3

 放課後、チア部顧問のもとを訪ねてみると、他の教師が俺たちに応対した。


「彼女なら退勤したよ。病院だって。あと、君たちの入部を認めるって」


 ……まあ、よし……!

 我らの崇高な目的の犠牲に成れたのだ。これは名誉なことだ……うん。



 ということで、その日の内からチア部の活動に参加することにした。

 チア部用更衣室に行くと、すでに着替えは終わっていた。残念。


「だけど、マネージャーの仕事には、洗濯とかあるんじゃないでしょうか? ということで下着なんか失敬――」


「おい、洗うのはユニフォームだろ」


「いてっ」


 ロッカーを開けようとしたら、水島に手を叩かれた。

 まったく、謎なタイミングでお固くなるんだから。

 俺と同じく、女の子目的で入部したくせに、よくもまあ、真面目ぶっちゃって。


「別に良いだろうが、下着洗っても。マネージャーの仕事と言えば、洗濯でしょうがよ。下着洗うの面倒らしいぜ?」


「別にいいんだぜ? お前がそんな目先のスケベに喰いついて、騒ぎで退部になっても。俺は彼女を作るから」


「分かった、分かったよ水島」


 なるほど、ここは堅実に行こうって訳か。

 お前がスケベ心を忘れてないと分かって安心したよ。

 確かに、目先のスケベにすぐ飛びつくのは俺の悪い癖だ。

 下着ごときで彼女を失ったんじゃ割に合わない。


「確かに、彼女が出来れば、下着なんていくらでも洗わせてくれるもんな」


「お前、そんなに下着を洗いたいのか……」


 と、無駄話もこれくらいにして、俺たちはチア部がいつも活動している、体育館に足を運んだ。体育館に近づくにつれ、聞こえてくる掛け声も大きくなる。


「そういえばさっきの事だが、着替えといっても下着は脱がないんじゃないか?」


「確かに」


 しかし、俺たちが体育館に着いたとき、タイミングが良いのか悪いのか、何やら打ち合わせ中だった。

 体育館では、チア部以外の部活はやっていなかった。

 練習を少しみて見たかったが、自己紹介するには丁度良いか。


「ブラボー、オー、ブラボー!」


 俺は拍手しながら体育館に入った。

 やはり、褒められて悪い気のする人間は居ないだろう。

 しかも、周りは女だらけで、男に飢えている中でだ。


「ブラボーブラボー!」


 水島も同じように拍手しながら入ってくる。


「いや、打ち合わせ中だし、その前は準備運動しかしてなかったけど」


 チア部の一人、髪の長いのが言った。

 ……あれ? そうなの? まあいいや。


「今日からマネージャーとして入部する永井と水島だけど、聞いてる?」


「ええ、一応。部長ですから」


 なるほど、この髪の長い子が部長か。


「とりあえず、自己紹介をしましょう。私は部長の菊地、三年よ。みんなも順番に自己紹介して」


 部長に促され、各部員は順番に自己紹介を始めた。

 総勢三十人、一年から三年まで満遍なく居る。

 内一人がマネージャー、二年の山田。

 さすがに三十人も居るとなると、百パーセント可愛い子とはいかないが、それでも居るには居るので問題なし。

 大事なのは、女子に囲まれているという点と、彼女がチア部という響きがエッチという点だ。


 とは言っても、出来るだけ可愛い子を彼女にしたいのが人情というもの。

 言い方は悪いが、三十人をしっかり品定めする。


「何か?」


 部長は不快そうに言った。


「いや、顔をしっかり覚えようと思ってね」


 この部長、顔は取り立てて美人という訳でもなく、スタイルはさすが運動部はデブではないといった感じだが、圧倒的に胸が足りない。


「えーっと、三上さんと、井上さんと、田上さんだっけ?」


「「「はい、そうですけど」」」


 よし、巨乳美人の名前はしっかり憶えられている。全員二年生。


 巨乳チアリーダーは、言うなれば『竜に翼を得たるがごとし』だ。

 つまり、巨乳女子高生はとてつもなくエッチな『竜』で、チアコスは彼女たちをより高く天へと羽ばたかせる『翼』なのだ。

 制服とチアは好みの問題かもしれないが、制服の存在があるからこそ、よりチアコスも引き立つ。特別感とスケベさがある。

 野球場とかに居る職業チアリーダーより、圧倒的にエッチだと俺は思う。



「では、二人も自己紹介をしてください」 


 部長に自己紹介を促される。

 普通、俺たちが先に自己紹介するんじゃないかと思ったが、言わなかった。


「俺は永井一。マネージャーとして他人に言い辛いこととか相談に乗るし、同性に言い辛いことも相談に乗るし、ムラムラしたときにも相談に乗るから、安心して俺の体に乗ってくれ」


「なんか最後の方、欲望漏れてなかった?」


「気のせいですよ部長」


「……そう、じゃあ君も、自己紹介して」


 水島は腕を組んで、ゆっくりと口を開いた。


「……名乗るほどの者じゃねえぜ」


 またかよこいつ。いい加減、格好のつけ方がワンパターンなんだよ。

 それしか知らねえのか?


「あ、そう。じゃあ――」


「ああああ! 待て待て! 水島健二だ! 下着でもなんでも洗うぜ!」


「うん。洗濯は山田ちゃんにやってもらうから」


 まあ、自分を売り込むチャンスを逃す手はないものな。

 ていうかお前も洗いたかったのかよ。



 こんな風に、俺たちがおふざけを交えながら自己紹介をやっていると、


「ふざけないで!」


 急に三年、森田が叫んだ。


「あなた達の演説のせいで、顧問の先生が病院送りになった。あなた達の入部、認められないわ」


 これを皮切りに、続々と抗議の声が上がる。


「そうよ! こいつらのせいで顧問の先生がケガをしたの!」


「顧問の先生をあんな目に合わせて、許せない!」


 まあ、随分と愛されていること、あのババア!

 ちょいと申し訳ないことをしたかな、という気持ちにもなるが、正直ケガさせたのは俺じゃないしなぁという感じだ。


「顧問の先生が可愛そう!」

「顧問の先生を返して!」

「顧問の先生とのたくさんの思い出…………」

「顧問の先生、えーっと……顧問の先生!」


「誰も名前呼ばねえのかよ!」


 本当に愛されてんのか、あの顧問のババアは? もしかして、名前忘れられてる?

 そういえばなんて名前だっけ? 俺も知らないや。


「まあ、それは謝ろう。お詫びといっては何だが、なんでも言うことを聞いてやるよ」


 まあ、俺がなんの企みも無しにこんなことを言うわけがない。

 狙いは単純。こういうこと言うと大抵、エッチな要求をされるもんだ。

 さあ来いっ! エッチな要求カモンッ!


「何もしなくていいから」


 しかし、部長から通達されたのは、あまりにも残酷な答えだった。


「なんで!? 下の世話から下の世話まで、なんでもやるのに!」


「それ下の世話だけじゃない? とにかく、あなた達が居なくても手は足りてるし、これで分かったように、あなた達を良く思ってない人も居ます。変に動かないで」



 かくして、俺たちのチア部入部は波乱の幕開けに終わった。

 だが、どうにかして取り入ってやるぜ。




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