17章 優しい世界

638話 因果は連なる

 地下のことは地下に聞け。

 アイオーンの子について、石版の民なら知っているかもしれない。

 あとはモローにも確認をしよう。

 問い合わせをしたので返事待ちとなる。


 あと知っていそうなモデストにも聞いたが、知らないとのことだった。

 だがライサなら知っているかもしれないとのこと。

 確認を頼んだ翌日に、ライサとモデストが訪ねてきた。


 諜報にも関係する気がしたので、今回はキアラにも同席してもらった。

 ミル、キアラ、オフェリーを連れて応接室に向かう。


 俺たちが入室すると、眠そうな目をしたライサが軽く手を上げた。

 夜型に、朝日はきつかろう。

 できる限り早めに切り上げたい。

 だが……わざわざ来たくらいだ。

 結構詳しく知っているのだろう。

 そう簡単に終わらないだろうな……。


「済みません、もう寝る時間でしょうけど」


 ライサは欠伸をかみ殺しながら苦笑した。


「いいって。

私が普段起きる時間に訪ねたら、奥さまたちが不機嫌になる」


 ミルは顔を赤くするが、キアラはジト目で俺をにらむ。

 なんで俺がにらまれるのだ。

 オフェリーは真顔でうなずいている。

 この話題は危険だ。


 早々に話を聞かせてもらわないと。


「ライサさんは、アイオーンの子を知っているのですね?」


 ライサは煙管を取り出して、火をつけた。

 吸っていいと事前に伝えてある。


「私が人間社会に出てきてやることは、まず食うことさ。

ただ体を売る趣味はなかったからね。

かと言って、まともなところには中々潜り込めない。

というわけで、ちょっとヤバイところに潜り込んだのさ」


 そうなると一つだが……。


「裏社会ですかね」


「まあね。

昔、ひょんなことで助けたヤツがいてね。

そいつがそこのメンバーだったのさ。

んで……そのコネを頼ったってこと。

いろいろと裏の技術を学んだよ。

それをシャロ坊に教えたんだけどね」


 なるほど。

 コネがないと、そもそも簡単に潜り込めないからな。

 だが……。


「よろしいのですか?

その手の技術は門外不出だと思いますけど」


 ライサはフッと煙を吐き出した。

 少し遠い目をしている。


「その組織がなくなったから……いいだろ?

