639話 男前でいよう

 珍しくヤンが、俺に頼みごとをしてきた。

 ただ、アポをとるまではいいのだが……。


「都合のいい時間が決まったら教えてくれよ。

いつものところにいるからさ」


 というセリフを残し、去っていった。

 いつものところってなんだよ。


 かくして連絡係は頭を抱える。

 そしてヤンのことなら、エミールに聞けばいい……と閃いたのだった。

 ヤンの行き先を聞かれたエミールは平身低頭である。


「アイツのいつもですね。

今日だと……あそこでしょう」


 この予測は百発百中。

 困った特技だが……。

 これは、予期せぬ副産物を生んだ。

 連絡係の奥さんから、感謝の手紙が送られてきた。


 夫は私に連絡をおろかにする癖があったのです。

 ところが連絡係を務めるようになってから、ちゃんと連絡をしてくれるようになりました。

 これも領主さまのもとで働いているおかげです。


 とのことだ。


 連絡係は、ヤンの行動から思うところがあったのだろう。

 奥さんからの手紙は、文字を覚えて間もないようでたどたどしい。

 だが……気持ちは伝わる。

 領主に手紙なんてだすのは、かなり勇気がいると思うが……。


 その気持ちを、むげにするのも落ち着かない。

 だから夫の働きぶりと、内助のこうに感謝する手紙を返した。

 

 連絡係は地味だけど大事な仕事である。

 そして彼は機転がきくので、大変助かっていると。

 連絡係を無事にこなせているのは、きっと奥さんがしっかり支えてくれているに違いない。

 領主としてとても感謝している。


 そんな感じの文面にしておいた。

 曖昧な言葉で誉められても、ただのお世辞だと思われるからな。


 俺が書くと読めないから口述筆記だが……。

 手紙をもらった奥さんがえらく喜んでいたというから、悪い話じゃないだろう。


 俺の手紙でねぇ。

 などというと、周りからにらまれるから笑って済ませておく。


 かくしてヤンの話を聞くことになった。

 俺もヤンに聞きたいことがあったし、ちょうどいい。


 応接室でヤンの話を聞くことになる。

 部屋で待っていたのはヤンひとりだった。

 今日はエミールがいないのか。

 俺の姿を見ると、笑顔で手を挙げる。


「ラヴェンナさま、すまねぇな。

ちょっと相談に乗ってほしくてね」


「構いませんよ」


 ヤンはしばし口ごもって、頭をかく。

 やがて小さく息を吐いた。


「前に助けた別嬪べっぴんさんがさぁ……。

ぜひお礼をしたいっていうんだよ」


 俺もその件で、ゾエから頼まれていた。

 ともかく話を聞かなくてはな。


「なにか不都合でも?」


「いや……俺っちはマナーなんて知らないからさ。

言ったらいやな思いをさせちまうんだよ。

俺っちが入り浸る気楽な酒場に出入りするって人じゃないだろ?

