以上の効果があるが、失った血までは取り戻せない。

 カレンは少し貧血気味で顔色が青いようだ。

 今後の課題としては輸血だな。

 しかしこの世界では亜人も多いので血液型は幾つ種類があるのだろうか?


 俺は子供の事が心配な義姉カレンこと姫将軍とともに、その日のうち、それも2時間後には彼女の夫の住む王城内に転移して戻ったのだ。

 転移魔法は一度行った所しか転移出来ないという制約があるのだ。

 それで、カレンが捕らえられそうになった部屋の前に転移して戻ることが出来た。

 惨劇があった部屋だ、記憶に強く印象付けられているので転移できたのだ。

 その日のうちの転移であり部屋の中から、いまだ血独特の鉄さびを含んだような血生臭い臭いと死臭が漂い出てくる。

 カレンと王弟をだまして打ち取ろうとした惨劇の跡が片付けもされないで生々しく残っていた。


 明り魔法使い達がいなくなった暗い部屋の中には王弟はいまだ葬儀の準備もされないままその場に打ち捨てられていた。

 雷鳴が轟き、一時的な豪雨が降ってきた。

 雷の明かりで惨劇のあった部屋の内部が見て取れた。

 彼、王弟はカッと目を見開き何かを掴もうと腕を虚空に上げたまま、ベッドのシーツの赤黒く生渇きの自分の流した血の海の中に倒れていた。

 俺は、王弟の両腕を胸の前で組ませて、目を閉じさせて冥福を祈った。


 俺とカレンは血染めの部屋を後にして、振り出した豪雨のおかげで足音が消えた。また夜陰に乗じて目的地であるフイルコン王の寝室に侵入したのだ。

 フイルコン王は王弟を倒した美酒と妻のカレンを討ち漏らした悔しさの酒に酔ってめかけと共に寝ていたのだ。

 フイルコン王と同衾していた妾の二人が戸を開けた物音に目を覚ました。

 妾は・・・(女の人を切り殺すには忍びないので)俺の当身でしばらく眠ってもらう。


 流石にこの物音に気が付いたフイルコン王が飛び起きて、カレンと一騎討ちを始めた。

 フイルコン王は枕元にあったフイルコン王国の至宝の宝刀を抜いて構える。

 カレンも細身の愛刀を抜いて刺突の構えで構える。

 カレンは姫将軍と言うだけあって豪快で直線的な刺突の攻撃を繰り返す。・・・血を失っているので動きに鋭さが少し欠けるようだ。直線的になっているのも血を失ってスタミナを温存するつもりらしい。

 片やフイルコン王は王弟とカレンを騙し討ちするだけあって変則的な攻撃だ。


 一時的な雷を伴う豪雨が去ったために静けさが戻ってきた。

 その静けさの中に撃剣の音がまるで鉦を打ち鳴らすように城内に響いた。

 その撃剣の音を聞きつけて、フイルコン王派の近衛兵や守備隊兵士が駆けつけてくる。

 狭い寝室の扉の前に立っている俺の為に駆けつけて来た、近衛兵や守備隊兵士が廊下で団子になっている。・・・宮本武蔵も五輪の書で書いてある。多数の敵と対する時は1対1の位置になるような場所を選べと、まさに狭い寝室の扉は1対1の状況をつくりだしている。


 俺の攻撃を受けて、瞬く間に寝室の扉の前が死体の山が出来上がるのだった。

 兵士の誰かが掛矢を持ってきて寝室の扉の周りの壁を壊そうとしている。

 掛矢を壁に打ち付ける轟音が聞こえる。

 俺は近衛兵や守備隊兵士と闘いながらも、フイルコン王とカレンの闘いを見ている。

 闘いは終盤の局面を迎えようとしている。

 掛矢で壁が壊れて兵士が乱入するのが先か二人の闘いの決着が先か?


 カレンは疲労と血を失いすぎたのか動きが少しずつ緩慢になっているようだ。

 しかし、フイルコン王の見せ太刀が多すぎる。・・・何かを誘っているようだ。

 そこを隙と思ってカレンが突き技を思い切り出した。

 それを待っていたかのようにフイルコン王は持っていた宝刀で、カレンの持つ愛刀を根元から切り落とす。

 カレンは切り落とされた刃をそのままてのひらが傷つくのも恐れないで、拾いあげると、嵩にかかって切りかかってくるフイルコン王の喉に向かって折れた刃を突き付ける。

 フイルコン王は勝ったと思った慢心と、まさか切れ落ちた刃を使ってまで攻撃してくるとは思っていなかった。


 フイルコン王は油断してしまったのだ。

 その油断がカレンの鋭い突きを避ける事が出来ないで、喉を刺されてフイルコン王が倒されてしまった。

 轟音と共に寝室の扉の壁が崩壊して、廊下に詰めかけた近衛兵や守備隊の兵士が見たものは姫将軍カレンが血の滴る夫の首級を挙げている姿だ。

 首の無い倒れ伏したフイルコン王を見て、俺に向かってきていた近衛や守備兵が武器を投げ出して降伏をしてくる。・・・脛に疵持てば笹原走る、身に覚えのある兵士はその場から逃走しようとする。これ幸いに降伏した兵士が逃げ出そうとする兵士を捕らえる。しかしながらお互い保身に走っている、醜いものだ!

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