使徒サマに奇麗さっぱりつぶされたんだ。

もう義理立てする必要もないからね」


 ここ最近の話から、その使徒はひとりしか思いつかない。

 過去の出来事が、まるで吸い寄せられるかのようによみがえってくる。

 因果は連なると……でもいうべきなのだろうか。


「まさか第5ですか」


 ライサは少し驚いた顔で、煙管を口につける。

 フッと吐き出した煙は、不思議な模様をして消えていった。


「そうだよ。

よくわかったねぇ。

知っているヤツは、ほぼいないハズなんだが……。

ああ……ミルヴァさまか。

ラヤラなら半分当事者だった。

私はそのとき、王都で占い師をしていたのさ。

勿論、組織の指示だよ。

ダークエルフの占い師なんて物珍しさで、話題になるからね。

お偉いさんとのコネづくりに、占い師をすることになったのさ。

それも組織にいたときに教えてもらったよ」


 コネづくりか。

 その手の組織は、上流階級にもパイプはあったと思うが……。

 それ以上のパイプが欲しかったのか。

 別方面からの影響力が欲しかったのかはわからないな。


「ドゥラ・エウロポスで開業していたわけですね」


「そうでなければ、私はとっくにこの世にいなかったよ。

話を戻すか。

その組織にアルマンドってヤツがいてね……。

禁止されている麻薬を内密で売りさばいたのさ。

それが組織にバレちまってね。

本来なら魚の餌なんだが……。

アルマンドは結託した闇商人経由で、王族とつながっていたのさ。

その王族の取りなしがあってねぇ。

仕方なく、金で解決したわけだけど……。

えらく昔のことを聞きたがるね。

今回の件とは無関係だと思うけど」


 キアラから聞いた話で腑に落ちない点があった。

 ルール違反を金で解決なんて、へんな話だとは思っていたが……。

 王族の介入か。

 王族の面子をつぶすと、正式に討伐される。

 苦渋の決断ってヤツだったんだな。


「気になったものでして。

それでアルマンドは、どうなったのですか?」


 ライサは煙を吐き出した。

 なぜか、ドクロの形になる。

 へんな特技を持っている人だなぁ……。


「ん? 私が始末したよ。

アルマンドと王族の関係を崩すために、私は占い師として上流階級に食い込んでいったのさ。

ご婦人方に信頼されれば、そっから先は楽勝よ。

それでも10年以上かかったけどね。

ようやくその王族をスキャンダルで失脚させてさ。

さあ、仕上げに入ろうかと思っていた矢先に……」


 10年以上離れていたなら、キアラとは面識がないか。


 ライサは一瞬だけ疲れたような顔をする。

 軽く頭を振って笑ったが、どことなく寂しそうだった。


「組織がなくなっちまったよ。

エレニ・クロロスがやってくれたのさ。

それでアルマンドは油断したんだろうね。

ノコノコ街に、姿を見せたよ。

新しい王族に取り入ろうとしたんだろうさ。

仲間の敵討ちも兼ねて、連中は全て始末した。

本当はむごたらしく殺してやりたかったけど、私ひとりだからね。

殺すこと優先でやったよ。

それで借りは返し終わったかな……ってね。

仕方ないので、そのまま占い師を続け……今に至るって話だ。

食わなきゃ生きていけないからね」


 刹那的に見えて、結構義理堅い性格なのか。

 だからこそ長いこと相談役ができたのかもしれないな。


「なるほど。

話をそらしてしまいましたが……。

アイオーンの子は、元いた組織と敵対していたのですか?」


「そうだね。

アルマンドを唆して、薬をつくらせていたのさ。

ヤツは小物で、そんな大がかりなことはできないはずだった。

それが不思議でね。

調べていくと、アイオーンの子に行き着いた。

だけど知っているのはボスとその近辺。

あと私に限られた話だよ。

危険な連中だと知っていたからね。

対処は慎重にする必要があったのさ」


 トカゲの尻尾に、麻薬をつくらせて売りさばかせるのか……。


「以前からトラブルはなかったのですか?」


「裏の世界では、共食いはできるだけ避ける。

共倒れになるからね。

ただ連中がアルマンドを唆したなら……話は別だ。

第2第3のアルマンドが現れたらかなわない。

血で血を洗う戦いの始まりさ。

抗争はこっちが優勢だったんだけどねぇ……。

そこにエレニの襲撃さ。

詳細は省くけど……エレニの恋人が街に来て、暴行を働いて殺された。

そこにエレニがきて、街を瓦礫の山にしちまった。

私はアイオーンの子が、エレニの恋人を誘導したと思っているよ」


 キアラがハッと息をのむ。


「バシレオスを誘導ですの?」


 ライサは小さく肩をすくめた。


「名前まで知っているのか。

そう……バシレオスの取りえは顔と剣の腕さ。

頭はそんな良くない。

調べ方は杜撰そのものだった。

そいつがアルマンドにたどり着いたのが、そもそも疑問でね。

誘導するなら簡単だったろうね。

まあ……いつ思い出しても、嫌な話さ。

劣勢なアイオーンの子が一発逆転を狙うなら、使徒をけしかければいい。

まんまと成功したわけだ」


 血眼になって犯人を捜しているなら、誘導は容易だろうなぁ……。

 なにかさらに吹き込まれたのかもしれない。

 だからこその蛮行か。

 それにしても、疑問だな。


「しかし……。

なんで麻薬なんてつくって売らせたんですかねぇ。

リスクが大きいと思いますが」


 ライサは指で○をつくって見せた。


「そりゃコレさ。

連中、よほど金が足りなかったらしいよ。

だから抗争で不利だったんだろう。

あと、新種の麻薬も実験したかったらしい。

それには金がかかるだろ」


「なるほど……。

資金を集めて、麻薬も研究ですか」


「アイオーンの子とか大層な名前をつけても、金という呪縛からは逃げられないのさ。

生きている限りね。

