807話 危険な英才教育

 ラヴェンナから書状が届く。

 例の失楽園関係の話だそうだ・

 パヴラの希望は、可能な限り叶えてくれと言ったのだが……。

 度を超した要求があったのか。

 それはないな。

 そこはわきまえているはずだ。


 ささやかだけど、判断に困る。

 そんな希望だろうな。

 書状をもってきたキアラも困惑顔だ。


 黙って書状を受け取る。

 一読すると……。


「これは判断に困りますね。

図書館に専門のコーナーをつくって欲しいとは……」


 薄い本を図書館に……。

 こんな要求対処に困るわ。

 キアラは眉をひそめる。


「どうしましょうか。

最近は子供たちが訪れることも多いですわ。

危険な英才教育になりかねませんもの。

またラヴェンナに変な特徴がつきますわよ。

失楽園どころか、実在する楽園になりかねません」


 そんな英才教育は嫌すぎる。

 だが……。

 ひとつの契機だな。


「これはクリームヒルトも加えて、対応を考えるべきですね。

教育にもかかわる話ですから。

これはいい機会です。

今後もこのような話はでてくるでしょう。

どうすべきか指針を示すべきでしょうね」


 キアラが目を丸くした。


「却下しないのですね?」


 図書館になにを収蔵していいか……その基準がなかったからな。

 もしかしたら、ラヴェンナからその道の大家が生まれるかもしれない。

 個人的にはモヤモヤするが……。

 その道まで閉ざすのはどうなのだろうな。


「禁止事項は恣意しい的に適用できます。

他者を傷つける内容でなければ、基本的に認めていいと思いますよ。

一部の人には価値があるものです。

図書館は大きくつくったけど、空きスペースが多いですから……。

商務大臣も気にしたのでしょう」

 

