610話 研究者気質

 ゾエからアラン王国の情報がもたらされた。

 ともかく考えをまとめる必要があるな。


 報告しにきたキアラに、カルメンを呼んでもらう。

 専門家がいてくれた幸運には感謝したい気分だ。

 節々で幸運な出会いに助けられているな。

 悪霊には感謝しないぞ。

 ラヴェンナでもないな……。

 そんな介入はできないからな。


 運命の女神さまがいるなら感謝しよう。

 後頭部がハゲている……と散々な言われようだが。

 運命の女神は走っていて、前髪をつかまないと機を逃す。

 

 早めに考えられるだけでも、大きなアドバンテージだ。

 俺は報告書をミルに苦笑しながら手渡す。


「アラン国王が倒れたようです。

生死は不明。

普通なら国王が倒れた場合、狙ったタイミングで公表するものですがねぇ。

考えなしにロマン王子がベラベラ喋ったから、一気に広まったようです」


 ミルは報告書を読み終えると、あきれ顔で首を振った。


「たしかに普通は、公表のタイミングを考えるわよね。

情報公開が進んでいるラヴェンナでも、タイミングを考えるわ。

考えなしだと余計な混乱を招くもの。

アラン王国内は、大変な騒ぎになっていないかしら?」


「ラペルトリさんが、国王関係の情報に絞って早急に送ってくれましたからね。

普通なら国内の様子も送ってきます。

国内の様子までは、手が回らなかったのでしょう。

それだけ混乱していると思いますよ」


 オフェリーは困惑顔で、ミルから報告書を受け取る。


「大事件が起こると、これからどうしたらいいか……聞きますよね。

噓でも、ハッキリした言葉が聞ければ落ち着けます。

落ち着いているからこそ、さらに憶測が広まることを、ある程度避けられるわけですよね。

ラヴェンナにきて、そのことがよくわかりました。

真実だからと何も考えずに公表したら……。

大変なことになるのですね」


 俺が死にかけたときの話だろうな。

 あのときラヴェンナの動揺が最小限に抑えられたのは、皆が表向きだけでも冷静に対処してくれたからだろう。


 俺はオフェリーに同意のうなずきを返すが、すぐに思考の沼に引きずり込まれる。

 アラン王国の動向が、まったく読めない。

 後継者指名がなされないまま崩御したら?


 ロマン王子対その他ドングリの争いか。

 ロマン王子の人望はゼロだが、使徒と気脈を通じているのは無視できない。

 一定の勢力として存在しうる。


 こいつは内乱コースかなぁ。

 そうなると使徒が介入してくるだろう。

 この機を逃すほど、カールラは馬鹿じゃない。


 キアラのいうとおり、消しておくべきだったか。

 ロマン王子は完璧に計算外だった。

 それさえなければ、カールラとて介入までもっていけない。


 今更後悔しても詮無いことだが……。

 心の片隅でカールラに同情していたのか。

 情けは人のためならずと期待したわけではない。

 単に危険という理由だけで消す判断ができなかった。

 俺自身の甘さが招いたことか。


 魔王なんて呼ばれているが、とんだ甘ちゃんだよ。

 悪戯小僧がいいところだ。


 後悔より先のことを考えるか。

 こんなとき、転生前の記憶がおぼろげになっているのがキツいな。

 迷わず決断できる指針となっていたからなぁ。

 ズルに慣れると、それがなくなったら不安になる。

 

