591話 あふれ出る情熱

 翌日からのシルヴァーナは大人しかった。

 本人に聞いても誤魔化されたが、どうやらマガリ性悪婆にたしなめられたらしい。


「穴が空いたくらいで大騒ぎするのは、イイ女とは言えないね。

アンタはトンネル工事でもしたのかい?」


 こんなときは役に立つ。

 男に言われても逆効果だからな。

 

 ともかく、平和が戻って何よりだ。

 真の問題は先送りされたわけだが……。

 焦っても仕方ないからな。


 気分転換にキアラを連れて、視察に出た。

 代わり映えしないが、活気のある町。

 大いに満足感が得られる。

 そんな調子で、町を見て歩いていると……。


 見てはいけないものを見てしまった。


 ルイとイポリートの組み合わせ。

 とっさに物陰にかくれて、様子をうかがう。

 キアラは俺に非難混じりの視線を向けながらも、一緒に物陰から2人をうかがっている。


(お兄さま、なぜかくれるのです?)


 小声でキアラに問い詰められる。


(心の声に従ったのです。

ノコノコ2人の前に出て行ったら、ロクなことがない……。

そんな予感がします。

私のカンは当たりますから)


(そのカンを信じた結果、シルヴァーナがハッスルするような事態を招いたわけですわね)


 そんな昔のことは忘れたさ。

 返事をせずに、2人の様子を窺う。

 幸い俺たちには気がついていないようだ。


 イポリートが熱のこもった視線で、ルイの体をペタペタまさぐっている。

 どう見ても、事案の気配がする。


「イイわぁ……あなたの体。

エレガントよ!」


 ルイは戸惑いながらもまんざらではないようだ。

 筋肉を褒められるとうれしいようだ。


「そ、そうですか?」


 白い歯を、キラッ☆と輝かせる。

 だが俺は、イラッ☆とする。

 俺は心が狭いのだろうか。

 イポリートはウホッ☆と、小さく声を上げた。


「ええ! あなた……いいダンサーになれるわよ!」


 余りに☆が飛び交って、目まいがしてきた。


「お、踊りですか? 癒やし手としての仕事がありますから……」


 イポリートはルイに、熱い吐息を吹きかける。

 薔薇色吐息……。

 バラの幻影が見えてきた。


「専業でなくていいのよぉ。

それにダンスは、健康には欠かせないわよ」


 欠かせなくはないぞ。

 丸め込まれたらダメだ! ルイ、しっかりしろ!


「そうなんですか? たしかに、体を動かすには健康でないといけませんね……」


 もうちょっと疑えよ!

 急に前向きになっているぞ。

 

「ええ! ええ!

それにダンスは美しいのよ! それを志す人が増えると、健康な人が増えるのよ!

健康な人が増えて、ダンスがはやる。

まさにアタクシたちの理想郷よ!」


 既に、ペアになっている。

 イポリートにとって、ルイはよほど気になる存在らしい。

 たしかに、兎人のボディービルダーなんてレアだからな……。


「おお……。

筋肉癒やし隊の趣旨にも合っていますね」


 あ、ダメだ……。

 これは丸め込まれたわ。


 キアラの冷たい視線が痛い。


 イポリートは頰をほんのり紅潮させて、両手を胸の前で組む。


「筋肉踊り隊をつくるべきよ!」


 もう名前まで……。


「たしかに祭りで、肉体美に関心を持たない人たちに、どうアピールするか悩んでいましたが……。

踊りなら違う人にもアピールできそうですね。

女性に受けますかね?」


「ええ!

男の力強さと、女性の繊細さ。

この融合がダンスよ。

アタクシは踊り手としては世界一と自負しているわ。

そのアタクシが、ラヴェンナを、踊りの聖地にしてあげる!

ダンスの普及については、ラヴェンナ卿の許可はもらっているから安心よ。

つまり、ラヴェンナ卿のお心にかなうわよ!」


 ルイは大胸筋と耳をピクピクさせて、目を輝かせる。


「おお。

アルフレードさまはそこまで……。

筋肉癒やし隊……いえ、踊り隊の設立を望まれているのですね」


 いや許可した覚えはないぞ。

 禁じてもいないが……。


「そうよ。

見事なダンスを披露できたら、必ず喜ばれるわ!」


 ルイは目を輝かせて、イポリートの手を握る。


「わかりました。

では先生、よろしくお願いします!

今日から先生と呼ばせてください」


「任せて頂戴!