なのでラヴェンナさまから断ってほしいんだ」


 なるほど。

 たしかにヤンは、女性と個別に接触するのを避けている雰囲気がある。

 皆で騒いでいるときはそうでもないのだが……。


「実はラペルトリさんから、相談を受けていたのもそれなんですよ。

命の恩人にお礼をしたいけど、誘ってもはぐらかされると。

なにか嫌われることをしたのではないか……と心配していましてね」


 ヤンは驚いた顔で、手をふる。


「いやいやいや。

そんなことはねぇよ。

ただ俺っちはそんな席が、苦手だって話だよ」


 ヤンの好む場所は、ゾエの心の傷を考えると適切ではない。

 だがお礼をしたいゾエの気持ちもわかる。


「酒場はラペルトリさんが苦手ですからね。

どうでしょうか? ロンデックス殿がマナーを気にしないで済むようにお願いします」


 ヤンはギョッとした顔をしたが、しかめっ面で腕組みする。


「う……。

うーん。

ラヴェンナさまも一緒にきてくれるならいいぜ」


 なぜ俺なのだ……。


「私が同席しては邪魔でしょう」


 ヤンは激しく、頭をかいた。

 頭から白い妖精が、パラパラと落ちていく。


「いや……。

実は俺っちは、女の人とふたりきりになったことがないんだよ……。

とだって尻込みしちまうくらいだ。

エミールと一緒だと、あいつ口うるさいし……。

ラヴェンナさまならそんなことないからな。

心強いんだ。

わかってくれよぉ」


 シルヴァーナですらダメなのか。

 これは重症だ。

 なんか納得してしまう自分が悲しい。


「では、私が邪魔をしていいのかも聞いてみます」


「ありがてえ。

断るのも……ちょっと後ろめたかったんだ。

恩に着るよ!」


 ゾエは承諾を即答。

 結局、俺まで同席することになった。


 ゾエの屋敷に向かうが、ヤンはいつも通りのスタイル。

 俺も普段着にしている。


 屋敷の玄関で、ゾエが俺たちを待っていた。

 気を使ってか、地味な服装をしている。

 俺たちを見ると、軽く一礼した。


「ラヴェンナ卿、ロンデックスさま。

今宵はわざわざお越しいただき感謝します」


 俺は軽く手をふる。


「いえ。

私のことは、あまり気にせずにいてください。

おふたりの話が進むよう、裏方に徹しますよ」


 ヤンはゾエと目は合わせようとせず、横を見ながら頭をかいた。


「俺っちに、マナーは期待しないでくれよ。

そもそも知らないんだ。

そこはカンベンな」


 ゾエは穏やかにほほ笑んだ。


「勿論です。

ロンデックスさまに楽しんでいただくのが目的ですから」


 穏やかにほほ笑むゾエと妙に固くなっているヤンに挟まれ、宴が始まった。

 ヤンは開き直ったのか、ジョッキ片手に話をしながら、食事をがっつく。

 ゾエはヤンの武勇伝を聞きたがった。

 ヤンは喋り出すと止まらないのだが……。

 そしてしょっちゅう脱線するのだ。

 俺は脱線しそうになるとフォローする。

 エミールの気持ちが、ちょっとだけわかった。


 ヤンのお喋りは止まらず、ラヴェンナにきたロマン王子に及んだ。

 マズいと思い止めようとしたが、ゾエは小さく首をふる。

 どうやら聞きたいらしい。


 俺たちのやりとりに気がつかないヤンは胸を張っている。

 取り巻きを半男にした件から、ロマン王子を失禁させた件まで楽しそうに話した。


 ワインが黄色くなくて良かった。

 ヤンはビールだが、気にしないようだ。


 ゾエは妙に感銘を受けたようだ。


「ロンデックスさまは、相手が王族でも容赦しないのですね」


 ヤンは失禁話など気にもせず、ビールを口にする。

 そしてふんぞり返って大笑いした。


「いや、ちょっとは容赦したさ。

王族じゃなかったら、腕の1本でもへし折っていたからな」


 不穏すぎる会話だが、ゾエは楽しそうに笑っている。

 そこから、なにか思うことがあったのか、自分のことを語り出した。

 俺も、一度聞いた話だ。

 昔は踊り子と高級娼婦だった話。

 ロマン王子に暴行されて、男性恐怖症になってしまった。

 踊ることも娼婦として客をとることもできなくなったと。

 そうつぶやくように語った。

 真顔で話を聞いていたヤンが、顔を真っ赤にして怒り出す。


「チッ。

そのことを知っていたら、そいつも半男にしてやったのに……。

女子供に手をだすのは、男がすたるってもんだ。

だろ? ラヴェンナさま」


 相手次第だけどな。

 害意があるなら返り討ちにしてもいいと思っている。

 話がややこやしくなるので、軽く同意するだけにとどめよう。

 まったく手を出さなかったわけじゃないから、補足はするが……。


「その神経は理解できませんね。

私も自分を殺しに来ない限りはですけど。

そうでなければ、手が動きませんよ」


 ゾエはヤンに軽く頭を下げる。


「ロンデックスさまには感謝しないといけないことが、一つ増えましたね。

本当にありがとうございました」


 ヤンはジョッキ片手に手をふった。


「いいってことよ。

俺っちは頭も悪いし、見てくれもこの通りだ。

小さい頃から、随分女の子たちに虐められたもんさ。

母上からも化け物あつかいされたもんよ」


 たしかにイケメンとは言えないが、実の母親にまで気味悪がられてはなぁ。

 よく性格がねじ曲がらなかったと思う。

 思わずため息が漏れる。


「それはちょっとひどいですね」


 ヤンはジョッキをドンとテーブルにおく。


「でもよぉ。

だからって殴ることはしなかったぜ。

そこまでしたら、中身まで化け物になっちまう。

アイツらの正しさを認めるようなもんだからな。

だから不細工でも、男前でいようと決めたんだ。

それでもガキの頃から馬鹿にされ続けて、気がついたら女が苦手になっちまったんだ。

だから避けちまったよ。

ゾエにお礼をと誘われて、嫌な気持ちになったわけじゃない。

心配させてすまねぇな。

言い訳っぽいが……悪気はなかったんだ」


 ヤンは照れ笑いをしながら誤魔化すように頭をかく。


 いつのまにか呼び捨てになっていたな。

 ゾエはまったく気にしていないようだが。


「知らないこととはいえ困らせてしまったようです。

申し訳ありません。

ただ……ロンデックスさまの見た目は、悪くありませんよ。

とても愛らしいと思います。

私のような30過ぎの女に言われても……ちっともうれしくはないでしょうけど」


 ヤンは首をブンブンとふった。


「い、いや……。

お世辞でもそう言われると落ち着かないぞ……。

それにゾエは別嬪べっぴんさんだろ。

オバサンには見えない。

それによぉ。

若くても中身がアレだったら台無しだよ。

年をとってもいい女でいるほうが、ずっとイイと思うね」


 ゾエはちょっと頰を赤くしてほほ笑んだ。


「あら。

お世辞ではありませんよ。

女性は苦手とおっしゃいますけど……。

ロンデックスさまのお世辞はとてもお上手ですよ」


 ヤンは照れたように頭をかく。


「俺っちはお世辞が言えないんだよ。

だからいつも本音しか言わねぇって。

それで損ばかりしてきたけどなぁ。

ま、それはいいや。

まったくモテない俺でも思っていることがあるんだ。

男は男前を目指す。

女はイイ女を目指すのがいいと思うんだな。

モテない男の負け惜しみって、よく言われるけどよ。

負け惜しみだろうが、いじけてひねくれるより……ずっとマシだと思っているぜ。

少なくとも自己満足で人を傷つけるヤツらよりさぁ。

守るほうが絶対に格好イイだろ?」


 この真っすぐさが、人気の秘密かもしれないな。

 しかし……なんだろう。

 この、美女と野獣的な取り合わせは、意外とうまくいくのか?

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