 図書館の蔵書の少なさは、会議でもたまに話題にのぼった。

 こればかりはそう簡単にいかないからなぁ。


「本なんてそう簡単に増えませんわね。

でも……。

子供に見せるのはどうかと思いますわ」


 そりゃそうだ。

 見せるべきではないものに対する配慮も必要だろう。

 すみ分けを考えるべきだろうな。


「変な影響を受けても困りますからね。

空想と現実の区別がつくまで……。

見せるべきではないでしょう」


 リッカルダは空想と割り切っている。

 それなら問題はないだろう。

 問題は混同しはじめたときだ。

 キアラは苦笑でうなずいた。


「じゃあ認める方向で相談してもらいますわ。

年齢で閲覧可能な本をわける感じになるんでしょうね」


 そのあたりが妥当だろうな。

 もしくは別室に収納するかだな。

 本棚でわけるだけでは、簡単に閲覧出来るからな。


「そのあたりは任せますよ」


 キアラはせき払いして、真顔になる。


「それと別件の報告がありますの。

メディアがお兄さまの悪評を広めていますよね。

それがラヴェンナにも伝わって、人類連合への反発が広まっているようですの。

お兄さまを馬鹿にされて喜ぶような市民はいませんから。

当然の反応ですけど……。

少々よろしくない兆候ですわ」


 この話がラヴェンナに伝わるのは、時間の問題だったからな。


 だが……思ったより早い。

 クレシダの差し金ではないだろう。

 旧ギルドあたりの嫌がらせかもしれない。

 ランゴバルド王国の代表が変われば、出席への道が開けるからな。

 ただひとつの現象が、今回の反応に深く関係しているような気がする。


「少々厄介な話ですね。

もしかして……。

マンリオ殿によって広められたアルカディア民への蔑視。

これと結びついた可能性がありそうですか?」


 アルカディアへの蔑視だが、外部とアルカディアの境界は、ラヴェンナにとって不明瞭なのだ。

 似たようなのだと思いかねない。

 当然そのような考えは危険なので、注意喚起を行っているが……。


「そのとおりですわ。

彼らはメディアと称して跋扈しているでしょう。

あんな連中をなぜ野放しにしている、と思っていますもの。

ラヴェンナでは、そんなことは許さないでしょう?」


「それは当然ですね。

普通なら見向きもされないでしょう。

ところが……。

そう簡単に切り捨てるわけにもいかないですから。

隔離が限界です。

使徒の威光は、ラヴェンナでは理解されませんからねぇ。

不可解に思えるのでしょう」


 キアラは、小さくため息をついた。


「それに加えて……。

人類連合の代表になった件も、問題になっているようですの。

最初は『国内で最も優秀だから』と、高評価を歓迎していましたけど……。

今は『協力しているのに、文句を言われるのか』となっています。

そんなところですわ。

ある意味当然の不満ですもの。

これを抑止するのは、無理がありますわ」


 抑止する気などないさ。

 それでは今までの統治と矛盾してしまう。


「根拠がありますからね。

協力する理由の説明をするくらいが限界ですね」


 キアラは意外そうに、眉をひそめる。


「それだけですの?」


 それだけがいいんだよ。

 思わず笑みがこぼれる。


「それだけでいいですよ」


 キアラは大袈裟に、ため息をついた。


「その魔王スマイルは……。

何か企んでいますね」


 その名前を定着させるつもりだな……。

 俺は無力で、それを覆す力はない。

 悲しいなぁ。


「人聞きの悪いことを言わないでください。

こちらとしては、領内に必要性を訴えた事実が必要になるだけです」


 キアラは人の悪い笑みを浮かべる。


「ああ。

クレシダへのカードにするつもりですのね」


 それだけなら、非常に弱い。

 むしろそれはオマケだよ。


「まあ……。

それもあります。

いろいろと将来への布石になりますから」


 キアラは驚いた顔で、口に手を当てる。


「まあ!

やっぱりお兄さまの人の悪さは、底がしれませんわね」


 なんとでも言え。


「私にどんな幻想を抱いているのですか……」


 キアラは丁寧に俺の反論を無視した。

 別の書類を差し出してくる。


「最後にひとつ。

マリー=アンジュに対して、教会の人間が接触を試みたようですわ。

オフェリーが『ルグラン特別司祭の許可がないならダメ』と突っぱねましたけど……。

やはり手を突っ込んできましたわね」


 独断で動いたのか。

 まあ……当然だろう。

 

「教会関係者が無断で接触しようとしたら……。

以後、教会関係者がラヴェンナに立ち入ることを禁じてください」


 キアラは意外そうな顔をする。

 そこまでするとは思わなかったか。


「よろしいのですか?」


 いきなり立ち入り禁止だと乱暴すぎる。

 その前に、いくつか仕込みが必要になるな。


「マリー=アンジュ嬢の保護は、ルグラン特別司祭からの要請です。

それを無視されては困りますからね。

あわせて教会に、抗議をしましょう。

それでこの問題は押さえ込めますよ」


 キアラは納得顔でうなずいた。


「それなら立ち入りを禁じても、角が立ちませんわね」


 マリー=アンジュを操り人形にされると……。

 ちょっと問題が大きくなるからな。

 マリー=アンジュに贖罪の意識は強いだろうが、間違った方向に発揮されると……。

 オフェリーが悲しむだろう。

 仮に手を突っ込んできたなら、相応の仕返しが必要になるな。


                  ◆◇◆◇◆


 屋敷の敷地内で、テント生活をしていたダークエルフたちが、ラヴェンナに出発する日になった。

 護衛をつけようかと思ったが、ライサに固辞される。

 そもそも昼夜逆転しているから、夜襲われにくい。

 護衛がいきなり昼夜逆転では、対応が難しいだろうと。

 たしかにそうだな。

 

 ならばと……道中での買い物に困らないように、紹介状を手渡した。

 ラヴェンナに代金の請求がいくようにしてある。

 この件に関して、道中の町に根回しは済ませておいた。

 護衛がついていれば、護衛に買い物をしてもらうつもりだったが……。

 それがないなら、紹介状が必要だろう。


 子供たちが、体調を崩したのは慣れない移動もあるが……。

 十分な食糧が買えないこともあったからな。

 