 この世で、最も俺を信用していないのは俺自身だからなぁ。

 せめて熟考する時間が欲しい……。


 腕組みをして考えにふけっていると、カルメンがやって来た。

 気がつく程度には、思考の沼にはまっていない。

 はまるほどの材料がないからだが。


 俺は黙って、カルメンに報告書を手渡す。

 キアラから、概略は聞いているだろう。


 カルメンは真剣な顔で、報告書に目を通す。

 一通り読み終えて、少し厳しい顔になっていた。


「アルフレードさまは、可能性を知りたいのですよね?」


 毒を盛られた可能性。

 勿論、報告書だけで断言しろ……というつもりはない。

 可能性を判断してほしいのだ。


「ええ。

まず専門家の意見を聞きたいのです。

当然ながら……推測になるでしょう。

カルメンさんが推測を口にしたくないことは、重々承知しています。

それでも素人の私たちが推測するよりは有意義でしょう。

事実を突き止められる環境になるまで待っては、もう手遅れですからね」


 不確実な状態からどれだけ正解に近づけるか。

 訪れたことがない場所の推測。

 2-3割の確実な情報があれば御の字だろう。

 博打ではない。

 霧の中でも匂いはする。

 空腹であっても、美味そうな匂いにだまされずに正解を探り出す。

 自制心がいる作業だ。


 カルメンはマジマジと俺を凝視していたが、苦笑して肩をすくめる。

 筋道立てて説明すれば、カルメンはとても話のわかる女性だ。

 この点は、とても有り難い。

 論理が破綻すれば、絶対に話を聞いてくれないけどね。


「そこまで言われては、私の意地を通すべきではないですね。

そうですね……。

まず王の毒殺は計画だけなら可能ですよ」


 計画だけか。

 クリアすべき条件が多すぎて、実現は困難なのだろう。

 想像通りだ。


「料理人から毒味役まで共犯でないといけないでしょうね。

もっと幅を広げる必要があるかもしれませんが……」


 カルメンは頭をかいて苦笑する。

 

「すみません。

変な方向に話をもっていくところでした。

アルフレードさまが知りたいのは実行犯ではありませんよね。

それでしたら、まず目的を考える必要があります」

 

