第86話 狙われたアリサ公爵令嬢

 インドラ連合国の巡検士(諜報員)部隊を使って仮想敵国のヤマト帝国の次期皇帝について調べている。

 豚皇太子はプロバイダル王国の女王セレスの戴冠式に来た時点では未だに独身であった。

 豚皇太子には悪い噂が絶えない、それは岡惚れしていたカンザク王国の双子の王女ユリアナとセーラが俺の嫁になった頃からさらに拍車をかけて悪い噂が増えていた。・・・俺のせいか、本人の資質だよ!

 豚皇太子は最初のうちは手近にいる女官達に手を出していたが、それを女官長や女官頭に見つかり皇帝や皇后に通報されて注意された。

 そんなこともあり、女官長や女官頭が目を光らせていたため女官達に手が出せなくなった。

 皇室の身近にいる女官と言っても二種類ある、身分の高いお嬢様が行儀見習いとして女官になった者と身寄りのない子供を皇室が預かってこれはという者を女官にしたのだ。

 身分の高いお嬢様は、女官としての仕事はしないが、上手くしたら皇太子の正妻になれると思って近づいている者もいるのだ。

 ところがそんな女官には豚皇太子は本能的に危機感を感じるのか手を出さないでいる。

 彼女達とは違って豚皇太子と極力距離を起きたがっている身寄りのない女官に手を出しているのだ。

 皇帝や皇后、第一宰相が裏に回ってそのような女官に幾ばくかの金を渡して黙らせているようだ。

 第一宰相が何故?・・・答えは簡単だ皇后は第一宰相の長女で豚皇太子が孫にあたるからだ。・・・祖父は孫には甘いものだ。

 身寄りのない女官達のなかには妊娠した者もいたが堕胎させられていた。

 酷い話だ。・・・妊娠の兆候が無い者にまで、堕胎薬を飲ませている。

 この世界では堕胎薬と言っても腹の子供を殺す毒薬のような物を飲まされるのだ死ぬような苦しみ、どころか本当に死んでしまう者も出る薬だ堪ったものではない。

 女官に渡した幾ばくかの金が自分の葬儀代に変わった。・・・悲劇だ!この時点で豚皇太子の廃嫡を考えればよかったのだ。

 貴族意識で今回のように身分の無い配下の者には何をしても良いと言う特権意識からくる悲劇でもある。・・・そのうえ身分の無い子供を皇室の一員にするのがためらわれたのだ。これによって豚皇太子の子孫はいなくなったのはその後の話だ!

 この後も悲劇は続いた。

 身近な女官に手が出せなくなったことから、豚皇太子はあろうことか、夜な夜な帝国の城下街に出没して女の子をさらってきては、玩具おもちゃにする等と言う暴挙に出たのだ。

 この暴挙も、豚皇太子の御学友の悪ガキが手伝ったせいで、すぐ城下街の警ら隊の知ることになり皇室に連絡が入った。

 豚皇太子の御学友も碌な者ではない、高位の貴族の子弟で将来は豚皇太子の側近になり栄耀栄華を共に出来る事から、こんな悪事にも手を貸しているのだ。

 彼等には罪悪感は無い。

 貴族は下々の者をどのように処分しても良いという貴族意識の塊だ。

「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない。」

と宣ったマリーアントワネットの言葉を思い出す。

 彼女も民衆によって断頭台の露と消えた。

 ヤマト帝国もそうならないとは言えないのだ。

 手を貸した彼等の口は軽い。

 瞬く間にヤマト帝国の帝都どころか帝国全域に噂が駆け巡った。

 皇帝や宰相達が口封じのため少なくない金を攫った女の子の家に支払い、皇帝や宰相達からも豚皇太子は注意された。

 この場合も女の子には堕胎薬が無理やり飲まされて・・・。

 こんな事をしているのでヤマト帝国の皇室に対して怨嗟の声が高まっていった。

 皇帝や宰相達から五月蠅いくらいの注意を受けていた豚皇太子はとうとう口封じといって、本当に攫ってきた女の子の首を絞めて殺してしまったのだ。

 そのうちに殺しが面白くなり、さらには殺した女の子を切り刻んで、証拠を隠滅するようになっていった。・・・これで立派な殺人鬼の出来上がりだ。

 これにより、さらに変質で残虐な性癖に拍車がかかり、逃げ出さないように生きている女の子の手足を切ってペットにして性行為に及ぶようになってしまった。

 断末魔の悲鳴がもれ、血の臭いが漂う豚皇太子の部屋へは何をされるかわからない恐ろしさから女官達は掃除等にも行かないどころか、近づくのも嫌がっているのだ。

 そこで皇后は豚皇太子が触手を伸ばさないような老婆を雇った。・・・本当にどうしようもない母親だ病院にでも入れろよ!・・・と言っても精神科どころか病院もインドラ連合国以外にはないのだ。・・・それなら幽閉しろよ‼

 血だらけのシーツや衣服は豚皇太子部屋の前の廊下に山積みにされている。

 その出されたシーツ類を老婆が洗濯回収係として顔をしかめながら持って行くのだ。

 代わりに新しシーツや衣服を豚皇太子の部屋の前の廊下に置くのも、その老婆の仕事なのだ。

 風聞が悪いので出された血だらけのシーツや衣服は全て焼却処分されている。

 老婆は口止め料として多額の金品を豚皇太子の母親の皇后から支払われているのだった。

 豚皇太子の変質で残虐なその性癖は収まるところを知らず、外出を止められると、また女官達に手を出しはじめた。

 それに気付いて注意をした女官長や女官頭が行方不明になり、不審に思った皇后から豚皇太子に行動を慎重にするように注意された。・・・もうこの時点では遅いかもしれないが本当に廃嫡して何処かに幽閉してしまえば良かったのだが、豚皇太子に甘い皇后の嘆願で皇帝と皇后の父親の第一宰相が折れてしまった。