ふふふ、やはりここは楽園ね。

ああ……! あふれ出る情熱が、鼻から漏れ出そうだわ!」


 それ情熱でなくて、ただの鼻血だろう……。


                   ◆◇◆◇◆


 いたたまれなくなって、俺たちはその場を後にすることにした。

 広場のベンチに、2人並んで腰かける。

 キアラは大きなため息をついた。


「ダンスが趣味として広がるのは結構ですわ。

でも体を鍛えることと、セットになりそうですけど……」


「まあ……。

健全な趣味が増えるのはいいじゃないですか」


 キアラは俺に、白い目を向けた。

 あの光景から、どうやったら健全なダンスが生まれるのか……と聞かれている気がする。

 俺もどうやったら健全になるのかわからない。


「どうしてこう……。

一癖も二癖もある人ばかり来るのでしょうか?

お兄さまの吸引力はすさまじいばかりですわ」


「ま……まあ、そのおかげで、カルメンさんも来たわけです。

いいじゃないですか」


 キアラは、ようやくうれしそうに笑った。


「それを言われるとお手上げですわ。

カルメンは喜んでいますもの。

王都にいたときは、周囲の目を気にするから疲れるって。

ここだと気にしなくていいから、気楽でいいらしいですの」


 ここに来て不幸になったと言われるより、ずっといいな。


「気にしても隠しきれないほど変わっていたのですね。

他者を尊重するからこそ、自分が尊重される。

それがラヴェンナの気風です。

他人に迷惑を掛けないかぎり自由にして結構ですから」


「そのカルメンですけど、ホムンクルスの研究の手伝いをしていますよね」


「正確には義手などの作成ですけど」


 キアラは苦笑するが、表情は明るい。


「壁にぶち当たっているみたいですわね。

それが楽しいみたいですけど。

面倒くさがりなのに、困難な仕事は楽しいみたいですの」


 たしかに好きなこと以外は面倒くさがりのようだな。


「面倒くさいのは自分の中で、価値基準があるのでしょう。

ともかく……そう簡単に実現できるとは思っていませんよ。

せかすつもりはありません。

できるならとっくに実現しているでしょうしね」


「それでも領主の気まぐれで始まる、従来の研究と違いますから。

失敗事例を記録するラヴェンナ式が役に立っているみたいですね。

いずれは成果が出ると思いますわ」


 失敗の蓄積は、大きな力になる。

 それが習慣になってきているのは、素直にうれしいよ。


「失敗から成功を導きだすのは、健全な成長には欠かせませんからね。

いいことです」


「どうもホムンクルスだけだと困難だから、ゴーレムの仕組みとか、そこも調べたいとか言っていますわね。

ギルドから人を雇うか迷っているところみたいですの。

それで情報を持っていかれても困りますから」


 ラヴェンナに縁もゆかりもない人間を雇うと、研究成果を持ち逃げする可能性がある。

 逃がすつもりはないが、それを疑いながら研究するのも難しいだろうな。

 不要なところに、気を使う羽目になる。


「クノーさんかローザさんに聞いてみては?

彼らならコネはありそうですし。

しかしゴーレムまで、話が飛びますかぁ……」


「カルメンによれば、ゴーレムは骨がないのに指が動いている。

その仕組みを流用できれば……と言っていましたの。

お兄さま式に言えば、今は情報を集めている段階ですね」


 素人ならではの素直な視点だなぁ。


「なるほど。

好きなようにやってください。

ラヴェンナの技術は、最終的に広めてもいいと思います。

でもまだ早いでしょう。

人の成果を横取りして独占しようとする輩は、どこにでもいますからね。

それへの注意だけは怠らないでください。

後ろめたいからこそ、必死に自分を守ろうとします。

手段を選ばずに、えげつないことをするでしょう。

それを許していては、発展などあり得ませんから」


「そうですわね。

目先の利益に、恥も外聞も捨てて飛びつく人はいますから。

その手の寄生虫に限って、虚栄心は大きいのがおかしな話ですけど。

あれは見ていて面白いですわね」


 人の悪意を疑わないと、後々で払うコストは大きくなる。

 それを嫌って性善説だけで、統治をするのはただの怠慢だ。

 ただ疑いすぎてもダメ。

 そのときの社会の成熟度によって変えていく必要がある。


「虚栄心が大きくても、肝心の実力が追いつかないからでしょう。

成果を盗んででも、心を満たしたくなるのですよ。

現実を自分の見たい妄想に当てはめるわけです。

本来なら虚栄心は、社会の安定と発展に寄与するのですけどね。

実力より少し大きい虚栄心なら、成長を促します。

バランスを欠くと、害にしかなりません」


「お兄さまの語録は、だいたいバランスが大事で……埋まりますわね」


「他に言いようがありませんから。

ともかく知識の保護は、世界が成熟するまで厳重に保護しないといけません。

知識の価値が公に認められて、世界中でそれらを保護する仕組みができるまでは」


「それはなんとなくわかりましたけど……。

あの筋肉たちの踊りも保護しますの?」


 そこで君は、なぜ現実を突きつけるのだ。


「……そうなりますよね。

今のところダンスの踊り方は、誰かに何かを支払うものでもないですが」


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