第九話 その時男たちは泣いた

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 補習作戦が失敗したとはいえ、まだ夏休みは長い。西城と海に行く約束もある。俺に過去を振り返っている暇は無いのだ。


 とりあえず俺は、海で遊ぶのにかかる費用を工面しようと研究所に帰省した。金は多いに越したことはないが、一般人相手に頭を下げたりするバイトはしたくない。だから研究所に来る、表では言えない黒くて儲かる仕事を受けようという考えだ。

 俺はこの夏に賭けている。上手く行かせるためなら普段はやりたがらない仕事だってやってやる。そういう覚悟だ。

 というわけで現在、俺は研究所の親父の部屋に居る。


「で、なんか仕事ないのか?」

「生憎、仕事は残っとらんな」


 親父はそっけなく返事する。

 俺は舌打ちをした。当てが外れた。今の手持ちのまま海に遊びに行くと、人間に必要な最低限な健康的生活を送れなくなっちまう。すなわち、夏休み終了までの三週間絶食。


 さてどうしたものかと困っていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 親父が入室を促すと、部屋に二人のグラマーな美人お姉さんたちが入ってきた。


「仕事の依頼があって来ました」

「私もよ」


 最初に話し始めた方は清楚系、私もと続いた方はギャル系。二人は同時に入室したが互いに知り合いでなければ、依頼はそれぞれ別件らしかった。


「彼が例の強化人間ですか?」


 清楚系お姉さんは俺をちらと見ると親父に尋ねた。親父が頷いて肯定すると、お姉さんたちは二人して俺を品定めするかのようにジロジロと見始めた。

 どうにも居心地が悪くなる。美女にガン見されるのは割と気分が良いが、品定めするような見方が気に入らなかった。俺は天下一品だ、今更品定めする必要なんかない。何を疑おうというのか。

 そんなことを思っていると、二人は俺に近づいてくる。

 お眼鏡にかなったってことか? 当然だろうが。いくらグラマラス美女と言えど、話しかけてきたら悪態の一つでもついてやろうかと思っていると、ギャル系お姉さんが胸元のボタンを二つ外し、胸を寄せて前かがみになり、俺に胸の谷間を見せつけてきた。


「ねえ、お姉さんとイケない事、しない……?」


 え……? イケない事って、そういうことと捉えて良いんですよね……?

 おいおい、仕事の依頼に来たはずだろ? それが恋に落ちちまったってか? 親父が見てるってのに大胆なお姉さんだぜ。

 俺はギャル系お姉さんのエロさに、さっきまでの不機嫌が吹き飛んでしまい、谷間に視線が釘付けになった。

 すると、清楚系お姉さんが俺の肩を叩き、俺の視線を自身に誘導させる。


「何か用ですか?」


 俺は今ギャル系お姉さんの谷間を見るので忙しいんだ。と思っていると、清楚系お姉さんも胸元のボタンを二つ外し、胸を腕で抱える様にして寄せる。


「ねえ、お姉さんとイイ事、しない……?」


 え……? イイ事って、そういうことと捉えて良いんですよね……? 清楚系お姉さんもギャル系お姉さんに負けず劣らずナイスバディでエロいぜ。参ったなあ、出会っていきなり二人から誘われちまうなんて!


「おいおい、仕事の依頼じゃなかったのか?」


 親父はそんなことを言って、両手に花の俺に親水を差してくる。なんてうるさい奴だ。モテない奴の僻みだねこいつは。


「なあ、お姉さん方、場所を変えよう」


 俺は親父が止めるのを無視して、二人のお姉さんと一緒に研究所の外に出て、近くの喫茶店に入った。こんなチャンス、見逃す手はねえぜ。


「ねえ、お姉さんとイケない事しましょ?」

「いいえ、私とイイ事しましょ?」


 喫茶店に入っても二人の誘惑は続く。

 俺の心は振り子のように揺れた。一体どっちに付いて行けばいいんだ。

 イケない事とイイ事、字面は真逆だが内容は同種のものに違いない。つまりどっちのお姉さんとシたいか。

 だがそんなの決められねえ。どっちも美人でスタイル抜群でエッチなんだぞ!? 片方選んだら「え、こっちを捨てなきゃいけないの!?」って考えちまって永久に答えが出ねえよ!