その後エレニは、心を病んだって話も聞くけどね。

なにが原因かは知らないよ」


 ライサは誘導と言っていたが……。

 なにか思い当たるフシでもあるのかな。


「アイオーンの子がどうやって誘導したのですか?」


「代々の使徒サマはハーレムまでが世界の全てだ。

それ以外は都合が良ければ野生動物扱い。

そうでなければ害獣扱いだ。

そしてそんなハーレムの連中はそれ以外を見下している。

外部からの話はうのみにしない。

それどころか、ハーレム内で相談すらするだろう。

ところが、ハーレムの中だと話は変わる。

信じないと問題なんだよ。

それこそ自分の席がなくなって、人から獣に落ちる恐怖に襲われる。

うのみにせざる得ないのさ」


 なんともしょっぱい話だ。

 ミルは小さく息を吐いた。


「父はそんな恐怖を振り払って離れたのね……」


 ライサは煙管に口をつけて、煙を天井に吐き出す。


「そうだね。

自分を見失わなかったんだ。

大した男だったよ」


 その後はあえて口にしなかったのだろう。

 この話をほじくり返しても、ミルが傷つくだけだ。


 ライサは少し遠い目をして、外に顔を向けた。


「バシレオスの頭が良くないことは、ハーレム内でも周知の事実だ

それが相談もせずに、決め付けて動いた。

エレニからは、なにかあれば相談してくれといわれていたんだ。

それを無視して動くなら、よほどうまく誘導したのだろうさ。

誰かいると思わないか?

そもそも他の連中は、アルマンドの存在すら知らないんだ。

組織は不名誉なことだから、ヤツの名前は口に出さない。

知っているのは、取り入った王族と関係者くらいだ。

王族やアルマンド、闇商人が使徒にたいしてそんな危険を冒すかい?」


 消去法か。

 たしかに可能性は高いな。


「1番動機があるのはアイオーンの子でしょうね。

潜り込ませたのか、たまたま見初められて、そのまま恋人になったのかは永遠に謎ですが。

誘導にしても、直接は言わなかったでしょうね。

示唆をして、自分で発見したと思わせるんじゃないですか?

それなら思い込みもより強固になりますから」


「イイ線つくね。

私も同意見だよ。

ま……それは、どうでもいいことさ。

エレニが病もうが悔やもうが殺された事実は変わらない。

仲間たちは帰ってこないんだ。

悔やんでいるからゆるすってほど私は高尚じゃない。

どうせ死ぬなら……もっと苦しんでから死んでくれ、とすら思っているよ」


 恨みは持っているか。

 当然だろうな。

 普段表には出さないだけで。


「仲間を殺された人に、殺人者が反省しているからゆるせ……なんてえらそうにいう気はありませんよ。

思いは人それぞれですからね」


 ライサはバツが悪そうに肩をすくめた。


「余計な話をしてしまったね。

ともかく……。

どこでアイオーンの子の存在を聞いたのか知らないけどね。

連中は地下に潜るウチにヤバイ技術を磨き上げていったのさ。

諜報、暗殺とかお手のものさ。

権力者の欲する裏の手段を磨いていった。

そうなると引く手あまたさ。

自分の手を汚さずに済む道具なんて、みんな欲しがるだろ?

権力者に取り入って、自己の生存を図っていたようだよ」


 キアラは無表情だが、心の中は大きく動揺しているようだ。

 ミルとオフェリーは、やりきれないような顔をしている。

 たしかに酷い話だからな。


「なんとも厄介な話ですね。

ライサさんは連中に目をつけられたのでは?

よく今まで生きてこられましたね」


 ライサは笑って肩をすくめた。


「アイオーンの子って、元々はラヴェンナから流れてきたようだよ。

やたらと魔法にもけていてねぇ。

夜に活動する同士、私のご先祖とも縁があったのさ。

時間をかけて、徐々に昼間でも活動できるようになったらしいけど……。

詳しくは知らない。

ともかくお互いに、いろいろ教え合ってね。

一応、お互い手を出さない決まりになっている。

そんなことはどうでもいいんだけどさ。

私ひとりでは、さすがに勝ち目がない。

そこにアイオーンの子から、今回の件はこれで手打ちにしよう、と提案があってね。

仕方なく受け入れたのさ」


 普通なら消そうとするが……。

 なにかあるのだろうか。


「それで連中は、ライサさんを狙わなかったと?

よく約束を守りましたね。

守る連中には思えませんよ」


 ライサは苦笑して、肩をすくめた。


「それがさぁ。

占いが予想外に好評でねぇ。

ご婦人方に、すっかり気に入られたのさ。

それでお偉いさんたちから、アイオーンの子に圧力がかかったようだよ。

連中が私を狙っていたことは知られていたからね。

お偉いさんも奥さんの機嫌は損ねたくないわけだよ。

私になにかあれば、連中のせいだと思われる。

お偉いさんたちは連中をマフィアだ、と勘違いしていたようだがね。

アイオーンの子だと知れば、さすがに手を切っていたろう」


 一瞬、疑問が浮かんだ。


「連中がアイオーンの子だとは……。

愚問でした。

忘れてください」


 口に出して後悔した。

 そもそもその手は使えないんだった。

 頭をかく俺に、ライサはほほ笑んだ。


「そうだね。

教会が正式に全滅したと認定したからね。

それを蒸し返されては、私のほうが危ないよ。

存在する事実より……公表した面子が大事だからね。

それも長年たったあとだ。

当時の危機感を共有している人は、だれもいないからね」


 そろそろ来てもらった理由を話すべきだろう。

 ライサも不思議に思っているからな。


「なるほど……。

そもそもアイオーンの子は、クレシダと密接に関係していると思います。

もっと言えば……。

クレシダの前世は、アイオーンの子のリーダーだったと言ってもいいでしょう」


 ライサは驚かずに、深くうなずいた。

 もしかして予測していたのか?