 カルメンは得意分野になると、俺が脱帽するほど頭脳明晰だ。

 仮に毒殺だとしても、実行犯や黒幕の特定はおまけでしかない。

 俺は警察じゃないからな。

 政治的にどう対処すべきか。

 そのための分析だ。


「私も同意見です。

目的を無視すると、推測も明後日の方向に飛びかねませんね。

これを事件と仮定した場合、毒殺はあくまで通過点です。

王が終着点ではないと思いますよ」


 カルメンは満足げにほほ笑んだ。

 可愛い笑みとは違う。

 面白がっている笑みだな。


「そのとおりです。

王が亡くなって短期的に最も得をするのは、ロマン王子ですね。

ですが関与はないでしょう。

軽率すぎますから。

その線でいけば王妃が有力な関係者になります。

黒幕になれるほどの力はないでしょうけど。

やっぱりアルフレードさまとの問答は楽しいですね」


 報告書には王家が右往左往しているとだけあった。

 仮に毒殺を疑うなら、徹底的に情報を伏せて捜査するだろう。

 ロマン王子の暴露は、いつもの虚言癖だとでも言えばいい。

 一応の説得力はある。

 王宮で毒殺の疑いは今のところないのだろう。


 仮に事件ならば、犯人として考えやすいのは王妃だ。

 だとしても、王妃が黒幕や実行犯ではない。

 カルメンの推測に俺も同意見だ。


 舞台の袖に誰かいる気がする。

 事件と仮定すればな。

 だが……仮定とするには弱すぎる。

 暗がりに目をこらして、勝手に人の姿を想像するようなものだ。


 やはり単にストレス過多で倒れたのだろうか。


 突然俺の腕をつかむ感触があった。

 不機嫌そうな顔のミルだ。


「ちょっと! 2人だけでわかるように話さないで。

私たちはおいてきぼりよ。

毒を盛った目的なんて殺すか弱らせる以外あるの?」


 やってしまった。

 キアラとオフェリーは、目が点になっている。

 俺は苦笑して頭をかく。

 カルメンもハッと気がついた顔になって、小さく舌を出した。


「言葉がたりなかったようです。

目的とは殺すことか……。

殺したあとに利益を得るかです。

それによって考え方が変わります。

それでアルフレードさまは、殺したあとの利益と考えたのです。

私も同意見ですね。

王妃がそこまで優秀だとは思えません。

優秀ならとっくにロマン王子を次期王にしています」


 ミルは納得顔でうなずいた。


「ああ。

殺すことが目的なら、殺しさえすればいいのね。

最悪自分が殺されても構わないと。

殺したあとの利益目的だと、絶対にバレてはいけないのね」


「後者は難易度的にとても高いのです。

絶対に殺したい。

可能なら犯人とバレたくない……。

そんな甘い考えでは必ず失敗します。

王宮の警備は、その国で最高のものですからね。

少なくともアラン王国の警備が、ザルだとは聞いたことがありません」


 狙われるとわかっている相手を殺すのだからな。

 自身の関与を伏せて成功させるのは……異次元の難易度だ。

 しかも毒殺なんて、手あかのついた手段。

 対策や検知も、当然充実している。


「この報告では、毒だと思われていません。

仮に事件なら、目的は王位継承か……。

それとも利用したい人物を王位につけるためか……。

はてまたは混乱が目的か。

そもそも単純に、体調を崩していただけかもしれませんが……」


 カルメンは気になることがあるのか、腕組みをして鋭い視線になる。


「少し話を変えましょうか。

目的を推測する材料がなさすぎますから。

少なくとも、王の毒殺が終着点でない……とだけ仮定します。

今度は手段から考えていきましょう。

ここ最近、ずっと気力が衰えていたようですね。

ひっかかるのはそこです。

オフェリーさんが詳しいかな。

治癒術は毒で弱った体を、すぐに治せますか?

相手は60近い老人です」


 オフェリーは眉をひそめる。


「すぐは危険ですね。

若い人なら耐えられるでしょうけど……。

老人にそんな治療方法は使えません。

反動で体調を崩すでしょう。

最悪それで死に至ります。

治癒術は本人の生命力を、どれだけ効率よく引き出すかですから。

それなら自然回復を手伝ったほうがいいでしょうね」


 カルメンは納得したようにうなずく。

 だが眉間は険しい。


「老齢の国王を弱らせれば、無理な治療は行わないでしょう。

ただ弱っていることは周囲にわかるはずです。

やはり、衰弱を見逃すとは考えにくいですね。

治癒術師どころか、周囲の人間全てが共犯でなければ……。

王妃に始まって、国王とじかに接する使用人までは最低限必要ですね。

そこまで共犯なら、王子や大臣が疑問に思っても誤魔化せます。

合わせ技を駆使すれば、毒だとバレずに殺すことは可能です。

机上の空論どころか、妄想の類いですけど」


 たしかに実行は困難だな

 それを疑いだしたら、王宮で潔白の人間などいるのだろうか。

 誰も口にできない状況か……。

 ロマン王子以外は。


 仮に毒だと疑っても言えないだろう。

 自分たちの見落としを認めるようなものだ。

 ただ死去なり、急激な体調悪化であれば検査される。

 それより心当たりがあるなら聞いてみるべきか。

 まだそれを否定する材料はない。

 肯定もできないが。


「合わせ技ですか……。

発覚しないものですか?」


 カルメンは得意げにうなずく。

 毒の話題だと、熱が入るようだ。


「体を弱らせる段階までは、弱い毒を長期にわたって摂取させます。

そのあとで至高の毒を使って、死の一歩手前まで連れて行けますよ。

最後は何でもいいのです。

死んだときに毒はとっくに体から抜けていますよ。

あったとしてもごく微量で、検出は無理でしょうね。

そうすれば、死体を普通に調べてもわからないでしょう」


 毒と思われない手段で……か。

 ちょっと違うが、金食いを連想して嫌な気分になる。


「至高の毒ですか。

つまり毒ではないものを使って、さらに弱らせると」


 カルメンは、うれしそうに笑う。


「ちゃんと覚えてくれていてうれしいですね。

通常なら体調不良ですむものです。

毒によって体が弱ったところでは、深刻なダメージになるでしょうね」


「そこに過度なストレスがかかると……」


 カルメンはよくできましたと言わんばかりの表情でウインクする。


「最後のひと押しですね。

あくまで計画上のみ可能です」


「たしかに計画だけで留まる話ですね。

実現性はなさそうです」


 カルメンはスイーツを食べ終わったオフェリーのような顔をする。

 つまり名残惜しい顔だ。


「実行するのは大勢を共犯にする必要がありますよ。

そんな大勢を共犯にできるのか……。

そもそも王家の使用人は、簡単になれるものではありません。

厳重な審査がされますよね」


 だよなぁ。

 どう考えても無理筋だ。


「少人数ならともかく、大勢は無理がありますね。

そんな一斉に、身元が明らかな人たちを共犯には……。

どうやら偶然とみるべきでしょうかね」


 オフェリーが唐突に挙手する


「あのぅ……。

身元が保証される大勢の人がいれば可能なのですか?」


 まさかオフェリーに心当たりがあるのか?