 処女かどうかを気にしなくなった弊害かこんな所で出やがるとは。以前の俺だったら清楚系を選んでいただろうな。


「私と一緒に来てくれたら、すごく気持ちいい思いが出来るわよ?」


 俺が黙りこくっていると、清楚系お姉さんは身を乗り出していった。俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。気持ちいいことに関して俺は想像を巡らせ、思わず頬が緩む。

 すると負けじとギャル系お姉さんも対抗してくる。


「私だったあなたを気持ちよく出来るわよ。飛んじゃうくらい」


 と、と、飛んじゃうくらい!? いったいどれだけ気持ちいいことなんだ!?


 ……いい加減結論を出す時が来たようだ。男ならいつまでも、どっちつかずじゃいけないよな。

 よくよく考えてみれば、イケない事ってイイ事より、なんとなくハードなこととか色々含まれる気がしてこないか?

 貧乏くさいようだが、色々出来てお得と考えればギャル系お姉さんとイケない事をする方を選んだ方が良さそうだ。しかも、飛んじゃうくらいって純粋に興味が湧く。いったいどんなことをさせてくれるんだろうか。


「ギャル系のお姉さん、俺あんたに決めたよ」

「三十分でやっとか……」


 ギャル系お姉さんはため息をついた。ずいぶん待たせてしまって申し訳ない気持ちになっていると、清楚系のお姉さんが席を立った。


「残念だけど、仕方が無いわね。他を当たってみるわ」


 清楚系お姉さんはそう言い残して店を出ていった。

 ……金置いて行かなかったな……。




 さて、ギャル系のお姉さんとイケない事をすることに決めた俺だったが、まだ名前も聞いていない事にふと気づいた。


「そういえばお姉さんの名前は?」


 俺が聞くと、お姉さんはハッと何か思い出したような顔をした後笑った。


「ごめんごめん。これからパートナーになるっていうのに、うっかりしてた」


 そ、そんなパートナーだなんて、そこまで関係を発展させる気でいらしたとは! 

 大丈夫、俺だって責任を取る覚悟はあります! 安心してイケない事をしましょう!

 そんなこと考えてにやけ顔になっている俺をよそに、ギャル系お姉さんは自己紹介を始めた。


「私の名前は佐藤夏子よ。あんたは永井一君であってるわよね?」


「ええ、合ってます」


「よし、これから私とあなたは仲間。良い仕事のパートナーでありたいわね」


「……え! いや、は、はい!」


 あ……、パートナーってそういう意味ね。あくまでワンナイトのイケない事をするだけってことか。

 なんかがっかりだが、放課後の教室でイチャイチャラブラブで出来るのなら、それでも構わねえ。ワンナイトも付き合ってから一日で分かれたと考えれば、理論上は彼女とのエッチになる。


 まあ、それはそれとして強化人間の超頭脳が何かに引っかかっている。

 イケない事をする話だったのが、どこから仕事のパートナーの話が出てきた?

 もしかして、イケない事がそのまま仕事だったりするのか?

 考えられるのは動画販売だが、初めてでいきなり他人に見られるのは嫌だなあ。

 それに仕事ということは事務的にイケない事をする可能性だってある。

 ……いやいや、俺の考えすぎだ。第一、エロ動画の販売に強化人間を使う必要はない。仕事はもっと別のことに違いない。きっとエッチの話はまた別で、エッチ自体はイチャイチャラブラブ出来る。

 よし、ここは恐れを知らぬ戦士のように、ただ突き進むのみ!


 その後、俺たちは明日の昼過ぎ、またここで落ち合うことに決め解散した。


「じゃあ明日、イケない事しようね」

「は、はいっ!」


 その後、家に帰った俺はウキウキした気持ちを抑えきれず、水島に自慢の電話をかけた。


「なあ水島、俺、美人のお姉さんとエッチするんだ」

「寝言言うには早すぎるぜ」


 そう言って水島の野郎は切りやがった。

 寝言とは失礼な、こんなんじゃ自慢になりゃしない。次は中野だ。


「なあ中野、俺、美人のお姉さんとエッチするんだ」


「すまんが急な依頼で今は忙しいから、君の小説の相談相手にはなれん。あと、友人として一つ言うが、自分を主人公にした都合の良いストーリーで現実逃避するのは、あまり良くないぞ」


「妄想じゃねえ!」


 しかし中野の野郎は勝手に電話を切りやがった。

 まあ良いぜ、後で泣きべそかいたって知らねえんだから。




 そしてこの日の夜、明日夏子さんとイケない事をする妄想で興奮し、俺はろくすっぽ寝られなかった。




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