 この時、皇帝も皇后も第一宰相までもが豚皇太子が身を固めればそのような性癖も治るだろうと身分に見合う適当な皇女や王女、公女を探し始めた。

 白羽の矢が立つたのが、ヤマト帝国の隣国で漁業を産業の中心とする小国、アンリケ公国のアリサ公爵令嬢、15歳になったばかりの美少女が標的になったのだ。

 アンリケ公国はヤマト帝国から一応分離独立した公国で、現在はアンリケ14世公爵が統治している。

 アリサ公爵令嬢は、本当に子供子供した女の子でアンリケ公国では

「やんちゃ姫」

と呼ばれていた。

 豚皇太子は、このやんちゃ姫を嫁にしようとヤマト帝国からアンリケ公国に最初の使節団が送られた。・・・使節団と言っても総勢3万を超える軍団を引き連れての強要である。

 アンリケ14世はヤマト帝国の使節団から豚皇太子の許嫁として一人娘のアリサ公爵令嬢を差し出すように求められたのだ。

 アンリケ14世は豚皇太子の悪い噂をたくさん聞いている。・・・「人の口に戸は立てられぬ」だ、それに「悪事千里を走る」とも言う。

 しかしこの世界では未だに識字率の関係で新聞もない、当然テレビどころかラジオも発明されていないが悪い噂の広がるスピードは凄まじいものがある。

 悪い噂はヤマト帝国内どころか属国にも流れているのだ。

 アンリケ14世は父親として、一人娘のアリサをそんな隣国の大国の皇太子に人身御供のように送るのがためらわれた。

 丁度そんな時にプロバイダル王国の女王セレスの戴冠式が行われるのを知ったアンリケ14世は、真正カンザク王国の王である俺当ての密書と共に使節団の団長としてアリサ公爵令嬢を送り出したのだ。

 アンリケ14世としては、分離独立紛争が続くカンザク王国の国王が代替わりして、真正カンザク王国として国を一つにまとめた手腕を評価していた。

 また真正カンザク王国の隣国、プロバイダル王国がヤマト帝国の後ろ盾を得て国境を侵し、真正カンザク王国を挟撃しようとしたが、真正カンザク王国の国王である俺の反撃にあって、プロバイダル王国は逆襲され、逆に真正カンザク王国によって平定統治されてしまったのだ。

 真正カンザク王国の国王である俺の妻の一人セレスをプロバイダル王国の女王にすることで、プロバイダル王国を属国のように誕生させ、ヤマト帝国と比肩できる大国に作り上げた。

 その真正カンザク王国の国王に一人娘のアリサ公爵令嬢を保護してもらう為に使節団の団長として送り出したのだ。

 アンリケ14世から、そのような内容が書かれた密書を受け取った俺は、妻達とも協議してアリサ公爵令嬢を保護することを決定した。

 また、アリサ公爵令嬢の人となりを知るために、セレスの戴冠式に来ていたアリサ公爵令嬢を一度午後のお茶会に誘ったところ俺の子供達が彼女になついて、それ以降は彼女が遊びに来ると子供達が機嫌よくいつもニコニコしているのだった。

 やんちゃ姫などと言われているが、行儀作法もしっかりとした銀髪で小柄なお嬢様だ。

 アンリケ公国の使節団員は極端に少ないうえ装備もお粗末だったことと、ヤマト帝国の使節団の団長として問題の豚皇太子も来ることから、我が国にいる間は俺の義兄で武勇に優れ美丈夫な巡検士ヤシキさんにアリサ公爵令嬢の護衛をお願いした。

 ヤマト帝国から保護のために戴冠式後もアリサ公爵令嬢には真正カンザク王国の王立幼年学校に留学してもらい、翌年の卒業後には士官学校にそのまま留学する事になっている。

 俺は、プロバイダル王国女王セレスの戴冠式後にオーマン国やヒアリ国をも傘下に治めたことから、インドラ連合国を作りあげた。

 それを知ったアンリケ14世は、インドラ連合国にアンリケ公国も加わりたいという内容の密書を持った兵士を不測の事態に備えて何人か送り出した。

 どうしても陸路ではヤマト帝国を通過しなければならないので、密書を持った兵士一人がヤマト帝国内で捕らえられてしまったのだ。

 当然その密書から反逆の意志ありとして、ヤマト帝国から幾つもの軍団がアンリケ公国に向かっての進撃の準備が開始されたのだ。

 ヤマト帝国内の大使館や帝都内にある巡検士部隊の拠点の奴隷商の館、北カンザク地方山岳警戒所からヤマト帝国の動きが逐一俺に連絡が入ってくる。

 その夕食時にヤマト帝国がアンリケ公国に進撃を開始した事実を知ったアリサ公爵令嬢は自分が人身御供となっても、この戦いを止めさせようと決心したのだ。

 アリサ公爵令嬢は気分が悪いと、影武者として同行していた同じ年頃と身長をした女官にベットで寝てもらい、護衛をしていたヤシキさんをうまく巻いて、アンリケ公国の使節団員を残して一人で真正カンザク王国からヤマト帝国に向かったのだった。

 やんちゃ姫の面目躍如の行動だ!・・・相談してもらえなかったのは残念だ!

 俺達がアリサ公爵令嬢の出奔を知ったのは、翌日の昼過ぎに食事もとれないアリサ公爵令嬢の体調不良を気遣た俺の嫁達が子供達を連れて見舞いにいったことにより出奔の事実が判明したのだった。

 ヤシキさんが真青になり、俺に叩頭して謝る。

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