 半魔騒動以降、社会は人間以外を警戒しはじめている。

 元々、見た目の違う集団には、誰しもが警戒するだろう。

 それが一層強くなっているのだ。

 仕方がない部分もあるが……。


 この警戒心には、マウリツィオも苦慮している。

 亜人が、人間社会で活動するのは、冒険者が最も楽だからな。

 人間だけのパーティーにしか、仕事を回さないとなっては、大問題になる。


 まあ……。

 ギルドの問題は、ギルドに任せるさ。

 俺はダークエルフの移住に関して、手を回しておく。

 俺のお達しであれば、無視や高額の吹っかけはできないだろう。

 若干、遠回りになるが……。

 経済圏を移動してもらい、最後は船でラヴェンナに到着。

 このルート説明は、ライサとウルスラには済ませてある。


 出発は夕方になる。

 そこで俺たちは見送りにでた。

 これは政治的なアピールだ。

 ライサにもたせる武器。

 協力を渋るようなら、俺が見送った事実をチラつかせればいい。

 権威とはこんなときに有効活用するべきだろう。


 ライサは照れたように頭をかく。


「いろいろと手間をかけたね。

この恩は、絶対に忘れないよ」


 この言葉って、かなり重たい意味をもつんだろうなぁ。

 純粋な善意でやったわけではない。

 統治上必要な配慮だ。


「受け入れると決めたのです。

それならば相応の配慮は必要でしょう?

ラヴェンナの法に従ってもらうのですからね。

こちらから、まず受け入れる意志を見せることが肝心ですよ」


 族長のウルスラは、深々と頭を下げる。


「私たち一同もこのご恩は忘れません。

決して……このご厚意に背くことはないと誓います」


 こんな空気は苦手だ。

 俺は曖昧に笑って、一行を見送った。

 隣にいたキアラが苦笑する。


「お兄さまの人のよさは、底がしれませんわね」


 どっちだよ……。

 

「ここまですれば……。

今後罪を罰しても、不満はでにくいでしょう。

統治上必要だからやっただけですよ」


 もし配慮をかいた状態で受け入れると……。

 罰したとき法的に正しくても、不公平感を抱くだろう。

 ところが……キアラは呆れ顔だ。


「はいはい」


                   ◆◇◆◇◆


 その夜に、急報がもたらされる。

 部屋で甘えモード全開のアーデルヘイトはお冠だが……。

 こればっかりは仕方ない。


 部屋に入ってきたキアラは、アーデルヘイトに意地悪な笑みを浮かべる。


「あら。

これからお楽しみのところ、御免なさいね。

服を脱がせてもらっている最中みたいですけど……。

至急の知らせですもの。

私に文句を言わないでくださいな」


 アーデルヘイトはベッドに潜り込んで、頰を膨らませる。


「絶対に面白がっていますよね。

大切なストレス発散の時間なのに……」


 キアラは抗議を無視して、報告書を差し出してきた。

 それを一読する。

 思わずため息が漏れた。

 

「ちょっと予想外ですね。

ルグラン特別司祭が襲われたとは……。

ストルキオ修道会が焦ったのかもしれません。

一命を取り留めたのが、不幸中の幸いでしょうか」


 キアラは眉をひそめる。


「でも重体ですからね。

予断を許しませんわ。

若くはありませんし……。

これで教会は、さらに混乱しそうですもの」


 混乱どころか……。

 教会全体が疑心暗鬼に支配されて、組織として動けなくなるぞ。

 それにしても実行犯がなあ。


「犯人は精神に、異常を来していた、とありますが……。

怪しいですね」


 キアラは、厳しい表情になる。


「犯人は派閥に属していない一般職員ですものね。

しかも警護兵が斬り殺してしまいましたもの。

黒幕捜しは難しいですわね」


 利益の面から考えると、ストルキオ修道会とつながる導き手の会の差し金だろう。

 ただ……。

 そんな手段をもっているのか。

 クレシダが手を回したのかもしれない。

 方法だけを教える形でな。


 警備兵が犯人を斬り殺したのも……。

 疑おうとすれば疑える。

 それ以上の追求を避けるための後始末役かもしれない。

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