「ああ……。

それですごく納得した。

シャロ坊が無意識に警戒したのもそれか」


 モデストは、少しだけ意外そうな顔をした。

 アイオーンの子を知らないのに警戒と言われても、ピンとこないだろう。


「なにか教わりましたかな?」


 ライサはフッと笑う。

 再び煙管を口にして煙を吐き出した。


「連中を名指ししてはいない。

名前を教えては、そっちばかりに注意がいくからね。

連中の仕草は目立たないが独特なんだ。

最初の頃に、危険な相手の特徴を幾つもたたき込んだだろ。

それを体が覚えていたのさ」


 モデストは珍しく感心した顔でうなずいている。


「ああ……。

それで妙なほど、胸騒ぎがしたわけですか」


 モデスト自身もなぜクレシダを危険視したのか、どこか疑問があったのだろう。


「クレシダがアイオーンの子と関わると、かなり面倒だね。

元リーダーなら連中を従わせることもできるだろう。

連中は生まれ変わったリーダーが現れると信じている。

そのときは世界の終わりで、魂が解放されるときだとか……トチ狂ったことを言っていたかな。

悪いけど、詳しくは思い出せない。

バカバカしくて、どうでもいいと思っていたからね」


「それだと、完全にアイオーンの子をコントロール下に置いていると見ていいでしょうね……」


 ライサは小さくためいきをつく。

 少々疲れた顔をしている。


「そうだねぇ。

連中が認めればだけどね。

そうなると厄介だ。

連中が持っている魔法、暗殺術、薬学なんかは相当なものだよ。

麻薬なんかは1番の得意技さ。

五感を研ぎ澄ますものや、痛みを感じないもの。

ただ常習性があって、長生きはできない。

連中は死にたがりの快楽主義者だから……それでもいいのだろうがね」


 アイオーンの子が生き残っていることは確定した。

 しかし危険だなぁ。


「生き残っている上に、それなりの力を持っていそうですね……」


「ああ。

元々は人里少ない場所で隠れて過ごしていたが、それじゃダメだと思ったらしい。

人の多いところに紛れ込むようにしたのさ。

表では善良な領民の顔をしてね。

抜け目なく、権力者に取り入っていたさ。

さすがに教会には潜り込めなかったらしい。

聖職に就くときの聖別で検知されるらしいからね。

私から言えるのは、暗殺や破壊工作のプロ集団だってことだ」


 オフェリーがこれまた、妙に納得した顔でうなずいた。


「ああ……。

あの儀式にそんな効果があったのですね。

異端でないことを確認するって聞いていましたけど……。

だれも引っかかったことがないから、ただの形式だとてっきり」


 当時の教会はかなり警戒したのだろう。

 その慣習だけが残って、だれも機械的にやっているだけと……。


 しっかし……。

 こんなのばっかりで嫌になるよ。

 と言っても現実は嫌になっても襲ってくる。


「世界主義よりも厄介そうですねぇ……」


 俺のウンザリした表情に、ライサは小さく笑った。


「手口を知れば、まだなんとかなるよ。

連中の手口は黙っているつもりだったけど……。

ここに世話になっている恩のほうが大きいね。

ミルヴァさまたちがウチに通ってくれるから、商売も繁盛しているし。

そっちの恩を大事にしようかね。

明日詳しく教えるよ。

もう太陽が黄色くてね……。

寝ないと頭も回りゃしない」


 簡単な打ち合わせを済ませたあと、ライサとモデストは部屋を出て行った。

 ライサの後ろ姿に、キアラが深々とお辞儀をしたのが印象深かった。

 キアラにとっての苦い思いがひとつ減ったのかな。

 それならば、俺も感謝したい。


 オフェリーだけは不思議そうな顔をしていたが、これは教えるわけにいかないんだ。

 キアラが自分で話すことだと思っている。

 俺が勝手にそれを口にするのは、信頼して打ち明けてくれたことへの裏切りになってしまうからだ。

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