「ええ」


「アラン王家の使用人は、教会の推薦です。

教会がその気なら条件を満たせます」


 げっ。

 ここでも教会か。

 しかも世界主義が関わっている可能性大だ。


「本当ですか?」


 オフェリーは複雑な表情でうなずいた。


「はい。

アラン王国で裏切らない使用人が欲しければ、教会を頼ることが慣習になっています。

教会の推薦を受けて、それを裏切る人は確実に消されます。

親族もろとも神罰を受けると教えられていますから。

王家にしても、親族の推薦より教会に紹介を頼むほうが安心なのです。

教会から推薦された人に裏切りを強要すれば……。

強要したものが教会から狙われます」


 古巣がそんな悪事に加担しているとなれば複雑だろうな。

 たとえ、世界主義の連中がやったとしてもだ。

 教会がそれを見抜けなくて、片棒を担ぐことになっているのだから。


「これは迂闊でした。

カルメンさん、これで最大の問題がクリアできますよ。

勿論、世界主義がその推薦を仕切っていればですが」


 カルメンはがぜん熱のこもった顔で身を乗り出した。


「それだといろいろと、合点がいきますね。

彼らは毒物の扱いに慣れているようですから。

アラン国王の頭髪を、数本引っこ抜けば私が調べられます」


 頭髪か……。

 なんかあったな。

 思い出せそうで思い出せない。

 苦笑するしか、俺にはできないな。


「そっちのほうが難題ですね」


 ミルはチンプンカンプンといった表情。


「髪でわかるの?」


 カルメンは笑って、自分の髪をつまんでみせる。


「髪は頭から生えてきます。

毒が入り込んでいれば、その一部が髪にも染みついているのです。

どの時期から毒が仕込まれたかある程度わかります」


 ミルは驚いた顔で、自分の髪をいじりだした。


「へぇ……。

すごいのねぇ」


 アラン王国でそれを調べられる人がいるのかな。


「その検出方法は知られているのですか?」


 カルメンは得意げに、胸を張った。


「いいえ。

私は師匠から教わりました。

他の人から聞いたことはないですね。

自分でも試してみましたから、理論の正しさは実証ずみです。

試したのは致死性の毒ではありませんが。

アレはキツかったですね……」


 研究者気質恐るべし。

 俺も前科があるからあきれる資格はないが……。


「毒を盛られた可能性はある。

断定はできませんがね」


 あきれ顔でカルメンをみていたキアラは、大きく息を吐いた。


「お兄さまみたいなことを、カルメンまでするなんて……。

ある意味似たもの同士ですわね。

それはともかく……。

アラン王国に教えますか?」


 教えても確実に悪い方向に進むだろう。


「それは危険ですね。

王位継承に介入していると思われます。

そこで私が、毒殺の黒幕だと思われては大変ですよ。

ただでさえ私への風評被害がすごいのです。

やっていないことの証明を求められては、手の打ちようがありません」


「風評どころか、実績からして当然ですわ。

そういえばラペルトリさんは、まだ離れるつもりはないようですね」


 ゾエに避難するのであれば受け入れると打診したがな。

 すぐに受けるとは思っていない。


 答えは予想通り、丁重な保留。

 商会の人間を守るときの最後の手段と考えているのだろう。

 だが往々にして最後の手段をとるときは、尻に火がついている。

 無傷ではすまないだろうな。


「そう簡単に離れられないですからね。

とはいえ国王が倒れたので、一気に情勢が緊迫しました。

これがどう転ぶのか、まったく予想がつきませんよ」


「さすがにラペルトリさんに、国王の髪の毛をむしってこいとは言えませんよね」


 真顔のキアラに思わず吹き出してしまった。


「むしってきたら驚きですよ。

だとしてもそれが、国王の髪かわかりませんが。

ともかく国王の生死も含めて情報待ちでしょう。

これでは謝罪の使者も有耶無耶になりそうですね。

なかなかうまくはいかないものです」


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